庭付きはつらいよ
一身に華のこゝろの漲りて
髄を取りても紅に染むとふ 舞音
意味不明になったな。
虎美の「ゆとり教育の賜」総合学習の草木染めで、これは否定されてる都市伝説(?)なんですけど、花咲く前の梅の木は、その髄まで紅い色素を持っていて、この時期の梅で染めると一番濃いキレイな紅に染まるとか、とある草木染め作家のひとが言っていたという話。伝聞だから、「とふ(~と言う話)」と留めました。浪漫的なウソね。ウソはウソで、分かって弁えていればいいと思います。「みんなその気でいればいい」。生活の潤いね。実際のところは、春じゃなくてもいいピンクに染まってました。あら、梅じゃないや、桜だったっけ、まあいいか。
桜は、いや、桜に限らずバラとか、桔梗もそうだった、蕾の時に色が凝縮されていて、咲いてしまったらその色素がどんどん分散されていくから薄ぼけた勢いのない色になってしまう気がしていて、「華は盛りを愛でたい」と書いた筈ですけど、咲いたらガッカリって、気持ちも少しは持っています。
けれど、紅梅は、なんと言うことでしょう、咲いても紅の色が褪せないですね。ずっと、絵の具を筆の先で置いたような紅の雫がそのまま枝にあるのです。まだ色の乏しい庭に、寒が戻って、無彩色になった空に、映えること。
ナルホド、木の幹の髄まで紅色を持っていると言われても信じられます。
「紅天女」は、千年を経た梅の古木の精霊なんだそうで、それを使って、ありがたい仏像を彫るよう天才仏師に勅命が下る、でも、切られたら木は死ぬ、やめさせようとする紅天女=木の精霊と、新進気鋭の天才仏師との天敵というか命の接点での恋なんだそうで。紅天女の立場としては、自分は死んで、それでも、さらに別の価値あるものとして大切にされる、愛しい人は名声を得る……なかなか深い愛と苦悩の状況設定であります。
ナルホド、そんな麗しい木を材料にすれば、艶でかつ慈悲深そうな仏様……観音ぐらいがよろしかろう……が彫れそうなものですね。作者(美内すずえ)の着眼点はよいな。
さて、ご近所の皆様も我が家の梅には心を留めておられるようで。
「その梅は、前に住んでらした方が大切にしてらして、ご自分で剪定もちゃんとしてらしたのよ」
これはしたり。
「桜切るバカ梅切らぬバカ」と言いますそうで。桜は、「花見でも折るな」とか聞きますけど、切ったりすると切り口から腐ったりと傷みやすい樹で、逆に、梅は、どんどん切ってカタチを整えてやらないといけない樹なんだとか。うちのをよくよく見ると、皮なんかがひび割れて、灰色っぽくなってる古い枝から蕾や葉の芽はいっぱい出てますけど、いかにも最近伸びましたって青みの残ってるつるんとした枝からは、なんにも出てません。
やばい、こっちに来てからなんにもしてないよ。
盆栽の心得はありませんです(盆栽じゃないって)。
青い、新しい枝は、あっちにもこっちにも、もう50センチばかり伸びてすっくと天を目指してます。ってことは、枝振りももう乱れまくり。
切らないとダメですか?
「いいかげん剪定しなさいよ」と、暗に言われてますか?
都会生活は文脈読めないとダメなのね。
お花屋さんもないのに、植木屋さんなんか見あたらないよう。
図書館か、ネットで、梅の木の手入れの仕方、探せますかね? 虎ちゃんのお花のハサミ、この前ちゃんと買ったの貸して貰っうことにして。
絶対わざわざこのために本は買わないぞう! ……たぶん。
| 固定リンク | コメント (6) | トラックバック (0)











最近のコメント