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2013年12月13日 (金)

「船に乗れ!」 青春はザンコク

   波多利郎さんからお借りしてました。「船に乗れ!」藤谷治。最初主人公がもう痛くってやな奴で読むのが辛かったのですが、そこを乗り越えると面白かったです。一巻読み終わるのに半年かかって、その後は一気。ごめんなさい。

   音楽一家の生まれ、どのくらいって、「おじいさま」が、三流とはいえ音大の学園長をしているくらい。そういうおぼっちゃんの主人公は中学生坊主の頃からわかりもせん哲学書をめくって、わかりもせんのに自分はそういう高尚な人間なんだと思っているようなやな奴でした。チェロはそこそこ弾けたので芸大の附属高校なんぞ受けてみましたが、そういう態度で学科を疎かにしていたので見事に滑り、おじいさまの大学の高等部に行くことになります。ほぼお嬢さん女子校、音楽科だとクラスに男子は6人って。そこでハーレムを期待する人は解ってません。すっげえ肩身狭いもんだって。それがまた、音楽科のオケ(ソリストを育てるものでも合わせる練習はカリキュラムとして一応やるらしい。文化祭の目玉にもなるしね)に顔を出すとレヴェル低っくう。
   それでも、これは天才だとすぐ判るフルートの美少年伊藤とか、ヴァイオリンの美少女南、その親友で親しみやすい性格の鮎川と、それなりに友達もできて高校生活がはじまり、あっちへぶつかりこっちで引っかかり生傷だらけだけどワクドキの1年生生活を送るのが一巻。
   南とけっこういい感じになって、付きあってんの? おれ達付き合ってんの? と嬉し恥ずかしな2年生は、前年の卒業生が芸大に合格したという情報から一気に野心的になります。「わたしも芸大に行きたい」「行けるよ、南なら」「一緒に行こう」の三段論法で、超スパルタなしかし充実したプラトニックならう゛らう゛生活になります。そこへきて持ち上がる主人公の留学! いいよなおぼっちゃんは!

   爆発しろ!

   しかしそれが地獄への入り口だったのでした。

   惨憺たるありさまで帰国した主人公を迎えたのは心を閉ざした南でした。
   それまで片時も離したことのなかったチェロを忘れて登校するぐらい主人公も精神的に追い込まれており。南の退場はもうハァー!? という理由だし。それで鬱屈する主人公は一番大切にすべき関係のひとをぶっ壊してしまうし。これは、卑怯ものだなんだと前振りがうっとうしかったですが、たしかにこれは外道だ。おまえ自分の学園内での立場判っててやったろ。ほんといやらしい。最低。近くに軽侮対象の新キャラが出てきてたから、こういうひと相手に下劣な青少年的なにかをやらかすかと思ったのに、下劣に対して下劣を向けるのではないところがもう……これが青春なのかなあ。
   2巻は、もうそんな感じで山あり谷ありおもっくるしい

   3巻に至ると、もうはっきり主人公はチェロが重荷です。まあそれは、中年になってからの回想の形で物語は進んでるんで。南とは別れるし、チェロはやめるって判ってたんですけど。
   ぬけがらみたいな主人公をよそに、美少年で実力派の伊藤はいろいろ華やかなことになってる。それでも主人公を切らないでいろいろ手をさしのべてくれる、でも、心が死んでるから想いのイロイロに気付かない。この伊藤君はもしかしてアレだよね? と思っていると、最後にどーんと。
   そして、文化祭にまた奇跡が起きる。鮎川はいいやつ。まあ、別離のきっかけを作ったということでムッチャ責任感じてたんだろうけど。主人公はそういうことに頓着しないし、してられる精神状態じゃないし。そりゃ置いてかれ組は、津島君(主人公)いいなー羨ましいなーと思ってるでしょうけど、主人公は主人公なりにもうぺっちゃんこになるまでやられちゃったんだし。それをまたつぶさに語る暇も性格でもなかったし。まあそれなりに得るモノもあったみたいに書いてあって、少しは持ち直すことを期待もしたんだけど。その上にガールフレンドがこれじゃあ壊れてもしょうがないよ。「こころ」の「先生」みたいなもんだ、自分の心を守るために必死で取った行為のせいで親友が死のうと傷付こうと青春だからしょうがな……と割り切れなかったのが漱石(の作中人物)だけど、津島君はなんとかなっちゃう。そこに音楽があったから? いやもう青春ってザンコク

   そして甘酸っぱい青春の回想は幕を引き、どこにでもいる汚れた大人になっていくわたし達なのでありました。くうっ、こいつはクるぜ。

   それにしても、男性にとってホモにもてた話は武勇伝のうちにはいるのかしら?

   男性サラリーマンのためのお伽噺をめざしている「課長島耕作」では、学生時代からの親友でライヴァルの樫村という登場人物がいて、彼はじつは男性しか愛せない人で、かねてより島耕作を愛していたといまわの際に語るんですよ。たしか政情不安な国に赴任していて、銃で撃たれたか何かしたんだったと思いますが。
   「最期の頼みだ、おれを愛してると言ってくれ、島」
   親友樫村の告白に惑乱しつつも、そこは島耕作、デキル男ですから
   「ああ、おれはお前を愛しているぞ、死ぬな、樫村」と涙を流して言ってやる。樫村は満足して愛する島に抱かれて死出の旅に出る……。作者はなにを考えて描いたんでしょうね? これ。

   もともと総合電器メイカーが舞台の話で、いろんな国や地方に赴任する話もありますし、脇役が結構あっさり死ぬ話として密かに有名でもありますが、団塊世代で同期何千人もいるんだからそりゃ中には色々あるよっていうドライな所もあるでしょうし、時代は性的にフリーダムなので、そういうひともいてもいいって考え方なのかも知れないけど。
   まあ、基本島は自分しか愛してない男だしな。この前結婚したとか聞きますけどよう知らん。

   ホモと判っても才能ある親友なら決定的な離別にはならないのか。最後の方で「パートナー」がいる云々書いてあったので、やっぱりそういう趣味のまま日本を離れて暮しているのねとちょっと納得しました。どうよおかあさんのホモ・フォビアは。こんな一般向け青春小説にまでホモ要素に食いついて。

   森雅裕だったと思いますけど、「画狂人ラプソディ」ってのがありました。やっぱりヒロインは母子家庭で苦労して芸大でヴァイオリンを学んでいて。その辺はやっぱりレッスン費用とか留学費用とか楽器のランクとかおうちの財力が影響してくるので、おぼっちゃんお嬢ちゃんがぬくぬくちゃらちゃら音楽をやってるのを見ると複雑な気持ちになるみたいなことを書いてあったような。そして、いろいろ追い詰められたヒロインはとうとう……って話で、切なかったです。

  音楽の女神はドS!
(嗜虐的傾向が強い様子)

   それでもギリシャの昔からひとが音楽からはなれられないのは、その魅力が余りにも強く大きいからなんでしょうね。

   波多利郎さん、いい出会いをありがとうございました。エチエンヌのマドレーヌお付けしときます、ご賞味下さい。

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2013年12月 9日 (月)

具志堅で行こう

   その昔、ロスアンゼルス・オリンピックといえばちょっとすごかった記憶があります。その後の大会への転換期になったんじゃなかったかしら。
   その前のモスクワ大会が80年で、共産圏初のオリンピックってことでやつらも(失敬)国威高揚をかけて頑張っておったところが、ちょうど前年にアフガニスタンに侵攻もしたもんで、冷戦のまっただ中の関係上、アメリカさんは「それ良いんですか?」とおおっぴらに文句を付けて、いろいろやり合った結果、アメリカとそれに追随する国はオリンピックをボイコットしちゃったんですよね。日本もです。西ドイツ以外の西ヨーロッパ主要国はあれこれアピールはしたけど参加したらしいです。ナンヤソレ。おかげで幻のオリンピック候補としてその後の人生ムッチャ影響浮けた人も出たとか。スポーツってほんと平和で豊かでないと楽しめないものなんですね。ひどいわ。

   さて。そんでもってその更に前のモントリオール大会では大赤字が出たとかで、ロサンゼルス大会は派手に民間で盛り上げて黒字にしようと気合いが入っていたように思えます。開会式のロケットマン(宇宙服姿の男性が背に負ったユニットから出した二本のノズルでガスを噴射して空を飛んだ!)すごかったですよね。夏休みの開催で、もうTVにへばりついてみてたかな。
   すごかったのが体操競技。その頃はもうオリンピックといえば東側の国が全面的にバックアップしている選手(ステート・アマ)が活躍して金メダル取りまくりで羨ましいやら見ぐるしいやら、あれってどうなの状態だったのですが、特に、旧ソ連なんて、採点のある芸術っぽい競技では、審判は公平を期して各国から選出されてるというのに、露骨に自国の選手にいい点を付けてライヴァルには点が辛く、非常に採点を公正でなくしていた記憶があります。夏は体操、冬はフィギュアね。だから、体操はソ連と東ドイツの独占って印象が強かったです。ナディア・コマネチが10点出して金を取ったのはモントリオールらしいですが、まああれも共産圏ですけど、衝撃的でもあるけどスっとしたもんです。
   その東側の気に入らない連中が、モスクワの報復とばかり「アメリカもグレナダに侵攻したよね?」なんつってロサンゼルス・オリンピックをボイコットいたしまして。あーあ、と思いはしたものの、アメリカさんはそこはネアカだから、
   「じゃあ金メダル取り放題じゃん」って。
   かれらももともと体操競技を見るのは好きだったみたいで。
   その他の競技もアメリカさんはメダル・ラッシュだったらしいですけど(史上最高の独占率)。
   体操競技の会場では、「U.S.A.!」の大合唱。アメリカ贔屓の審判が10点出しまくりで。この大会は甘いんじゃないのってコメントは聞いたような聞かなかったような。それで、日本男子体操陣は隅っこに追いやられて小さくなってました。えーうまいじゃん、負けてないよ、ブランクないって! と素人なりに見ていても、表彰台遠かったです。もしかして、今年はメダル無しかいと思い始めていたときに、彼は颯爽と現われたのでした。

   「出ました、具志堅幸司10点!

   輝く笑顔でした。満員の場内はアメリカの観客ばっかり、「U.S.A.!」の連呼で、誰も日本人選手の演技なんか真剣に見ちゃいなかったように見えたのに、かれはひとり、腐らずにベストの状態で演技を披露し、笑顔でアピールをしていました。真っ白のランニングシャツに白いズボン、じつに日本らしい簡素で清潔な装いで。

   状況はあなたに冷たいかも知れない。どれだけ努力を積み重ねて、それをしっかり自分のものにし、見事なパフォーマンスを行うことができても、それを理解してもらえないかも知れない。でも、腐ったり、ふて腐れたりはしないで。誠実に、いまそこでできることを感謝しながら、十二分に自分の力を発揮して。

   ひたむきな姿勢と心からの純粋な笑顔は、ひとの心を動かすのですから。それはそれ以降のどんな金メダリストの姿よりくっきりと高校生のわたしの心に焼き付けられました。その頃の天声人語にも取上げられたんじゃなかったかしら。

   具志堅で行こう。金メダルはきっとあるから。

   熱があったのか、うっかり悪夢に起こされました。お勤め時代に戻っていて、わたしの心の師匠が延々仕事態度を責めてきて。あーもう心が破れちゃうかと思った。夢でよかった。タケモトさんごめんなさい。あの頃はありがとうございました。

   理不尽と歯がみするとふ起こされて
    我身はいかなる悪夢に惑ふや     舞音

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