« 宴の後で | トップページ | 秋の夜の恐怖…… »

2017年11月 4日 (土)

オジサンよ余技を磨け

   波多利郎さんから貸していただいていた「あかぼし俳句帖」がめでたく大団円を迎えたことをやっぱり書いとかないと。

   ほぼ窓際族だった某自動車会社のバツイチおじさん、明星さんが小料理屋で出くわした美女に釣られて俳句にはまっていくお話でしたが、俳句の会の楽しい仲間に加え、中盤から敵役が登場して、読む方も冷や冷やギリギリになってきていたんですが。
   この敵役が、勤め先も自動車会社(こっちが大手らしい)、部署も広報と同じ、しかし才能はこっちがあるみたいで、初っ端から取上げられたりして華々しい結社デビュウを飾っています。それまた、謙遜するでなし、ガツガツ、ツンツンしていてもうほんと後ろから殴ってやりたい! 絵に描いたような敵役で! ガンバレ明星さん、そういう、句会で点を貰う、雑誌に取上げられるという方面じゃない俳句の楽しみ方をいろいろ味わって、豊かな趣味人生を見せてくださいよ、でも句会であいつをギャフンと言わせてもほしい……と手に汗握って(表現が昭和だなあ)ページを繰っていたら。

   敵失(相手のエラー)で願いが叶った……?

   微妙です、合同句会において、たしかに敵、要氏は自信満々、
   「私の自信作に点が入っておらんのです」って手を垂直に上げていうんですよ。

   WAO! SO BRAVE HEARTED!

   心臓マリモだわ。わたしにもできませんこんなこと。
   その自信作がこれ↓

   新緑の脚線美乗せカブリオレ
                            要

   いやーわたしもこれカッコイイって思ったよ?

  カブリオレってアレだよホレ、カッコイイオープンカー。

   その昔、ホンダのシティが出たとき、オープンカー(お屋根を開けて走れる軽快なスポーツカー)もあったんだけど、それを「カブリオレ」って言ってて、その時に覚えたの。金沢は雨の多い土地柄、それでなくても冬はどうすんだって、車道楽の父もとうとうオープンカー系は買わなかったなあ。そういう、オシャレな土地柄、ユーザーでないと購入しないという憧れがあります。
   そんでもって脚線美だよ。すっごいモデル級の美女。美女って言っても和服着たはんなり系じゃなくて、ミニスカとか、今ならレギンスとかのぴっちり系ボトムスできれいな脚を惜しげもなく見せる活動的な美女だ。季節は初ッ夏ー! うきうきする、輝く季節、くぅーッ若いっていいなあ!

   でも、お年を召した文化系の皆さんはしら~っ。
   「私、実はこれ意味がわからなかったのよ~~」と武蔵野支部の支部長熟女はば~んと擬態語付きでおっしゃる。一同同意。若いあなたなら解るでしょと、明星さんの憧れのマドンナ、スイさんに振っても、

   「ごめんなさい
    カブリオレって
    なんですか?

   これが俳句の落とし穴だったのだよ。ここで要氏自爆(見苦しく感情を爆発させる様子)。
   自動車会社に勤める明星さんとライヴァル要さんにとっては名前も概念もそれにまつわるイメィジさえも共有できて、この句にはこれしかない! と思って詠んでも、他の人には全く解らない言葉だったのでした。

   うまいよね。いや作劇上の話。
   すっごいザマミロ&こりゃしょうがないや案件なんだけど、「この句はこれしかない、この言葉があるからカッコイイ」というその作者の感覚を主人公だけは理解できるってのが。ここで主人公、明星さんは敵の心に寄り添い、そして俳句の言葉選びの難しさにうちひしがれるのでした。いや、敵はぜんぜんありがたがってないけどね。ほんとイヤなヤツ。

   でも、それなりに「敵」がどんな想いで俳句に打ち込んでいるかも描かれ、ほんとイマドキの痛々しいオジサンである様子が描かれ(自分がインターネット上でどのように噂されているかを自分で調べる、どころじゃなく、ウィキペディアで自分の記事を自分が編集して公開するなんて、よっぽど自己愛強くないとできませんって!)、そこにふっと寄り添って「武士の情け」的行いをしたところから、要氏の心もほぐれ、2人は敵から「ライヴァル」になることができたのでした。

   心配されたヒロインはちゃんと彼氏との仲を深めることができ、途中から現れたお騒がせセカンド・ヒロインは行き詰まりを超えて自由律に新境地を見いだし。
   明星さんは青い鳥がすぐそばに最初からいたことに気付いて、めでたしめでたし…かな?

   そんでもって、自分ではこの言葉しかない、この言葉にこそこの句/歌の主体がある、でも他の人には解ってもらえないと言う地団駄ものの感覚はわたしもわかるので。

   眼を閉じて耳を圧する伴奏に
     我が声乗せて今 ergo sum  舞音

   Cogito ergo sum.って、哲学のアレですよ。「我想う、故に我在り」。合唱にはまっていた頃で。想うとかそういう思索じゃなくて、歌う。たぶんこれオーケストラ伴奏の曲をやっていて、あれほんとうに、音も空気の振動ですから近くで鳴ると圧力を感じます。そういう、ばばーんとおおきな伴奏に負けずに自分も声を出すと、自分というものが確かに世界に存在していることを感じる、何をやっているより生きている実感がある……そんな境地だけど、またそのころ宗教曲とかやっていてラテン語がすごく身近だったので、「我想う故に我有り」をラテン語で言ったりしちゃう痛々しい年頃だったというのも込みで。

   これを意味だけ通じるように「我存在せり」って下の句変えちゃうと少しニュアンスが違うのよというお話。べつに歌会に出す訳じゃない、自分で手帳に書き付けてにやにやするだけだからこのまま来ちゃったけど、やっぱりこのお話の通り、周囲はポカーン! なんだろうなとほんと身に沁みました。ここんとこがこの作品リアルなのよ、ほんと! きついわ。これ以上続いたらもう辛くって読んでられなかったと思う。いい頃合いでした。

   まあ、そこんところは日本の(サブカル)のお家芸、本気とかいて「マジ」とルビを振るがごとき対応もできますけどね、でも、句会も、歌会ならなおさら、朗詠するという側面もあるので、正式な所では有り得ない技巧というか逃げでしょうねえ。そんでもってサブカル命のおかあさんはそういうの大好きなんだよなあ。これは禁じ手として脱却していかないといけないんだろうなあ。

  まあそういうことで、「Shall we ダンス?」で役所広司(役名忘れた)が社交ダンスに目覚めて人生が変わったように、オジサンも仕事ばっかしてないでお稽古ごとをしてみればいいんだわ。きっと人生豊かになりますよ。明星さんみたいにお仕事の方もうまく回るようになったってのはできすぎにしても。あ、レディの皆さんもね。

|

« 宴の後で | トップページ | 秋の夜の恐怖…… »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/138427/66002478

この記事へのトラックバック一覧です: オジサンよ余技を磨け:

« 宴の後で | トップページ | 秋の夜の恐怖…… »