2008年6月22日 (日)

「犯行現場の作り方」 好きこそものの……

   「十字屋敷のピエロ」を読み終わって、そういえば、館もののミステリを実際に建ててみたら、と考察したサイトがあったなあと思って、検索したら、この本が引っかかりました。

   「犯行現場の作り方」安井敏夫(メディアファクトリー)
   読んでみたら、取り上げた作品(館)といい、語り口と言い、そのサイトの出版化でした。道理で2日がかりで調べ倒したのに見つからなかったよ。出版化したからサイトから削ったんだ。……なんでも本になるんだなあ。これは、やってた人が一級建築士でメディア露出もしている有名人だったからかしら?

   その昔、朝日新聞でどっかの建設会社(?)がやってた広告特集でも、「文学作品の中の家を描き起こしてみる」ってのがありました。ドイルの「まだらの紐」で、アレが出てくる換気口とか、ブロンテの「嵐が丘」の暗い雰囲気の家とか、いろいろ取り上げてあって楽しみに読んでたら、本になって。買ったなぁ。どこ行ったっけ。

   この本で取り上げてあったのは「十角館の殺人」、「8の殺人」、「長い家の殺人」、「玄い女神」、「十字屋敷のピエロ」、「笑わない数学者」、「誰彼」、「本陣殺人事件」、「三角館の恐怖」、「斜め屋敷の犯罪」。
   新本格の名作を中心に、横溝、江戸川両巨匠も取り上げてあって、さすが、バランスの取れた作りになっています。

   ミステリ好きを公言するだけあって、作中の建物についての考察や突っ込みは丁寧で建築士としての良心があるのに(違法建築は見逃さない)、ミステリとしてのトリックのミソには触れないじつに誠実で優しい内容になっていて感心しました。大人だ。これを読んで、未読の「8の殺人」や「誰彼」を読んでみたくなりました(じっさい、今更「十字屋敷~」を読んだのも、こちらで紹介されていたから)。

   翻ってわたしときたら、ここを読みに来るようなひとはこれぐらい読んでるのが当然、とばかりにネタバレはするは、関係ない話を引いてくるは。わたしのレヴューを読んでその本を読みたくなる人がおられるでしょうか、ちょっと反省しました。

   それで、十字屋敷への突っ込みで「引き戸の方がバリアフリーでしょ」というのがありましたが……やっぱり「北欧風」にこだわると、おうちの中でも全部洋風で行きたかったんでしょうと言いたくなります(もしかして、作中の建築士のこだわり?)。土足を通してるみたいだし。その辺は、どこまで日本風の生活と洋風の家との折り合いをつけるかは中に住む人に任されることだし。ま、美意識と家族の利便性とどっちを取るかだな。わたしはホテルの部屋でも素足でぺたぺた歩く方なので、私室の中まで土足なんてうちはどんな玉の輿でもゴメンですぅ。

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2008年5月10日 (土)

「十字屋敷のピエロ」ネタバレ感想

   ゴメンやっぱり書きたいの~~~!

   これは「五辯の椿」で「ジョロウグモの理」な話なワケで(うわ~二重のネタバレ! おかあさん最低!)。

   何が怖いって、真犯人は、第1の殺人のトリックも犯人も全て解っていて、彼らの手で自分たちを始末させることを画策しておるわけです。
   さらに、自分にとって不愉快な人間を殺させて、そのために犯罪が発覚するように追い込むと。
   殺されるべき人間Aは、真実に気づいて、それ故殺されるのですが、それも、真犯人の誘導によるんですよね。
   その重要なヒントは偶然、その仮の探偵役Aの手に渡るんですが。
   じゃ、当初の流れでそのヒントが別の登場人物Bの手に渡っていたら、犠牲者はそちらになっていたわけ?
   Bはとくに真犯人に対して悪意を持っていなさそうでした。
   むしろ、唯一心を開ける存在であるように描いてあったけど。
   内心複雑なものがあったとでも言うのでしょうか?

   

真犯人が、仇討ちのために全ての犯罪を計画したとか、第1の犯罪のトリックを見抜いていたとか、そんなん軽い! 軽い! そのくらい、今となってはごく当たり前のミステリです。たぶん九分九厘そのヒントがAに渡るであろうところまで計算して持ち出していたとしたら。いや、それとも、Bに渡って、Bが真実に迫って危機に陥っても、真犯人にとっては大して痛痒を感じていないのかも知れず。
   どっちだろう? どっちでもいいのかな?
   怖い! 怖い! これは犯人が解ってから読み返すべきとか聞いたけど、怖くってもう読めないかも!

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「塩の街」 恋は地球を救う?

   脇カラムでも書いてますが、あそこじゃとっても感想書ききれない!
   また、脇は「リスト」形式なので、月が変わってレイアウトを変えるともう閲覧では見られなくなるんですね。わたしは管理者画面から過去のデータも(時間かかるけど)検索できるけど。書評がメインのサイトじゃないけど、ちょっと構成考え直そうかしら。

   「図書館戦争」ではまった有川浩さんは自衛隊三部作というのがあるミリタリー系な方なんだそうで。とりあえず、デビュー作でもある「塩の街」を買ってみました。これ、学生が選ぶ大賞の候補作にも選ばれたそうです。

   で、自衛隊三部作としては「陸」にあたるそうで。こんな話。
   群馬から歩いて東京に出てきた遼一は、行きだおれる寸前に高校生ぐらいの少女、真奈に拾われます。東京湾の埋め立て地にある日塩の結晶のようなものが落下してから、人間が塩になってしまう奇病が発生、もう日本だけで600万人も死んでいて、社会はまともに機能していないのでした。
   主人公は遼一だと思ってましたが、拾った真奈ちゃんと、「あたしの大家さん」秋庭さんの方だったのでした。
   「大家さん」って、偏屈なじじいだと思ってました。
   じゃなきゃ、同じくバイオハザードで世界滅亡する「BH85」みたいに訳知りなおばあさんとか。
   そうじゃなくて、秋庭さん、ちょっと不器用な、でも優しいお兄さんでした。「引き出しは多い」そうです。

   とってもくたびれながら、とっても無謀な旅をしながら、でも目は据わっちゃってる遼一君、人が殺せるぐらい重いリュックの中身を、「きれいで温かい海に返してあげる」ことが目的だそうで。
   それってさ、いわゆるドラえもん映画でいうところの敵UMA(ネッシーとか、未確認生命体)とほぼ同じ種族のUMAで、でものび太にはなついてて、クライマックスで敵UMAに特攻・相討ちで世界を救って涙のお別れという役回りのアレなんじゃないかと思うわけだ。

   真奈ちゃんのお節介に秋庭さんが呆れながら力を貸してくれて、遼一くんはなんとか海にたどり着きます。そこで開けるリュックの中身は。
   UMAなんかじゃなかったのでした。

   泣いた泣いた。

   これは中高生にはわかんないでしょう、ってゆーか、判って欲しくない。もっと上の年齢対象だな、たしかに。

   人間が、突如、塩の柱となってしまう奇病に取り付かれた社会の話です(ギリギリネタバレ)。

   いやもう、この第1章だけで爆泣短編として最高な所へ。

   帰りは秋庭さんと真奈ちゃんの哀しい2人旅です。
   そこで出会った脱獄囚のトモヤくん、自分は人体実験されて「発病した」と語ります……。この病気はあの「隕石」のせいじゃないの?

   「引き出しの多い」秋庭さん、また特技を披露してくれて、そして、妙に顔の広さを覗かせます。人質にされてしまった真奈ちゃんに、「もう他人だなんて言わない」と誓う秋庭さん、2人の関係が変わりだそうとする第2章。

   そして、トモヤくんのせいで旧友に探し出されてしまった秋庭さんが「ちょっとした大規模テロ行為」の片棒を担がされてしまう物語後半へ……。そう、これは「自衛隊三部作の『陸』」なのです。

   危機に乗じて自衛隊の立川駐屯地に潜り込んでニセ司令になってしまう入江さんがスゴイです。某所で有川作品のそれぞれでコワイ人を挙げて、誰が一番コワイかという話で、「塩~」の入江が最強ということになってました。ナルホド。「図書館」からは小牧2正が挙がってましたが、入江に対するには小牧2正では黒さと影響力が足りません。手塚兄ぐらいじゃないと。状況の違いはありますが、それでもその名の下に死へ追いやった人間の数では入江ニセ司令に勝るものはいないんじゃないかと。「空」と「海」は未読ですが。

   「見ると死んでしまう何か」といい、「最後には戦闘機」といい、藤田和日郎の「邪眼は月輪に翔ぶ」みたいな話でした。もう、あのミネルヴァと同じくらい理不尽な致死性ね。この辺、科学的考証を望みすぎると野暮らしいです。ホラーなんだから、「考えるな、感じろ」ということで。ま、「塩~」の方はナトリウムがどうとか、科学的根拠を入江ニセ司令が一応説明してました。

   「世界が滅びるその日まで人間は恋をしていた」ということで、美しい話なんじゃないでしょうか。わたしは楽しかったな。後日談の、真奈ちゃんに親身になってあげてた女性自衛官の恋とか、入江ニセ司令が死に追いやった人の遺族から逆恨みの復讐を企てられる(?)話とか、どれも後日談としてきれいに過不足なくまとまっていて。

   

買ってよかったと思いました。

   いやしかし、自衛隊というのは「アレが飛来してからコレが起きたんだから、とりあえずアレを除いてみたらどうでしょう」という具申も却下されるぐらい硬直化しておるのでしょうか。問題ですな。怪獣映画には疎いのでその様式とかはよう知らんけど。

   あと、社会が機能しなくなって2週間で日本が無法地帯になったって……信じたくないな、フィクションの世界でも、日本だけは大丈夫だと思っていたかった。阪神・淡路大震災を経験された方、どうでしょう? 略奪はなかったというふうに聞いてますが。


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2008年4月17日 (木)

「よいちのひめ」連載よみものはどこへ

   新学期が始まって一週間経って。うちの虎美は早々と熱を出して欠席1。昨年度の通知表を貰った時にはどっちが学校をよく休んでるかで喧嘩をしたというのに。お兄ちゃんは先に土日にのたうち回ったのでまだ欠席は付いてません。一歩リードね。

   新学期というと、いろんな学年雑誌を購読の皆さんは、新しい学年の雑誌になって、もう新学年号がお手元にあるかと思います。興味をそそられるページはありましたでしょうか?

   ン年前の小学4年生、れんさいよみもののページがあって、「よいちのひめ」というタイトルでした。でも、お姫様は出て来なくって……。

   新学期最初の日、4年1組のみんなを見回して、担任の先生(調べたところによると神成先生だそうな)は、「しょくんら4年生は、5,6年生と1,2年生にはさまれたサンドイッチのぐのようなもんだ」とのたまった。で、「どんなサンドイッチがあるかな?」とみんなに挙手させたと。「カツサンド!」「タマゴサンド!」「ハムサンド!」ううむ、つかみはオッケー。なかなかいい先生です。一通り意見が出たところで、ヒロインのもと子ちゃん(これも情報による)が、
   「ジャムをはさんだジャムサンド!」と一声。
   「え~っ!?」意外や、その意見は却下されるのです。
   「ジャムサンドなんか、サンドイッチのうちに入るかよ!」と、タケシ君(仮名)。体も大きく、おうちが寿司屋でスポーツが得意で、ガキ大将まで行かないけど子分を従えて、ジャイアンぽいから仮名でタケシ君ね。
   「どうして? パンで何かをはさめばみんなサンドイッチだよ? ジャムでもいいし、マグロのおさしみだって、ノリのつくだにもおいしいよ
   「え~~~っ!?」教室内はどん引き(違和感を感じて醒めてしまう様子) 。
   えーっと、神成先生、どうやってその場を収拾したんだったかなあ。
   とりあえず、もと子ちゃんの意見は斬新だと言うことで否定はされなかったと思うの。
   それだけにタケシ君は面白くない。学校の帰りに子分をつかってもと子ちゃんを捕まえて、
   「おまえ、いいかげんなこというなよ、ノリのつくだにのサンドイッチなんか、食べられるもんか」と迫るわけです。
   「いいかげんじゃないよ、ほんとうだよ」もと子ちゃんはユニークな感性を持っていますね。そして、孤立を恐れない芯の強さを持っています。
   「じゃあ、食べてみろ」タケシ君も実証主義ですか。おうちからサンドイッチ用の食パンに、ノリの佃煮からマグロの切り身まで持ち出してきます。
   もと子ちゃんもさるもの、別にいいけど、とノリの佃煮をパンに延ばして挟み、美味しそうに平らげます。うちでよくやるんだ、なんて言いながら。
   「おさしみは、なまはちょっといやだから」と、お醤油をつけて焼き網であぶって、2,3きれもパンの上に並べて、食べちゃった。
   もう、乱暴者の男の子達の圧倒される事ったら。
   タケシ君(仮名)ももと子ちゃんに一目置くことになるのでした。

   もう、心臓バクバクで読みましたね。

   今でこそ、炊飯器にホットケーキの種を流し込んでスイッチオンすればケーキが焼けますとか、プリンに醤油を掛けるとウニの味、なんて恐ろしい食べ方が紹介されてますけど、昭和40年代はまだまだ食についてはチャレンジャーが少なかったと思います。その時に、マグロのあぶりをサンドイッチにする子がいるなんて! 

   なんて革命的なヒロインだろうと思いましたよ。

   で、革命的なもと子ちゃんは、毎月、なんでも一番が最高と思ってるクラスの女の子に困らせられたり、飼育係の6年生のお兄さんになんだかきゅうっとなる気持ちを抱いたり(またそれを本人より先に感づいたタケシ君がもう大車輪なのだ)と山あり谷ありの4年生生活を送るのでした。

   で、タイトルは結局3月号で、もと子ちゃんとなにかにつけ張り合う女の子が喧嘩になって神成先生に「先生はどっちが好きですか!?」と詰め寄ったときに「先生はよいちのひめがすきだよ」と言われちゃうのです。よいちのひめって誰のこと? それは、ねんいちくみの女子のこと、だからみんなだよ、というオチだったのでした(男子はいいのか?)。

   出だしの斬新な登場といい、オチの爽やかな決まりっぷりといい、いつまでも心に残ってる作品なわけですが、もう絶版のようですね(理論社から出てたという本の復刊リクエストというものが検索の最上位に引っかかった。先生やヒロインの名前もそこの紹介文から)。虎ちゃんに読んで欲しかったのになあ。学校図書館にはあるでしょうか。

   小学生のチャレンジ(進研ゼミの教材)にはまだ毎月読み物が載ってるでしょうか(最近見せて貰ってない)。今時のお子さんは、学年雑誌なんか購読なさらないかしら。このお話の続きはどうなるの、とわくわくしながら次号を待つ気持ちは、もう過去のものになってしまったのでしょうか(ト、新聞の連載小説を未だに楽しみにしてるおかあさんでした。読売の朝刊の小説が、思いも寄らぬ泥沼に入りそうで毎日楽しみで)

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2008年4月16日 (水)

「夜は短し歩けよ乙女」ハッピーエンド原理主義

   貸していただく前から、タイトルを見て「『夜のピクニック』の焼き直しなんじゃないの? 好かんよそういうのは」と思ってました。ゴメンナサイ。

   体が空いて早速手に取り、1ページも読んだら ナットク。これは、女子学生が夜の街をさまよう、まさしくタイトルが体を表わしておるお話でした。不明を恥じまくります。

   これは、4章に分かれていて、可愛らしくってお酒が好きでしつけが良くって(品がいいというと別方面を想像されてしまうかもだからこう言ってみる)、好奇心旺盛で、とにかく気持ちのいい女子大学生と、彼女を密かに想うクラブの先輩とが代わる代わる語り手になって不思議に面白い大学生活を送るという趣向。1章(サブタイトルがこの本の題に取られてます)で、クラブの先輩の結婚パーティーが果てて歩き出したヒロイン(と先輩)は、2章で夏の古本市、3章で学園祭、4章でたちの悪い風邪の大流行する巷をうろついて不思議な冒険をするのでした。
   雰囲気は「千と千尋の神隠し」みたいな所がありますね。どう見ても超自然! なところもあるし、携帯も出てこなきゃパソコンを使っているような描写もなく、もしかして昭和年間かというようなゆったりとした懐かしさのある世界です。あ、でも、バブルで大もうけとかいう台詞があるから一応現代なのかな? ヒロインのありえない透明さ加減は、「円紫さんと私」シリーズにも通じるものがありますか。  

   

地の文の美しさったら、堪りません。是非NHKの深夜の朗読番組で、戸田恵子、でなきゃ吉永小百合当たりに朗読して貰いたいもんです。挿絵は三丁目の夕日がどうしたとかいう流行りの方なんかにしたら、できすぎでしょうけど。

   

学生はこうでなきゃなりません。
   先輩の結婚式だと言って直接その方を知らない代まで盛り上がり、訳の分からない事をでっち上げて「これが部の伝統」とかいって後代まで引き継がせて。みっともない、もったいない飲み方をして世間に迷惑を掛けて。そして恋に身を焼いて鬱々としてみたり、大それた事をやってのけたり。そうそう! エロスとパトスにまみれなくちゃ。
   学生の分際で就職活動に有利な資格を取るのに汲々としたり、自分の生活を便利にするための道具に支配されて半径数メートルの人間関係を維持することに全神経をすり減らしたり、脳内の切磋琢磨、憂愁の煩悶をすっとばして下半身事情に終始するような恋愛と言うもおこがましい関係に耽溺したり……今の大学生なんか学生じゃないやい!(ただいま大学に学籍を置いておられる若人諸君には失礼しました)

   そして、おかあさんの美形センサーにひっっかった謎の「天狗」、樋口さんや、学園祭事務局長さんとのロマンスは発生せず、冒頭じつに薄みっともなく登場した先輩は、おっと、ここまでにしておきましょうか。

   やっぱり、学生時代というものは輝いておるわけです。

   ハッピーエンドは美しい。ご都合主義と呼ばば呼べ。アべべはビキラ。
   おかあさんはハッピーエンド原理主義なのです。

   いやあ、「ちりとてちん」で「幇間は関西では昭和初期に絶滅した」と言ってましたが、居ましたね。どうにも超自然を理解しないおかあさんは、樋口氏はマジシャン、イリュージョニストのたぐいであろうと認識したわけですが、2章以降の不思議については……やっぱり王城の地ではまだ不思議は生き残っているのでしょうかしら。

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2008年2月 7日 (木)

嗚呼旧正月

   やってしまいました。
   昨日、お花のお稽古の虎ちゃんをお迎えに行った帰り、駅ビルの書店で例によって週刊ベースボールを手に取り「さあ来い球春!」というコピーに(……キャンプはもう始まってるだろうがよ)と違和感を感じつつ買っておうちに帰りました。

   豹太にいそいそと見せたところが
   「おかあさん、これ合併号。先週買ったじゃない!
   そうだった! 先週は気が付いてたのに!

   「……ということがございました。以後気をつけます。しかし何だってこんな時期に合併号にするのでしょう」と旦那様に愚痴ると、

   「……旧正月だから。作っているのは中国や韓国のひとなんだろう。あ、まずいかな、こんなこと言って 」と旦那様らしい冗談。
   「いえ大丈夫とは思いますが……お仕事の方で?」
   「この時期は向こうに作って貰ってるずいぶん部品が品薄になるんです……日本も休めばいいんだな」最近旦那様疲れてます
   「そりゃ休みすぎでしょう! 日本はカレンダー上の休日はよそにないくらい多いんですよ! バブルからこっち、何日祝日増えたと思ってるんです! ……サーヴィス業はカレンダー通り休んじゃいませんけど」
   昭和から入れると、まず振り替え制度ができて日曜日の祝日の無駄がなくなって、オセロ法で5月4日が典拠のない祝日になり、60年代には週休2日が導入、平成にはいって天皇誕生日が変わって入れ替わりで1日増えた勘定になり、海の日ができて、さらにまた昭和の日が決まった関係で5月4日が祝日に本格固定……。ハッピーマンデーは祝日の日数じたいは増えてませんけどま、学校の時間割に無配慮のある意味悪法ですね。
   と、こういうときのおかあさんの頭と舌はよく回転しますです。なんだ、実質増えたのは3日っきりか。
   「……まあ、中国人留学生でそういうことを言うひとはいるね」

   だから、カレンダー上の休日を徒(いたずら)に増やす局面ではもうない訳よ。カレンダーがどうだろうと休むときには王者のように休む! という文化を醸成(ジョーセー)すべきなんですよ! って、何の話だっけ? ……ああ、週刊ベースボール誌はもう少しちゃんと告知しといてください。買い始めて間がないし、モーニングとちがってあんまり表紙(を飾る人物)をちゃんと見てないからなあ……やっちゃったぜ。

   とりあえず、建国記念日は移動・改変しないであろう。祝っておきましょう。

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2008年1月17日 (木)

「ちびくろサンボ」本のテーマは?

   「図書館戦争」を読んで、「悪書」追放運動について思いを致しておって。

   その昔、「ちびくろサンボ」追放運動ってのがありましたな。曰く、日本人の人種差別についての意識は遅れておって、アフリカ系の人たちについての描写がこう、類型的で、ずいぶんな差別に基づいておって、「当該人種の人たちは描かれ方に傷ついておる」と。で、図書館・書店からアフリカ系の民族について描かれた本は一掃されたのでありました。「ジャングル黒べえ」が再放送されないのも、「サイボーグ009」で00ありゃ、いくつだ? アフリカ系の彼の容貌が初期と後期で一変したのもそのせいです。
   その代表が「ちびくろサンボ」。タイトル自体が差別的呼び名を使っておるそうで。「人権」にあまりにも疎かった反動で、その対処はビックリするくらい迅速でした。

   え~あれ黒いひとを笑いものにしたりしてる話だったかなあ?

   当時から、「進歩的マスコミ」じゃ、行き過ぎだよね的論調だったせいもあり、困ったもんだと思ってたんですが、だからって、自分から何かするかって「そんなアツイひとと思われたくない」ので静観してました。
   結局、地道な復権運動が奏功してか、うちの猫科のひとが絵本を読む頃には再版されるようになってました。ちょっと注釈付きでね。
   「ちびくろサ~ンボ! おまえをた~べてやる!」読み聞かせると、絵本にありがちな繰り返しが効いてて、子どもたちは大受けで聞いてました。

   これは、そういう話じゃないよ。じゃあ、どういう話かって……

   おまえのものを、力に物を言わせて奪おうとする者が現れる。そいつに正義はない。けれど、与えなさい。おまえが抵抗して傷つくことはわたしの願うことではない。相手は、そのどん欲さで滅びるだろう。その時を勇気と忍耐とで待って、そうして、おまえのものを取り返しなさい。そうして、敵の残したもので幸せになりなさい……

   なんて、非暴力非服従な心のあり方について説いてたり……しないか。作者のバナーマンさんは支配する側だよね?

   で、虎は共倒れしてインドは解放されたのかって言うと、どっちかって言えば桃太郎に対する防衛戦争に貢献したからご褒美に解放、ですかね?

   日本がアジアを解放してやったかって、それは風が吹いたら桶屋が儲かったってことで、インドネシアやシンガポールのひとが言ってくれる分には聞くけど、自分で言うのはちょっと筋違いな気がするなあ。ホントに桶屋で働いたご奇特なかたはいらしたみたいだけど。

   そんで、無神経なまいちゃんは20世紀も終わりになってディズニーの「ムーラン」で中国ヒロインがとんでもねえ細めの吊り目に描かれてて「東アジア系ってこういうふうに思われてるわけ?」とひどく傷ついたのでした。おせーよ。

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2008年1月10日 (木)

発表! 2007年の小説

   こちらは「小説」なのかあやしいけど。まだシリーズ全部は読み終わってないし。ファンの方はもう「マンザイ」の方行ってるし、気の利いた方は「ナントカの守り人」読んでるのに。ほんとに、おかあさん肝腎なところで周回遅れなのよねえ。

   2007年を支配した作品といえば「バッテリー」(あさのあつこ)で。
   丁度豹太が中学校入学したところだったし。ホントイロイロ考えさせられました。

   嗚呼それなのに旦那様ったら
   「『バツ&テリー』?」
   イヤソレ違うから。

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2007年11月15日 (木)

「ニコリ」出世した友

   ええと、本年10月23日の項「ジャイキリ3巻出ました!」にてちらっと申しました「ニコリ出張馬房」の件について(ずいぶんフォローが遅れてゴメンナサイ)。

   本年の流行語に入るじゃないかという(もう去年入った?)「数独」0~9までの数字をヒントに従って枠のなかに配置していくというパズルなんですが、これの発生源と言われておりますパズル雑誌が「ニコリ」で、これを編集・出版しておるのが株式会社ニコリなんであります。説明終わり……って、それだけじゃない!

   自作の中でも「置いてある本屋を探す方が大変なパズル雑誌」なんて紹介したこともあるんですが、これは趣味人であるところの社長が同好の士と語らって1から作り上げた雑誌で、なんの後ろ盾もコネクションもないところから立ち上げたもんだから、大手の流通に乗せられず、結果、社員が現物を手に書店を行脚し、飛び込みで店長に掛け合っては「面白そうでしょ、置いてください」とお願いして置いて貰うというある意味豪傑な配本をしておったそうなのです……とりあえずわたくしがここの雑誌を喜んで購読しておった二〇年前の話。そのため初期のこの出版社の雑誌には(ニコリ本誌の他にパズルの増刊がいくつかあった)「ニコリ出張馬房」というタイトルで「この雑誌を買える書店一覧」が、わたくしが今述べたような流通事情とともに見開きで載せてあったのでございます。雑誌の性格上、いきおい暇で知的好奇心のある学生対象という感じになって、学生街の書店、大学生協が多く名を連ねておりましたねえ。わたくしの通った大学の生協、当然東大生協、早稲田大学生協、そういえば金沢工業大学生協も載ってたかしら。わたくしの入っていた寮のあった商店街の大地屋書店(@板橋)も載ってましたとも(ある種広告ページだな)。その他紀伊國屋書店なんてメジャーどころもあったように記憶してましたけど。

   わたしはクラスの友人に教えて貰いました。彼女の高校では結構知る人ぞ知る人気雑誌だったようです。サークルに持って行くと「あ~! 知ってる」とわらわら愛読者が寄ってくるというはやりっぷりでしたが、ま、全日本的に有名な雑誌だとはそりゃ思ってませんでしたとも。その「数独」やらクロスワード、クロスワードより言葉どうしの重なりの少ない文字通り骨組みのようなパズル「スケルトン」、解いてるうちになにやら絵が浮かび上がってくる「浮き出し迷路」、古典的な「覆面算」、「虫食い算」、新たに提案されるパズルなど、盛りだくさんな内容でわたくしの学生時代はこれで極彩色だったような気がします。パズルに親しんでいたおかげさまで、プログラマ適性検査に合格して、教員採用試験に落ちて路頭に迷う寸前で某都市銀行に拾ってもらえましたしね。

   就職したら、とてもパズルなんかやっておれず、また、引っ越して「出張馬房」のない街だったりして、ニコリとは縁が切れてしまいました。その後、怒濤のバブル崩壊で出版界はすごいことになって(あれって漫画方面だけ?)、もしかしてもうなくなってしまったかしらとか思ってたのに。

   サンデー毎日? 週刊文春? 週刊誌でちょっと気の利いたパズルを載せているという噂を聞いたのがバブル崩壊後しばらくしてからでした。文春をみてみたら「手こずるパズル」制作協力ニコリって、びっくり。その後、数独やナンクロなどをジャンル別に編集した小さなパズルの本「ニコリのペンシルパズル本」がたくさん普通の書店に並ぶのを見て、ああ、もうパズル制作集団になってしまったのね、雑誌のニコリは休刊ね、と思ってたんですが。

   はるばる仙台を離れ、川崎はリリエンベルクでまさかニコリを置いてる書店があろうとは。そんで、一二〇号まで続いていようとは!(当時で23号ぐらいまで出てた。季刊で25年も出せばそりゃ100号行きますね)さらに「漢字パズル一丁目」なんて増刊は出てるし、小学生もパズルをやろうってんで「ニコリくん」なんてのも出てるし、ペンシルパズル本は山だし。

   

思 え ば 遠 く に き た も ん だ。

   出世した旧友を見るような、って、そんなに近くないって。
   昔遊んでもらったおにいちゃんが、大物になったのを見るような気持ち。

   で、買っちゃって、また寝不足(いっしょに楽しんでくれたのは娘でした)。

   おかあさん大人になろうよう。 

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2007年10月 4日 (木)

「六の宮の姫君」イチローも狙ってみるかホームラン!?

   とむ影さんから貸していただいて、北村薫の円紫師匠と「私」のシリーズにはまっております。この主人公がもう、「一日一冊」のノルマを課す本の虫で、いろんな本を読んでおるかわいい国文科の女子学生なのです。そして、ひょんなことから単なるファンの枠を越えて彼女がおつきあいをしておる細かい人間観察と人の善意を大切にする噺家円紫師匠が、これがみごとな安楽椅子探偵さんで、文中の表現を借りれば「靴紐を解くように」日常の謎を解明してくれるのであります。

   さて、わたくしはどちらかといわれなくってもイチローよりゴジラ松井の方が好きです。しかしながら大リーグでの成績はイチローの方が良くって、この夏また大リーグのヒットの通算記録だかを作ったといって、インタヴューを受けておったかと思います。それで「ホームランは狙わないの?」云々聞かれてたような。イチロー選手ニヤリと笑って「打率2割でよかったらナンボでも打つけど?」とか答えてなかったかしら。ホームランが打てないワケじゃないのです。でも、自分はこっちが得意で、こっちの方が楽しい、お客さんを楽しませることができる、チームに貢献できると思ってアヴェレージヒッターをやっておるのだと。
   悔しいけどカッコイイ。

   

ひとには向いてる分野というのがあるのですな。

   で、ですね、この「円紫さんと私」シリーズは、殺人の出てこないコージーミステリで、短編集だったんですが、第3弾にはとうとう人死にが出て、おまけに長編になったんですね。

   面白かったけど。

   確かに物語世界は壊れてなかったけど。

   やっぱ、なんであの子たちお砂糖をオニのように(当時の学生言葉、ムキになって、やたらと、大いに、といった意味)入れてるのかしら……なんと!
   なんでこの本棚だけ本がみんな逆さに入ってるのよ!? ……うわあ。

   ってな小さなキレイなビックリが気持ちよかったんで。

   ま、いくらキレイに曲詰めの将棋かなんかのように収まったって、人が死んだり、単行本一冊丸まるその謎にかかりっきりってのはどうも読んでて乗り切れないわあという、ゼイタクな話。

   まだもう1冊「朝霧」がありました(ここで手をとめて流し読みしました。極悪)。だいじょうぶ、また短編集に戻ってます。とうとうリドルストーリーに暗号ものが出ました。スゴイスゴイ。で、やっぱり落語とか日本の古典芸能が絡んで。こっちの路線の方がいいです。あ、円紫師匠と不倫関係にはならなくていいけど、いい加減「私」に彼を作ってあげてください。周りは順調に幸せになってるのに。

   蛇足。

   

サントリーホールでベルリオーズのレクイエムを聴くなんて素晴らしい経験をしたならもっと燃えなさいよ! その切符、私に回してぇ……。でも、その曲は偶然隣同士で聴いたって、恋に落ちるかどうかは……? 「クララ白書」(氷室冴子)では北大のオケを見学に行ったらブランデンブルク協奏曲をやっていて、そのワイルドな指揮者に一目惚れ、というベタな出会いをやってますが。ベルリオーズは編成が凝っていて(オーケストラの他に金管の別部隊を4編成使うんじゃなかったかな? そのチームを東西南北で指示されてたから、サントリーホールはうってつけだったかも)初めてだと魂を持って行かれるかも知れません。客席にトランペットが隠れていていきなり2階からパパパパ~! と聞こえてくるヴェルディのレクィエムもビックリしますけど。ま、絢爛豪華な曲です。

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2007年7月17日 (火)

「おれはレオ」言葉遊び最高!

   夏休みを控え、子ども向けの本は第2のかき入れ時です(第1は入学前。でも、規模で言うと今が最高かな?)。イトーヨーカドー内の割と大きな書店では特設会場ができていて、虎美は嬉々として品定め。

   「おかあさん! 『なぞなぞライオン』のひとだ!」たしかに、この絵と作者の名(佐々木マキ)には見覚えが。「上は大水、下は大火事なんだ?」という問いに「海底火山」というエクセレントな答えを用意した言葉遊び絵本ではないですか。パート2出たんだ。しかも、「おれはレオ」って今度は、回文?
   「サイだってお手伝いさ」と言語能力に長けたサイをはじめ森の暴れん坊たち(でも食いしん坊)が、前作と同じ頭の回転の速い女の子と彼女のバナナ(や命)を賭けて言葉遊び勝負をするという体裁。
   さすが、前作から9年、満を持しての登場だけあって、回文の質の高いこと。
   「ドレスを着て素敵をすれど」
   「タイツがきついといつ気が付いた」
   「たまにがにまた」って、この応酬が最高!

   2章「おろちイチロー」ではヘビの回文クラブ「いたぶり部隊」を主宰する大蛇のイチローとやっぱり回文合戦。 「内科か外科か外科かいな」と関西弁シリーズに突入。
   3章「おれはレオ」ではライオンと遭遇。「おれはライオンおいらはレオ」ってのはスゴイ。ジャングル大帝のサブタイトルにどうですか?

   仙台の郊外、作並温泉に、仙代庵という回文の名人がいたといって、回文で町おこしをやっとるそうです。コンテストなんか毎年開催して。http://www.city.sendai.jp/aoba/soumu/info_box/kaibun.html

   ワルはどこ? 「オレ、オレ、オレ」を断るワ!
                            ってのは時節柄傑作じゃないでしょうか。
   この本を紹介したら、特別賞かなんかもらえるかも知れませんね。

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2007年7月 4日 (水)

「八甲田山死の彷徨」こわかったぁ!

   え~ん、こわかったよう!!

   ただいま読み終わりました。お蒲団被ってぶるぶるしながら読みました。多摩丘陵本日は霧雨、お洗濯ものを乾かすためにエアコンは除湿モードでフル回転中。寒いんです。仙台だと、この季節は稼働させると温かくなる普通の除湿器の方が具合がいいもんでしたが、関東地方ではそれをやると蒸され死にしてしまうのですね……。

   というわけで、あの死の彷徨を味わうにはベストだったんだかどうだったんだか。

   頃は明治末期、日露戦争を2年後に控えた東北で、「耐寒訓練、やっといた方がいいんじゃない?」という参謀長どののお言葉に、「じゃ、青森の方と、弘前の方と、競争したら面白そう」(いや、ここまで脳天気じゃなかったけれども)ということになり、青森は第5聯隊、弘前は第31聯隊が厳寒の八甲田山に訓練に出かけることになりました。

   冒頭のこの辺の描写が既にして細かい。弘前組の門間少佐に「大変なことになりましたな」なんて声を掛けられて「なにが?」と冷淡に応える青森組の少佐、山田君。君、君、も少し謙虚で慎重になりましょう、と開始8ページにしておかあさんが突っ込みたくなるその性格が悲劇の遠因であったのです。

   また、青森と弘前は地理的に昔から仲悪そうだし(え? 違う?)。だいたい通番がさ、青森が5で弘前が31ってのが一目瞭然。近くないんだもん。一緒の時期に設立されて、昔から演習なんかも一緒にやった仲良しこよしってカンジじゃなくてさ、弘前は後でできましたよ~って。前からある方がなにかと威張ってそうでさ。明治も後半だと、廃藩置県の集合離散も一段落してますか? もとは別の藩だったある程度の規模の市同士は仲悪いって聞きますよね? と、要は聯隊同士の意地の張り合いがあるんじゃないかと。

    青森組の方の大尉(中隊長で、実際の計画を立案、演習も指導する立場)の神田君は、平民から教導を経て士官になった努力家だそうです。このキョードーというのは、士官学校じゃなくて、その下の下士(軍曹とか、伍長とか。命令できる軍人さんのうちでは下っ端、現場組。ケロロ軍曹に出てくるカエルさんたちはタママ君以外この下士です)を育成する学校。おかあさんもいっぱい調べながら読みました(泣)。嗚呼、明治は遠くなりにけり。その辺にも問題があってね。努力で成り上がった人だけに、ぎっちぎち。しかも、士族出の士官様に遠慮があって、どうもちゃんとものが言えない。それがために、山田君の越権(山田君は少佐だから命令してもいいけど、この計画じたいの指揮者は神田君)を許して指揮が混乱したのです。

   しかも、なんだか弘前の方は雪に慣れてる兵隊を、しかも体格とか十分に吟味して志願させ選抜したのに、青森は適当に「1日ちょっと行軍訓練するよ」つって引っ張ったとか。またこれが、弘前は一応日本海側で、雪の怖さを知ってるけど、青森は宮城とか岩手から集められた兵で、雪国つってもそんなに雪の怖さを知らなかったとか、もう、出かける前から問題山積。一般の兵隊さんの服が小倉ってなによ? と調べると、綿製の軍服って、雪山に木綿着ていく奴があるか!(外套は羅紗:ウールだそうです)。将校さんはちゃんと羅紗だって。

   あんたら、行くのやめなさいよ。

   物語は準備万端、上司にも恵まれた弘前組31聯隊の徳島君を中心に最初描かれ、多少難儀しつつも八甲田山に近づいていく様子が描かれます。彼らは南回り、先に十和田湖を目指し、十和田に出て最後に八甲田山を踏破して青森に至るルート。ここに、家庭の事情で養子に出され、青森組と弘前組に生き別れた斎藤兄弟が登場します(小説のような事実!)。お互いが雪中行軍に参加することを知った兄弟、これが最後の機会かもしれないのに行き違いになって逢えず……。お互いを案じつつ、心の支えにしながら雪地獄を歩くわけですな。「今弟が死んだ夢を見た!」とかいって恐怖をあおるあおる。浅田といい新田といい、ジローは泣かせが上手い

   

最初の猛吹雪の二日をようやく耐え抜いて十和田にたどり着き、さらにその先まで踏破、人心地付いてると、張り紙があるのです。
   「第5聯隊様 第31聯隊様 御休憩所」

   先の宿で、青森組も3日遅れで出ており、逆ルートを取ってそろそろ八甲田を抜けてすれ違う日程であると徳島君は聞いていたのでした。しかし、行き合わない。経過を電話で本部に連絡しても(電話ってもうあったんだ!)、青森組の進捗は伝わってこない

   怖いよう。

   生き別れ斎藤兄弟の「虫の知らせ」事件もあり、どうも青森組はやられたらしい、と徳島君は覚悟するのでした。

   で、そこから次の章は「彷徨」、青森組の悲惨な道行きです。いきなり山田君出しゃばるし。全然弘前組のような懇切丁寧な対雪山の特別な指示出せてないし。山田君案内人のひとを断っちゃうし。せっかく随伴のお医者さんが「もう物理的に無理だから」って言ってくれてるのに「不可能を可能にするのが帝国軍人!」とかバカなあおりをするやつに乗せられて撤退のチャンスをつぶすし。そりは捨てろつってんのにこだわって人員を無駄に死なすし。特務曹長の進藤くんは(これも小悪役)「あ、ここ来たことある! 田代はこっち!」といきなり思いつきで道案内して皆を路頭に迷わすし。

   心からサムかったです。

   途中、とうとう斎藤兄が弟の死体に出くわして、「弟の代わりに持って帰っ」た銃の始末にみんなして困ったのがまた後味悪いこと。「第五聯隊に遇(あ)いました。場所はここ。迎えに行ってあげて」「銃を置き去りにできず持って来ちゃいました。返すね」と素直にいかなかったのが旧陸軍の体質の悪さの象徴だったのかしら。

   あ、そうそう、神田君の奥方が「雪の中ではゴハンよりパンの方が食べよいでしょう」つってパンを持たせてくれたってのが意外でした。青森で、明治35年に、パン。意外と文明開化はスピードが速かったのね。山田君の側で生き残った大尉の倉田君(彼は最後まで冷静だったプチいいひと)の生還の原因が当時珍しかった高価なゴム長(彼ともうひとりしかはいてなかった!)だったとか。彼は毛糸の手袋もしてた用意周到さんでした(他のひとは白手袋っていうから木綿のアレらしい。ヒドイ話だ)。

   オチで、第8師団長(東北地方のボスか?)立川中将が「勝ったのは第5聯隊。おかげで冬用の装備に予算が付くことになった。第5聯隊はおかげで全国区だし」って、そりゃ、苦しい。「だからって、第31聯隊も勝ったぞ、あの雪山に。壮挙だな」って、もう、手前の参謀にまで「両方勝ちってありっスか?」って突っ込まれてる。もう、なにをか言わんや。結局、遭難中に自害した神田君、救助後自害した山田君以外責任取ったり取らされたりした奴はいなかった模様。そりゃスゴイネ。

   仙台にいた頃、地元の情報誌かなんかの夏の怖い話特集で、
   「八甲田の辺りのサーヴィスエリアかなんかに夜トイレで寄ったドライヴ中のカップルが、例の遭難死した兵隊さんたちの幽霊を見ちゃって。男の方は彼女を捨てて車を出して逃げたそうだ。翌日、後悔して彼女を拾いに行くと、彼女はもう気が触れていた……」ってのがありました。
   まださまよってるのでしょうか。
   はやくみんな温かいところに行けたらいいのに。
   そこのスピリチュアルな有名人! なんとかしてあげてよ。

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2007年7月 2日 (月)

夏休みの課題図書2007

   土曜日は虎美のお医者のついでに駅前まで出てまた本の買いだめをしてきました。だって
   「今日電車の中で女子大生のようなおねえさんがもやしもんを読んでいた」(旦那様情報)
   「そろそろ新刊が出たそうですから。アニメ化するんだったかな?」ってことで。
   イトーヨーカドー内の有隣堂に行ったら、文庫新刊を立てかける棚にヨンダちゃんの黄色い腰巻きのかかった新潮文庫の100冊が展示されていて。今年はこの中から2冊読んだらアロハ柄のブックカヴァーを全員プレゼントと言うではありませんか!

   「よし、買おう!」って、新潮文庫の100冊は、さすがに古典だけあって読んだことあるのも多いし。とりあえず、
   「これは夏涼しくて良いだろう」と「八甲田山死の彷徨」新田次郎に、悩んだあげく、「見てるだけでいいか」と、猫の写真集にエッセイのようなもののついた「海ちゃん ある猫の物語」岩合光昭 岩合日出子 ということになりました。その場でもらえるんじゃなくて、腰巻きに付いてる応募券をはがきに貼って送るのね。はいはい。気をつけないとうちの猫科のひとにくちゃくちゃにされそうだから早めにやっとかないと。

   まだちょっと読む余裕はないですが、今年は涼しく過ごせそう……大丈夫かな、はまりこんで読んじゃって、エアコンの下だと心から冷え切っちゃったりして。

   お集まりの皆さんの今年の夏はどんな本を読むご予定ですか?

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2007年5月17日 (木)

「空飛ぶ馬」やさしいひとよ

   とむ影さんに貸していただきました。「空飛ぶ馬」北村薫。なんてスウィートな安楽椅子探偵

      窓を閉めて わたしがあなたの髪の毛を

                  撫でるだけでは物足りないわ     舞音

   元ネタは大岡信、「方舟」。第一詩集だったかな、からの抜粋による混声合唱組曲です。作曲は木下牧子で、80年代後半の合唱の演奏会ではあっちでもこっちでも演奏されてました。第2曲が「木馬」、アンデルセン童話だかをモチーフにした詩で、

   「やさしいひとよ 窓を閉めて わたしの髪を撫でておくれ」

   というテノールパートソロが途中にあるんですね。若者らしいどこかにさまよい出でようとする浮遊感を童話の空飛ぶ木馬に喩えた幻想的な曲でした。ただ、わたくしも大年増でこの曲をやりましたので、

   (甘えてんじゃねえ、バーロー、しゃきっとしやがれ。いい年をして。腹を据えてこっちを見ろ)と詠んだのが前掲の腰折れでございます。「その金の手で繋いでおくれ」なんつってもう、浪漫もたいがいにせえっつうの。う~ん、1,2年生だったらうっとりできたんでしょうか。こちらは卒業間近だったし。

   で、タイトルの「空飛ぶ馬」が、短編連作の最終話のタイトルで、その木馬の話に絡んでいると。その前の話がちょっとディープな男女の謎で主人公の女子大生がやりきれない気持ちになったところを救ってくれるのでした。

   自分語りが先になったよ。失敬。

   確かにこりゃ女子大生作家が書いたと思われてもおかしくないです。

   主人公は女子大生、国文科の「わたし」。寄席通いが趣味という渋めのお嬢さん。初版当時国文科出たてだったわたしとは比べものにならないくらい本を読んでます。スゴイネ。珍しく早起きして大学に出てきてみれば、休講、途方に暮れてあくびをしたところを、この大学の先輩である噺家、春桜亭円紫との座談会に出てくれる女子学生を物色していた教授に見つかって、みごと白羽の矢。またそれが、彼女ごひいきの噺家さんだったから、もう渡りにボート! いや違うな、犬も歩けばうまい棒

   この噺家さん、なかなか頭の切れるかたで、教授の心の底に引っかかるややオカルト的謎を、話を聞きながら解き明かしてしまってくれる。たまりません。ものごしは穏やかだし、心配りが行き届いていきだし、こういう大人とたまに知的冒険できるって、スゴイじゃないですか。

   文庫のミステリだと、解説がひどいコトがたまにあると聞きますが。

   この本は巻頭にあって。

   「希有のカップルを誕生させた北村薫氏は」って、

        宮 部 み ゆ き の バ カ ~ ~ ~ ~ ~ !

   期待しちゃったじゃない

   二人組をあらわす外来語では、コンビ<カップル<アベック(死語!)と順に恋愛的親密度が強まるニュアンスでしょ!(あくまでも日本語文脈) ここでコンビとカップルの間にはフォッサマグナ級の溝があります。当然。漫画「Q.E.D.」の想くんと可奈ちゃんはぎりぎりカップル側に引っかかってるでしょうが、この作品の二人はカップルとは呼ばせん!!

   途中、妻子持ちというのがわかってこれはあり得ないかな、あったら引くなとは思ったんだけど。年の方は気になりませんでした。円紫師匠、今のわたしより年下だし。3話めは夏休みで、蔵王に講演で行くからついでがあったら聞きに来て、と誘ってるし。男女の話になる4話では、「恋人に立候補するのも大変」なんて言ってるから、師匠の方もその気があるのかとどきどきしたのに! 一般論かい! 最終話ではちゃんと1話で誕生日の話が出たのを覚えてて、お誕生祝いをしてくれるというのに!!! まだS&Mシリーズの萌絵と創平の方が何かしてるよ。

   じつに清潔な関係でした。ばか。でも、シリーズ続いてるって言うし。ヨコシマに期待します(おまえがバカ)。

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2007年5月 8日 (火)

「カーテンの向こう」芸術の力

   本日はイーヴィヒベルク小学校の授業参観日。科目は道徳だそうで、期待せずに行きましたら。

   「今日はこれ」と、一枚のプリントを配ります。黒板には先生が描いたのでしょうか、ベッドが並び、右奥にだけカーテンが引いてある殺風景な絵。

   「カーテンの向こう」というタイトルの掌編でした。ところはイスラエルのとある病院、もう医者にも家族にも見放され、あとは死ぬのを待つだけという重傷患者ばかりの大部屋でのお話です。

   その部屋は、ただ一番奥にカーテンの掛かった窓があり、そこだけが外界とつながってる模様。皆寝たきりなもので、その窓の側の患者、ヤコブだけがその恩恵に預かっておるのです。彼はカーテンの隙間から外を眺め、可愛い花売り娘が通るとか、雨降りで子どもたちがおかあさんにしかられることも気にしないで泥水遊びをしてるとか外の様子を語って聞かせ、わずかな生活の潤いにしておったのでした。

   語り手である「わたし」はそのうちヤコブが憎らしくなってきます。彼だけが日の光輝く外の世界を見ることができるのです。さらに、同室のニコルが危篤におちいり、最後に場所を換わって窓の外を見せてくれと哀願しても、ヤコブは窓を譲ってやらなかったのでした。そりゃちょっと、悪だよね。

   ここで先生は朗読を止めて、プリントに書き込ませます。

   「ねえ、ヤコブさんってどんなひとだと思った?」子どもたちを当てて発表させると、今時の子どもですから「ジコチューだと思います」(この通りの言い方じゃないですけど)。

   イロイロ語らせておいて、やっぱり「ちょっとひどいんじゃない?」という意見ばかり出たところで、朗読再開。

   もう、「わたし」の心はヤコブへのジェラシーでいっぱい。心の中では「ヤコブ死ね!」まで言ってます。あ~あ。そこまで行くか。そして、そう思ってしまう自分への客観的な「こんなわたしは悪いやつ!」という反省はないのです。おいおい。そうこうしてるうちに、ヤコブにも死が訪れます。せっかくの外の世界の中継者がやばい咳ばっかりして、なんにも語らないのです。最後に、「明日は天気だよ。星がいっぱい出てる。きっといい天気」なんて言って息を引き取るんですね。みんな悲しむんだけど、「わたし」だけは、心の中で万歳三唱。「次は俺だ! 俺が窓を独り占めにするんだ! 中継なんかしてやるか!」一人称は俺じゃないです。あ~あ。悪