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2018年8月26日 (日)

獅子は死してPCを留める噺

   ひと夏保ちませんでした。

   旦那様の父上、早乙女獅子和さま(仮名)永眠です。

   7月の帰省以来、体の空いたものから帰省して見舞って非常時の連絡とか交通手段とか確認してたんですが、8月になったばかりの朝、虎美からラインが入りまして。

   「どうしよう、TVドラマとかでよくみるお脈をとる機械が入った
   「おとうさんは?」
   「すぐスケジュール調整、うちに帰って支度して午後の新幹線って」
   「すまん母今午前の休憩入って今見たとこ午後から休みもらう」
   「おかあさんはもっとあとでいい」
   「ばかやろう新幹線が動いてるうちに帰るんだよ」
   台風並みの雨の降った日でしたよ。長靴はいてレインコート着て出社してました。

   などとやり取りの後、休憩後事務所入ってすぐチームリーダーの大お姉さまのところへ行って、
   「義父危篤です。お休みください」
   「いいわよいっといで」

   まあ、8月にもとのチームに復帰したときに、義父がやばいのでそういう時は帰してくださいとお願いしといたんだけど。
   熟女の多い職場なので、家族が倒れたとか見送ったとか介護のため一時戦列を離れますとかには慣れているという話でしたが。

   ダッシュで駅に向かって、ノイエ・リリエンブルクについて真っ先にしたことは。

   「ブラックフォーマル着るならブラックランジェリー要るじゃん!」

   イトーヨーカドー間の悪い(イイ?)ことにランジェリー40%オフセールやってまして。
   ストッキングやショーツのほかに黒のブラジャア、ワコールで奮発しちゃった♪
   
   大前提もう一回いっときます。

    お か あ さ ん は ひ と で な し!
   「獅子王さまーあ、わたくし今ノイエ・リリエンベルクなんですけどご一緒しません? なにか必要なものがあればついでに買いますけど」
   なんて能天気に旦那に電話かけたら、
   「俺もううちです。結構」なんてふられて。やっぱり親の死に目ともなれば本気出すんだなあ。
   ぼんやりバスプールでバス待ってたら、ちょうどいま到着したバスから旦那様降りてきてあたまぽこんて小突かれて。
   「あ、いってらっしゃいませ」なんて間抜けな挨拶を交わしてすれ違いましたとさ。
   あとはうちに帰ってからフォーマルのパールネックレス探して、仙台時代に清水ジャンプで買ったブランド物の水牛の革のフォーマルバッグが入れといたハコがもぬけの殻で、そういえば去年? 虎美が一番いい服を着て集まるというドレスコードのオフ会に行くときに、「このスーツの格に合うバッグはお母さんのこれしかありえない、どうかこれを貸して」というのでいい気持になって貸してやってから未返却だったわ! と娘の部屋を漁ると、ほこりまみれになって放置されていて。まあ、見えるところに出しといてくれただけましよね。汚れてなかったし。
   汗まみれになって荷造りして出たらもう2時近くなってて、でもスマフォで路線検索とかできるようになってて、とりあえず新宿に向かいましたが。

   小田急線から新宿経由で金沢って入れると、今どきはすごいね、
   「湘南新宿ライン経由で大宮を目指せ」なんて指示が出ちゃう。
   ばかやろう、冗談じゃねえ、こちとら来た電車に乗るつもりの決死行だ、北陸新幹線に平日とはいえ夏休みに座席指定なしで乗って大宮で席があると思うのかべらぼうめ。
   完全無視で東京を目指します。7月の帰省でこのままPASMOちゃんで東京行っちゃうと大変だとわかってるのでちゃんと新宿で一回改札出て新幹線乗車券買って入りなおして。
   今回は指定なしなのでとりあえず乗れそうな新幹線の列車番号? だけ控えて東京駅でお買い物。

   まずはシップだよ! 前日ぎっくり腰で仕事休んでたんで。このままだと帰ったはいいが使えない嫁一直線だったんで。そして駅弁を買って。そして自由席の行列にならんでなんとか座って、発車と同時にお弁当あけました。1526発だったかしらあ~でもしょうがないでしょおなかペコペコだったし。食べ終わってからおもむろにトイレに立ってシップを腰に2枚も貼って、それからぐーすか寝ました。当然大宮ではもう空席なかったですね。
   旦那は先に病院につきましたが、特に感動の対面とかはなく、もう意識はないようすとのこと。だから7月のうちに帰っておけばよかったのに。

   実家にはラインを見た時点で電話をかけて対応を依頼しておいたのですが、
   「かなざわ市民病院な? おかあさんはちょうどそこへいっておるんや」と、出たのは父で。
   「なんで」
   「目の手術のあと具合が悪いとかで」
   「へえ」
   「わかった病室によるように言うとく」
   「虎美ちゃんが出がけに羽織るものを持たないでいって寒いと言ってるのでなにか羽織るものを貸してやってくださいと伝えて」
   「わかったよ」
   でもおばあちゃんズ携帯見ない。うちの母にかぎらず早乙女のお義母さまも。今回の各局面でネックはそこでした。

   「虎美や、それでおさとのおばあちゃんは来たかね」
   「ええーなにそれしらない」
   「つかえねえ! まだ寒いのか?」
   「もういいよ。一度うちに帰るから」
   実家の母は「あらー誰かの携帯が鳴っているわ、誰かしらね~」でうちに帰ってきちゃったそうです。なんのためにもたせているのだ。
   で、わたしも6時過ぎには金沢着、そこから病院へはバス。
   「大丈夫判る? 10番の乗り場から20番に乗って」
   悪いけどそこ母の3年通った高校の横だから。30年経ってバス路線大幅に変わってない限り系統の番号見れば乗れるから。
   微妙に違う番号のバス来たけど、経由地にその病院の名前書いてあったから乗っちゃって、ちゃんと着けたから。
   とりあえずその夜は旦那様と虎美と3人してご飯食べてタクシーで実家にわたしだけ落としてもらって帰りました。だって寝るとこないんだもん。
   「お兄ちゃん来たらどうしようね?」
   「研修中なんだってな」
   「この研修一時間でも落とすと『もう一回始めるドン!』」
   なんだそりゃ太鼓の達人か。お兄ちゃんもラインではひょうきんです。
   「とりま最後まで受けて土曜朝来い。あとは新入社員必須の報連相!」
   なんてことをいってもう一日は実家で自宅待機とかブラックフォーマル蔵出しファッションショウとかやっといて。
   「あらやだ」
   ブラック・フォーマルヴァージョン2大おばあちゃん葬儀の際大〇で買ったやつを出してみたら、その下に当時虎美が着た120センチサイズのチャコールグレイのジャンパースカートが出てきて。一回くらいしか着ていないしキレイそのもの。実母ったら、
   「もったいない、あいちゃんに着てもらいましょう」
   ええーっ弟のところのあいちゃんって虎美と12才違いでしょ? もうそんなのはいらないでしょ。ここはアナタの好きなフリマに出すのが正解では?
   あのこもおおきくなってほらほら、とアルバムを広げていたところで実父の怒り炸裂。
   「あんたは何をしに帰ってきたんや!」
   慌てて車を出して早乙女家に戻ったら、すぐ来てと病院からお電話。近くまで来ていた虎美を拾ってまた病院へ。
   飛び込んだ病室ではもうお脈の曲線が山をなしていなくて。
   少しでも昔を偲んで和やかな会話をしようというわたしと、余裕がなく厳しく切り捨てる娘が掛け合い漫才になりかかったところで、もともとそういうボケと突っ込み的会話とくに親子の間で、というのが理解できずそのたびにたしなめていたお義母さんから、
   「ここでそんな会話をするなら、あなたたちお買い物にでも行ってきなさい」と追い出されてしまったのでした。
   嗚呼痛恨のおちゃらけ体質!
   虎美を気遣いつつ、
   「なーに、これから持ち直すって、お兄ちゃん来るの明日だし。あがってーさがってーあがってさがーるー♪」なんて言いながらセブンイレブンと近所のスーパーをはしごして出た来たら。
   「おじいちゃん亡くなりました」と虎美の携帯に電話が入りました。
   意識は戻らないままだったとのことでしたが。
   一 生 旦 那 及 び 虎 美 に 負 い 目 が で き た よ。
   「すぐ帰っておじいちゃんの休むところを作りなさい」

   事前からの申し合わせで、まずは一晩病院に置かせてもらって、それから片付けて仏間に安置するという話だったのですが、この気候? から? 病院は一晩も泊めてくれないそうで。帰ってるタクシーの車内でまた電話が入って。

   「30分で支度しなさい
  
   ラピュタじゃないんだからお義母さん。
   「どどどどうしよう、仏間以前にその前の間のおじいちゃんの書斎も担架? お棺が通れるくらいに平地にしないとだめだよね?」
   「え? あたしごみを片付けて掃除機かければいいと思ってた」
   「ばかやろう、祭壇とかご親戚が来てよよよと泣き崩れるスペースとかいるって、とりあえず仏間と書斎は更地にしろ! 二時間ドラマとか見ないのかよ!」
   おかあさん今更そんなこといっても無駄。
   でも2時間ドラマも一般常識の宝庫だったのね。
   「裏のスーパーいって段ボールもらってくる! 気分は金沢地方検察所のガサ入れだ!」
   まだ夏の金沢は7時過ぎでも夕焼けが残っていました。タクシーを降りると、すらっとした大お姉さまが立っていて。
   「師匠!」
   「おばあちゃんから電話をもらって、お手伝いしてあげてって」
   虎美の盆踊りの師匠、和子さま(仮名)でした。
   「さあ、玄関から全部空けないといけないよ」
   「わかりました師匠!」
   そこからは大車輪。
   「おかあさん、助けて」
   実家にもSOS。父もついてきて、何もしないなりに目をきかせていてくれました(すでにこの時点で実父もやばかった模様)。
   実母も来てほこりにまみれたお義父さんの書斎のガラス板の乗った座卓を垂直に立たせるやら、これがまたひびが入っていてやばかったのをガムテで養生するやら。
   「こないだ入社の保証人になるのと引き換えに水無瀬のおばさまから命ぜられておにいちゃんがここを片付けたのではなかったのか!?」
   「きれいになったからついあたしのだいじなもの避難させちゃって~テヘペロ」
   「おまえのだいじな王子さまの写真だなこれはッ!?」
   道理でジャニーズの公演のパンフとかが山積みだと思ったよ。
   なんとか30分で玄関と仏間と書斎がきれいになったよ。
  
   和子師匠(仮名)には最敬礼でペットボトルのお茶を飲んでいただいてお引き取りいただいたよ。
   とっぷり暮れた夜の市道、向こう岸に停まったご遺体搬送車からうちまでストレッチャーを運んでくれるのに、思わず玄関先にあった登山用の額につける懐中電灯を巻いておかあさん誘導しましたです。こんなのが無造作に置いてあるうちだから。察して。
   それがまた、お盆一週間前の週末で、お坊さんも前倒しヴァカンス行っちゃってたとかで、枕経をあげられるお坊さんが来られないとか、6時過ぎに亡くなってる場合は場所が押さえられないからお通夜は明後日だとか、するとお葬式はそのあと? とカレンダーを見たら、
   「12日って友引じゃあ?」

   何日延びるんだよ。この暑さで。

   ところが、その件については
   「友引人形というのをお入れして、寂しくないようにして12日にご葬儀はしていだけます」とのこと。もともと真宗は六曜(対案とか仏滅とか)を気にしないそうなので。死は穢れではないとかいって、会葬お礼に塩つけないしね。
   というわけで、一日また間を開けて11日通夜、12日告別式ということになりました。

   葬儀屋さんとの打ち合わせがすごくって。
   「何人規模になりますでしょうかね」
   「いやあ」
   引退してから数年たってて、もう忘れられた存在になっていて。近年の失調はそういうところからも来ていたので、
   「近所と親せきで2,30人もくれば」と旦那。
   わたしもそのレヴェルだと思ってたんだけど。
   「おじいちゃんは教え子が大勢いたから。わかったらみんな来てくれるはず」
   お義母様はそういうけど。
   ……いや今そんなに人情厚くないから。
   「おじいちゃんは葬式に来てくれた人用にオリジナル手ぬぐい作ってたからこれをつけてもらわないと! この段ボール箱3つがじゃまっけで!」 と虎美吠え~る!
   「ちなみにおいくつ……?」と葬儀屋さん。
   「300」
   ワーオ!
   「年賀状は毎年何枚書いてた?」
   虎美お手伝いしてたよね。
   「400っ!」
   「そんなのがあてになるか」と旦那様。
   「足りなかったらほんと話になりませんから。四十九日過ぎて余った場合こちらで引き取って清算できますから」
   葬儀屋さんも大変だ。そういえば、阿刀田高の短編にもあったなあ。夫の葬儀が生前言ってたほど盛り上がらない、腹心の部下って人も塩対応で、未亡人である主人公がおかしいなあって思ってたら、それは故人の独りよがりの思い込みだったっての。
   おじいちゃんは自分が思ってるほど金沢の大物じゃあなかったんだろうなと寂しく思っていたんですよ。
   寝るのは結局実家で。駆けつけたお兄ちゃんもつれて戻ると、ご葬儀に変なスイッチ入った実父活田ヨシツネ氏がハイになっててまた大変。

   「こういうのはなんだが、言っておかねばならないから言っておく。
   金沢の葬式では喪主の会社から花がいくつ届くかが喪主の男の格を決めるんや」
   聞いてませんお父様。  

   「獅子王さんは会社ではどんな立場なんや」

   「よく存じませんが役職にはついていると」
   「まあ、この年頃で役についている男なら20は花が来ないと」
   「無理です」
   「会社からはなくても付き合いのある会社やその担当から集まらなくては男とは言えない」
   「今どきそんなことないです」
   「おまえは知らないだろうが金沢というのはそういうところや」
   新卒で2ねんめくらいに母方の祖父が亡くなったときは叔父の会社から花が凄く来て、あれはおじいちゃんの葬儀ではなく叔父さんの会社の社葬のようだったと父がくさしていたのが記憶に残ってたんですが、パパァ、じゃあれってジェラシィだったんだ?
   あのときは、総務のおじさんが持ってお行きなさいと封筒をくれて、それに三千円のお香典が入っていて、2年目で落ちこぼれの親せきの葬儀にもお香典出してくれるんだといい気持になっていたのに、「なんだ三千円ぽっち」と祖母に笑われてとっても悔しかったの込みで覚えていたのでした。
   だから、今の会社でも「弔電出せますけどどうしますか」と言われたとき、できればぜひお願いしますって言っちゃったんだよね。
   戦々恐々としつつ迎えたお通夜は、町内会長さんがチョウキ持ってきたっていうからそんなのがあるんだって見たら、町内会の旗に黒い布絡めたヴァージョンで、祭壇の隅っこに立ててました。ああ、町内会に尽くしたからなあ。こういうのあるんだ。
   意外や、町内会の方、学校の方、おじいちゃんの肩書のうちの一番のこだわりポイントの現職の方などが続々参列され、花もそれなりに来たし、……とりま閑散として困ることはなかったかな。オリジナル手ぬぐい段ボールも残り1つぐらいにはなったというし。
   翌日も、連絡網が回ったらしく、教え子さんたちが続々来られ、それがまた
   「あんたがトラちゃんやね、先生がいつも自慢しておいでた」と、誰もかれも虎美を抱きしめてなでるやら握手するやら。

   ご近所様も親せきの本家の皆様も、虎美がみんな知っていて、おかあさん立場ナッシング。ただ頭を下げるだけの日々でした。リアルで1,2度は名前と続柄聞かれたもんな。うう~ん、やっぱ3年間金沢で根を下ろした人間とは違う。
   「正直あんたより虎美ちゃんのほうが間に合う」と実家に帰されてしまったおかあさんはこれ幸いと翌々日にはお兄ちゃんの車に乗せてもらって帰ってきました。開き直ったぜスーパー愚妻。

   そんでもって、タンス預金を山分けして、多少懐が豊かになったので、大きな声では言えないがエックスピーから更新してなかったパソコンを新しくしてもらいました。ちょうどハードディスクが逝っちゃったのよおほほ。
   ちょうどお盆にかかって、墓参りに帰省してた実弟活田クビライくんと12年ぶりの邂逅を果たしたことはまた別の機会に。

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コメント

 あ、チェリースタッフ社からはちゃんと刺繍電報が届いてました。それから、給料日には弔慰金が振り込まれてて。
 契約社員でも今はこれだけしてもらえるんですね。
 水無瀬のお姉さまには
「チェリースタッフさんって、舞子さんのお勤めの会社だったんですね、なんだろうって思ったんですけど。
 うちの会社にも来てもらってますよ」とご挨拶いただいちゃったわ。

投稿: まいね | 2018年8月26日 (日) 18時48分

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