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2013年3月19日 (火)

もうちょっとソシャクしたらどうかと

   その昔、大学時代のお友だちと「徒然草」の内容で盛り上がった話をしたと思いますが。結構文法的にも内容的にも重要な章段で、9月ぐらいにとある人の屋敷を訪れたところ、辞去したあとの主の態度がじつに雅やかであった云々といった話を家庭教師先でやったそのすぐあとに、「じゃあ」と玄関を出た途端にガチャガチャピーンと錠を下ろされてしまって、あなたはいったい今なにを勉強していたのと寒々しい気持ちになったと語って同意を得て鬱憤を晴らしたということがありました。
   学校の勉強で読むような教材に書いてある人生訓とかは、それは自分の実生活に援用しようとは思わないもんですかね? じゃあなんで漢文やら古文で教訓めいた話を取り上げるんだと思っているのかしら。

   ひるがえって豚児ならぬトンムスたる虎美も先月学年末試験がありまして、相当焦っていたらしく、
   「おかーさんここ教えて! とりあえず逐語訳と重要な語句の解説!」と徒然草のプリントを持ってすり寄ってきたのでした。これまた有名な猫又の段。

   「猫又というばけものがでると噂が立って、それが、人里離れたような田舎ばかりでなく、結構賑やかなところまで出ると言うからみんな注意しようと言うことになった。これシチュエーション。何とかアミという連歌師が、よせばいいのにそんな戒厳令の中連歌の会に行って、夜遅く帰ってきたところ……ここ3つ何とかアミの説明並列してるから。全部一人の坊さんのこと。その猫又に食いつかれた。以後その被害状況詳細。川の中に転げ落ちたら、周辺住民の皆さんがたいまつを点して見に出てくれたのでなんとか助かったが、悲惨な出で立ちになってしまった。実は飼ってた犬が、主が帰ってきたと思って飛びついたんだってさ、終わり」
   適当に解釈してやったところが、虎美多少母を持ち上げつつもヘンなかお。

   「それでいったいこれはどういう話なわけ?」

   「だから猫又が出た話
   「出て助かっただけ? オチがわからない」
   話には必ずオチがあると思ってるのは関西ノリのうちの教育のせいでしょうか。オチもなくただあったことをだらだらしゃべるだけではうちでは邪険にされます。

   「だから、猫又だと思って大騒ぎしたけど単にそこんちの犬がわふーっ! って喜んで飛びついただけだったんだってさ、慌て者って笑い話」

   「オチはそこか! やっとわかった、ありがとう!」

   ……先生も大変だ。にこりともしない生徒達を相手にこんな楽しい教材を講釈しなくてはならないとは。こいつら「目黒のサンマ」も細かく講釈しないと笑わないかも知れないぞ!

   そこのところは、落語のサゲにも似て、タイトに素っ気なく描写してるので、おもしろおかしい感じはその文だけからは伝わらないかもだけど、どうです、ふざけた話でしょ? と仰々しくしない辺りがまた兼好っぽくていいんじゃないのかなあ。

   きみたちはもっと教材にどん欲にかじりついて骨までしゃぶり尽くすぐらいの勢いを持って取り組んだらどうなのよ? ウラベカネヨシくんがかわいそうじゃないのよ。


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