2016年11月29日 (火)

OTKオフ開催しました

   許可はあとで貰う。
   <この項は事実を元に構成しております。平安の昔からレディの日記はフィクションまみれ♪

   小金井の江戸たてもの園が先週末ライトアップというのでどうですかと着信。
   波「紅葉とレトロな町並み」
   ま「レトロ好きです~!」
   と「いってらっしゃ~い」と、とむ影さんは抜きで波多利郎さんと行ってきました!

   ま「路線検索にお願いしたらまず新宿行きに乗ってくださいって言われたんですけど(>_<) 逆方向では?」
   ま「ウンターノルドで乗り換えろという事みたいです。首都圏の乗り換えは奇々怪々
   ま「ジョージなう。なんかドライファルケン止まりしかこない」
   ま「ホーム間違えてました! 乗るはずだった急行が行っちゃったよう!」
   毎度実況しすぎて落ち合う前に電池が尽きるイキオイ。

   波「まだ時間はありますから」
   ……波多利郎さんはともかくとむ影さんも見てて胃が痛くなったんじゃあないかしら。

   例によって疲れ切って落ち合った武蔵小金井、駅前の時計が丁度3時を打つところでした。ギ、ギリセーフだもんッ!

   3時集合というのでイロイロ考えてうちを出るのが12時過ぎ。ところがあの日は首都圏空は晴れ渡り珍しく小春日で気温はぐんぐん上昇……。おかあさんでがけにドラちゃんにもラインして相談。
   ま「なに着ていったらいいの!?」
   虎「あたしおかあさんのワードローブなんかしらん」
   ま「ドラちゃんのコート着てってもいい? あのふわもふの」
   虎「なんでも着てったいいじゃない。茶色のとか」
   ま「ふわもふしか入りませんでしたOTL」

   ところが念のため温かくしてくれる機能性下着やらなにやら着ていったせいか、たてもの園のビジターセンターにはいって荷物を預けるときには、
   波「大丈夫ですか? ……まあ、涼しくなってきたら取りに来ればいいか」
   ま「大丈夫!」というぐらいすっかり汗をかいていたのでした。よっぽどやばいよ! ふわもふコートはリュックと一緒にロッカーに放り込み、おばあちゃんお手製の「ザ・袋物」というかんじのびろうどの手提げ袋にお財布とペットボトルとハンカチだけ入れて身軽になってさあ、観覧、うん、美術館馴れしてきました! って、ここ建物を野外展示してるんだよね……?
   波「本当に寒くないですか?」
   波多利郎さんはダウンのコートを羽織っておられました。
   ま「大丈夫……と思う」
   お手洗いを済ませるとすぐにビジターセンターを出て、まだ明るい中広い園内を散策するのでした。

   ま「わーい! 桜の葉っぱって桜餅の匂いがして好きですー」 
   波「でもこれは八重桜で。ソメイヨシノとは花期がずれていて」
   健脚の波多利郎さんに付いていくのが精一杯で、あー春にもいらしたことがあるのね、ナルホド先導に迷いがない、と思いながらなにも気の利いたことが返せませんでした。勝手に借りたドラちゃんのブーツをぽくぽく言わせながら(やや大きくて足が動いちゃう)いろいろおすすめの建物を案内して貰ってました。
   農家やモダンな大正~昭和期の和洋折衷な邸宅、有名人の邸宅やら茶室やら。

   ま「ねこあつめって毎日公開されるパスワードを入れて、貯まると猫の餌が貰えるんですけど、それが季語とかのことが多くて。今日は『口切り』だったんですけど、たしか、八十八夜に摘んだお茶を壺に入れて封印熟成しといて、この頃に封を切ってお茶にするって日があって。その日に茶室もたしか衣更えで、火もやっと囲炉裏的な床に埋めた方を使うようになって。『口切りの茶事』っていうんじゃなかったかな。先生からはお赤飯だったかおしるこだったかのお振る舞いがあって……」
   波「八十八夜のお茶が今頃新茶なんですか」
   それよりおかあさん大チョンボ。夏の間の掘りごたつみたいに蓋をしてある炉の蓋を取り除いて火を入れる炉開きと口切りは同じ日じゃないです(今調べた)。炉開きは11月の亥の日、口切りは11月中旬だそうで、おしるこしか見てなかったことがわかっちゃいました! いやちがうって。とにかく、口切りと炉開きは別です! 波多利郎さん許してえ!

   嘘を全世界に公開する前でよかった。

   などとあやしげな知識を垂れ流しながらあっちへ行ったりこっちへ行ったり。
   波多利郎さんはさっと一眼レフカメラを取り出してぱしゃぱしゃ。
   「それはフィルムで撮る方の?」
   「デジタルです」
   それにしてはレンズも大きくてかなり本格的なんじゃ……。
   ところどころで今撮った画像はこんなカンジと見せてくれました。
   ま「あれおもしろーい! なんかお屋根のカーヴがムーミン谷みたいで。なんだろ」
   それはよく見るとちゃんと半鐘も付いてるモダン火の見櫓だったのでした。上の方の部分だけ設置してあるからオシャレな四阿に見えただけで。その昔のものとしてブロンズのお屋根がもうレトロたまんない。
   近くには萬世橋からレッカー(?)移動したという交番! 赤い鋳物の郵便ポストと黒ラシャの制服にサーベルを吊ったおじさまの警察官つき
   波「一緒にお写真も撮ってくれるらしいです」
   ま「おひげがなといや~ん♪」
   これこれよしなさい。おかあさんもう、
   ま「少しも寒くないわ♪

   波「商店街はもっと楽しいですよ」
   ま「行く~!」
   あれですよ、看板建築? 商店街に面した方は耐火とかモダンとかを考えて銅板でかっこよくキメてるけど裏手の住居部分はまだまだ和風~な町屋のつくり。
   ま「お酒屋さんかな~やだ~裕次郎のポスター!」
   ま「氷で冷やす冷蔵庫ありました! 芸コマ!」
   全然寒さ感じてる間がありませんでした。こういう博物館? あるんですねー。昭和のものも充分歴史的価値あるんだ。

   ま「ハマーツェントルムの三越ってなくなるらしいですね。解るわ、あんなに閑散としたデパ地下みたことない。夕方5時半に行っても隣の人と余裕ですれ違えるの! 
     でも、あれも一応三越だから、赤い御影石びかびかーッともうええっとコリドー? になってて。あれも壊しちゃうのかしら、もったいないわー」
   波「大阪の方のピー(波多利郎さんは正しき百貨店名を仰ったのですがわたしがボケなので忘れました、ゴメン)百貨店もみごとだったのに壊されてしまったとか」
   ま「いつかどこかでまた人を呼べるかも知れなかったのに」
   波「買ってくれる人もいなかったのでしょう」

   今だから「きゃー懐(かし)い!」と言われるけど、それがまた10年20年前だったら、うわーどうして新しくしないの、よくこんな不便なところに住んでるねって平気で言ってると思う。でも、たとえばフランスとかイタリアとか歴史的な建物が一杯残ってる街のひとだと、そこはうまく付き合って、歴史を受け継いでいく一員としての自覚もあるから、ちゃんと不自由も堪えて守っていって、あの町並みをキープしてるんですよね。う~ん、なんでも見た目最新式が好きすぎかな、とりあえずわたし。

   ま「仙台の地下鉄も、作ったのバブルの頃で、もう、地下鉄の入り口から大理石でぴかぴかで。あー高いわけだわこれ、って思ってたけど。バブルの記念碑としてアレはアレでいいかも」
    今開通したバブル崩壊してからやっと作り始めた方の地下鉄はどんななんでしょうね?
   いろいろ考えたライトアップツアーでした。

   贅を尽くせしうたかたの日の殿堂を
     かたみと仰ぐ世も巡り来む     舞音

   それで、春暁オフの神奈川地区会は……

   O おれたちの
   T たたかい(老後)は
   K これからだ オフでどうでしょう?

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2016年11月 2日 (水)

雉も鳴かずば ― ご町内ゴミ当番編 ―

   毎日お仕事に行くようになって、お寝坊してゴミ出しを忘れることがなくなったおかあさんです。毎週火曜は資源ゴミの日ッ。川崎市では専用の青いプラスティックのカゴをご町内の当番が保管して、資源ゴミの日の前夜~早朝に出しといて、ご町内の方が空き瓶を出すときバラバラになったりしないよう便宜を図るというしくみです。収集車が来て、材質ごとに回収して、カゴは元の場所に伏せて行かれます。

   「早乙女さんは10月の当番です。毎週火曜の資源ゴミの日の前の晩にこのカゴをゴミ集積所に出して、収集のあとでご自分の家に持って帰って保管してください。次の月になったら次の家庭へ回してください」云々と書いた紙が貼ってあるカゴが届いたのは9月最終週のあと。喜んで勤めさせて貰いますよ!

   って、……次って誰?

   うちのお隣、3月に引っ越しちゃったのよね。
   その先は、もう町内会長も務めたし、年なので町内会活動は引退しますと仰ってた老紳士で。回覧板はそこを飛ばして新しいおうちに持ってくように今年から変わって。でも、ここらへんはそこんちで坂が上り坂から下り坂に変わってるから、もしかして集積所は向こう側を使ってるかもだし。うちで行き止まりでこの坂くだったところから再スタートだったりして。

   悩みながら、とうとう来ちゃいました10月最終週! これがまたヘタに月曜終わりで。11月は火曜始まりだけど、カゴは前の日に出すから。ここはいつもご迷惑掛けてるお詫びに2ヶ月やっちゃってその間にお隣(残ってる方)に聞いてから回すか、こないだ班長さんにせっかくおうちの電話番号聞いちゃったからお電話で聞いて素直な新入りを装うか……。

   とぐるぐるしながら31日の夜にカゴを出して、1日に帰ってきたら!

   カゴが消えていましたマンマミーヤ

   これは、上のもと町内会長さんが、早乙女さんちまで回ってきたら次はうちだな、なにも言ってこないけど、ここんち奥さんが働いてるからいつも夜遅いんだ、解ったよ、次はうちだって知ってるから貰っていくよ、と取っていってくれたのでしょうか!?

   いろいろ考えたけど怖かったから清水ジャンプで町内会長さんちに電話しましたよ。

   「あら、そうじゃない? 御手洗さん(仮名)はもうこちらに長いから、次がご自分だって気付いてらっしゃるわよ。町内会のお付き合いはご遠慮なさってますけど、ゴミのお当番は平等に回してくださいって仰ってくださってるし。よろしいじゃないの。あなた心配なら御手洗さんのおうちのお玄関を透き見してらしたらよろしいでしょう」って、すいませんわたしもうパジャマなんで勘弁して。

   「去年は夏だったんですけど。その時は何も考えずにお隣の方へ回して。済みませんどんなローテーションかも知らなくて」
   ああっおかあさんその一言が余計なんだって!

   「でもヘンねえ、あなた、うちの裏の並びの早乙女さんでしょ? あの列はあの列で回しているのに、5軒かそこらで。1年に1回しかお当番が回らないことなんかあるかしら?
   「すすすすみませんッ、こんどからちゃんとしますッ」
   やぶへびだったでしょうか。もう1回ぐらいしてたかなあ?

   というわけで、明日起きたらこっそり御手洗さんちのお玄関を覗いてきます。

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2016年8月 2日 (火)

地方にお住まいの方の方がちゃんとしている話

   おかあさん今日は土砂崩れ警戒の緊急速報で朝っぱらから叩き起こされたので、警報解除されたけどお仕事をサボりました。ごめん。寝てないんだよ

   例によってえねっちけーつけっぱで、東北の某街で70メートル級の立ちねぷたが名物とかやってて、
   「どうやって町中引き回すというのだ、田舎のひとは祭に命を賭けていてすごい」とか、
   「ねぷたを一年中作って生活って、夏以降はどうやって生活するというのだ恐ろしい」とか、すっかり見くだした雰囲気で見ていたのですが。
   「この街は米所で、明治以降も街の衆が富貴を競っていたためどんどんおおきなねぷたが作られたのですが」でもう、これだから田舎者は、と見くだしMAXだったのが、
   「でも、大正時代以降電気が普及すると電線にひっかかるのでおおきなねぷたは作られなくなったのですが」のあと、
   「でも! ××年以降この街は電線を全部地中に埋めてしまいましたので! 晴れておおきなねぷたを作ることができるようになったのです!」ってところに大笑い。

   「仙台のアーケードが10メートル級なのと同じ理由かよ! 田舎の人間んだけ祭に命掛けてるの!

   失礼をお詫びします、ひとしきり笑ったところではたと思い至った!

   首都圏でどんなに進歩的なひとが東京は外国に比べて電線が露出していて美しくない、景観に配慮していないなどと吠えてもいっこうに改まらないというのに、それをあっさりこの地方の都市は成し遂げている、それを皆が許している。

   よっぽどそれは豊かで開明的ということではないですかね。

   わたくしが間違っておりました。ホント失礼をば致しました。と、反省したのでかいとく。

   でもやっぱほら、日本は災害が多いから、なんかあったときすぐメンテするには出てる方が便利よね。

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2015年11月29日 (日)

花の都の油売り

   めっきり寒くなりました。職場でも、炬燵は出したか、エアコンは入れたかもう毎朝お互い冬支度を確認し合ってたりして。うちは風邪をひく方が損! とばかりに寒いと思ったらスイッチ入れてますけどね。そんなだからお金が貯まらないのよ。

   でも、ドコのおうちもそろそろなようで、とうとうこの週末、灯油売りのトラックが音楽をならしながら通ってるのを聞きました! 呼び止めて、ポリタンクに入れてもらって、お会計をするんでしょう? ……実はわたし自分で石油ストーヴを給油したことないんです。小学校4年まで住んでた前のうちで石油ストーヴ使ってましたけど、新築したとき、新しもの好きな父がセントラルヒーティングとやらにして、以来石油ストーヴとは縁が切れて。金沢の早乙女のおうちでも据え置き型タンクから直接管で引っ張ってくる石油ファンヒータだし。あの灯油ちゅるちゅるを使ったことがないのです、実は!

   ……仙台にいたころはそんなこと言ったらとんでもない箱入り扱いされるから口が裂けても言いませんでしたけどね。

   というわけで、流しの灯油売りには実は切実感がないのですが、それなりに季節の風物詩として耳を留めておりますのよ。

   「……仙台は月の砂漠だった」
   サウジアラビアから持ってきていることを思えば正しい選曲と言えましょう。
   「♪たららーららーらららーらーってのはなに?」
   豹太に話を振ったらすぐ飲み込んで、聞き覚えのある曲を出して来ました。たしか前の山の灯油売りはこの曲。
   「あれはアニーローリー。連合王国のどこかの民謡だから北海油田には相応しい」
   「……へー」
   「こっちの山ではペチカなんだよな。これはロシアから持ってきてんのかね。でも、旧ソ連なんとかスタンだったりしたらペチカってのもなあ」
   「……母はもしかして産地ごとに曲が違うと思ってるの?」
   「いや、だったら楽しいなーと思っただけ。
   『まいどー今ちょっと早じまいしたいから安くしとくよ』なんて碧い眼のおっちゃんがマトリョーシカなんかつけてくれちゃって、
   『きなくさいもんねおたくんとこ。大将どんどん顔怖くなってきてるよ』
   『へへ、わかりますか? とりあえず手持ちを売り切って米ドルにしときたいんで。
   奥さんよかったらお友だちご紹介してくださいよ』
   『サトーさんちがそろそろ切れるっていってたかしらね、待って、電話してみる』……なんてイヤだわあ、平和な日本の住宅地でそんなの。
   実際は石油メジャーのところにブレンダーがいてちゃんといろんなリスクを加味しながらまんべんなくいろんなところから買って一定の品質にして流しているのであろうとも」
   でも、産地によっていろいろばらつきがあってお値段も色々だったら面白いなあ。
   「奥さーん! こっちは近場から持ってきてるからその分安いよ!」
   「マダ~ム! 品質はうちが一番ネ! 10L買ってくれたらミニ絨毯付けるヨ!」 
   「うちのはゲリラの資金源には絶対なってない! 戦場から遠く離れた新大陸のフェア・トレード油だよ! 意識高い奥さんには解るでしょ!」
   うちの前にトラックが2,3台も集まって値引き合戦になっても楽しい……いやめんどい。

   ……というようにおかあさんの妄想はなにからでも広がってゆくのでした。

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2015年10月12日 (月)

金沢だってやさしいよ

   新幹線効果でとても賑わっているらしい金沢でございます。
   ぐずぐずしてて上げてないけど、実は9月のアタマに帰省してきました。ホント2時間半で着くのよ! ビックリ。……まああとでまとめます。

   昨日姫ちゃんのバレエを見に行った帰りに虎美とラインしてたら、
   「金沢は今日寒かったよ! 雨降ってもう友達と二人して濡れ鼠になって、友達はしょうがないからってカーデ(ィガン)買ったら、お店の人がとっても優しくしてくれた」
   「ほほう」
   「これ着ていきますって言ったら風邪引かないでくださいねってその時着てたほうのぐしょ濡れカーデをヴィニル袋に入れてくれた」
   「金沢人雨降られ上手
   まあイマドキの商業施設では金沢に限らないでしょうけど。
   「元気出してって飴ちゃんもくれた」
   「なぜそこでオーサカ人になる」
   「あたしはもともと靴買うつもりだったけど、すぐ履いてきますって言ったら濡れたままだと風邪ひいちゃいますよねってすぐ値札取って履いてたほうの靴を袋に入れてくれた」
   「川崎は暑いぞ。母汗まみれになった。小田急は冷房効いとる」
   「嘘!」
   おかあさん女性の卒業間際のあれで火照る季節なのかと思いましたけど違いましたね。まあ、宮前区の区民会館坂の上で、おまけに駅から結構歩くからそのせいだと思いますが(そして目眩で今日仕事休んでネットしてる。やっぱコーネンキじゃん!)。

   「能登は優しや土までも」と申しますが。金沢人だって優しいよ。「弁当忘れても傘忘れるな」という土地柄、にわか雨に濡れた人にはうんと優しい……と思うから、どうぞいってみまっし(ご来訪ください)。傘を忘れずに。特にこれから先の季節は。

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2015年9月10日 (木)

明日は我身

   うう~ん。

   当地区もこの先のゴルドベルク小学校に避難所が開設されたそうな。
   昨日の帰宅時に広報車が回ってきていて、ここは土砂崩れの警戒地域なので逃げてって言ってたけど。
   来て半年だからどのレヴェルなら逃げなくちゃならないかわかんない。
   お隣さんはまだ大丈夫って笑ってて。
   お腹空いてたから先にご飯にして。
   NHKつけっぱにしようとしたら天気悪すぎでほとんど映らなくて(要対応)。

   川崎市のHP見に行ったら鯖㌧㌦(今は見られるので開設が判った)。
   なんとかお兄ちゃんがどっかから引っ張ってきた情報では避難所はノイエ・リリエンベルク駅前(バス乗って15分)から徒歩数分のセウワ音楽大学って、ないわー。

   おかあさん明日は8時集合で新しい業務に入るからよそに泊まりたくないわ~とかいって、いつもの癖でお腹いっぱいになったら眠くなって寝ちゃった。
   今お風呂から上がったとこ(これも平常運行)。

   お外は静かだから大丈夫かなー。

   さっきもTV確認しようとしたら砂の嵐に近い状態。でもディジタルだから粒子が粗く四角いというある意味面白い画面でした。
   明日無事に仕事から帰れたら更新します。
   これで終わりだったらごめんなさい、皆さんこれまでご利用ありがとうございました。

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2015年6月25日 (木)

老婆は虎よりも猛き話

   夏至も近きある夜、わたくしの携帯が鳴ったと思し召せ。取ってみれば老母の声。

   「まいこちゃん元気やったぁ? ごめんおかあさん今週忙しくて」

   怒濤の勢いで詫びことをぶつけてくる母を労いながら先を促すと。

   「達川さん死ねてんよ(お亡くなりになったのよ)」
   達川さん(仮名)といえば母の唯一の姉。兵庫に嫁いでそれなりの奥様となって、わたくしの思春期にはそこんちの子のアイヴィー・ファッションのお下がりをくれたりしてたありがたいおばちゃんではないですか。
   息子達の奥方とはうまくいかず、とうとう去年の暮れには施設に入ったとかでもう最後のお別れを言いに行ってきたとか言ってたような。
   それから半年には足りないけどあっけなかったなあと思って聞いていると、
   「そんで切符を取ってお葬式行ってきて帰って来たと思ったら今度は引田さんの奥様が亡くなられて
   「あら」
   それは母が長い間洋裁を習うという名目の元、お裁縫とお喋りを楽しみに通っていた金沢の某ホテルのフレンチのシェフの奥様。わたくしは実際お目に掛かったことはそんなになかったけれど、長く母と親しくしてくださっていて感謝の気持ちは持っていました。
   「もう胃瘻で病院に入っておいでたんやけどとうとうで。わたしまたお通夜と葬式行って」
   「疲れが出ないようにしんないかんよ」
   「おいね!(=そうよ!) それがわたしそのあと友達の竹内さんと新幹線に乗って東京に日帰りで遊びに行く計画やったんにこのせいで4日も延期になっとったがを行ってきて、目ぇまわるかと思った」
   「ぱーどん?」
   「東京行って遊んできたわね!
   「おかあさんなにもその週のうちに……」
   この老女には穢れとか忌中とか言う概念がないのだろうか。
   「だって、4日もこっちの都合で延ばしてもろてんもん悪いし」

   母は昭和14年の生まれ。誕生日来てますから76でございますよ。

   兵庫に葬式に行って金沢で通夜いって葬式行ってその後で東京日帰りツアーするか老女!

   「なーん! りょーこ姉ちゃんの葬式でみんな集まったけどあの子もあの嫁もみんな身体悪うしといてわたしが一番元気やったわ!

   そうでしょうとも。

   一週間の移動距離どんだけなんだこの老女。なんでJRにはマイルがないのだろうかって、独占企業だからだよ。わたくし聞いただけでどっと疲れました。

   

虎は一日に千里行って千里帰るそうですが、このパワフル老女は虎に負けないんじゃないかな。ええと東京金沢間は新幹線開通の時の情報で450キロぐらいですか? 西宮は解らないけどとりあえず大阪まではサンダーバードとして267キロ。引田様のご葬儀は金沢としてもこの一週間の移動距離はスゴイ。じゃあ虎の千里ってどのくらい……中国古典の一里は何キロなんだろう?
   中国では短かい里の時代と長い里の時代があるとかで。まあ長くて90メートル説だと90キロ? 長いほうだと435メートルだそうなんで(Yahoo!さんありがとう)。かける千ってことはキロ換算に計算要らないはずなのに電卓まで出してきたわたしは既に耄碌しております。一日と一週間という期間の違いはあるが母、虎に勝ってる!?

   という老婆は虎よりも猛なるかもしれない話でした。楽しかったそうですよ。やっぱすげえな戦中派は。おかあさんはもうドンキー未満で(それ以前にキリンだった頃があるのか)。

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2015年6月18日 (木)

しょうぶだ!

   なんとか最初のお給料が出ました。今月も食いつなげました。ほんと、いろんな方に引きたてていただいて今日のこの自分があることに感謝しています。

   「引っ越したらスーパーが遠くて大変」とことあるごとにグチっていたら、波多利郎さんが、
   「とある事情でいらない自転車があるんだけどいかがですか」って。
   「いただけるなら頂戴したいですッ!」とすぐに手を挙げ、いただいて参りましたよ。おにいちゃんといっしょに相模の某駅へ出頭して波多利郎さんに拾っていただいてご自宅へ。状態の良いサックスブルーの市内で普通に女子高生が通学に使っちゃったりするような自転車をいただいちゃいました。
   お宅への道中車中から「この道をまっすぐ行くと町田ですから」云々と戴いたチャリに乗って帰るつもりのおにいちゃんに帰りの道まで案内していただいて。
   「ここの自転車屋さんで落ち合いましょう。防犯登録をやり直さないと」と、行き届いたこと。

   そして、おにいちゃんが先に発った後、
   「お茶でも」とおうちに入れていただいて、うわーきれいにしてるなーとぼーっと突っ立ったままLDの入り口でお茶を戴いて。
   またお車に乗って某大きいスーパーの駐車場に車を停めて、待ち合わせ場所へ。防犯登録をやり直して貰ってめでたくこのチャリは早乙女豹太くんのモノになりました。

   「ついでに花菖蒲でも見に行きませんか」ってなんでおかあさんの趣味わかるのぉー!?
   「行きたいけど、そんな高い入場料払えませんです」
   自転車戴きに行くのに手ぶらなんだもんな。もうお里のおじいちゃんにばれたらお説教小一時間ですよ。ごめんなさい、次のオフのお土産を期待してぇ~~~。
   「大丈夫無料」

   相模の某公園に連れてってもらいました。

   うわー!

   きれいにラインを作ってお行儀よく並んだ花菖蒲が満開~~~!

   ところがおかあさん余計なことを考えて。

   (ここで金がないなら智恵を出さねば。わたしに期待されているのはこの場に応じた歌を詠むことではないか。よし、在原業平がカキツバタで詠んだならわたくしは花菖蒲で一首詠んで見せようじゃないか。うん、花菖蒲を句の始めに入れて詠むとどうなるんだ、そもそもはなしょうぶを旧かなで書くとはなせうぶなのかはなしやうぶなのかどっちだ?

   「おかーさんは注意が逸れると顔が無表情になるんだけど、日頃ニコニコしてるから落差が怖いんだよね。気をつけてくれる!?」

   虎美がいちど申してましたが、その時わたしはまさしく魂を飛ばしてました。

   波多利郎さん! わたしあのとき不機嫌だったんじゃないんですからね~~~!!

   木を見て森を見ない性格を改めましょう。OTL

   せっかく油代使って連れてきてくれた方を楽しませなくてどうする。ホントスイマセン。

   というわけで唸り続けるおかあさんを駅まで送り届けてくださってお開きとなったのでした。

   うちに帰り着いたらおにいちゃんがもうゴキゲンでひとっ風呂浴びた後でしたよ。

   波多利郎さんホントありがとうございました!

   そんで10日も唸り続けた結果がコレだよ。

   

 るすぎて
    つのこころを
    きたてて
    ちみにゆけり
    けのえんげい  舞音

   今日の通勤の車中でなんとかなったよ。ところが、携帯に入ってる広辞苑で調べたら、花菖蒲は旧仮名では「はなしやうぶ」なんだそうで。
   まちがっちゃったどころじゃない、6文字じゃあ折り句にできねえじゃねえの。

   

ムチャしました。

   

 ときけば
    ほたれいても
    すみのひ
    ちみにゆけり
    けのえんげい 舞音

   下の句は使い回しちゃった。
   花菖蒲は江戸時代に松平なんとかいう花菖蒲の神様ともいうべきお旗本が頑張って品種をまとめたり栽培法を書き留めたりしてくれたのを伊勢のなんとかいう商人と、肥後の細川斉護(字がアレなのでなんとか覚えてた)という殿様がそれぞれ地元でがんばって発展させたと説明がありましたんで。それにしても「武家の園芸」とはみやびじゃないのう。
   まったく江戸時代のお武家の園芸熱には驚かされますね(棒読み)。

   まあ、折り句ってのはある意味「アイウエオ作文」なんで、その場でなんとかかたちになればよし、深い内容がある必要はないんですから。いーんです! それにしても、ジャンルは違うとはいえねづっちはほんと毎度巧くまとめてたもんです。改めて尊敬。

   ってことで、遅くなりましたが、波多利郎さんまたよろしくー!

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2015年4月27日 (月)

お側に来ましたオフ開催しました

   なんてね。
   仕事がないので細々と引越通知を出しております。ご覧のあなた様にもそろそろ参るかと思います……。って、もともと神奈川に出てきたときから「近くじゃん!」と言っていた大学時代の学友くしちゃんに「もっと近くなったかも」と書いてやったら「あはれジャイアンツ倶楽部を横断できましかば一里もなかるまじ」とその翌日には返事がきたという。くしちゃん筆まめすぎ。ああ、うん、うちの裏山ゴルフ場だったみたいね(どんどん場所が特定できるぞ)。

   ところが入ってるはずのくしちゃんの携帯の番号がこちらの携帯の住所録に入ってなくて、今年もらった旧住所宛の年賀状を漁ってそこに記されたおうちの固定電話の番号に掛けて、やっと決行日が決まりましたよ。貧乏なこちらを案じて、
   「近くの団地で吟行しよう。もちものはお握りと水筒と矢立!」おい、矢立って、ホントに詠む気か(^_^;)

   ああ、しかし雨女。それは台風並みの暴風が荒れ狂った先週の月曜のことでした。

   集合場所のエーベナシュヴァンツのバス停で風に吹かれていると、ふっと懐かしい姿が横切ります。
   「おやくしちゃん」
   「まいこちゃん」
   あとはもう、飛び去った月日の後ろ髪をぎゅっと掴んで引き戻した如くに往時のノリが蘇り、降っちゃたねごめんとか、向こうのバス停から来るかと思ったなどとマシンガントークで雨の吟行が始まったのでした。

   桜もまだ残り、周囲の丹精したお庭では赤白黄色のさまざまな春の花が咲き乱れて雨さえ降っていなければサイコーだったでしょうが、もう積もる話が噴出して、傘を支えながらでも十分楽しい散歩だったのでした。
   「ごめんお金ないから雨降ってもカフェとか入れない」
   会うなりコレだよおかあさんたら恥ずかしい。
   「いいよ、おにぎり持ってきたでしょ?」
   さすがもと貧乏女子大生同士。阿吽の呼吸です。こないだのお側に来たオフではノイエ・リリエンベルクのセウワ音大の芝生のところのベンチでずっとしゃべってるだけだったしな。こじゃれたレストランでランチ・コースとか欠片も考えてない。

   「これ、息子が社会科の授業で貰ってきた地図」と、ちゃんと付近の地図を持ってくるくしちゃんさすが!
   「少し歩くと地域のセンターがあるからそこでなんとかなると思うの」
   「でも今日月曜だけど館モノは大丈夫かな?」
   「……大丈、夫……?」
   え~と、とりあえず扉は鎖されてなかったですけど、どやどや入りこんでお椅子のあるところで一服させて貰いましたが、黒々と、
   「ホールではお菓子を食べないでください」って。
   ……お菓子がダメならお弁当もダメよね。
   地図を広げて道(とその他ご飯が食べられそうな施設)を確認しつつ話がそれてそれてそれまくって30分ぐらい坐り込んで話してたら、
   「今日は一応休館日なので」と追い出されました。ごめんなさい。
   「ま~なんとかなるさ」 

   そのままいろいろしゃべり散らしながら団地の中を歩き倒し、公園の四阿でお弁当を広げるといきなり雨が横からになって。

   くしちゃんほんとにごめんよ。

   「卵焼き焼いてきたんだ、食べて」
   おかずまで御用意いただいてスイマセン。おいしかったです。
   「甘いかもしれないけど」
   「あはは、うちのはもっと甘い」
   用意してくれてたプラスティック・フォークも風で飛んで、手づかみで食べながら心はみやび。ついでに駅前のスパ地下でゲットしてきたれいの桜フィナンシェを食後のおやつにして、ほんと、「天の才覚を持つならば吹きすさぶ嵐の中といえども頭を上げて進め」byギョエテ、BGMは「さすらいびとの嵐の歌」な気分でした。 

   ふつうのペットボトルに生茶を詰めてきたわたくしに比べ、直接飲める魔法瓶にコーヒーを作ってきたくしちゃん、よっぽど寒そうに見えたのでしょうか、「スキムミルク入ってて好みの味じゃないかもしれないけど」と勧めてくれました。温かかったです。さすが行き届いてるなあ。この天気じゃあねえ、やっぱりホットを持ってくるべきでしたね。

   「どうする?」
   とりあえず一周しましたが、座って雨を凌げそうなところは見つからず。こちらもネットでいろいろ見てたんだけど、どこもお屋根がかかってなくて。ちょっと抜かったかなーってかんじ。貧乏でなけりゃ、それなりのカフェはありました、エーベナシュヴァンツの名誉のために書いておきます。わたしの貧乏がいけないのよ。
   くしちゃん黙って席を立って風上の方に座ってくれました。なんて行き届いているんだろう。

   「この団地の循環バスがあって、一周90分ぐらいなんだけど」と、くしちゃんの名案。
   「ご迷惑じゃないかな?」
   「日中だから空いてると思う」
   「いくら?」
   「170円……この春で上がったかも」
   「だったら払える」っておかあさんどんだけ貧乏(^_^;)
   「ずっと乗ってたら運転手さんに怒られるかしら?」
   「まあ、しゃべってて降り忘れたことにしよう」
   と、バス停のお屋根の下でぺちゃぺちゃしゃべくりながら待つこと30分。向かい側に来たなにやらカラーリングのモダンなやや小さめのバスに駆け寄って、乗せてもらいました。……意外と混んでました。途中からお客さん乗ってきて、くしちゃん立ってお年寄りに席を譲ったりして。ごめん、わたしはとてもそんな余裕なかった。

   「ここが大きな病院で」
   「ほほう」
   「ここからは団地を出て駅の方へ降りていくの……」
   「凄いな」
   とガイドもしてくれて興味深かったのですが、
   「ごめん、バスに乗ると眠くなっちゃって」
   「ああ、おやすみ」
   くしちゃん寝ちゃいましたよ。

   そういえば、大学のクラスで修学旅行に行ったとき、サークルの子で奈良出身の子がいるといってかれのご実家を探しに行こう! と二人してオプショナル・ツアーを組んでバスに乗って奈良の郊外を旅したこともあったなーとしみじみしました。べつに付き合ってるとか、好きとかそういうんじゃなくて、ただの学生ノリだったんだけど。
  わたしは黄金色の秋の田を彼女が「セイタカアワダチソウがあんなに」と言ったのがショックで、漱石が往時の早稲田を散歩しつつイネというモノを知らずなんだコレはと邪魔そうに言ったのに子規が驚いたとかいう文学史の故事が我身にも起きたのを痛感したことを今でもありありと思い出せるとニヤニヤしてました。 

   入り日受け穂波にまがふきりん草 
       指さしてゆく徒歩2人連れ   舞音

   逆にセイタカアワダチソウ=きりん草が稲穂に見えることにしちゃいましたけど。

   わたしって田舎の子だったんだなあ。
   「こないだこの年で『華麗なるギャツビー』読んだんだけどさ! あれってメリケン版『金色夜叉』だったよ!」と恥知らずなことを言っても、
   「そう? わたしも昔めくっただけでよく覚えてない」とやさしく微笑むだけで。
   ほらやっぱり大塚行くような文学少女は読んでるんじゃないか。……バカに逆らわない奥ゆかしさにあとから冷や汗が出ましたです。ほんと、わたしにはもったいない友でありました。

   お天気は回復しないし、退屈そうにしているのを見かねたのか、
   「まいこちちゃん、このままもとのところまで乗っていってもいいけど、途中でナーギ駅で降りると、ここからノイエ・リリエンベルクまで行くバスが出てるから、コレにのって帰った方が良いかも」と申し出てくれました。
   「……実はトイレが限界」
   「大丈夫?」
   ありがたくその案に乗るることにして、ナーギ駅で下車。
   「実はこのビルの中の書店が撤退して。うちから徒歩圏内に本屋さんがないの」
   「うちも。駅まで出ないとないよ。困るよね」
   ほんと、みんな本を買わなくなってるんだなあ。わたしもほんと去年は本買う余裕なかったし。

   「駅まで行かないでこのまま途中のニーダー・エーベナシュヴァンツで乗り換えてうちへ帰るためにこの辺で買い物して帰りたい」
   「いいよ」ということで、ビルに入ってる京王スーパーでお買い物しました。
   「お高いんじゃないの? ほら、これなんかカナダの契約農家の豚だって。100グラムあたり98円……安いわ。買うッ」
   お鍋のもとが残ってたから、寒いし、鍋にしちゃおってもやしやらおとうふやら一緒に買って1000以下でお夕飯のお買い物すましちゃって。
   「まいこちゃんバスが来たよ!」
   「ありがとう、また今度ね!」って車内から大きく手を振って別れました。

   ……ほんとに気を遣わないオフだったわ。お金もな。

   街をめぐる車内で友と語らへば
     時巻き戻る心地こそすれ    舞音

   阿刀田高とかの短編だと、バスが着くのは懐かしい学舎で、乗ってるうちにみんな若返って、亡くなった筈の友が待ってたりするんだよな……。
   さすがにそんなことはなく、うっかりぼーっとしてて降りそびれてひとつ先のバス停で降りて、三々五々どころか8、8、10ぐらいの塊で広がって歩いてくる虎美の後輩どもをかき分けて逆行しつつおうちにたどり着いて、疲れてお昼寝しちゃいました。やーもーほんと雨女でごめんね。

   そんでもって翌日は良い天気だったのでした。

   雨女 その濯がれし翌朝の 
    スカイブルーをせめて土産に 舞音(再掲)

   そのあと3日もかかってやっと一首ひねって、絵はがきに書き殴ってくしちゃんに出しましたよ。

   「楽しかった また行こう!」

   くしちゃんからも今日、ちゃんと一句載ったお葉書が帰って来ました(手描きイラスト付き、ホント奥ゆかしい)。ということで、この項おしまい。

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2015年4月 5日 (日)

第3回春暁オフ開催しました

   今年は天気はもちそうだと思ったのに、満開のところへ前日に暴風でああきっともう吹き散らされてしまうわと気を揉んだというやっぱり「残りの花はいかばかり」となった受験ママ慰労オフ会でありました。今年は「千鳥ヶ淵行ってみたい」というわたくしのリクエストで半蔵門集合。

   ところが。

   やっぱりお花見のお供はニコラスの桜フィナンシェよねー。出がけに買っていこう……と思ったはよいが、アルト・リリエンベルクはニコラス洋菓子店の開店は9時、路線案内によると9時50分に半蔵門駅に到達するための最適のノイエ・リリエンベルク出発は9時10分の急行新宿ゆき……無理じゃん。

   暫く考えましたが、まいねさんが遅刻してくるのはいつものことと思われているだろう(おい)ここは少し遅れても花見のお供を買っていかないわけには行かない。また、7時からやってるイオンのスパ地下に入ってる横濱煉瓦という手もあるが、フィナンシェの甘さまでは許容範囲でもあのごっつい甘さは苦手な人もいよう。やはりここは5分前ぐらいにニコラスさんにはご迷惑でもドアを叩き開けて桜フィナンシェをゲットするにしかず! まあ、ご迷惑だからほんの3人分じゃなくうちの家族の分も買わせて貰って。

   バスに乗ってる間に作戦変更。各駅停車に乗りまして、隣駅アルト・リリエンベルクに向かいましたよ。ニコラス洋菓子店は駅からちょっと坂を上るから、歩いてる間にほぼ9寺になってました。開いてる! 
   「ごめんなさ~い、桜フィナンシェをご自宅用で5つおねがいします!」
   「バラでよろしいですね」
   小雨が降り出してたので、ヴィニル袋もかけて貰って。お店を出たらジャスト9時。ごめん、開店時刻前だったのね。でも助かった、ありがとう! ダッシュで駅に戻ります。これがまた。アルト・リリエンベルクは急行停車駅じゃないからもう、通過、通過、通過。待ってる間に電光掲示板に示された時刻を過ぎちゃってます。そこでおかあさん慌てず騒がずスマフォを取り出してLINEで連絡。
   「小田急遅れてる?」
   携帯サイトの遅延情報には上がってませんでしたが、その後のユーエンでの急行乗り継ぎも間違いなく遅れてました! ああどんどん乗り継ぎ予定が後ろ倒しになっていく……。

   焦ってる間に波多利郎さんから「半蔵門なう」とのLINEがクールに入りました。ああもう穴があったら入りたい……。昨日のうちに買っておけよ焼き菓子ぐらい。いえ、胃に来る風邪で伏せっていたので駅まで出る体力無かったの。明治ブルガリアヨーグルトに箱根湯本ホテルのジャムぶち込んで(旨かった!)食べてなんとか回復して、「もやしもん」で乳酸菌が仲間を助けに行かせてくれと菌の見える主人公に直訴していたシーンを思い出してしみじみしてました。

   なんとか半蔵門にたどり着いて地上に出て、待ち合わせ場所のドトールにたどり着いたところで後ろから「あの」と声が掛り、振り向くと波多利郎さんだったのでした。もう第一声が「どうもすみません!」
   あやまらなくていいような予定のたて方を覚えようよ。もういい年なんだからさ。

   反省したところでまだ到着の連絡の入らないとむ影さんを待たずにお堀端へ移動。降ってはいないけれど想定よりぐっと暗い曇り空にもうガッカリしながらお手洗いを済ませたりその辺の掲示をみてルート取りを相談したり。

   お堀にそって歩き始めたところでとむ影さんより入電、今東京駅着いたところだって。じゃあ半蔵門に着いたら拾いに行きますとまた肌寒いお堀端を逍遙。う~~~ん。もうちょっと、水面覆い尽くすほどの花の波ってのを想像してたのに、落ちてない、舞ってない。咲いてはいるけれど、肌寒くて、華やかさに乏しい。波多利郎さんはゴキゲンでいろんな方向から写真を撮っておられるけれど、おかあさんはどんどん下を向いていくのでした。快晴のギラギラで露出に困るくらいよりはいいわ~と能天気に考えていたけれど、これはなんとかギリギリ間に合いましたね程度ではないですか。とても残念。とむ影さんには遠くから来て貰うというのになんかほんと申し訳なさでいっぱいでした。
   途中、ベンチでちょっと荷物を開けようというときにも、雨の後でまだ濡れているのを、 
   「わたしレインコートですから」と構わず腰を下ろそうとしたのを波多利郎さんたら押しとどめてカワイイレジャーシートを出してさっと広げてくださって。
   「お姉様と呼ばせてください!」
   思わず叫んでました。ほんとに至れり尽くせり。ほんとに、おかあさんは悩むより手を動かせよ。

   そうこうするうちに「着きましたー」と入電、3回も角を曲がったら方向が解らなくなっていたおかあさんを悠々リードして波多利郎さんがさっさか道を戻り、無事合流できました。

   ……毎度この方がいらっしゃらなかったらオフ会は大変なことになっていたであろう。

   そしてまたお堀をめぐりながらいろいろとむ影さんのここまでの道中のトラブルなどうかがい、ベンチを見つけておやつを出してお茶したり、お土産交換をしたり。
   「こちらが今回の参考出品でございます。
   ほーら、例の仕立屋さん漫画。これは日本篇で、姫路の白なめし革とホールガーメントその他を取材してます。あとでネットで調べたらほんとに真っ白で、色鮮やかな模様が映えて、ほんとにひとつは持ってみたいけどお財布ひとつもウン万円で夢のままになりそう。こっちの縫い目ナシ一体成型のニットは、さすが集英社の取材と思ってお土産にこちらのニットを貰ったらしいんだけど、ホントに軽くて快適だったって書いてあって、いい宣伝になったわよねー」とページを広げてご披露。ホールガーメントはおかあさんも日本の技術すごい的番組で見た覚えはあったんだけど、やっぱり波多利郎さんもご存知だったみたい。もっと身近になることを期待してます。ほんと、おいくらぐらいでどこでなら手にはいるのかしら。作中のペッツォーリみたいな一流ブランドじゃないとお取り扱いないんだったら無理だけど。

   波多利郎さんからは今話題の「魔法使いの嫁」。
   「ああ、ネットの書店の試し読みでさわりだけ読みました。あれはエロいの?」っておかあさんそんな露骨な聞き方を。
   「読んでみて。エロいというよりふつうに少女漫画のテイスト。女の子の方の成長というか」
   「なんだ。だったらそんな扇情的なタイトルとオープニングにしなくても」
   「そこんところは今のランベ的にしたんじゃないですか」
   「ううむ」
   あとで、講演会の待ち時間に読ませてもらったら、絵もキレイ、イギリス的背景描写が巧み、物語の勢いが目を離せない、
   「続きも貸してぇ~~~!」となったのでした。昨日帰って一気に読んだ。よかった~!

   そう、講演会。本日の目的は、花見の他にもあったのでした。オフ開催の告知の項にコメントで情報を貰っていたのですが、「三原順の展覧会が米沢嘉博記念図書館でやっていて、そのアンジー回にヤマザキマリの講演がある」というので、それも目当てなのです!

   説明しよう! 三原順の「はみだしっこ」シリーズというのは、初期の「花とゆめ」誌の人気シリーズで、家族や社会からはみだした4人の少年たちがいろんな人と出会い別れ成長してゆくストーリーで、濃い華麗な絵と哲学的台詞や内面描写で花とゆめ読者層を決定づけ、今も根強いファンを持つ画期的作品なのでした! 個性的な4人のキャラクターにはそれぞれファンがつき、年長の2人の美少年、理性的で真面目なグレアムと口が悪くて乱暴だけど面倒見の良いアンジーとどちらが好きかでファンは日々論争を繰り広げたものでした。 おかあさんはアンジー派です! ヤマザキマリが「わたしの理想の男性はアンジー」と講演を快諾したというのでこれはちょっと聞いてみたいと思ったのでした。

   一駅移動して、神保町から会場の米沢嘉博記念図書館をめざします。これも波多利郎さん任せ。わたくしは会社がこの辺にあって、うろうろしたわぁって、昔話をするだけのひと。
   「この辺はカレー屋さんが多いわねえ」
   「古本屋へ来て、買った本をめくりながら片手で食べられるからってことを言ってた人がいたけど、違うと思う。カレーが飛んだらいやじゃない?」
   「それはそうよねえ」
   でもせっかくだからカレー屋さんに入ろうと言うことになりました。
   「……うん」
   おかあさん一昨日具合が悪いからって名店もののカレーのレトルト食べて、濃すぎて胃に来てのたうち回ったというのにまたカレーはちょっと。でも代案出せないし。ヨーグルト効いて今日はお腹痛くないし。
   「……辛くないのおねがいします」
   キーマカレーはカレーとしては十分な辛さながら負担になるほどでもなくおいしかったです。さすがだ、天竺ウン千年の英知。

   それからえっというほど簡単に米沢嘉博記念図書館が見つかり。なんかふつうのペンシルビルでした。1階が展示室、2階が閲覧室。展示室は……こないだの山種美術館より狭かったな。でも、貴重な原画や実際に使われてた道具類が展示されてました。うわああ、このカラー原画見たよ! 当時「花とゆめ」買い始めた頃で、いちどバラバラになった4人がまた集まって、4人をそろって養子に迎えたい奇特な人がいるというのでそれぞれが親権者に向かい合って許可を貰って、そして新しい関係に旅だつ、という中断を経ての再開で、カラーページで4人が正装してプレゼントの箱もって歩いてくる綺麗な扉絵は胸に残っていたのでした。
   「これがクリスマスローズの球根なんですよね」
   嗚呼、なにもかも懐かしい。
   気を効かせようとアンジーが、新しく養母になるミセス・クレイマーに渡す花を年少組に買いに行かせるのですが、ちょっとずれたところのあるサーニンがクリスマスローズの球根を買ってきてしまう、アンジーはこんな色気のないものを渡せるか、と、箱に入ってラッピングしたソレをいちばんちびっこのマックスに押しつける、そのくだりまでもうアリアリと思い出せる!

   てなカンジで少数精鋭の貴重な原画を舐めるように鑑賞し。まあ、会期中3回展示替えするらしいから、一度で全部出すわけにも行かないでしょう。波多利郎さんは既にグレアム回も見られたというし、これは通ってみんな見ましょうということかな。入場無料。
   時間が来るまで閲覧室で、と、閲覧室へ。こちらは入場300円。懐かしい貴重な本もあり、「新宝島」とか、「カッパの三平」とか、知識としてあの漫画界の大物の初期作品としる本の現物があるんだからスゴイ。でも、燃えたらなくなるものなので、保護の対象であるのだなとしみじみ。その時代の少年少女はみんな持っていて、そして、当たり前にぞんざいな扱いをしたり処分したりしていたものなのだけれど。モロ浮世絵と同じ扱い。大衆文化ってこういうものなんだよなあ。

   色々貴重な本にはめもくれないおかあさん、おお、なんでこういうものがと「落語心中」の最新刊を手にして、虎美がいなくなるとこういうのも読めなくなるわいとありがたく読ませてもらいました。やっぱりすごかった。「落語心中」は近頃賞もとった注目作で、名人といわれる噺家さんのお話。江戸の粋を体現する身のこなしや生き方、麗しい江戸ことばにしみじみ感じ入るとともに、そのお師匠に押しかけ弟子入りする与太郎さんのまっすぐかげんもバカワイイという佳作であります。貸してくれた虎美のお友だちに感謝。作者はBLのひとだというけど、この作品についてはその気配は感じ取れませんでした。カコバナも純粋にライヴァルとの葛藤と読みましたよ?

   そして会場は明治大学のリバティタワーに移動。
   「各界にそうそうたる名士を輩出するような大学だとこういうのも建てられるんですねえ。うちのようにリストラされる候補最右翼のような弱小大学ではとても……」
   地上うん十階の高層ビルですよ。もう最新式で、エレヴェーターホールもエスカレーターもあって。その高層部分はホテルか貸し会議室にでもなってるのかと思えば、全部講義室。うちのような弱小女子大学では予想もつかない……まあ、それはこないだ虎美とオープンキャンパスに行った大学もそうだったけど。イマドキの大手の大学はすごいのね。

   手慣れた誘導に従って講義室にはいると、もう、モダンモダン。作り付けの机も椅子も綺麗だし、天井からはモニタがぶら下がっておるし、映像を映し出すスクリーンも準備されていて、これは期待できそう。
   「今はもうOHP使わないんでしょうね。ええと、アレ、パソコンで画像を出せるソフトであの、あの」
   「ビューポイントね」
   「それ!」
   伝わったからいいじゃないの。ああ、教職の視聴覚教育の講座も、おかあさんの頃はもう過渡期で、「イマドキ8ミリ映写機の使い方を覚えたら単位くれるって時代遅れでしょう!」って、急に教育用プログラミングの制作とヴィデオ教材についての考察に変わって泡くったんですけど、もう、それどころじゃなく変わってるでしょうねえ。
   しかしながら、先生をお越しを待つ間会場で先行発売された本をめくりながらのファン・トークでは、波多利郎さんもとむ影さんも「グレアムの方が好き」と仰る。
   「なんでや!? グレアム暗いやろ!?」
   ええおかあさんはアンジー派ですともさ。スーツが似合って常識人でみんなの生活を支えていたグレアムはかえって破滅型で物語の最後心を病んでしまって、ひごろガキ大将的で困った兄ちゃんなアンジーの方がグレアムを気遣って消耗していくんですよね。2人ともそう言われると二面性があるのですが、そのどちらに心を寄せるかがそのひとの好みというか内面を表しているのだなあ。

   登場したヤマザキマリ先生が登場、熱くアンジーの魅力について語ってくれました。
   「アンジーは他の3人とは違って仲間のことをちゃんと見てやっている。作者の投影ともいえる人物です。美少年で、料理ができて、お洒落で、でもマッチョ、これ以上のひといませんよ!」と語る語る。え? あのフリルの似合う美少年のアンジーのどこがマッチョ? 
   「口が悪いし、すぐ殴る。でもあの4人の中でディトしていて不良に絡まれて彼女を連れて行かれそうになったら、殴ってでも彼女を守ろうとするのはアンジーですよ! あとは自分の中に深く沈み込んでしまって行かせてしまっちゃう」
   そうかなあ(^_^;)。でも、その場の勢いで熱く肯いてしまいましたよ! もう、「冷房を薄く入れました」と主催者側が言うぐらいの熱気で。みんな、「そうだそうだ!」と肯いたり笑ったり、非常に盛り上がった会場でした。司会者さんの誘導もうまくて、時間とシナリオをオーヴァーして熱い「はみだしっこ」語りを拝聴いたしました。あーよかった。

   それから、お嬢さんの下宿を訪れるというとむ影さんとお別れして、「目黒川の夜桜見ましょう」と、池尻大橋へ。池尻は会社の社宅あったんで行ったことありますよーとまた追憶に浸りがち。ぼんぼりに照らされる桜はまた格別でした。
   それから小田急への結節点を探して溝の口まで。ジョナサンでご飯を食べて解散でした。
   「ジョナサン・ジョースターの名前の由来はファミレスのジョナサンで打ち合わせをしたからというのはガセネタらしいですよ」
   「ほう」
   「わたしもう荒木は信じません」
   とか言っちゃって。暗殺教室のアニメ化に対応して出たファンブック(虎美が買った)に載ってた企画漫画で「荒木飛呂彦がお料理してそれをレポートしつつ松井優征が食べる漫画」というのを見たら、
   「荒木先生といえばその年齢を超越したイケメン振りに石仮面を被ったんじゃないかという疑惑が持たれていますが、実際お会いした感想で言えば、被っておられます」としっかり書いてあったという。
   「プラセンタ注射(う)ってたりしません?」
   「打ってないよ(笑)」なんて応答もあったという。ただもんじゃないな松井優征。
   そんな話を披露しましたが、付け加えると、ネットで、出回る荒木画伯の顔写真を画像認識ソフトに掛けてみた結果、目鼻のバランスなんかによると28才くらいという数値が平均して上がり、機械が計測しても20代後半の容姿という結果が出たらしいですよ。ああ、あやかりたい。

   そういうわけで、楽しいお花見オフがまた終わってしまいました。
   「来年は(子供の受験が終わったという)口実がなくなりますが」
   じゃあなんで捗るからってお互いLINEに登録したんだよ。
   「ここのところの、招待すると言うところを選んでゴニョゴニョ」熟女3人頭を寄せ合ってSNS使いこな……す?
   「純粋にお花見オフしようよ!」ということで、捲土重来。来年こそは爛漫の花を見ましょう!

   月も羞ぢ 隠れる夜の 桜哉   舞音

   月蝕のもとの花見なんてもう二度と無いかもよということで出かける前に詠んどいたのですが……どうせおかあさんガッデス・オヴ・アンフォーチュンだから。

   いつかきっと。「一夢庵風流記」の話の締めのような豊かな花見をぜひ。

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