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2015年4月16日 (木)

華麗なるギャツビー 

   こりゃ困った。

   いつも見に行っているブログで2013年版、ディカプリオが主演で監督がバズ・ラーマンのを紹介してあったので、そういえばこれ読んでないわとブックオフへ。ちょうど出てたので買って、うちかえって流し読み。

   

定価で買わなくて良かった。そう思った自分がまた哀しい。

   理由1。

   こんなもんコーコーセーの時に読んどくもんでしょう。そんでもって気の利いた英文科生なら学生時代に原書で読み直してると。なんで50前にして初読、恥ずかしい

   理由2.

   翻訳文体、長く続く内省的な地の文がもう退屈で退屈で。こういうまとも(?)なものを読めない身体になっていることに絶望。ときどき挟まれるギャツビーの口癖「親友」ってのが、これは地の文じゃあもしかしてポアロみたいにフランス語なんだろうか、それとも、20年代の教養人はそういう口の利き方をしたものか、じゃあ原文じゃあなんて言ってるんだろなんて、いろいろ思いをめぐらしてしまうそういうヘンに知恵のついた自分も嫌ッ。説明の要る単語につき、括弧書きで2行に割ってさらに小さい字で注釈を入れてある翻訳物独特の文体? レイアウト? にご苦労さんですと書く方の苦労に思いを致すようになっちまってどうも。

   理由3。

   登場人物みんなに感情移入ができない。いろいろ解説を読んだりすると、そういう特異な時代背景の中の特異な人々と、それに対して批判的な目を向ける語り手(=作者)を味わうものらしいので、なにこの低俗な連中というざらっとした感想も作者の意図したものらしいんですけどほんとお付き合いしたくないわあ。本は娯楽として読みたいんで、時代を読み解くためにキョーヨー人の義務として読んでるんじゃないんで。

   全然血湧き肉躍らないしその時代のお素敵な雰囲気教えていただいてありがとうッとも思わないし、学校の図書館で借りて読んで「ああ、読んだよ?」と解った振りだけできればいい本と思いましたです。ふーん、アメリカ東部と中西部ってそういう精神的断絶があるの~? ッてカンジ。

   おかあさんバッドエンドものは引きずるから嫌なのよね。どこの分岐でだれがどうすればよかったかずるずる考え込んじゃうから。要は、物語として好きじゃないです。

   映画館でパーティ・シーンに圧倒されて、ああ、レオ様可哀相ッてしみじみして明るいところ出てきてさくっと忘れる映画としてなら我慢できたのかも知れないけれど。そういうライト・ユーザー向けの性格もあるのかな?
   「やっぱり過去にしがみついちゃダメだよね、未来に生きなくちゃ」 
   アメリカ版金色夜叉と解釈すればよいのか。最初から、語り手キャラウェイ君の目からは「こいつやべえよ」と見られてるようですが。

   ああ、そんで、レオ様版映画は気合いをいれすぎた衣装とかが前に出すぎでストーリーを圧倒しちゃってぼんやりした出来になっちゃったらしいですな。TV落ちしたら見たいかも。

   作劇上のこと。
   どの場面で雨を降らせると効果的かという点においては満点。すんごい惨めな顔してキャラウェイ君ちのお茶の会の日に時計をチラチラ見てるレオ様が目に浮かびました。そんでもってそのあと晴れるし。ありえねえハッピーエンドを一瞬だけ心に描けたりして。

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