« 2013年2月3日 - 2013年2月9日 | トップページ | 2013年2月17日 - 2013年2月23日 »

2013年2月15日 (金)

「謎解きはディナーのあとで 2」 なかなかやりおる

   「謎ディナ」は東川作品の中ではつまらない方なんて書いたおかあさんですが。

   甘高の図書館で借りてきた2巻を読んでみたら、やっぱり面白かったのでした。

   まあねーあの赤い宝石のお嬢さんは誰ってやつは、もうネックレスの描写が出てきただけで、あのネタで来るなーってのが解るぐらい見え見えでしたけどね。それに絡ませてた、人間関係ってやつの認識の細かさが(そういえば、最初のシリーズでも人間関係で同様に誤認させるやつがあった)目から鱗というか、そういわれればそうよねーって膝ポンなナットクリョク(人を納得させる論理の展開、物語の力)がありました。

   そういう安楽椅子探偵な面白さは変わって無くて。

   読んでて思ったんですけど、東川作品は、脇を支えるディーテイルの描写が楽しくも細かいですよね。ユーモラスな線は外していないながらも、「謎ディナ」で言うならお嬢様のスタイルが、具体的ブランド名をちりばめるワケじゃなく、でもああ、ステキなお洋服をお召しなのねとか、風祭警部は残念なお坊ちゃんなわけねとイメィジがちゃんと浮かび上がります。
   これが、友に隠れて探偵小説読みながら東大出て公務員になったような昭和のおじさんミステリ作家だと、ミステリとしての根幹は論理的で圧倒的でカタルシスもある作品なんだけれども、残念ながらヒロインがただのお飾りだったりして、残念どころかオイオイと突っ込みたかったりするのでした。

   具体的に言うとだね。大学の頃読みあさったような斎藤栄だと、
   「ショートカットとセミロングの中間のような髪型」とか書いてある。おいおい。そりゃレングス(髪の長さ)であって髪型じゃないよ。その髪の長さでも、まっすぐおとなしめにおかっぱ(ボブ)にしてたり、その年なりの流行のスタイルにセットしてたりいろいろあるじゃん。ボブだって、クラシカルなボブでお嬢さんスタイルとか、モードなボブでモデルさんみたいな可能性だってあるよ? 装いの描写と言い、頭がよくて快活な美人の感じと伝えたかったのかも知れないけれど、もう少し努力してください、あなたの本領であるところの大胆かつ緻密な暗号トリックに割く分のほんの少しでいいから。って、いちいち覚えてんのかよ、覚えてました、それくらい衝撃的だったから。

   由良三郎になるともっとひどい
   ちょっとファム・ファタールなカンジの美人看護婦が誘いを掛けてくるシーンで、「髪油がぷーんと匂った」って、ねえ、これ昭和60年代よ!? あなたのお育ちになった環境では色っぽいおねえさんはそういう感じだったかも知れませんが、もう少し若い人間にも魅力的に感じるように書いてくださいよ!
   でも、このひとの得意とする大学医学部内のネタとか、クラッシックネタ、それから、男女の微妙なところとかは非常にナットクリョクを感じたので、気に入って作品はだいたい読んだんだけどさ(もう現役は引退されたのであろうか、心配)。

   風俗を反映させつつ、読者層にも解るように魅力的なヒロインを描き出すのはなかなか難しいようです。

   「翔んでる警視」の胡桃沢耕史になると、作風もあってか、「松板慶子さんみたい」「夏目雅子さんみたい」とハッキリ言っちゃって、ヒロインそれぞれの美貌を表現しちゃってる。でも、それだけでなく、会津の出で真面目で融通が利かない女性警官と、頭の回転が速くってお茶目な女性警官をそれぞれ生き生き書き分けてる。うまいです。バブルの入り口で、まだブランドにも疎かった読者に、「ゲルベゾルテ」という煙草とか、大きなダイヤモンドを(カラットという単位ではなく)「1キャラ」とか言っちゃう感じ、「アメックスのゴールドカード」という無敵の小道具でなんだか解らないけど一流なんだなと納得させていました。

   ここで漫画の話を出して恐縮ですが、「ファイブスター物語」の永野護も、バブル期のSF的作品にいきなり遊び人の騎士がブルガリの時計をしてる描写があって、こっちはそんなもん見たこともなくて、もしかして多分に漫画家の自己満足だったかもしれませんが(この世界にもブルガリやBMWはあるの! と欄外に書いてあった……?)、そういう世界観というか心意気は作品に溢れてましたね。やっぱ、神は細部に宿る?

   バブルを経て読者も書く方もブランドに詳しくなっちゃうと、もっとお金持ちや美人の描写も簡単にピンポイントになっていくんでしょうか。そういえば、「犯人に告ぐ」でしたっけ、主人公が劇場型捜査に乗り出すと言って小田急でブランドのスーツを買うってのが、なんともぴったり来てましたとここにも書いた覚えがあります。

   そんなのと比べると、東川作品は必要十分なんじゃないですかね。やっぱ、ユーモアミステリは評価されにくいって事に帰ってきますかね。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

おかあさん猛抗議する

   本日お夕飯のネタに詰まって、「マグロのカルパッチョ」298円が売れ残っていたのでまあこれでいいかとお兄ちゃんに買って帰って。
   「カルパッチョって何よ?」と聞いてくるので、
   「刺身のえーともこみち風なやつだ」と簡単に答えたら、
   「えーッおかあさんにとってもこみちってそんなカンジなわけ?」と、友チョコで腹が膨れて何も食べたくないとほざいた虎美がおかあさん機を占領しながらせせら笑って。

   「でも、今のネットの雰囲気では速水もこみちというのはなんにでもオリーヴオイルを掛ける人なんだろ……もう遅い?」とおかあさんが軽く応じると、
   「遅いね。今年の春ぐらいの流れねソレ」と冷たく切って捨てた上に、
   「ツイッターで流そう♪」というので、背後から覗いたら、
   「おかあさんの感覚ではもこみち=オリーブオイル」と呟きやがりました(虎美は携帯でつぶやけないようにしてあるので帰宅後はパソコンに貼り付いて呟き続けている。そろそろヤバイ!)。

   

それはあまりにも短絡的すぎるだろう!

   おにいちゃんに説明するに当たってちょっと受けを狙ってみただけで!

   いつもおかあさんが話を盛りすぎるとか言って、つい一昨日もおばあちゃんとの電話中に横からすんごい声をだしていたというのに! お前だって盛ってるだろうが!

   おかあさん猛抗議。
   「……そんなに怒るほどのことじゃないじゃない」と、騒ぎをよそに上のお刺身部分だけ食べたおにいちゃんは、
   「おかあさんも食べるでしょ?」とかいってお刺身を形だけ残してタマネギ食べないで逃げました。こら! おまえはそういうふうにいつもツマを食べないからカルパッチョにしたんだっつの! えーと、……どうしようこれ?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年2月14日 (木)

桐火桶ッ……?

   それで詩で全国大会出場を決めた虎美ですが、学校の友達にいろいろ言われたらしく。また疳の強い子だから、ただ社交辞令をもらってもいろいろとご不満があるらしく。

   「才能があるとか簡単に言う奴には腹が立つ! あの真夏に毎日学校に呼び出されて、あんたの詩は小難しくて何が言いたいのか解らないとかムチャクチャ言われまくったのを直して直して直した結果ワケ分かんないけど通っただけだから! あんたもあれを経験してみろって言いたいよ!」(大意)

   あ、それは大変でしたね。確かに毎日学校行ってたなあ。暑いのにご苦労さんとか思ってて、夏休みなのにお昼用意して行かなくてすんで助かってたんですが(ほんに手前のことしか考えてない親でごめんよ)。おかあさんも怒濤の削り&改稿が負担で負担で心が折れてオリジナルの小説書き止めちゃったからなあ。よく頑張った、偉いぞ。第1稿とはいえ、自分が選んで形にした表現がダメ出しを受けると自分の感性、ひいては存在が否定されたような気分になるもんです。キツイよ。

   「短歌だって俳句だって、先生にめっちゃ直されて、それもうあたしの作品じゃないからってぐらいいじられてるのに先生だけ気に入って大会に出されて、それが通ってもあんまり喜べない!」

   ああーそういえば、あるかも。

   わたくしも乏しい経験ながら申しますと、高校の文化祭で短歌のコンテストがあって、ノリでいくつか出したら、国語の先生の眼に留まって、たしか昼休みに放送がかかって呼び出されたんでした。
   「ええと……まいおと? さん」
   放送室にダッシュで飛び込んで、それは「まいね」と読むのだと言ってやりましたが、先生は、いい名前なんだから本名で出しなさいと平然と言ったんでした。いや、全校生徒450人、中学校からの内部進学も半分以上いてほとんど顔見知りの学校でそれはきついって。

   短歌や俳句はどうも師匠と弟子の距離が近くて、弟子が出した作品を、師匠がかなりダメ出しをして書き直させるというのは普通みたいです。その時も、これはいったいどういう状況のことを詠んでいるわけ? と説明させられ、それを説明するならこの語句はふさわしくない、それではこういう状況を想像させてしまう。それを表す雅語にはこういうのがあるから、それを使うといい、などとアドヴァイスされ、その場で文句をあれこれいじって、先生のOKが出るまで直して、ううーん、そういうことが言いたいんじゃないんだけど、とやや不満が残ったりしても、結局のところ先生の好みの形に落ち着いたところで放免、となった様な気がします。虎美もそんな目にあったのでしょうか。とりあえず、なにかの大会で入選したという俳句については「あたしはこれあんまり好きじゃないんだけど」とブチブチ言ってました。いや、今の今までほとんど作ったことなくても先生の感性の網に引っかかったんだからそこはなんか光る物があったんでしょうよ。

   ちなみに女子高生のまいちゃんが作った歌はこんな感じ。

   Before 夕風を額に受けて走り出す 
          流れる髪を染める赤い陽
                  ↓
   After   銀輪の校門抜けて軽やかに 
          流るゝ髪を染める赤い陽

   自転車通学で下校のときの景、と言ったら、それじゃー違うよ、このままだと部活でグラウンドでも走ってるんだと思われるよと言われたんでした。それで「銀輪」がトップに入りました。でも、本人は「軽やかに」がイヤだったりします。そこを軽やかたらしめる別のもので表現するべきでしょうが。ま、おかげで入賞して賞品の古語辞典ゲットしたからいいか。でもモヤモヤしてるから30年経っても覚えてる
   「髪が夕陽で赤く染まる」ってのは手つかずで残ってますね。無駄に浪漫的なのはこの頃から変わってない「まいねぶり」です。
   大塚女子大学同窓会報の短歌欄でも、ええーっ先生そんなふうに直しちゃうの? ってカンジになっていて、モヤモヤしたことは一度ならずあったりして。そこは本人にちゃんと聞いてよ、って身もだえしてた気がします。

   そんなカンジで、最初のイメィジからどんどん本当に主眼とする物にフォーカスを絞っていって、それを引き立たせるためにあれこれ試行錯誤ってのはええーっと、定家のパパさん、藤原俊成もたしか「桐の火鉢を抱え込んで悩む」云々語ったらしいんで、伝統のメソッドらしいですよ。詩ってそんな、天性の感性だけでぴぴっと作るモンじゃないみたいです。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2013年2月13日 (水)

勝ち負けを言ってもしょうがないのだが

   ……その昔大塚女子大学(仮名)で、就職をどうするといった相談をしていたとき、「ご学友」のマサコちゃんは、
   「大塚まで出てスーパーのレジのおばさんになるのはイヤだからあたしは教職を取るの!」と息巻いておられました。
   まいちゃん@女子大生はとくに野望も(当時は)なかったので、まあ教師しかないだろと教職課程を取って、その後教員採用試験に見事に落ちたり教育実習で考えの足りないことを口走って怒られたりして自分は人間を教える仕事には向いてないと痛感して、拾ってくれたシステムの会社に入り、自分が精密作業にも向いてないことを痛感して暗黒時代を送るのですが。いやーあの頃は辛かったわあ。

   今日になってスーパーのレジのおばさんさえ出来ないことを痛感したのでした。
   もうね、辞めて楽になりたいような。若い時みたいに、そのうち実力を付けて、抜きんでた能力で引っ張る訳ではないが職場に無くてはならない人になるという展望が見えないです。いやだわ後ろ向き。

   いや勝ち負けを言ってもしょうがないんだけどね。数少ない「ご学友」なのに。
   だいたいなにをもって勝ちと見なすのかが解らないんだけれども。
   当時から、わたしは総合的には負けてないと自分では思っていたのだけれど。いやー勝負所はそこじゃないでしょとにやにや笑って、あっちこっちでぶつかって怪我して痛い思いもいっぱいしながらそれなりに楽しいキャンパスライフを送っておったつもりだったのですが。あ、今もそうか。
   一般的に見てわたしはマサコちゃんに負けておるのでありましょうか。
   えーっ、お偉いさんの息子さんと結婚したら偉いの?
   一戸建て買ったら偉いの?
   息子を一流大学に入れたら偉いの?
   ずっとフルタイムで働いてたら偉いの?

   ……やばいおかあさん勝ってる項目がない!

   ふと来し方を振り返り考え込む四十路の末なのでした。
   いやそれより明日仕事行きたくないよう。しくしく。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2013年2月10日 (日)

人工は天然にかなわない?

   最近続いておりますが。

      目玉なる電飾付きの観覧車
       今日ぞ入り日に照り映えにけり   舞音

   ジャイアンツランドはクリスマス前から「珠玉のイルミネーション」云々と気合いを入れて電飾で飾り付けをして、寒い時期の来園者を誘っていますが、年が明けて、たしかヴァレンタイン・デイまで灯りを付けて盛り上げていたと思います。わたくしは、なんにせよライトアップには否定的見解を持っておりますので、苦しい経営のなかがんばっておるなと理解しようとしつつ、さっさとやめろ、誰が見に行くか、と常々思っていたのですが。

   今日、仕事を上がってリーリエマート・イーヴィヒヴェルク店の裏の出口から出たところで、わたくしの目を射る煌めきがあるじゃないですか。オレンジに燃え立つ……なんだろ? と目を凝らしますと、それは遠くジャイアンツランドの大観覧車で、夕陽の中、がんばって光っていたのでした。いや、電気点けなくても十分きれいじゃん、夕陽が反射して。

   イルミネーションが2月半ばで終了なのは、ヴァレンタインが過ぎて恋人達が来てくれそうにないからじゃなくて、もう日が長くなって、イルミネーションが映えないからだったのでした。ほんと、もう5時台でも明るいですよ。

   毎日変わらず暗いくらいと思っていても、こうして季節は巡ってゆくのでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ライヴァル募集

   本日は久し振りに麓におりましたよ。そろそろ通帳記入しとかないとだし、ヴァレンタインのチョコレートも買わないと。あといろいろお買い物。

   さてその途中。ノイエ・リリエンベルガー・ゲビートとかいって、引っ越してきたときにはまだ造成中だったお山の辺りがもうしっかりマンション群になっている辺り。バスから望む新しいマンションも、物干し竿に小物干しがぶら下がってたり、グリーンをおいたらしく緑色の物が隙間から見え隠れしていたりして、どんどん人の気配がするようになっているのを見るとなんともほのぼのした気持ちになって。

   これを、マンションに人が入り始めた一昨年ぐらいからなんとか歌にしたい物よと思っていたのが今日なんとかまとまりました事よ。

   竿が掛かり鉢の置かれしてそれぞれに
     団居(まどゐ)となりぬ コンクリの箱   舞音

   頭が字余りなのは仕様です。

   ここまでの説明なしに解っていただけましたかしら。肝は「団居となりぬ」で、人の住むところ、それぞれのひとのちいさな生活の単位となる、というところなんですが(それも、今まで見てた分にはただのコンクリートの塊であったものが、というところが!)、どうでしょう、どきどき。って、まどいは団欒の場って意味じゃないやん。車座になることそれじたいで。ああ、語義勘違いしてましたわあ今まで。恥ずかしいどうしよう!

   こういうのを、同じものを見て、詠じたものがそれぞれ違う、自分の苦労したところを、あのひとはこう文字にした、韻文にした、そういうことを語り合いたい、つぶさに目の前で語って貰って、目の動き、声の調子も解る状態で情報として自分の身のうちに取り込んでみたいのに、わたしにはあいにく創作で熱く語り合えるお友だちがいないのでした。唯一そんな話で盛り上がれた方ももう疎遠だし。ああ、アズマ先輩(筆名)お元気かしら。

   虎美には文芸部でそういう仲間がいるのがほんと羨ましいわ。

   どなたかご覧になった方で名乗り出られる方、ご紹介いただける方、いらっしゃるようでしたら是非お願いします。まあ結社に入ればっていうことやね。要はね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2013年2月3日 - 2013年2月9日 | トップページ | 2013年2月17日 - 2013年2月23日 »