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2019年11月23日 (土)

モフと聞けば思い出す

   「ああ、オークラショーのこと」

    おかあさんは今はもうない都市銀行の子会社で働いていました。使い物にならないプログラマとはいえ業務関係のお勉強はしっかり叩き込まれ、今でも天候状況で飛行機の機体の都合がつかないと聞けば「ゲンサキしとるからな」と独り言ちてしまうぐらいです。

   注。

   飛行機は、飛んでいった先で帰りの便までゆっくり休んでいるのではなくて、元の飛行場まで帰る便以外にも近場のよそへ飛んで行ってお帰りの時間までに戻ってくるという小商いをしています。

   同様に、栄光の三〇銀行資本市場部が買った債券(主に国債)も、満期償還まで金庫に眠らせておくのではなくて、持ってるだけで何か月に一回利息を産むので、「ちょっとそれ貸して」と言われる先に貸して、じゃない、後で返してねという約束付きで売ってあげます。これが売り現先。戻ってこないことはない前提。実際の飛行機も、普通の日はちゃんと戻ってくるから毎日それで回せているのでしょう。いやーその債券実際金庫から動かしてたかというとようしらん。帳簿というかシステム上でお金が動いているだけだったのかも。状況に応じてちょっと額面より割引したり、ちょっと高めに売りつけたりします。こういう小技大技をやって細々と小金? を稼いでいるのが金融市場。実をいうと、バブルのころはこれが銀行のほぼ本業でした。

   そういう職場なので、先輩やユーザーである銀行本体のお兄さんたちも、カッコつけてアルファベットの略語を使っていて。

   「タイフが」

   「大夫? 今年の大河ドラマの登場人物ですか?」

   「TIFFE。東京金融先物取引所!」

    いんたーなる・ふぁいなんす・ふゅーちゃーず・えくすちぇんじ。メンドクサっ! いや、目にしたことはあるけどそのまんま文部省英語でティフェって呼んでました。Iはそのまま「い」って読んではいけないんですね。iMacが出たのは1998年、平成も10年になってから。今裏を取るためにウィキったらもうないそうですね、タイフ。これの商品を扱うシステム構築するのに億単位突っ込んだというのに。嗚呼、バブルは遠くなりにけり

   当時IBMのシステム使ってた五行合同で利用してたシステムの新商品ヴァージョン説明会に北海道拓殖が出て来ない、どうしたんだ、富士も腰が引けている、なんだろ。もうシステム開発に大金突っ込む余裕がなくなったんです。勘のイイ人はこの辺であの金融再編に気が付いていたのかもしれませんが、下っ端のプログラマ風情では、逆に商品が魅力がないので開発に乗り気じゃないんだと思っていました。いやほんと取引高少なすぎで、データ容量持て余してましたから。

   「モフが」

   「それはもしかして?」

   「MOF。みにすとりー・オヴ・ふぁいなんす、大蔵省だよ」

   フワァーオ!

   なんか国の上の方に立ち混じるような高揚感とともにその言葉はアタマに刷り込まれました。実際使うことはありませんでしたが。

   ところが、あの省庁再編で栄光の大蔵省も財務省になっちゃう。

   「大蔵省ではなにを扱っている省庁かわからない。国際的に太刀打ちできない」

   当時のパワーワード、グローバル・スタンダードに負けたんです。あはれ大宝律令より受け継がれし歴史ある美名も西の果ての国の名に塗りつぶされにけり。

   庁舎の看板も、当時の蔵相あらため財相宮沢喜一が自分で書くかっていうと適当にフォントから選んだっていう……。

   そんでね、財務を扱うから財務省って名前変えたけど、対外的にはミニストリー・オヴ・ファイナンスで変わらずって。

   グローバル・スタンダード対応ちゃうやん!

   もうね、上の方のやることってね、ホント!

   グローバル・スタンダード主義者は敵だ! って落ちに持っていこうとしてウィキったらね、そこは、手前が日本を牛耳っているという大蔵省官僚の心を折る作戦だったって。

   ……古来名前を奪うのは相手に対する最大の武装解除手段というか力を奪う行為だったそうですので。

   世の中なにが効いてくるかわからない。それこそ時津風が吹かないと解らないこともございます。

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2019年11月11日 (月)

あるるん補完計画

   おいおいおいおい。

   娘に同情されてしまいました。

   「おかあさん可哀相

   荒川弘がコミカライズを担当している「アルスラーン戦記」の新刊が出たので買ってきて、娘にも読ませておいて、この後の展開など語っていたら、例によって感極まってネタバレ。

   「この巻タハミーネがとうとう爆発したろ? タハミーネもかわいそうなやつでな」

   「アルスラーンが王の子でない話はもう出てたと思うけど、それが実は」

    などといろいろ語り、

   「そんでもって2部はまさかの〇〇エンドで。

    こんな苦労したあるるんは平民出でも心の優しい賢い子をお妃にして地味でも幸せな余生を送ってほしいと思うやろ、な? ルシタニアでいちばん元気な騎士見習いとか、まさかの再会でにぎやかな家庭作ったとしてもできすぎって言ってもまだまだ物語としてはアリやろ? それなのに××なんてありえん! ファンをなんやと思うとるんや、いくらBL好きかもっていってもこういうのは期待してない、もう2部は捨てる~~~~~~~

   わたくしまだ純情な頃からこの作品を読んでいたので、この作品で2次的なことは全く思いもよらず、物語内で描かれている以上の恋愛関係なんて思いもよらなかったので、なんていうか子孫繁栄させるためにはどういう展開をしたらよいかとは思いを巡らしもしましたけど、まさかこういう方向の結末はホント……。

   ピクシヴの方でかえってアルスラーンを姫様に見立ててダリューンとの恋仲を成立させる二次創作を見た時には目からうろこというか、イマドキの人はこう見るのか―っていう静かな感動を覚えましたが。

   わたしにとってアルスラーンは心優しくはあるけれどちゃんと男の子なのであまりにも立派な騎士に守られるべき美少女的なスタンスではないなあ。男装の麗人化好きなくせに。作品内に、男装してないけどファランギースというかっこいいお姉さまキャラが既にいたからでしょうか。

   しかし、母のタハミーネがとんでもねえひでえめにあっていたことを考え合わせると、タハミーネも込みでハッピーエンドにするには、こうしちゃったらどうかな? 以下ネタバレを含む勝手な妄想につき純情/未読の方はご注意。

   アンドラゴラス「そなたから子を奪ったのはこういうわけだ! タハミーネの産んだのは王女、しかし、王の唯一の子が王女では王位を継ぐことができず国が乱れる。それを防ぐために王女は捨てたと偽り王子として育てた。それがアルスラーンだ。

          タハミーネ、アルスラーンは正真正銘そなたの産んだ我が娘である! わだかまりを捨てて母子抱きあうがよい!

          そして女の身ながら優れた家臣を使いこなし見事敵を放逐し王都を奪還して見せたアルスラーン、見事なり! 余はそなたを誇りに思いここに晴れて伝来の法を曲げ王位を譲る!」

   ……ってあるるん女王様になればお婿さんにだるーんでもエラムでも選び放題……という全方位シヤワセな結末だったのに(違います)。

 

   もうね、もうね、もうね、それくらい許せないバッドエンドだったと思って!!

   「お母さんかわいそう、30年も追ってきた作品がそんな納得いかない結末で……」

   そういう怨念をきれいにお焚き上げするような妄想を短期間に書き上げたのよ。あースッキリ! 作者及び原作ファンの方には失礼しました。1部はホントに血沸き肉躍る傑作だったのよ。それは今でも認めます。今からでもホントお若い方には読んでもらいたい。

 

    そして。

   「おかあさんヒルメスはいつ死ぬの」

   「最後まで死なない、そして諸国に災厄を撒き散らす疫病神。恨みに凝り固まって真実を見ようとしないものは誰も幸せにしない」

   これはこの作品の根底を流れるテーマでしょう。どんな英雄王も有徳の為政者も永遠にその位を保つことはできないというのも田中芳樹作品のテーマであるかもしれないけれど。

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2019年11月 9日 (土)

メイ曲アルバム ノヴェンバー ステップス 

   風邪が抜けねえよ。

   同窓会も自粛で自宅で安静加療中。ブラウザゲームはさらに別のに挑戦中。そんなことより庭をきれいにしろ。隣の奥さんからまたうちの雑草が迷惑かけてると文句言われたわ。そんなこと言われてももう庭へ出る通路つる草で閉鎖されたし。不動産屋さんにお願いしました。素人は下手に手を出さない。いやわたしほんと安静推奨の病人なんだってば。

   休んだり行かなかったりで10月が終わり、11月になりました。うちのチームは相当やばい個人情報を扱っているのでパスワードはゲンミツに設定の上個々人指の静脈を登録して使用端末を他人が勝手にいじれないことになっています。

   そのパスワード更新時期が来たのよ。

   もうパスワードのネタも尽きて、5月の更新の時には、「5月と言えば イム ブンダー シェネン モナート マーイ(麗しき月五月)♪」とシューマンなんて唸りながらそれらしいパスワード設定して、8月には「……じゃあ八月はアウグステ」とドイツ語つながりで設定して。アルファベットだけじゃ安全じゃないからなんてセキュリティ画面がケチをつけてくるのでそれらしき英記号やら数字やらくっつけましたけど。

   「クラオタなら十一月は階段!

   いやあんたクラシック・オタクとも呼べないミーハーじゃん。

   いやCD集めたりコンサートいったりするガチ勢ではないですが中学の音楽の副読本は熟読したし。武満徹が作曲した「ノヴェンバー ステップス」という曲は邦楽と洋楽が融合した名曲だというのはアタマに沁みついています。そういうね、情報から入るのよ昭和の知識人(?)は。

   実際聴いたことなかったわ。

   でも、今はユーチューブあるし。どんなマイナーな曲でも探し出せてうっとり悦に入っているんだから、あるでしょ名曲なら。

   ありました、

   「う~~~~~~~~~ん?」

   ダメでした。

   いやーおかあさんアタマ固いから現代音楽はダメでって、そんなことない、のだめでやってたような曲はけっこういけたもん。ラフマニノフとか。ドビュッシーとか、へえ面白いって聴けたもん! いやラフマニノフは区分けで言うとロマン派だし。現代ってどこからが現代?

   モーツァルトなんて、マリー・アントワネットと同時代人でっせ。ベートーヴェンだってナポレオン時代。日本のクラッシックはそこから永遠に脱却しない、もっと近現代のを聴けよと言われてたもんでしたが、バブルを経てのだめで開眼し(?)結構現代音楽も聴く人増えたんでしょうか。今各オケの今シーズンのプログラムチェックしたらそんなにモーツァルトとベートーヴェンしかやってないことないかも。わたしが現実を認識してないだけ?

   …………現代音楽がだめなんじゃないんだ、タケミツが合わなかったんだ、たぶん。

   昭和の音楽室の音楽史の掲示物や副読本では、ベートーヴェンが境目で、そっからシューベルトやブラームスなどロマン派になって、ロシアが旧ソ連になるころ国民楽派とかが出てその辺から現代音楽ってことになってたと思いますが。20世紀よね。

   合唱はクラッシックじゃないとか言われますけど、おかあさんがやってたようなのは戦後、下手するとまだ生きてる音楽家の音楽だったので、バリバリ現代音楽? いやー無理ってことはなかったな、そういえば。どんどん許容範囲広がったのかしら。

   というわけで、当分PC立ち上げるときに「……階段」と打ち込んで自分がクラッシック・ファンなのか毎日悩むことになりそうです。

   そしてあの曲のどこが「11月の階段」なのかはまだ知りません。どんなうんちくがあるんでしょう!?

   ……調べてきました。発表時期の11月にちなんで11の「段」に分かれていることから。段ってのは邦楽における楽曲の部分の単位です。ほら、「六段」ってのがあったでしょ、義務教育の筝の曲の鑑賞で。ふーん。11段全部聞くには忍耐力が足りませんでした。いや、中学校の英語の教材でガーシュインをやったときに「ラプソディ・イン・ブルー」聴いたけどやっぱりどこがいいのかわからなかったから、もしかして70ぐらいになったら「イイよこれ!」と開眼するのかもしれません。

 

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2019年11月 3日 (日)

つめたい抗議

   肺炎まだ治りません。治ったと思って今週頑張って行ってたらまた咳が出始めて、今度は上気道炎。やっぱ今年は夏の間ウィダーインゼリーとスムージーで生きていたから。栄養バランス気をつけないとね。野菜を食べないと体が酸性になるという主義の早乙女のおじいちゃんが亡くなってタガが外れたのかもしれません。ちくしょうやっぱり正しかったのか!?

   年を取ると昔のことがよく思い出されます。それがいい感じに美化されるならいいけど……。

   昭和61年と言えばバブルがひそかに始まっていたころ。でも、真っ最中の当事者は、円高不況のハズなのになんだか暮らしが楽だわ、不況慣れしたのかしらてなもんで。なんとなくゆるく華やいだ雰囲気を感じ取ってもいて。

   大学のサークルも贅沢になっちゃってさ。早稲田のオーケストラが海外遠征をしたとかで、凱旋コンサートをやるから、にぎやかしにちょっと集まって、と、都内の合唱サークルのいくつかに声がかかって、当然アイーダの「凱旋行進曲」やら有名曲を歌いませんかってことになったんですよ。おかあさんの入っていた合唱団にも当然。まあ規模の大きさとソプラノのルックスのレヴェルの高さでは定評のある団体だったので(おかあさんはアルトです)。

   通常練習とは別に、希望者だけ、合唱団同士の繋がりを引き受ける委員の先輩が情報を持ってきて、その指示で今日は高田馬場の何とか教室、明日はどこそこの区の公会堂、土地鑑のない場所に必死に集まって、練習しました。田舎から出てきたばかりのいもねえちゃんたちを夕方知らないところに集まらせるってことで、引率の先輩方は気苦労多かったと思います。ありがとうございました。今になって思い知ります。

   とくに、よその合唱団の人と知り合いになりたいとか、合唱団内のひとと帰りにご飯を食べて仲良くなりたいとか、あんまり考えてなくて、知らない曲を歌いたい、晴れの舞台にちょっと参加したい、そんな気持ちで。あの頃はただ歌えればそれで幸せだったんです。こういうの若さって言うのかな。

   とりあえずおかあさんがアイーダの凱旋を歌えるのはそういうわけです。大学卒業後にも、やっぱりオペラの合唱曲の企画で同曲を歌う機会があったので、昔掘った貝塚とばかりに(おかあさんそれちがいます)勇んで参加したりしてね。

   でも、日ごろあんまり行き来のない大きな団体同士のことだから、行き違いとか結構あって、うちはわりと真面目に時間通り集まってるのに指導者の方が間に合わなかったとか、4時間、5時ギリギリまで講義出て駒場や本郷、大塚から必死で駆け付けたのに1時間なにも説明なく待機とかでね、少し気持ちがあれてたかもしれない。話を持ってきた合唱団同士の連絡係の先輩も、端正な顔を歪ませていました。すっごい嫌な汗かいてたと思う。季節は初ッ夏ー。

   どこからともなく沸き起こる合唱は、最初か細い声でした。伴奏ナシで始まるその曲は、前の年の駒場祭でやった日本の唱歌を合唱にアレンジしたチャーミングな曲。あ、ウォーミングアップに歌うのね、と、まいちゃんそれだけで沸き立って、一緒になって大きな声で歌いました。そのうち皆声を出して、大きな合唱になりました。しばらくしてアンサンブル始まって、それなりにまとまりました。

   「グローリアル エジット アディジーデッ!」

   てなことがあって、練習を何度か重ねた後、晴れて練馬文化センターで行われた早稲田大学管弦楽団の凱旋公演は盛況だったのでした。

   白ブラウスと黒いロングスカート、そしてやる気さえあれば、いろんな仲間に加わってどんどん新しい大きな曲に挑戦できるんだ! ちょうどその年から、NHKの後援するジュネス・ミュジカル・ジャポンという団体にも有志で歌いに行ってたので、なんというかすごい翼を得た気持ちになっていて、そしてそのまま大学卒業後も駆け抜けたんですが。今にして思えば、学生の団体に協賛が付いて、大きな曲を負担なく一杯やらせてもらえたんだから、やっぱりバブルの恩恵を受けてはいたんですね、わたし。

   さてところが、今になって思えば、その待っている間に自然に声の上がった曲は「まちぼうけ」だったんですよ。

   あの故事成語、「株を守る」にちなんでいて。「ころり転げた木の根っこ♪」とユーモラスに歌っていたけど、曲の冒頭は「待ちぼうけ―まちぼうけ~♪」と4番くらいの歌詞まで共通に連呼で。

 

   「何 時 間 待 た す ん じゃ コ ラ!」

 

   先輩方はそう歌で訴えていたんですね。なんも気が付かないでゴキゲンで歌ってたわわたし! あったま悪っ!! 30年後にして穴があったら入りたい!

   嗚呼、頭の良い方は、そして、将来国を背負って立つような立場のある方は、真っ向喧嘩を売ったり文句をつけたりしないのね!

 

   あっぱれイギリス人はイヤミだ、なんてことを昨今ネットで目にしていて思い出したことでした。

 

   加藤先輩ありがとうございました。その節はお疲れさまでした!

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