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2013年5月 4日 (土)

まっいっにっちっがッ にっちっようびッ♪

   和田アキ子往年のヒットに乗せて。

   5月1日をもってキャッシャーから洗濯女にジョブチェンジしたおかあさんです。一時復活した洗濯機はこの際、と洗濯槽クリーナーを入れて回したら尋常じゃないゴミが浮いてきて止まってしまいました。ゴメンよほんとゴメンよ。
   お仕事ちょうどクビになっててよかった(いやよくない)。お洗濯はなんとか手洗い&外干しで対応してます。ここ数日はお天気よくてよかったー(1日はお天気悪かったけど具合も悪かったので寝てすごしました)。ちょっと腰痛いかな。お天道様と日本の家電業界に感謝。

   旦那様のワイシャツはクリーニングに出しています。今日は朝からおにいちゃんのジーンズを洗いました。なんとか夕方までに水が滴らないくらいに乾いてくれてホッとしました。

   そろそろ冬物を洗ってしまいたかったのにこれじゃあなあ。肝腎の脱水が死んじゃったのは痛い。やっぱり少しずつでも片付けて電器屋さんに来て貰いましょうか。

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2013年5月 2日 (木)

「11人いる!」 ― 古典はやっぱり古かった ―

   そういうわけで娘の借りてきた「11人いる!」萩尾望都をウン年振りに読み直しました。初読はもしかして雑誌掲載時かもしれません、カラーページに見覚えがあるから。’76年の文庫になったときに一度まとめて読んで、’86年に映画になったときにたぶん読み返して。それで虎美の借りてきたのは’94年版らしいです。ウィキペディアありがとう。

   フロルがあんまり女の子女の子してるのでびっくりしました。

   フロルはたしかにヒロイン・キャラなのですが、生物学的には第二次性徴前まで両性体の種族で、分化前の両性状態、大学合格が(世間の通例に逆らって)男性を選択するための条件であったので、合格にムキになるし、男性らしくありたい(そして自分の肉体の現状はそうではない)と思いこみすぎて周りとトラブルを起こす問題児なのです。このフロルと、主人公で、最終試験の会場、宇宙船白号と過去にいきさつのあるタダとが当初から悪目立ちして、チームの中心、腕試しのために受験に来たとある国の青年王マヤ王バセスカ:王さまに目を付けられて精神的にも肉体的にもきつい試練を受けるという筋書きなのですが。

   初読のときは、美少年もどきとして好意的に見られたフロルですが、今見ると実に痛々しいです。ヘルメットを取ってお互い顔を見せる初対面シーンから、豊かな金髪を揺らして登場し、一同の注目を集めておいて、「女性!」という驚きの声に
   「オレが なにーっ!?
    どこが女に見える!!」と側によって取りなしたタダに食ってかかるのです。

   ここのところ、76年版では、「女性が最終試験に残るなんて……」的な台詞(たしかアマゾン)のあと、タダのとりなしは「女性だって優秀ならいたっておかしくない」というようなものだったと思うのですが、「男性(マン)チームって言ってたじゃないか」(大意)に、「女性も人間(マン)だよ」というように変わってました。ここんとこ引っかかったんですが。あとの方で岩石人間とか出てきますから、よその星系では非人間タイプの宇宙人もいたんだろうかと30年の歳月を考えてしまいましたが、別の事情のようで。今回の注目点もここなのよ。

   発表時は、こういう「国際的」な試験に臨む女性が少なかったということを反映していたのではないかと。

   今こういうSF的な話を描くとしたら、女性が一人もいないチームって有り得ないでしょう。あ、少女のそういう趣味向けのジャンルは別として。
   「宇宙兄弟」は、NASAの宇宙飛行士のセレクションの話だったと思いますけど、女性いましたよね? 「プラネテス」はあれは実務に就いてるひとだったけど、いたいた。目の保養的にも、ジェンダー的にもいないと成立しないと思います。

   でも、当時は、「女の子だ珍しい!」が目くじら立てられなかった時代だったという証拠の化石のようなものになってしまっていました。ウィキペディアによると、その続篇の「東の地平・西の永遠」では宇宙大学では女子の学生(作中は生徒と呼ばれていたような)も相当数いたので、つじつまを合わせるために、的なことを書いてありました。確かにそれもそうだ。

   その後のフロルの言動を見ていくと、自分が男性的でないと見られることに敏感で、いちいち突っかかっていくのでとうとう王さまに「やつにかまうな」と言われてしまいます。そうでなくても感情的で、自分を中心にしかものを考えられない、行動が直感的で論理的でない……といった特徴が見られて……なんか嫌な意味で女の子じゃん。
   ただ、孤立するタダに対する面倒見がよかったり、性格がからっとしていて単純なのは重いサスペンスの中で救いになっていました。容姿も可愛らしいしね。
   陰口をきくとか、内にこもった悪意の表し方をするとかいった、嫌な意味の年頃の女の子っぽさはなかったです。フロル自身、そういうのを見て「女なんてクズだ」と男性化を求めたのかも知れませんから。
   ’86年に映画化されたときに余りにも美少女っぽく描かれていて、監督が映画のパンフレットの中で「フロルを男になりたい女の子として捉えました」って言ってたのにショックを覚えたのですが、今となってみれば確かに、無理に男っぽく振る舞おうとしている痛々しい年頃の女の子で合ってる気がします。
   あとはとくに女の子らしい特徴は出していなかったから、当時の自分としては受けいれられたんじゃないかと思います。料理が得意とも、逆に(得意であるべきなのに)ヘタとも描かれていなかったし、ガンガの事故の際も、執刀するタダの助手を、とくに気負わず「TVで見ただけ」のキャリアで勤めてましたし(あとの連中はそれ以下だったのであろう。そういえばあのメンツは医療系弱い感じ。よく生き残れたな)。あれは「仲間」の危機にできる協力は何でもする気持ちの表れだったんでしょうね。女の子だから看護とかそういうニュアンスは欠片も感じられませんでした。……それにしてもたしかに王さまは指示するだけで具体的なスキルのない能なしだな。

   続篇の「東の地平・西の永遠」になると、4世の妹チュチュはいよいよ「女の子」で困っちゃう! 最初長いドレスでお花を摘んで登場し、伝え聞いた噂を検討せず兄にぶつけて悩ませる、悲劇のあとは短絡してみごと黒幕に乗せられ、国際紛争の場で悲劇の女性という道化を演じさせられる。負の感情をそのまま相手にぶつけてしまう。とにかく主観的、感情的でもうヘキエキしました(それはタダ側の敵として描かれていたせいもあるけれど)。事態の重さに硬直し黙り込む男性陣に対し、そのチュチュに食ってかかっ真実を告げたのがまた「感情的」なフロルだったのがもうなんて言ったらいいのか。やっぱりフロルの直情は男女を超えて得がたいものと言うことなのか。
   映画化の時に、これに続いて続篇ももっと脚光を浴びればいいのにと言ったら、先輩は「こんな暗い続篇はアニメにしなくていい」と苦笑していた気持ちが今にして解りました。板挟みの4世もどんどんドツボにはまる王さまも可哀相すぎる話だったよ……。ハッピーエンドも、当時はホッとしたけど、今は、そんなクソ女に引っかかるなーとか思わず叫んじゃった……。

   今のSF作品でこういうヒロインを出すとちょっと、古くさいとか言われちゃうんじゃないかしら?

   「ブレーメンⅡ」川原泉は、これも一昔前の作品になっちゃいましたが(1998~2004)、ヒロイン(というのもなんだかな気がする)キラ・ナルセは、イレブンナイン(99.999999999%の正確さという意味)の異名を持つ冷静沈着な女性宇宙飛行士で、若くして所属会社の最年少船長となる優秀さを持っています。まあ川原作品なので、ちょっと情緒に乏しいです。動物に生体改造を施すことによって人間との意思の疎通、作業の補助を行うことを可能にしたブレーメン(働く動物たち)にも柔軟に対応して、お互い信頼で結ばれ、いろいろトラブル続きの処女航海を終えるまでに至っています。
   この作品に至っては、感情的でよく考えずにトラブルを次々引き起こすのは男性であるバカ社長、ナッシュ・レギオンの方なんですね。ま、この人は帝王学が行きすぎて壊れちゃっていて、気まぐれな子供っぽいところをキラにしか見せられないという川原ワールドな設定があるにせよ。

   少女漫画も時代が21世紀になると、女性の船長がいても「当たり前」、女性が冷静沈着でも「そういう人もいるでしょう」。まあ変わり者という設定ではあるけれど。武器の扱いに長けていても、電子機器の操作に慣れていたり、コンピュータの権威であっても珍しくない。そういう設定のSF作品、そこら中にあるでしょ? 少女漫画でなくっても、ライトノヴェルでも、少年向けのアニメだって。

   それは、作品が発表された’75年のころとは時代が変わって、女性がさまざまな分野で 活躍して、地位を占めてきたことの現われなんでしょう。超難関の宇宙大学の入試に女子が挑んでも当然。意志と能力と努力があれば、船長にも博士にもパイロットにも閣僚にも大統領にもなれるんです。がんばってくれた皆さんありがとう。あ、受け入れてくれた、支えてくれた男性の皆さんもありがとう(これ大事)。

   そういうことを考えてみれば、「11人いる!」はやっぱり「昔の作品」なんでした。悪いって言ってるんじゃないのよ。時代が変わったことを表わしてくれているんだって言ってるのよ。

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2013年4月30日 (火)

洗濯機が逝ったらしい

   いやこれ家電カテゴリだろ(作れ)。

    当家では仙台時代より生協の粉石鹸を使用しておりますが、これはよく落ちるし仕上がりもふんわりとしていておまけになんだか地球環境もいいらしいのですが、残念なことに石鹸カスというものができてしまって、手入れをしないとそれが洗濯槽内にたまり、不潔であったり、洗濯物に再付着して仕上がりが悪かったりという問題点があります。それを防ぐためにはこまめに洗濯槽クリーナーというもので石鹸カスを除去しなくてはならないのですが……。仙台にいた頃は残り湯を使って良く溶かしておったためにかあんまり大惨事となることはなかったのですが、さすがに中高と子供が野球部で、ほぼ毎日2度3度回すということをやっておっては。

   そういえば最近は、ホースの方にも詰まっておるのか、洗濯~すすぎやすすぎ~脱水への水抜きの時点でうまく水がはけずに、「もうだめ、限界」と洗濯機の方でSOSサインを出して止まっていることが多かったっです。それは洗濯機の方であらかじめ設定されている「トラブルの報告」の機能で、取扱説明書には「ホースの排水など確認してからスタートボタン押し下げ」で対応、と書いてある通りにやればなんとか過程を再開してちゃんと洗濯工程を終了してくれていたのですが。ええほんとこの2,3年は。だから、
   「洗濯機がよく止まるから夜中の3時まで寝られなかった」と野球部のママに愚痴ってナニソレと言われていたのでした。

   まあ、洗い上がりが悪くなってきて、ねずみ色のねっとりしたものがついているというのは「そろそろ洗濯槽クリーナーしなくっちゃ」の目印だったのですが、最近ちょっとさぼってて。だいたい、よく止まる→洗濯に時間がかかる→洗濯槽クリーナー(ここで2時間放置してねとか素で書いてある)で回している時間が無くなるということですから。おかあさん最近アルバイトに出ていて日中はいないし。

   おにいちゃんやっと野球部を引退して洗濯ものに追いまくられる日々が終わったと思ったら、おにいちゃん牛丼やさんにアルバイトを見つけて、制服一式をまた洗う日々が訪れました。3セットあって必ずしも夜中に洗って翌朝に間に合わせなくてもよくなっただけが救い……ってネタにしようと思ったらこんなことに。だから水温も高く洗濯物の少ない夏のうちに洗濯槽クリーナーしとけば良かったんだよって、秋ぐらいにやった気がするけど……。時既に遅し?

   ほんとに今日はよく止まる、虎美、あんたは明日また学校だから寝なさいとベッドに送り出したのが2時! 最近はほんと、チョークで引いたような大胆な石鹸カスがついてくるようになっていて、仕上がりをチェックしてすすぎをもう一度しないと使い物にならないから、と仕上がりを待っていたんです。虎美も学習というものをします。

   ところが、ほんとにもう、3分しないで止まる、スタート押してもまた止まる、という事態に、もうホースはどうしようもなく詰まっておるのだなと判断して、もう手で濯いで脱水だけかけて干して、連休明けに電気屋さんに来て貰おうと洗面台に洗い物を全部出してみたら。
   ……虎美のパーカとか、抱き枕カヴァーとか、大物が結構あったよ。
   そして、よせばいいのにいろいろ試したら、洗濯槽洗浄モードでお水を満タンに張った状態で水がはけずに止まってしまいました! おかあさんのバカバカ!
   下着類はなんとか手で絞ってタオルでぱんぱんして干しました(参考:「カルバニア物語」 女王様が自分のショーツを自分で洗濯するエピソードがある)。
   タオル類はラップの芯がちょうどあったからそれを芯にねじるようにして絞りました。けっこう絞れたけど、3回目にはもうお水でぐなぐなになってボロボロ表面取れてきちゃいました。ま、加工してあるとはいえ紙だしな。

   ……あとはどうしよう?

   今、シャンプードレッサーに裏が起毛でもこもこになってる虎美のパーカ放置してます。絞るのやだむりーもう手が疲れたー。「娚の一生」でつぐみさんが海江田氏の下着を洗濯するエピソードがあって、うわー今時手で洗濯して(洗濯はともかく)絞るなんて無理、って思ってて、実際そのあとの美人秘書が押しかけてきて「あたくしがいたします」つって意気揚々とやったはいいけど全然絞れてなくてびしょびしょの状態で干してて、あーああいうのそういうお外の物干しがあるからできるんだよなーって泣きたい気持ちになりました。最悪仙台のマンションならあの広いヴェランダなら吹き降りでもない限りなんとか干せたし水が多少滴っても迷惑かかん無かったと思う……(ああまた仙台帰りたいノイローゼ復活しそう)虎美の服、濡れたまま放置で色うつりとかしたらどうしよう? あーおかあさんそろそろお化粧落として寝たいなー。

   ちょっとネットで調べてみましたが、この辺コインランドリーもないみたいです。グーだかYahoo! だかで、「ノイエ・リリエンベルクに引っ越してきましたが近くにコインランドリーがないようです。どうかおしえてください」ってのが引っかかったぐらい。そんでもって回答あったみたいですがそこも家からは遠い! うち車ないんですってば! 無理! 大きいお風呂やさんの側ならあるんだろうかと一縷の望みで開けてみた「ジャイアンツ・ランドのヴィクトリーの湯」も、あそこはどちらかというとリゾート的お風呂なのでお食事どころやマッサージのサーヴィスはあってもコインランドリーはついてなかったのでした。

   最後の望みで開けてみた天気予報も、明日から下り坂で、びちゃびちゃのまんま外に干しといて自然乾燥を期待するというわけにもいかなそう

   ……恥を忍んで裏のキタガワさんちに脱水だけさせて貰いに行くかな?

   来て貰うにはちょっとお玄関と洗面所掃除しなきゃだし、電気屋さんも「連休明けにしてよ~」と思うことでしょう……。

   嗚呼、早乙女家の大型連休はお洗濯難民!?

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2013年4月29日 (月)

回帰熱 リーベスリーダー 第2曲

   今月はインフルエンザの後遺症で全然更新なかったから思いついたらどんどんいっとく。

   ブラームスの「リーベスリーダー・ヴァルツァー」の歌詞を古式ゆかしい和歌に翻案するとどうなるかというシリーズで。今回は第2曲に挑戦。

   「川岸の岩のほとり、大波が立ち騒ぐ
   そこでは、ため息をつくことを識らぬ者が、恋の元にそれを識った」

   詞は例によってG.F.ダウマー。第2連の関係代名詞がもうおステキ

   Wer da nicht zu zeufzen weiss, lernt es unter’m Lieben.ですよ奥様!

   かーわのーほっとっりっでっ なーみたちさーわぐ
   恋の溜め息 恋の溜め息 いーまここで覚えた 

   ……っとその頃豪傑訳を付けましたが。

   ため息をつくことを識らない者って、今まで才能と情熱だけでなんの挫折も知らずに育ってきたような若者! あれだ、最近のアニメでいうと「サッカーやろうぜ!」を合い言葉に世界制覇したようなぼくちゃん。いやかれは作中結構負けたりしてたけど。

   それが、(なんだろ、最近この辺がモヤモヤするんだ……)と川のほとりで激流を眺める……いいではないですか! やっぱその川ってドナウ川ぐらいの大河ですか? ごめんそこらへんの草原を走る名前もない小川ぐらいを想定してました。でも、犀川とか多摩川では激流感ないしね。難しいところよね。

   たぎる瀬の波の勢いいや増すは
    恋知り初めぬひとの溜め息    舞音

   岸壁に逆巻く波~なドイツ世界とは違って、和歌の世界だとそこは「瀬」を使うでしょ。って、ちょ、待て、ドナウ川に波浪警報が出るほどため息を吐くのかおまえは!? 
   これはおかあさん読み違いでしょうか? 大波が立ち騒ぐのは心象であって、溜め息を吐いたから波が立ったわけじゃない? うう~ん、西洋詩の翻案ってやっぱり難しい……。

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2013年4月28日 (日)

メイ曲アルバム 「ここに輝かしい日がはじまって」

   こないだの週末にTVでやっていた「テルマエ・ロマエ」、映画館に見に行けなかったのでありがたく視聴しましたが。確かに、最初はかぶりつきで「1巻のあのエピソードだぜ!」「アレか? 次はアレ来るか?」とゴキゲンだったのですが、オリジナル展開になった後半は下向いてそこら辺のお掃除はじめてたりして。まあいい。
   おかあさんががばーっとTVにかぶりついたのはBGMが変わったとき。
   「ドン・カルロだぜ! よぉーくやった!」
   あの映画なんでBGMどれもこれもオペラからとってきてたんでしょうね?
   確かに壮麗な感覚は近いものがあるかも知れませんけど、この「ドン・カルロ」にしても「蝶々婦人」にしても、じゃあ最後は来るなと思っていた「アイーダ」にしたって、近代の作品じゃないですかよ。アイーダはエジプトの話しだし、時代もローマよりうんと昔だよ(たぶん)。「ドン・カルロ」は無敵艦隊の頃(エリザベス朝としてもざっと徳川家康と同時代)だし、「蝶々夫人」なんか幕末~維新の頃じゃん! ローマ帝国最盛期、チーム・ゴケンテイのセンター、ハドリアヌスの頃からは1000年以上も離れてますよ! 
   ……野暮を言うな。

   それにしても、大昔オペラの合唱曲集のCDで聞いてからわたしの心を燃えたたえせ続けている「ドン・カルロ」の合唱曲、ええと、2幕めだったり3幕めだったりヴァージョンによって違うみたいですけど、異端審問がはじまるぞーって群衆が集まってくる「ここに輝かしい日がはじまって」に久々出会えて嬉しかったです。この曲マイナーでさ。
   オペラの曲の呼び方ってのは、多分頭からの通し番号もあると思いますけど、普通に「何幕何場の誰それのアリア・二重唱・合唱……その他イロイロ」っていう客観的な表現と、「女心の歌」とか、「闘牛士の歌」みたいに、曲に端的なタイトルがついてる場合(超有名な曲ね)と、その曲の出だしをマンマ言っちゃう場合、「恋の悩み知る君は」とか、「思いよ黄金の翼に載って」とかがあります。これは3番目のパターン。一番客観的と思われる何幕何場っていう表現も、オペラは時々編集されたりして幕数変わったりしますんで(この作品がそうだ!)え? このオペラ3幕まであったっけ? とか齟齬を来たすこともありますんで、難しいですね。歌詞で言おうとしても、日本語訳で言っても海外のファンには通じないし。訳者によって微妙に揺れがあるし。うちのお義母様も「それは Voi che sapete?」と原語で聞き返してこられて、こっちは絶句。ほんと悩ましい。

   で、この「ここに輝かしい日がはじまって」は、チャン、チャララン、チャン、チャララン、チャッチャッチャ、チャララ~♪ とファンファーレが鳴り響くなど文字通り輝かしく始まって、それまで「どれもこれもよく解らん……」と眠くなりながら聞いていたまいちゃん@おちこぼれ新入社員の目をこじ開けてくれた名曲なのです。しばらくはこれをカセットテープにダビングしてお目覚めタイマーで流しながら起きていたと思います。うん、スッキリ起きられましたよ。「こ~こにはーじまるー輝くー日はとてもとてもとてもとてもす~てき♪」って適当に歌詞を付けましたが、往年の近藤真彦のようにギンギラギンにはじまって、たゆたうようなメロディを弱い音で唱える部分を経て、抑えつけたパワーをゆっくり盛り上げていってもう一度最初のテーマを繰り返し、次から今度はお坊さんの恐ろしい異端審問の合唱。なんか転べ転べとも言ってるようだし(切支丹じゃあるまいし)。また盛り上がったところで今度はファンファーレのあとお説教パート(これはメロディはなく語り、異端の人々を弾劾しておるらしい)を経て盛り上げ返してまたテーマで三度盛り上がってエンディング(異端の人達は処刑されるらしく連行される)。カッコイイ曲なんですが。なんでマイナーなんだろう。どうマイナーかと具体的に申しますと、たとえばアイーダの「凱旋」、「大行進曲」とも言いますが、ユーチューブを開けて、検索の箱に「アイーダ」と「凱旋」と入れれば、直ちに目指す曲がいろんな指揮者、オペラハウスで引っかかります。ところが、「ドン・カルロ ここに輝かしい日がはじまって」と入れても、「検索の結果はありません」って……。しくしく。「ドン・カルロ 合唱」と入れてもいろいろ二重唱が混ざって現われ、それを取捨選択してやっと引っかけたのがこれ。http://www.youtube.com/watch?v=R9jmAuVAbGQ

    原語のタイトル判ったらそれを入れると次からは簡単かも知れません(クラッシックの検索の裏技)。

    なんでこの曲マイナーなんだろう(後年自分でCD買おうと思ったらもうなかった)と思ってたら判った。このオペラ自体がマイナーなんだよ。

    歌劇「ドンカルロ」はヴェルディ作曲のグランドオペラです。作品№でいくと25って中期ぐらいかな、後期に入るんでしょうか。もともとフランス語台本らしいですがそれじゃ難しいのでイタリア語ヴァージョンもあるとか。原作はシラーさんなら原本じゃドイツ語なの? 向こうの人って語学が堪能じゃないと仕事できませんね。
    なんでマイナーかというと以下調べた上での私見を箇条書き。

    1。純粋に長い。 オリジナルヴァージョンだと5幕、4時間。付き合えません。カットしたヴァージョンがいくつもあって、決定版がないというのもあるかも。
    2。配役が派手すぎて歌手を揃えられない。 オペラってなソプラノとテノールが恋仲で、それに悪玉のメゾソプラノとバリトンが横恋慕して割り込んで悲劇になるもんだそうな。これがまたヴェルちゃん気合い入りすぎて、題名役のカルロ王子に相手はエリザベッタ王妃(親父の後妻)、息子の婚約者を奪ったクソ親父がフェリペ2世の親父の愛人のくせしてカルロに横恋慕するエボリ姫がそれぞれ難しくていい曲を割り振られているので、どれもそこそこの歌手を必要とするらしいんです。「カルメン」はカルメンとホセにエスカミーリョいればいいし(ミカエラなんて一瞬だ!)、「トスカ」なんてトスカとスカなんとか(スカルピアね)さえしっかりしてればいいんだけど、これは4人がフルに大物じゃないと無理。そんでもって異端裁判長なんてじいさんも必要だし、カルロの親友がまたいい役だし、この派手な合唱を支える群衆役も数必要だ!
    ……マネジャーさんの苦労が知れるよ。
    3。宗教的にヤバイらしい。 フェリペ2世の頃のスペインって、アレよ、宗教戦争。勝ったもんの歴史観から語りますと、スペインはインジュンコソクな旧教国ということになっております。カソリック教会なんかに牛耳られておる「遅れた」、真面目な新教徒の商工業者を弾圧する「悪」の大帝国。フェリペ2世はその親玉。どうりで息子の婚約者を奪ったうえに二股。最低。いやそうじゃなく。世界史的にもフランドルとか、ネーデルラントとかの新教を信じる住民の多い領地を差別して弾圧したことになっております。そういう嫌な親父を描くにあたって、作中も「たとえ王でも教会の権威には逆らえない!」とか坊さんに絶叫させてます。
    なんか、この辺? 初演の時ナポレオン三世の奥方が遺憾の意を表して退席したらしいですな。これは、セレブとしてはアリな対応みたいです。当時はツィッターも試写会のあとのワイドショウ向けのインタビューもありませんから、「この作品糞だわ」と思った場合、セレブは途中で退席するのがお作法だったみたいよ。他の作品でも、ウィキペディアとか、別のメディアででも調べると、「貴婦人が退席するということがあった」ってスキャンダルの記録がありますから。……まああのひと(ウジェニー皇后)お里がスペインらしいし。
    4。物語として意味不明。 これが大きいと思う。わたしバブルの頃NHKBSオペラアワーでこれ眠い目擦りながら見てましたが、最後、カルロ王子謀反の罪を着せられ処刑寸前、エリザベッタが隠れて会いに来て、「2人の恋はあの世で結ばれる」と涙の別れをしていて(なんか「アイーダ」と被ってるんですけど)と思ってたら、墓がぱっくり割れて、ご先祖様の霊が出てきてカルロを墓に連れ込んで終わっちゃった! なにこのスペクタクル! 笑えばいいの? 糞親父に制裁は!? 納得行かん!

    ……書いてきたらこれは受けなくて当然って気がしてきました。ご先祖様の霊が進退窮まったカルロを神隠しにして、どこか遠くでこっそりフランドルの民のために活躍できるようにしてくれたんならまだいいけど……(「サラディナーサ」河惣益巳のアウストリア公ドン・ファンのエピソードはこれに拠っているらしい?)どうもそういうんでもないらしくて。「ドン・ジョヴァンニ」のラストの、ドン・ジョヴァンニが騎士団長に地獄に連れ去られるようなもんで、トラブルメイカーはあの世に去ったよ、めでたしめでたし……てな感じなのかも、酷すぎる。

    ……オペラの傑作って、天の時地の利人の輪じゃないけど、いろいろ揃わないと成立しないもんなんですね。そこんとこが、「カルメン」や「トスカ」と「ドン・カルロ」やその他マイナー作品との差なんでしょうか。
    でも、「ここに輝かしい日がはじまって」はいい曲(異端のやつには死の裁きをって言ってるかもだけど)ですから、これだけでも聞いてみませんか?

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