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2013年1月 4日 (金)

常識を疑えば

   またしても一生分第九を聴いた一週間が明けて。新年のリーリエマートは、「春の海」やら「お正月」やら「一月一日」やらのメドレー。

   まだ閑散とした店内でぼんやり、
   「第九やるなら全部やってくれればいいのに、盛り上げるだけ盛り上げといて、あそこの大フーガから先やらないんだよな」と非常に残念に思っていたり。

   あそこの大フーガというのは、第九始まってちょうど1楽章から1時間ぐらい経ったところの、「Seid umschlungen,Millionen! Diesen Kuss# der ganzen Welt!」って、男声のおっかけっこから入る所です(#印のSふたつは正しいスペルではベータみたいな形のエスツエットですよ)。歌詞のシラーさんとしては一番言いたかったところはここでしょう。曲としても山はここだと思うんだけど、一般的に第九っていうとみんなミミファソソファミレのテーマを思い出すんだよな。悔しい。

   「百万のひとよ抱き合えよ! 全世界に口づけを!」ですから。そんでもって、
   「兄弟よ、 星空のその上に愛しき父はいまさん!」ですから。

   おめでたい人間愛の歌じゃねえよ。絶対的一神教を固く信じようって歌だから。

   「大事なことだから2回言いました」とばかりに、言い回しを変えて、もう一度言ってます。

   「百万のひとよひれ伏すか? 創造主を感じるや?
    星空の上に主をもとめよ、主は星々の上にいまさん」

   そこんとこが日本人のおめでてえ所だなと思うんだけど、まあ、名曲だから気にしない。八百万の神々もお許しになってるようだし。

   解っててその歌詞の所を抜いたんならこの年末用有線BGMをアレンジした人を尊敬しちゃうけど。どうだろう? ないでーす。たぶんね。

   おかあさんの好きなところは昔っから変わらず、「走れよ兄弟!」と威勢よくテノールソロが歌う所なんですが、他に好きなのは、初っ端のテーマが1回終わった後、ソリストが顔見せする辺りですね。

   「 Freude,trinken alle Wesen 
    an die Bruesten der Natur,
     alle Guten,alle Boe*sen, 
    folgen ihrer Rosenspur.

     Kue*sse gab sie uns und Reben,
    einen Freund geprue*ft im Tod;

     Wollust ward dem Wurm gegeben,
    und der Cherub steht vor Gott.」

   *印はウムラウトをごまかしスペリングしてるところです。

   ここんとこはなんといっても歌詞が格好いいです。

   「いかなる気性の者とても 自然に抱かれ歓喜の乳をふふむ 
   全ての良き者悪しき者、おのおのが薔薇の道をゆく

   自然はわれらに葡萄酒と 死の試練に耐えたる友を与えたり
   快楽は毛虫にくれてやり ケルビムが主の御前に立つ!」舞音訳です。語呂が悪いっ! かなり意訳を採りつつもどっちつかず。改良の余地在りです。

   大自然の乳とか薔薇の小道とか死の試練とか大天使とか、ああ、豪華絢爛!

   だがしかし。唐突に現われたWurm、これ英語で言うワームなんだろうな、この単語が違和感です。豪華絢爛の世界になぜこんなものを。いや、ぶっちゃけWで始まる単語で揃えてたからだろうけど。

   古典的な訳だとここは、
   「虫けらにも歓喜が与えられ」となる所なんですが、どうも腑に落ちない。いや文法的にはあってる。歓喜が主語だけどジュドータイでドイツ語ならではのテードーシコーチで gegeben (英語で言うとgive という動詞。だから was givenと思えばいい)が「与えられた」でいいわけなんだけど、今さっきエキサイト翻訳で聞いてみてもそう答えてくれたけど、それはいったいどういう意味?

   だいたいにして、第九の歌詞はシラーさんの教養っていうかあの時代ノリが全開で、文法的に正しい筈の訳でも意味不明です。
   「歓喜! 美しき神々の火花! 楽園の乙女! 我ら火に酔って崇高なあなたの神殿に足を踏み入れる!」って初っ端から訳分かんない! 

   ……だから文字通りお酒でハイになって古典ゲージュツ的でケイジジョー的な気持ちになってるんですね。そのノリで解釈していかないと乗り遅れます、はい。いやもう、どの第九の楽譜の訳詞も、CDの対訳も四苦八苦してますね。きみはこんな訳を晒して恥ずかしくないのかと面罵したいこともあります(おかあさん自重)。

   「虫けらにも快楽が与えられ」ってのは、そういう、もう大盤振る舞い、文化は爛熟して一部の貴族だけのもんじゃないぞ! って雰囲気……って、ほんと?

   どっちかっていうと、西洋史で有数の激変な時代、王様も首を斬られ、身分制度がひっくり返った頃のこと。自由だ平等だ博愛だの時代(いや明確には革命ちょっと前)の文化人のことだから、
   「おれたちはもっと崇高なもののために生きているのだ、快楽? そんなもん虫けらにくれてやれ、そら、智天使さまがそこに現われておる!」という威勢のいい感じなんじゃないかと。

   試行錯誤の末にこういう域に達しますと、目の前がぱあっと開けた気がしますね。どんな有名な独文学の先生より、自分が詩のテーマ、実際言わんとしていたことに近づいたという感覚。間違ってるかも知れないけど、一瞬でも、気持ちいいです。新春からゴキゲンでした。

   ……いやこれ趣味タグだろ。夜中に何をやってるんでしょうね。お皿洗わなくっちゃ。

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2013年1月 2日 (水)

「ワンパンマン」 スキッと解決!?

   とりあえず作品じたいの魅力とかについては後日になるかも。

   堂々完結の「バクマン」は、いろいろ面白かったけど、あれは大場つぐみが漫画原作者だってところが実は強く出ていて、漫画家としての苦労ポイントが「面白い話を作っていかに他の漫画家と勝負し、読者を魅了するか」の分野に限られてたような気がしますよね。
   実際自分もペンを握って絵を描いてる漫画家なら、素人でも思いつく限りで、
   「ああッ初期の恥ずかしい絵と今の絵を比べないでッ!」という魂の叫びをどうごまかしてプロとしてやっていくか、
   「ヒロインの私服がダサイ」と言わせないためにファッション誌を買う恥ずかしさをどう乗り越えるかとか、
   「やべーアシスタントさんの方が絵が巧い」というコンプレックスとどう付き合うかとかもあると思うんですけど、そういう絵についての悩みは一切無かったですね。作中の真城くんはとっても絵が巧くて、さらに超人のように努力して絵を早く描いたりするスキルを確実に上げていってました。そーいやー、美大生のアシと知り合って、下書きを軽めにすませてペン入れする方法に開眼して時間短縮に結びつけてましたかね、絵についてのエピソードはそれくらいしか思いつかないですよ。

   結局漫画家は大変、でもなにかに打ち込むのは楽しい、という表テーマとは別に、いい漫画ってのはストーリーがちゃんとしてるもののことだ、漫画(原作)家がそれに全てを賭けている姿は尊い、ってのがあったように感じますけどいかがでしょう? 少女漫画家だった青木嬢は絵が少年漫画向けじゃないということで作画の人を付けて貰ってジャンプで再デビュー、結局そのひととは決別して自分で絵を描くようになったけど、女性らしい細やかな心理(ラヴコメ?)描写でそこそこヒットを飛ばす、みたいな話の流れも脇筋であったでしょ? ただ絵が巧ければいいというメッセージはほとんど無かったと思います。

   そこには永遠のテーマに対する答えがあったと思います。

   「漫画というものは、絵が主体なのか、物語が主体なのか」

   それは、手塚御大がただの面白おかしいポンチ絵をつなげて、映画のようなストーリー性をもった芸術に押し上げたそもそもの発端から既に答えは出ているわけですが。

   「漫画は作者のメッセージ(哲学的、文学的ものから娯楽性を重視したものまでさまざま)を視覚的に読者に伝わるように絵画表現を進化させたものであり、それを欠いては漫画たり得ない」と、とりあえずわたしはそう定義しますね。

   究極の選択、絵は一こま一こまため息が出るほど美しい、パースの狂いもなく、デフォルメも適度でリアルな絵とも違った魅力がある、けれどストーリーは行き当たりばったりというか読者置いてけぼりで何が言いたいのかわからない、という漫画と、絵はヘタクソで等身がおかしい、ちょっとその上半身でその足の長さは人類じゃないでしょとかその動物はええと犬ですか猫ですかみたいな絵でも、起承転結がしっかりしていて、ぐいぐい読者を引き込んで泣かせる、笑わせる漫画とではどっちがいいですかって話。
   絵の下手さにも依るけど、わたしは後者の方がまだ好きだなあ。

   だから、「バクマン」のストーリー至上主義にも頷けていたんですが。

   片や、ネットで話題の「ワンパンマン」。「アイシールド21」の作画の村田雄介さんが、ネットで連載をしていたという原作をリメイクしたというもので、余りにも強くなりすぎたヒーロー志望の青年が、五月雨式に来襲する「怪人」どもを文字通りパンチひとつでやっつけてむなしさに取り付かれる……という話です。
   絵が凄いです。
   もともと「アイシールド21」でも、絵を描くのが好きで好きでしょうがない! といったサーヴィス精神にあふれた作風だったんですが、強さの代償に頭髪をうしなってしまったヒーローの素朴~な顔をギャグ・シーンはかわいく、シリアス・シーンでは男前に描いてくれてます。怪人の造形も確か、度重なる来襲に荒廃した都市のさまも巧み、戦闘のシーンもスピード感に溢れていて、ああ、こんないいものをネットで無料で見られるなんていい時代、やっぱり電子と紙とではもう電子媒体の方がありがたい……と思うところだったのですが。

   原作の方も見られると伝え聞いて、じゃあ原作のONE氏の「ワンパンマン」も見に行ってみたんですよ。ストーリーの先が楽しみだったので。
   「小説ではない。ネーム(下書き)レヴェルでもない。殴り書きのようなコミック形式である」という噂だったのですが、確かに一応コミックの形式でした。コマ割りがあって、吹き出しでちゃんと台詞(も説明)も入ってる。
   原作も凄かったです。
   絵はたしかに殴り書き、というよりは、ちゃんと描いているけどスキルがそんなに高度じゃないという感じですが、それなりに漫画の作法は心得ている感じです。立て続けに無茶を言って迫ってくる相手(弟子入志願の少年ジェノス)に、主人公ワンパンマンが一言ずつ言い返すシーンがちゃんとユーモラスな対比で描かれていて、秀逸。

   ハッキリ言って、この絵でもじゅうぶん面白いです。

   生き生きした個性的なキャラクター。とんでもない世界設定を信じさせる話の運び。押しかけ弟子ジェノスくんの情報からどんどん世界が広がってゆく物語の進め方。それぞれがそれぞれに問題を抱えていて、それでも生きてゆかねばならないというほろ苦さを、怪人と、それを退治するヒーローたちという世界観に集約させた物語の構造。これはとてもよく練られた話です。原作もネット連載継続中で、実に楽しみです。

   読者は、原作版でストーリーを楽しみつつ、村田版でそれがどう絵に昇華されるかを楽しんでいるようでした。
   村田氏は原作に忠実な性分のようで、一こま一こまのアングルなんかは結構原作のままだったりするので、あのシーンをこの画力で描くとこうなるか! とファンはもう感動しまくっておるようです。前述、ジェノスくんの押しかけシーンでは、
   ドサッと背に負った大荷物を下ろしておいて、
   「ここに住んでもいいですか?」と弟子入り宣言する金髪のサイボーグジェノスくん。
   「うん」 「絶対ダメ」と青ざめつつ二言で返すシンプルな顔だちのワンパンマン(サイタマ氏)。
   モノローグでは、「マジかこいつ」とどん引きしています。
   ページは見開き左に移って、まったく同じコマ割りで、同じく、
   ドサッと万札の束(10万どころではない、おそらく100万であろうという塊)を置いて、
   「部屋代払います」とやや顎を引いて凄んでみせるジェノスくんです。
   「ちゃんと歯ブラシ持ってきたか?」と顔の影が消えて、冷や汗をたらしつつもすぐに日和って受け入れる、そのサイタマ氏の小人物ぶりがクスリとさせるのです。
   これがまた、原作通りで。それをすぐウェブで見比べられるのがまた凄い! そして、ファンは、
   「あの原作の名シーンはどうなるの?」と期待しておると。

   「漫画はストーリーが命、しかし、それを活かしきる絵があって優れた漫画たり得る!」ということになってしまいました。

   あと、クリックでページをめくる感覚のネットコミックなので、かちかちやっていると戦闘シーンなどはパラパラ漫画のような楽しみ方で、本当に動いているような躍動感を味わえます。またこれがネットで公開されているものだから、勝手にデータを使ってほんとにそれなりのソフトを使ってつなげて適当に効果音も入れて、動画にして然るべきところ(ええと、ニコニコ?)で流しておるファンもおったり。おいそれチョサッケン……でも実際見ましたが溜め息出ました。ここんとこは、絵描きさんご苦労さんと心から言えるところです。

   ……とまあ、ネットならではの楽しみ方のできる作品なんですが。

   それが、この12月に単行本化されまして。
   アホなの? 頭固いの?
   無料でネットで誰でも読めるものに、なんでお金払って買うの?
   入院中のよい子(病院でもネットってできますか?)にでも見せるの?

   買う奴いねーよと思っていたら、なんと、ネットのそこら中で、
   「ワンパンマン買ったよ! 凄い!」
   「ワンパンマン読んだ!」
   「ワンパンマン買いに行ったら売り切れだったよ」
   「アマゾンでもだめだったよ」という声が響いていて。

   おいマジかよとおかあさんはそれでも腰を上げなかったのですが、
   「加筆が凄い!」というのと、
   「おまけページで××とサイタマの過去が描いてあった」というのとでとうとう昨日買いに行きました。即行重版がかかったようで、わたしが買い求めたのは2刷でした。

   「ネットでただで読める作品を金を払って紙の本を買って読むファンは存在する」ということになってしまいました。
   まあそれは、うちでは加筆とおまけがあってのことでしたが。
   シンプルライフからまた遠ざかってしまったぜ。

   「おかあさんこれ友達に布教していい!?」
   「いいとも、せいぜいファンに引きずり込むがよい」

   こういうことかな。あとは、ただで楽しませて貰ってすいませんという罪悪感かな。

   とりあえず、まだまだ紙の単行本は生き残っていきそうです。

   そういう、最近の漫画界の問題を2つもスキッと解決してみせた(?)名作ですことよ。とむ影さん、今度お送りしますからどうぞお試しください。その他のお友だちも、是非お声がけください。

   

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本年もよろしくお願いいたします

   結局片付け途中で年が明けたよ。

   昼頃起きてきた虎美とだらだらネットをしていて、
   「いいなーワンパンマン」いや具体的にサイボーグのジェノスくんが。
   「いいよねー」
   「単行本買う?」
   「そこら中で即行売り切れらしいよ」
   「でもそろそろ出たっしょ。わたしは初版にはこだわらない」
   「うう~む、じゃあ初詣でにゃん(兄ちゃんとニャンゴとキョン@涼宮ハルヒ~の包括的概念)の合格祈願の帰りに駅まで出て買うということで」ということに相成りました。

   たらたらお支度をしてたらもう4時を回りましたよ。

   歩いて例年のシュマルブルク神社に行って(でも親娘して腐った話をしながら2丁下までいったらもうそこのローソンで買い物して帰る気になっていたのは怖い!)、大吉引いて、受験のお守り買って、そこからのこのこまた腐った話をしながら(自重!)アルト・リリエンベルクまで歩いて。
   「大丈夫? ほんとにこの道で合ってる?」
   「この秋ドッペルブリュッケを探しに歩いたから大丈夫」……でもその時はその先のジャイラン駅から電車に乗って帰ったんだよね、方向違うよね? 虎美が怯えるからいわなかったけど。
   ちゃんと暮れ初めた道をたどってアルト・リリエンベルク駅に着きましたよ。
   「おかーさん、ドーナツの福袋買う?」
   「うーむ……そういえば甘いものが食べたいかも?」

   とりあえず「ワンパンマン」1,2巻をアニメイトで購入(12月28日発行の2刷でした)、そんで「絶対可憐チルドレン」の新刊も買って、こういうときでもないともう出入りできないアニメイトでアニメのグッズをみてきゃーきゃー言ってきました。
   スィーツな季節を当て込んで、登場人物の顔の形のシリコンの型をつけたヘタリアのお菓子作り本はもう企画勝ちと思いました。あの絵柄はシンプルだから作りやすかっただろうしなあ。

   何ヶ月ぶりかで虎美とそういう若向けファッションのお店を見てまわったり、ヴィレッジヴァンガードでジョジョの名台詞をタオルにプリントした物を見てキャーキャー言ったり。虎美は「だが断る」タオルをお買い上げ。
   「ズキュウウウウン!」のプリント入りマグカップは泥水のようなコーヒーを淹れて使いたいですね。作中では、敵に嫌がらせとして唇を奪われた時の効果音だ、そのあと、ヒロインは泥水で口を濯ぐんです。1部の名シーン。買わなかったけど。

   そのあと場所を別の書店に移してまだ本をいろいろお買い上げのあと、ドーナツの福袋を買って帰宅。たっぷりネット連載より加筆のある単行本を堪能して。気がついたら寝ちゃってました(そして丑三つ時に起きて更新と)。

   本年もよろしくお願いいたします。

   詩(うた)の道に 藍より青き娘(こ)を持ちて
     腹のふくるゝ心地こそすれ         舞音

   あらあら、早乙女さんったら不登校のお嬢さんが学校に行くようになって、あまつさえ賞なんか取ったもんだから有頂天で、と生暖かい目でみてやってください。でも、純粋にジェラスィとか、いい気になッてんじゃねえぞゴラァとか、そんなことより地道に成績を上げてくださいとか、娘に言いたいことはいっぱいあるんですよ。

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2012年12月31日 (月)

若いと思っているのは自分だけ

   新しい味のサイダーが出たといって、炭酸飲料好きな虎美が買ってこいと言ったので、買いもとめてきまして。

   「一口目はなにコレ!? だけど飲んでいるうちにやみつきになる」と楽しく飲んでいました。

   「でもこのアルフォンソ・マンゴーってなに?」

   「それはあれだ、あれだよ、アルフォンス、あの漫画のあのキャラの名前をスペイン風にするとそうなる、ええと」

   ほら、いつも「アル」って言ってるからすぐ浮かばない、あの可愛い弟くんだよ、ここまで出てるのに出てこない。最近そういうことが増えました。虎美とは漫画はほとんど共有してきましたからわたしが判るものが判らないことはない、ええと……ほら、4文字で省略される! 夕方アニメやってたじゃん!

   「ギンダマの弟!

   「おかあさんそれを言うならハガレン!

   「そうだ、アルだよ」

   ああおかあさん痛恨の言い間違い!

   「ありえない、銀魂の弟って誰!? 誰のこと! 言うにことかいて何と間違えてるの、どこにも共通なところがないでしょ!」

   鬼の首でも取ったような虎美。さんざん笑った挙げ句に呟きやがりました

   「さっきおかあさんにアルフォンソ・マンゴーのアルフォンソって何って聞いたら銀魂の弟っていいやがった」って!

   それはないわー! 虎美のママおもしろーい! とさっそくリツィートされましたトサ。

   いやそれってまんまカタカナに弱いいわゆるオバサンのやること……。
   おかあさん最近お仕事をまたはじめて、できない子ちゃんだった23の頃に戻ってみるものきくもの新鮮でどきどき(そしてドジッ子ですいませんな気持ち)でいるのに、周囲の目は見たままアラフィフのおばさんなので哀しくなっちゃう。

   あ、アルフォンソ・マンゴーとはマンゴーの王と呼ばれるインド原産のマンゴーの種類だそうです、あれだな、ラ・フランスとかコシヒカリとかそれ級のを使ってるってことだ。

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2012年12月30日 (日)

バットを置いたモンスター

   遅いニュースになりました。
   ネットの記事で、毎年オフには厳しいトレーニングを積むべく場所を確保していた松井秀喜選手が、今年はまだ日本に帰ってこない、トレーニング場所も押さえていない、とうとう現役を引退するのではないかというのを今週のええと木曜ぐらいに引っかけて、ああ、とうとうなのかなあと思っていたら。

   もう次の朝刊には引退の文字が踊っていたのでした。

   そりゃあ読売だから?
   だってイチローさんは来年もヤンキースだっていってたじゃない!
   イチローさんは学年で1つ上で、甲子園で見(まみ)えたことはないにしても、比較的近かったから(石川と愛知)練習試合で高校時代には会ったことがあったらしいですね。プロに行くかとかなんとか会話したとかしなかったとか。まさかメジャーでまた会うとは当時も思ってなかったでしょう。そして、松井はヤンキースを追われ、イチローはそのヤンキースに招かれ。実は、イチローを呼んだことで今年のヤンキースにはちょっと複雑な気持ちを持ってました。打てれば誰でもいいのかよ。でも、お給料お高いけどヨワイ38で打てるんだからそりゃ借りるか。でも、イチローさんは松井のライヴァルなんだから、松井が敵として現われたときにスタンディング・オベイションするくらいまだ松井が好きならイチローさんは入れないでやってよ。いや、松井を好きなのはファンでフロントじゃない。松井はもう打てないんだからしょうがない。ああ、メイジャリゴは厳しい世界であります。

   できれば楽天の貧打をなんとかして欲しいけど、もうからだが限界、人工芝は無理だというならもう休ませてあげたいかなあ。ほんとお疲れ様でした。石川県の名を天下に響かせてくれたことだしね。

   そして、本日、全面広告で、コマツの引退お疲れ様メッセージが出されました。

   石川県生まれで世界に羽ばたくという共通点を見いだして、コマツは比較的初期からコマーシャル・キャラクターに起用し続けてきたんですよね。メッセージ中でも言ってました。……やっぱり引退の報告をもらってすぐ作ったんだろうなあ。広告代理店の人も大変。

   ほんとに、おしゃれでスマートじゃないかもしれないけれど、誠実で、確実な仕事で勝利に貢献し、利他的な姿勢は北陸人の鑑でした。郷土出身の有名人として誇らしかったです。世界でも、これぞ日本人と認識されることは日本の利益にもなったことでしょう。

   松井選手ほんとうにお疲れ様。例年通りふるさとでゆっくりして、またあの怪獣のような恐るべきパワーで皆の血を熱くさせてください。

   ええとそれで……松井サブレはなくならないよね? 今年は帰省できないからとっても心配。

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