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2018年9月 1日 (土)

弟、来襲

   何から話そうか。

   お葬式関連はあんまり長くなったから最後はしょった感があるんだけど、思い出したらまだあったからあとで落穂ひろいします。実家の母が、
   「みなさん大変だけどこれ食べてスタミナつけてね!」と葬式の日に焼きにんにくをアルミホイルに包んで持ってきたとか。

   マ ン マ ミ ー ヤ!

   ネタじゃなくてリアルなんだよこれ!!
   「大丈夫匂いしないから」
   してます、ガチでしてますから! 実母ー! 頼むよ!
   「やめてよバッグに匂いついちゃったよ!」(>о<)
   「あらそうだった? ごめん持って帰るね」
   それでも葬儀から火葬場まではバッグに入れてたわたくしを親孝行だと思って!

   てな感じでネタ満載だったんですよ。

   さて、本日の話題は、葬儀の日が決まって実家に連絡を入れたところから始まります。

   「12日か」
   聞くなりヨシツネ君(実父)沈痛な面持ち。
   「大丈夫友引でもできるって」
   「あのね、お墓参りするつもりやったんよ」
   母が横から解説。あーうちも墓参り大好きなうちでした。暇になったからもうお盆に年末にお彼岸もフルにいってるみたい……? いいじゃんもう毎日が日曜日なんだから14とか15に行けよ今年は。
   「それが今年はくーちゃんも来るって」
   「ぱーどん?」

   わたくしの弟、活田久比来(仮名)、モンゴルのハーンの名を持つ男(今はクリスと呼ばせている)、首都圏で家を構えていたはずでは……?
   「それはあいちゃんや奥さんも連れて? わたし泊ってたらやばかった? いつ来るの?」
   「なーん、ひとりで」ともにょもにょ。
   「どうするん? 葬式だけ出てご会食カットして午後から行ってもらう?」
   いえ活田様御一行は当然火葬の後のご会食もお席用意してありますよ。キャンセルならお早めにお願いします。
   「……いや、ご葬儀を欠席などと失礼はできん」
   出たよ原理主義。父は自分で日本一の良識人と思っていてがちがちの俺ルールを押しつけようとするのですが、どうもこちらも敦盛舞うような年になると、
   「おとうさんのマイ・ルールってじつは微妙?」と気が付いてきたんですけど。
   実例。
   こないだ墓参りに金沢に帰ったとき、墓参りの流れから、金沢駅→早乙女家の菩提寺はしご→活田家→ゴール:早乙女家とルートどりをして、実家で土産物を開いていたら、
   「お前は早乙女に嫁に出した身なのだから金沢に帰ったらまずは早乙女家に顔を出してお義父様お義母様に挨拶をして、実家に顔を見せさせていただきますと許可を取ってからうちへ来なくてはならぬ、謝ってこい!」といきなりうちを追い出されたんでした。
   えーっそれって金沢ルールなの? 21世紀にもなって? と首をかしげながら早乙女家に行って口だけ謝ったら(誠意が足らん!)早乙女お母さんにそんなんいわんわいねと笑われたんでしたが。
   その謎モラリストに育てられたクビライは正々堂々反抗してうちに寄り付かないと思っていたら、それでもオリジナル・ルールに基づいてそれなりに義務は果たしていたんですね。めんどくさい墓参りは嫁や娘にさせないっていうのは合理的で妻子にやさしいかもしれませんが、奥さんやあいちゃんは活田家の墓がどこにあるか知らないわけよね、それって困らない? くーちゃん本人がちかぢか急死しちゃったらどうすんのよ。

   でも、さすがは大ハーン、大人になったらいっぱしの口をきくようになって、ちょっと前、おにいちゃんの奨学金で助けてもらおうと思ったら思いっきり正論で叩きのめされたわたしとしては、敬して遠ざける日々だったんですよ。いや、来るんだったら実家から逃げようと思うくらい。
   
   「あんたたちは実の姉弟やないか。クビライがなにか言うたとしても、そこは姉のあんたが受け止めてやるのが筋やないんか」
   いいえ、わたくしそこまで大人じゃないんで。
   もぞもぞ言っている間に父と弟の間で調整が行われ、弟はスケジュールを変更して翌月曜に来ることになりました。活田家は大聖寺の出なので、石川県と福井県の県境の町まで墓参りは一日かかるドライヴなんです。

   そしてにんにくの薫る葬儀が行われ(お義父様すいません)。

   とーぜんの顔をしてわたくしと豹太は実家泊りいたしました。
   翌13日の朝。
   「じゃーわたし留守番しつつ葬式の疲れをいやしているからどうぞ行ってらっしゃい」
   自分で言いながらそれって人としてどうなのと思いましたです。
   「来るかどうかはあんたが自分で考えなさい」
   父ももう年で頭ごなしに拉致するまでのパワーはないようです。車も母のマーチ、運転は弟だそうです。
   「……せっかくだからご一緒させてください」
   うちのお兄ちゃんには早乙女家に戻しておばあちゃんの御用をしてもらうことにしました。結局疲れてみんな寝て過ごしたそうですが。

   果たして母が言っていた時間より一時間も前に来た弟は一礼開口一番、
   「この度はご愁傷さまでございました。父の指示でお悔やみは控えさせていただきました」
   おう、できるビジネスマンになっちゃって。こないだ会ったときは吉田栄作そっくりだったはずなのに、おっさんになったなと思ったらもう50だった。当然か。
   「いえ、こちらもご辞退とお母さんの方で話がありましたので」
   お葬式の花があまりにも少ない件で、実家から弟の名前で花を出すべきかどうか相談したんだけれど、それよりお義母さんの妹である水無瀬家が優先と断られていたので。クビライが首都圏住みで金沢に寄り付かないのは早乙女家でも旧知の情報だったので、何が何でも葬式に顔を出せという話にもならなかったし。
   ぎこちないまま4人乗って墓参りツアースタート。

   さすが大ハーン、わたくしが圧倒される母の天然マシンガントークをさらに上を行く西の方のニュアンスのマシンガントークで制圧し、父はもう借りてきた猫、一言も発さずに黙って後部座席で運ばれていきました。

   あの父が。ありえねえ。

   もうね、もうクリス呼び出来ない、クビライ様。危なげない運転で母の気まぐれの、
   「お花を買い忘れたからどこかお花の買えるところへ寄って」にも余裕で対応。
   「なんで今になって言う!?」
   「あたしも大聖寺まで車乗るなら車酔いの薬欲しいわ」
   「あーはいはいやっぱりまだ車弱いのね」
   「ぎゃーお茶とかハンカチとか日焼け止めとか入れて完璧にしたリュック玄関先に忘れた!」
   「お姉全然年を取った落ち着きが感じられない。戻っとる時間が惜しい、欲しいものは買え!」
   
   それでも父とは言葉少なにランドマークなど確認しつつちゃんと、
   「今日は××寺は寄らないの?」
   「〇〇院は?」と、数件ある菩提寺をちゃんとそれぞれ理解している様子。
   「じゃー今日はどこへ行くのよ」
   「この道でわからんのか」
   「ごめん全然わからん」
   父黙り込んでしまいましたよ。
   「あー砂の寺か。ここまで来たらわかる」
   それじゃ全然来られないも同じです。海が近いのか、墓地の地面が砂地なんです。
   とりあえず草をむしって花を入れて花入れに水を注いで拝んで終わり。
   
   「鯛焼き?」
   「鯛焼き行くよね」
   車を出したらすぐに皆囁きはじめて。
   「! わたしはたこ焼き」
   「じゃあたこ焼きもね」

   大聖寺駅の近くにいつも帰りに鯛焼きを買う店があって、当然のように弟はそこの店先に車をつけ、母は飛び出して行って鯛焼きとたこ焼きを買って帰ってきました。幼い時から変わらず……。

   「実はあの店は先代がやくざをやっていた人でな……」と父が語るには。
   お祭りに店を出すにあたってPTAからそういう業種のひとは排除したいといわれたとき、女傑といわれた祖母が出て行って、店の人にも暮らしがある、入れ墨は見せないように服をちゃんと羽織って、あこぎなことはしない条件でとはなしをつけて露店を出せるようにしてあげたとかいって、後日お礼もうでがあったとかで。
   「もとのうちにある日帰ってきたら一丁ずっとその筋の人が並んでしゃがんで待っていて、おあんさん、おかえりなさい! とあいさつされたんや」
   ジョジョ5部のアレみたいなもんか? と話半分に聞いていますと、
   「それからも、大きくなって仕事は汽車に乗って金沢まで通っていたから、夜、帰りは腹がすいてしょうがなかったのを、必ず店を閉めた後待っていてくれて、あそこを通るたびに残りものですいませんが、といってなにか店のものを持たせてくれたんや」
   父も昔語りがしたくなる年頃なんですね。
   だから墓参りというか大聖寺にいったときは必ずあそこで鯛焼きを買っていたのか。

   45年目の事実でした。
   いやそれ「マダミス」にあった「作りたての残り物」だったんでしょうね。こんなところに人情。

   「お姉はケーキとかくうんか?」と、金沢が近づいたころクビライ様がやさしい声を出します。
   「え? 自分で作れとか言われたらもう嫌だけど、お皿に乗ったのがここに出てきたらうれしく食べるよ」
   「暇だったんでるるぶとか見たら出ていた。今工大前のなんとかいうところにうまいケーキ屋ができたそうだ」
   「工大の? どのあたり」
   そこからは父と具体的なランドマーク提示の応酬があって。
   「はーん、あそこか、31の横やな」
   「そうそう」
   車に乗る人ってなんでそれでわかるんでしょうね。
   「まあうれしい、行きましょう、あたしがお金出すから」と母ご機嫌。
   「要らん! 俺がおごってやる!」
   「運転手のお駄賃や、払わせなさい!」
   ということで、行ってきました。今どきのちゃんとしたケーキは一切れ500円普通にするのね。おいしかったけど、もう少し冷やしてクリームをしゃんとさせてから食べたかったかなあ。今どきはほんと夏の生ケーキは大変。

   たぶん、暇だったんじゃなく、甘党のうちの人間が集まるから弟はわざわざちゃんと調べてきたんでしょうね、それも、駅の向こうの今にぎやかなあたりじゃなく、うちの実家から車で県南へ出た帰り道に寄れるあたりで。その辺が、やっぱり二人もお嫁さんもらえるリア充ってところよね。と思いましたです。
   さんざんマシンガントークで親を親とも思わないシヴィアーな面を見せてくれましたが、まあ、いいじゃない、彼も怨念ですっげえ名前つけられて、天然な母に迷惑な愛情を注がれ、紙一重のキチガイな姉にネコ科のかわいがり方をされて幼少期は苦労したから。
   ちょっとうちでケーキ食べてくつろいで、母のアレも持っていきなさい攻撃をあっさりかわして、年なんだからもう車は処分しなさい、遠くへは乗せていってあげるからと手を振って帰っていきました。カッコよかったかもしれない。
   というわけで弟と久しぶりに邂逅して疲れたっていうか刮目したっていうか、まあやっぱり彼には遠くで幸せになっていてほしいです。
   

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