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2013年4月15日 (月)

俳人に逢ってきました

   いやこれ趣味タグかっていうと微妙で。

   親戚の活田光矢氏が体の調子を悪くしているというので、親から様子を見に行ってやってくれと言われて、こりゃやばいのかと連絡を取ってみたら、是非ご来臨くださいとか言ってきて、約束した先週は首都圏すごい嵐の予報で(さすがおかあさん雨女)、延期になり、昨日逢いに行って来ました。大学の頃はよくお邪魔していた最寄り駅は王子、飛鳥山公園はちょっと期待してたんですが、さすがにもう葉桜でした。

   って虎美熱出すし! 先週1週間熱っぽいのといいつつ6度8分を通してて、
   「母の方が重篤だ! まだ7度台が続いている!」と押し切ってガッコに行かせていたら、とうとう金曜日に7度に乗って。新学期早早お休みしてしまいましたよ。おまけにおかあさんも疲れが出て爆睡で。甘木高校から「虎美さんがまだ登校してないんですが」と電話がかかってきて叩き起こされました。ゴメンよ。

   その日も寝坊気味で、手みやげのれいのニコラスの桜フィナンシェを手に小田急線飛び乗ったら遅れてて、ちゃんと指定された通りのルート取りだったのに、15分も遅れてしまいましたよ。
   新宿から電話かけたんだけど、オジサン携帯持ってないひとで。おまけに、30分も前だというのにもう自宅は留守電で(どんだけたのしみにしとったんや)。
   王子の駅にたどり着いたときには改札には誰もいなかったのでした。
   しばらくあっちこっちの改札を尋ね歩いて。
   もっぺんおうちに電話したら、意気消沈した俳人うちに帰ってました。嗚呼行き違い!
   じゃあ迎えに行くよというのでその場で暫く待ちまして。
   30分遅れでなんとか巡り会えました。
   娘熱出してと言ったらすごくガッカリしてましたが。ご飯まだでしょうといって回る寿司やに連れてってくれました。やったあ! オジサン太っ腹。でも、よくご機嫌伺いをしていた女子大生時代には中華料理やだったのに、やっぱりオジサンも年をとって脂っこいものは辛くなったのか、それとも虎美に対して見栄をはったのか。当の虎美がいなくて残念でしたが、ここ数年帰省して無くて、金沢に帰ったときしか(持ち帰り寿し以外)お寿司を食べないおかあさんはとっても嬉しかったです。でも、風邪で鼻が詰まっていたので何食べてもあんまりおいしくなくて、4皿ぐらいですかね。やっぱり金沢とは回っているネタも違って。さすがにシーチキン巻きとかは回ってなかったです。また、オジサン相手にそんなの頼むと馬鹿にされるかと思って。回るお寿司も気を使うもんなんですね。ああ、はやくうちの父母と食べに行きたいしくしく。

   雑談をしながらお寿司を食べ終えると、バスをひとつふたつ乗ってオジサン宅へ。このひとは奥さん共々南洋趣味なので、昭和のころからポリネシアンな木彫りの面とか向こうの素朴な織物とかを飾ってある独特なお宅でした。やっぱり変わってなかったです。もちろんわたしの猫脚家具キャー♪ なヴェルサイユ趣味とも合いませんが、母なんか露骨に「気持ち悪い」と嫌がりますので、そこは社交辞令で「独特の趣味で良いですね~」と当時から調子を合わせていましたよ。気持ち悪いとまでは言い過ぎでしょ。まあ、暗がりでいきなり見るとビックリするけど。

   そこで、ヴェトナムのバッチャン焼とかのカップでコーヒーを頂きました。いやネスカフェだったけど。そこは別に気にしない。うん、そういう感じでリアル「世界ふしぎ発見」なんだよ、ここんち。「あーそういえばそういう焼きものありましたねー! やっぱりそちらも行かれたんですか」てなもんよ。色が綺麗でした。ちょっと不思議な青。

   虎美の文集を献呈して、読んでいただいて、とりあえずの評は、「高校生ががんばって書いたね」と、そんなもん。これくらい書く子はいくらでもいるから、もっと、個性を出していかないと、という至極まっとうな講評でした。うん、そんなもんだと思うよ。褒め過ぎもせず、斬り捨てられもせず母は安堵
   ただ、虎美が熱を出したのを、「オジサンに厳しいこと言われるのが怖くて緊張して熱出しちゃったんだな? 解るよ、オジサンも小さい頃なんか行事の前に熱が出たもんだ。感覚が鋭敏なんだな。でもそれじゃあダメだ。8度の熱があっても這ってでも来るぐらいじゃなきゃ。そこんとこがまずダメだな」って、それはオジサン考えすぎ。そりゃ約束したのに熱出したのは体調管理がなってなくて、引きずってこなかったわたしも悪いですが、心臓が悪くて入院したとかいう話しだったから、高齢の方に病気をうつしてはいかんと敢えて控えたのもあったんですから。

   どんどんおかあさん心にマスクをかけ始めます。

   その後、ぼくの方の用事はこれ。と、押し入れからダンボール箱を出してきて、あれこれ分厚い封筒を並べ出します。

   やっぱり。

   そして、これはどこそこに預けてある原稿の原本、これは母のことを想って書いてみた随想、ぼくが死んだら出すといい、ちょっと受けるだろう。これは次に出版予定だった紀行文、残念ながら版元が倒産してしまって宙に浮いた……云々と語る語る。そして、「死んだらここの編集部に一報を入れてほしい。死んだとなると1冊ぐらいは出してくれるだろうから」って。そう、作家活田光矢の死後の片付けについての指示だったのでした。まあ、そういうことだろうと思ったよ。
   でも、担当編集がいるレヴェルではなくただ編集部に、送りつけているレヴェルで、しかも、100枚、300枚とかまとまった枚数じゃなく、「短編は100枚というがまあ、これぐらいは良いでしょう」といって105枚とか139枚とか表紙に書いてある。めくってみるとこれが達筆すぎて読めない肉筆! ああ、これは残念な投稿者だ!(知り合いがこのレヴェルだとは思いたくなかった) オジサン公募ガイドぐらい読もうよ! 新潮社からのお返事も聴かせてもらいましたが、「ご送付いただきありがとうございます、然りながら弊社では新人投稿jはファンタジーノベル大賞もしくは××新人賞のみとさせていただいておりますのでそちらにご応募下さりたく」云々という迷惑げなもの。それを良く読めばいいのに、全然頓着していない感じがもう冷や汗。

   だめだこりゃ。

   それなのにもう出すことはかなわなくなってしまったと未練げにしかし楽しげにイラン旅行記や、これはやばくでまだ出せないという中国のタクラマカン砂漠旅行記など出してきて。
   まあ本人が楽しければ良いんだけど。
   もったいない。
   そして、これはもう少し直して次に出す予定だったと女子高校生の修学旅行ものを嬉々として見せられ。いやこういう痛いオジサンの書く女子高生ってどんな感じだろうとちょっと逆に興味持ったりして。

   とりあえず、イラン旅行記と「これは単なる読み物だけどね」という大衆小説的なもの、母についての随筆など4点預かってきました。重かったよう。
   時節柄、「やばい」中国砂漠横断記の方を読ませてもらいたかったんですが、「迷惑がかかっちゃうから」と直前に奪いかえされてしまいました。
   昭和の文学青年には、ネットで公開など思いもよらぬようで、面白かったらネットで細々と公開してみようかなとふと思ったのですが、ちょっとご理解いただくには説明がメンドクサイかなと思っただけにしときました。あてにされても困るしね。こちとら自分の小説サイトの運営でもあっぷあっぷしておるし。

   とりあえず、冒頭面白かったその「軽く書いてみた読み物」を読ませてもらうつもりで持って帰りましたよ。「母について」は「父は喜んで読むんじゃないでしょうか」と言ってみましたが、「親戚はどうかな。ぼくが売れたら読者は喜んで読むだろう」と笑っていて、どういう意味なのかちょっと……。

   虎美の目指す「電撃」作家とは全然方向性がちがう感じなので、そこのところは逢わせなくて良かったのかなと思いつつ、どっと疲れてお家に帰りました。ええもう、7時ぐらいにご飯たべて横になってそのまま朝9時まで寝ちゃったぐらい疲れた。

   俳句を書くときと小説を書くときの対象へのアプローチの違いやら、個性というものをどう出していくか、ややおだて加減に聴くといろいろアツク語ってくれて、とても楽しそうで、
   「こういう話しを虎美ちゃんにしてやりたかったんだって! 本人がいなきゃダメだよ!」と何度も言っていて、次は絶対本人も来させますと何度も謝りましたが、とりあえずオジサン孝行にはなったかなと思いましたです。

   さて、そのもと文学青年の小説はいったいどんなもんなんでしょうか、読むのが怖いような……。

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コメント

 ネットでもよく見かける話で、虎美にも聞かれたりしたんだけど、「死んだらおかあさんの書いてた話のファイルは恥ずかしい記録として消しちゃって欲しい?」って質問、わたしは「えーっ残しといて。できれば(本を)出して欲しいくらいだ」と答えます。いやほんと。困ったおかあさんです。
 光矢氏もそのクチだったようで。やっぱりその辺は物書きとしての業でしょう。そこんとこは真っ直ぐ尊敬しますよ。身内としては困ったもんだと思うけどね。いや、葬式代全部つぎ込んでも全部出版してくれとまでは言われてないし(百万かけて千部刷って300しか売れてないとか言ってたな)。面白かったら一日少しずつタグ打って舞音秘密別館光矢の部屋作ってあげようかと思っていたり。さて、それで肝腎のお話はどうかというと……水曜(休日)にでも一気読みしてみよう。

投稿: まいね | 2013年4月16日 (火) 02時21分

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