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2018年6月24日 (日)

本好きの下克上 ― わらしべガッデス! ―

   初っ端からネタバレをしたようだが最終章のサブタイトルにもあるからセーフ!

   波多利郎さんから貸していただいたのはもうかれこれ1年前になるかしらねえ……トオイメ。おすすめ本をお互い蜜柑箱で送りあっている春暁オフメンバーですが、おかあさんフルタイムで働き出したら本を読む時間が取れなくて。どさっと一冊が国語辞典ほどもあるノヴェルスが10冊ほども届いたのを見たときには正直引きました。ごめん。だって、「ちょーシリーズ」も「流血女神伝」も長編たってコバルトじゃん。判型は文庫本ですよ。サイズ違うって。

   いわゆる現代日本の若者が異世界に転生して冒険する「異世界転生モノ」ファンタジー、おっかなびっくり読み始めたら最初はとっても辛かったです。
   そういう中世っぽい世界観だと現代日本人が一番付いていけない衛生観念の違い、風呂は入れなくて臭いとかトイレはその辺にポイだとかを逃げずにごまかさずに描写してあって、主人公麗乃(うらの)、この世界ではマインが内心泣きながら必死に対応している様がもう痛々しくて、ああ、ショウセツテキキョコウはエンタメなんだからあってしかるべきだったんだなあと思い知りました。ごめん。

   あとは、その昔「十二国記」をとむ影さんに貸していただいたときの忠告、下巻にいくまでは大変だけど頑張って! というのを思い出しながら読み進めましたね。別に文体が痛々しいとかそういうことは全然無く平易で、だからといって今時の若い人のような砕けたところはなく、よかったと思います。世界観が硬派すぎて、そういう地道に、ようやく家族から共同体へと視野が広がり始めた幼児の目からゆっくりゆっくり世界を描きだしていったためのローギアの状態が長かったための世界になじむまでの読みすすめにくさはありましたね。ごめんよ。

   本さえあれば幸せで現代日本人としても奇人のうちにはいっていた麗乃がまあ読書人としては本望といえる死に方をして異世界へ転生、貧しい庶民の病弱な幼女として覚醒するところからはじまり、宗教観も生活習慣も異なる世界に驚きながら、それからファンタジーな意味で「病弱」な体という制約のなかで「本が読みたい!」という信念のもとまったく挫けずに前進してゆくところがすごい!

   アレがない、これが出来ないと嘆く、家族や周囲に教育がなく文明程度が低いと見くだすのではなく、手に入れられるものから工夫して身の回りをよくしていこうとする精神に頭が下がります。それは、あまりにも本の虫である娘を心配して各種手芸とか手作りを母親が体験させてくれた麗乃時代の蓄積に寄るところが大きいです。そういう設定が巧み。知っているとじっさい作れるの差は大きいですよ。その辺、「ドリフターズ」の信長が黒色火薬をファンタジー世界で実作したのはぎりぎりアリでしょうね。同時代人でも、秀吉はギリアウト? 毛利元就とか今川義元では、たとえ大大名でも知らないでしょ。信長なら、知っていて、作り出せてもおかしくない。そういうナットクリョクがありました。
   木簡や粘土板からせめて、とはじめてそれを理解されず捨てられてしまう涙の試行錯誤を経て、頭が痒いのはもう我慢できない! とリンスインシャンプーを自作してさっぱりする、もっと美味しいものが食べたいとココナツ? 的な果実の絞りかすでパンケーキを作る、そういう細かい生活改善で物知りで新しいモノを発明する不思議な幼女として一目置かれていくところが面白かったです。

   識字率の低い周囲に脱力することなく、周囲でいちばん文字を知る事務方の兵士に弟子入りのように文字を習いに行く、その妻の兄である野心的な商人と知り合い、リンスインシャンプーの製法の売却から製紙、さらには出版の夢を語り支援を取り付ける……。うん、下克上って言うか立身出世だな。なるほど、タイトルの意味が解り始めると、物語が面白くなってきます。

   そしてね、おさななじみのナイトがいいんだ。子だくさんのうちの末っ子で、いつもお腹を減らしているルッツ。マインの教えてくれた絞りかすケーキでお腹いっぱいの経験をして、この子についていけば美味しいモノが一杯食べられる、体が弱いくせにまっすぐムチャをして、危なっかしくて目を離せない、もともと美少女だしと「お目付役」の補佐を買って出てくれました。「お前の考えたものはおれが作って売り出してやる」。もともと、父親の生業である職人ではなく、いろんな街にいくことができる商人に憧れていたルッツも、マインの影響で将来に具体的な夢を持ち始めます……。

   ナイトのルッツ、もと商人の兵士オットー、その義理の兄のベンノ、元々の意味で言う七五三みたいな洗礼式で出逢い、マインの可能性を見いだした神官長、領主、王子……出逢った男性の支援者をどんどん取り替えてのし上がってプリンセスとかクィーンになるんじゃないかと思いましたけどね、そこへはね。
   どっちかって言うと、この世界ではこれがないんだ? じゃあ作ってみよう、売れたら(お金になって)わたしが有利に生きられる……そんな思考回路でどんどん発明したモノで、マインはのし上がっていくのでした。わらしべ長者とはちょっと違うか。
   マインの後見人になって、2部からずっとその価値観の違いを興味深く思ったり打ちのめされて頭を抱えたりしながら付き合ってくれる神官長はご苦労様でした。

   そう、神官長は「乗り換え」られない。

   もうね、マインがわらしべガッデスなら神官長はドSのあしなが源氏。おばさんネタバレすんなよ(ごめん)。
   頭が切れて魔力が国内最強クラス。それでバリバリ騎士団長を張った武闘派ながら政争というかお家騒動で命の危険から身を守るために出家(日本史的な意味合いで)したマジ源氏だしなあ。
   誰にも心を許さずにっこり笑って「次はこれを」とあとで周囲が引くようなスパルタ教育でマインを姫君に育て上げたあたりなんか、ほんと光源氏。
   どのくらいスパルタって、第3部で学齢に達したマインが貴族院という「ホグワーツ@ハリポタ世界」に入学したら……周囲が引くぐらい(自制)。
   注意。
   1部で七五三ではじめて神殿に詣でたマインが潜在能力がその辺の兵士の娘レヴェルでないことがばれて、いろいろあって2部で「領主の娘」に成り上がって。
   3部で貴族院に行くんですが、この時でやっと学齢。

   でも精神は大学卒業して図書館への就職が内定していた麗乃ですから。

  合法ロリ(おかあさんそれちがいます)。

   いや、容姿は年齢以下の育ち具合で入学式でヒソヒソされるぐらいです(魔法の潜在能力のせい) 。
   この世界でも恋愛/結婚対象外。神官長の苦悩は深い(おい!)。
   神官長にその気はあるのか、出家してる身の上だし、それをさせた家庭の事情もあるし、神官長と結ばれる未来はあるのか!? 

   途中からいけないと思いつつそっちの線を考え始めたおかあさんです。

   そして「今年こそは問題を起こさないでくれ!」と懇願する養父や神官長やお付きのひとの祈りをぶっちぎってハリポタなみにただ者じゃなさをアピールし続けたところへ、お家騒動の収拾のため神官長まさかの他家へお婿入り!

  うそだといってよフェルディナンド(神官長の俗名)!

   じゃあ、恋を秘めてスーパー巫女として図書館の主になる尼エンドかなーっとどきどきしてたら。

   前代未聞の大騒動をやらかしてマインが得たものは!?

   やっぱね、平成ヒロインは自分で勝ち取るんだな。

   日本人だから偉いのではないのです。夢に向かって挑戦し続ける志、挫けない強さ、粘り強く交渉するコミュ力、そして、なんでも経験しておくこと。それがどこへ行っても幸せを勝ち取るための条件と思いました。

   波多利郎さん、長らくありがとうございました。最後の方は物語で進展がある度に時間を考慮せずLINEで感想を送りつけて済みませんでした。よい出会いを本当にありがとうございました。

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2018年6月19日 (火)

メイ曲アルバム ドイツ レクィエム 第2曲

   大阪の方では大変なことが起きて。お見舞い申し上げます。そーいやー春頃からシンカイギョ上がってたわよね。あと知恵あと知恵。全日本で非常持ち出し袋と危機管理確認しようオーケー? 

   それで、久し振りにネットのまとめサイトを巡回したら見付けたのが、
   「ドイツと言えば?」というスレ。
   ……前から思ってたけど2ちゃんのこれって「枕草子」のものはづくしの章段とノリは同じだよね。つくづくネットは古典文学に相通じるものがある。いろんなまとめサイトは説話集みたいだし。
   サッカー選手やらナチスやら戦車やらおよそ想像のつくものが挙がっていたけど、おかあさんはひとこと、

   「ドイツといえばレクィエムだろう」

   そーいえばドイツといえばクラシックって答えはなかったなあ。昭和は遠くなりにけり。おかあさんの若い頃はドイツに留学すると言ったら音楽か医学だったよ。漫画の世界じゃあサッカー留学もあったかなあ。ブ、ブンデスリーグ?

   ドイツ・レクィエムというのは和製外来語のタイトルで、英語で言うならジャーマン・レクィエム、全音版の楽譜のタイトルはアイン ドイチェス レクィエム(とドイツ語のスペリングで)書いてありました。我が心の恋人よっちゃんことヨハネス・ブラームス作曲の演奏会用の宗教曲であります。一般的な宗教曲とは違って、カソリックとは無関係、ルター訳聖書から適宜歌詞を取った全7曲からなる曲です。全部やると1時間半くらい掛かるかなあ。オーケストラはフルでつくしたしかハープも要るしソロはソプラノとバリトンが付くというちょっとした大曲です。まあ演奏会用レクィエムなんてパイプオルガンとか隠しトランペットとか合唱が2編成とか東西南北にバンド編成とかそういうのが必要な曲もあるんでそれに比べたら常識的な方でしょう(オイ)。おかあさんレクィエムは有名どころはみんなやったけどやっぱりこの曲が一番好き。ドイツ・レクィエム7曲の中では第2曲がいちばん。

   おかあさんは大学で合唱サークル入った最初の年にやったのがこれだったので強烈に刷り込まれたんですよ。いろんな要素からドイツ語ってのに憧れがあったところに、ちょっと本格的にクラシックの合唱やってみるかいと入ったところでいきなり「Selig sind」って。読めないし、あるとは真ん中のドから下がって下のラから始まるし、これは無理って、最初の頃は逃げ帰ろうかと思ってたんですが。

   2曲目がよかったのよ。

   まあ、この曲の欠点と言えばイントロが長いくらいかなー。
   その葬送行進曲のような長いイントロの果てに、
   「全ての人は草のごとく、人の栄華は草の花が如し」って。「平家物語」か。
   そんでもって「草は枯れ、花は萎れる」。
   オルフの「カルミナ・ブラーナ」も栄枯盛衰を描いてましたが、この曲は一応宗教曲なので、違います。無伴奏できれいに「雨が降るまで堪え忍べ」とか言っちゃった後でもう一回だめ押しで「平家物語」やっといて、一転、鏡割りで蓋を開くようにパカーンと言うのです。

   「しかし、主の言葉は残る 永遠に」
   待ってましたと鳴る金管のファンファーレ! ヘイらっしゃい! ってキリスト教の世界へかよ。

    そっから始まる大フーガ。

   「主に救われた者は再び帰る、シオンの丘に、歓声を上げて!」って、さすがキリスト教だ。効果的に抑圧をを解放して思いっきり主を賛美して終わるのでした。
   なんつうか、契約社会ですから、キリスト教に帰依するとこういうメリットあるんですよと明示しといて勧誘するのよ。フェアですね(?)。
   「イーヴィゲ フロイデ、イーヴィゲ フロイデ(永遠の喜び)」と噴水が吹き上げるように叫ぶテノール! 上がったり下がったり起伏の激しいメロディ、躍動感ってのはこういうところで出すのよ、ともうわかってらっしゃるよっちゃん節。

   この曲の魅力にどっぷりはまって、そこから合唱漬けの大学生活を送りましたとさ。

   こういうね、平易なドイツ語で
   「コメン ミット ヤオウッツェン!(歓声と共に来たる)」なんて言われたら、第2外国語でドイツ語学びはじめのまいちゃんもう幼心に焼き付きましたよ! 
   だって、厨2ごころにジャストフィット。オトナの世界を知り始めてちょっとものの判った振りをしたい中学二年生みたいな年頃の気持ちに親和性の高いドイツ語ですから!
   英語やフランス語のように、教わっても口がどうしても発音できないという音がそんなになく、日本語を母語とする初心者がぱっと見とっつきやすい言語なんですよ、ドイツ語って。スペリングとかも結構法則がしっかりしてて学びやすいし。
   そして、基本の言葉をただ並べればどんな複雑な言葉も作ってしまえる性質とか、濁音とか子音が目立って聞いた感じカッコイイ語感とか、そういう大人ぶりたい人にとっても向いてる言語なところへ。
   文明開化のころからの知識人はドイツ語(かフランス語)をやっているべきだ、そうでなくてはならないという共通意識もあってね。

   歴史的には、ルター訳ってのはキリスト教国教化以来ラテン語で書かれるものってことになってまして、ラテン語を読み書きできる知識人階級に聖書の解釈は委ねられてきたのですが、それを、ルター訳聖書とグーテンベルクは大衆化したんですよね?
   今までは、歌うにしても、ただ音の連なりとしか認識していなかった宗教曲も、
   「ズィーリヒ ズィント:悲しんでいる者は幸いである」と自分たちが使っている言葉で歌われると、内容がいっそう心に迫ったんでしょうよ。

   よっちゃん渾身のカッコイイ作曲で、
   「苦しみも嘆きも必ずや消え去らん!」なんて断言されたら、もう、ヘンデルの「ハレルヤ」で直立不動しちゃったどっかの王様みたいに、わたしも、だっ! と起立しちゃいますよ!
 ああ、タイムマシンでどこに行きたいかって、考えたことなかったけど、わたしこの曲の初演のときに行きたい! そんでブラヴォー叫びたい! 宗教曲でブラヴォー掛けていいか知らないけど! 万歳って歓声ってどういうの? ヤッホー? ハレルヤはカトリックだからヤバイ? ホザンナも以下同文? ヴィヴラはフランスだ、(おかあさん歌ったことある曲を必死で脳内検索)ハイルか、今ハイルって言っちゃっていいの? とりあえず右手は上げちゃダメだ! 落ち着け! 

   ……落ち着きました。

   

応援上映ってのがあるんですって。日本の映画ファンはお上品で、どんなコメディも愁嘆場も、しわぶきひとつしないで見て、拍手とかもしないで見終わって黙って出て来るそうですが、そんなん無理! 今時は鳴り物持参で、ラヴシーンではそれを打ち鳴らし応援してツッコミを入れ主演の俳優に声援を掛け拍手して一緒に歌って泣いて笑って転げ回って楽しむ鑑賞会があるんですって。そこでならおかあさんも思うがままにガッツポーズして手を叩いてマエストロに声援を送って曲を楽しめそう!
   ……でも生の演奏会だと演奏者の皆さんのお邪魔になりそうだから、ヘルベルトのおっちゃん(カラヤン先生)の映像どっかから調達して、ノイエ・リリエンベルクのアートホールぐらいでだれか掛けてくれませんか? 求む同志。みんなでよっちゃんの世界に浸ろう。

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