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2016年10月14日 (金)

「あかぼし俳句帖」 身を切る刺激

   波多利郎さんからお宝と共に到着。「あかぼし俳句帖」原作有間しのぶ作画奥山直。

   昔取った杵柄でなんとか某自動車会社の広報部に在籍しているバツイチの痛いオジサン明星啓吾さんは、行きつけの小料理屋で出会った若い美人の女流俳人水村翠さんに釣られて俳句を始めることに。最初は邪心99%だったのに、こてんぱんにけなされるうちにどんどん句心に目覚めて、なかなかな句を詠むようになり、俳句の結社に顔を出すようになっていくのでした……。

   オジサンの痛々しさが見ていられなかった導入をなんとか過ぎると、俳句というもの、創作の世界の厳しさ、しかし他で得られぬ高揚感、充実、達成感を読んでいるこちらも味わえるようになってきます。ただ見過ごしていた世界が、自分で再既定しよう、自分の言葉、感覚で切り取り直そうとしたときには一気に姿を変える様、なにをもっても捉えきれないもどかしさ、自分が感じたその時のキラキラはなんだったのか、まさしく、「なないろ軌跡をつかみかね」る悔しさ、俳句と短歌で土俵は違うものの、明星さんの昂奮と失意はわたくしの感じたものに同じです。

   それにしても、これを読んでわたくし娘に対する尊敬を新たにしました。いくら部活だからって、あの「句会」を毎度毎度やって曲がりなりにも3年生きてきたなんてすごい。それも、自尊心が感度MAXな女子高校生としてだよ? ああ、わたしが作中の人みたいに批評されたら3ヶ月は立ち直れない! なんだっけ、臆病な自尊心と尊大な羞恥心? 「山月記」の! 娘よく曲がりなりにも学校行ってたよな(行ってません)。そしてよく切磋琢磨の日々を勝ち抜いた。ほんと、ドラちゃん尊敬するよ!

   かすめたるなないろ軌跡掴みかね
    しかと描けぬアウロラの貌(かほ)    舞音(再掲)

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2016年10月13日 (木)

自動昂揚装置?

   うなだるゝ 背なをば知らず目守(まも)られて
    ドミノの果ての蜘蛛の糸かな   舞音

   だから王朝風にいきなりイマドキの言葉入れるの止そうよ。

   派遣の方と入り交じりでチームを組んで仕事をしておりますと、せっかくうち解けて盛り上がっても、
   「わたしここは今月末で(雇用が)打ちきりなの。またどこかで逢えるといいね」といってお別れになることが多いです。わたしは3ヶ月を区切りに契約更改とはいえ、根拠もなく同じ日が続くように思っておりますが、彼女たちは日々この仕事はいつまで、この先はどうなるかを考えて生きていたりします。そして、6月にかなりの「戦友」たちとお別れしたのですが。

   「わたし今日までだから、ラインのID交換しませんか」
   いきなり業務後の廊下で言われてビックリしました。そこまで親しく思ってくれて嬉しいけど、どうなんだろう、また前の職場みたいに近くなりすぎて面倒なことになったらどうしようとか、結構考えこんたりして。でもきゃーきゃーいいながら交換した。そこは無防備に。

   結局そこまで毎日熱く語り合うほどでもなく、夏中は向こうも大変だったのか、全然全く音信不通で、ラインのID交換したって女子高校生じゃないんだから毎日忙しくなったりはしないのねーなんて拍子抜けの気持ちでいたら。

   「お元気ですかー? なんてその昔のセフィーロのCMじゃないですけど。あきちゃんロスになりませんでしたかー?」なんて本日あかるく突然着信。ビックリだよ!

   こっちもさみしかったから怒濤のように返したけど、落ち着いて考えてみたら。

   熟女は熟女でわたしの知らない範囲も繋がってたみたいだから。
   「あの早乙女さんがこないだトイレで泣いてたって」
   「休憩時間も話に入れなくてはしっこのこっちのトイレまで遠征してるよ」
   「ランチ仲間からもはぶられててひとりで公園で食べてた」

   なんて情報が回り回ってもうやめた方のところにまで行って、

   「アンタちょっと慰めてやってくれない?

   ……って話だったらもったいないけど情けない。まあ、それは深読みしすぎだけど。
   まあ、そういう優しいネットワークがあったかも知れないと思って、ここはありがたく何も気がつかないフリで甘えさせて貰いましょうか。落ち込む早乙女さんを地獄から救い出そうと天から蜘蛛の糸が垂らされたとでも思って。

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2016年10月10日 (月)

今何時(なんどき)だ?

   なんとか日本全国秋が来たようでございます。最近は凄いね、お天気お兄さんが、衣更えをなさっていない方はこの連休中にどうぞ、なんて言ってくれちゃう。
   昔は6月10月が固定で、びしっと1日には一気に変わる、逆に、5月の末はもう初夏も極まって暑くてしょうがないのに黒い学生服、紺ウールのセーラー服がもう可哀相、9月だって台風が来てれば雨に打たれて風に吹かれて、白シャツ一枚じゃあ寒いわよって、保護者の方から問題提起をされてたと思っていたら、さすがバブル頃のカジュアル革命を経て(制服がブレザー型になったのもリベラルにそういう調節機能、また、中に着るものを毎日変えて衛生的に過ごしたいという時代の流れありとイロイロ)、別に気候に合わせて適宜相応しい恰好すればいいじゃんとなってきたんですよね。子供が学校に上がって制服を着る頃になったら「移行期間中の制服の着用について」なんてプリントが回ってくるようになってました。高校ぐらいになると、リベラルなところはなんか「式」のある日と試験日以外はジャケットなんて着てこないのが普通なんですって。時代は変わった。

   仕立屋さん漫画のスレッドで見たのかな、日本はクールビズとか薄着になるのも一斉で気持ち悪いとかいう意見があると、「歴史的に一斉に衣更えをしてきたんだ日本は」と返しがあって、あ、そうかナルホド、かえって若い人は意識してないんだと思い至った次第。明治維新で洋服着るようになってから出た布告なのか、古くは江戸時代、参勤交代の登城のときのドレスコードだったのか、もしかして平安、それどころかひょっとして大宝律令まで遡るような歴史あったりして!? すいませんちょっとウィキって来ました。平安時代だそうです。
   とりあえず日本は四季があるから季節に合わせた服をすぱっとみんなで一緒に着始める雰囲気があるのよと。

   前置き長いよ。

   というわけで、なんとか秋が来ましたよと。え~とバブルが崩壊した頃かなあ、あの平成の大凶作の翌年の猛暑以来、秋がこない。9月の残暑が長い、気がつくと10月までほんとに半袖を着てる、という感覚になってきていて。もう9月が暑いのも当たり前、一掃バーゲンで夏服買ってもまだ一ヶ月は着られるわなんてお買い物計画も立てられるようになっちゃっててね。という頃に詠んだのがこれ。

   あかあかと昼は照れども夕されば
     同じ6時の空の暗さよ         舞音

   芭蕉の句と同じイントロから平安な雅語使っておいて「6時」ってどうよ? いや漢字で書けってそういう問題ちゃう。

   だって、江戸時代までの不定時法だと日没が暮れ六つで、太陽の位置は一緒なんだもん。残暑厳しいのに(でも風は秋風だよね~と続けたのは芭蕉)、刻々と太陽は黄道を進んでおってもう、日の落ちる時間は早くなってる。仕事終わりの6時の空が真っ暗で、夏の頃はまだ明るかったのに、ちゃんとカレンダーは進んでるという「ををッ」感を出すのに、擬古文世界だから暦も不定時法を使ったんじゃあわたしのオドロキが和歌にならない!

   じゃー和歌で言わなきゃいいんじゃ?

   いや、ドリアン助川も言っていた、現代文芸において詩人はほとんど生きていない。この社会で自分の心の叫びを詩で現しても一般の人々には届かないのであります。ではどうするか? かれはバンドを組んで、自らの詩を歌った! 正しい! おかあさんは和歌に転向した。そういうこと。

   悩ましいのよ。
   これが俵万智な歌風なら、カンチューハイでもイレブンPMでも入れちゃってどうと言うことない、かえって現代的でこれじゃなきゃ感があるだろう、でもおかあさんはちがうの。イマドキ係り結んじゃって枕詞に縁語からめて擬古文でみだれ髪調なの。

   要するに、現代短歌における時法は24時法を用いて良いものか、ということでございます。暦法なんかはもうグレゴリオ暦でいいんだよね? 聖バレンタインデーとか、巴里祭とかクリスマスとか、もう季語だよね?

   伸ばしかけのサイドの髪を編み込みて
    33度の予報に備ふ          舞音

   これを詠んだ大学生の頃は33度は猛暑のうちだったの! そんでもってその頃から普通に数字を入れる歌風だったの! 摂氏温度は歌に詠んでいいのかしらって悩む間もなく。

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