« 「ワンパンマン」 スキッと解決!? | トップページ | 発表! 2012年の本 »

2013年1月 4日 (金)

常識を疑えば

   またしても一生分第九を聴いた一週間が明けて。新年のリーリエマートは、「春の海」やら「お正月」やら「一月一日」やらのメドレー。

   まだ閑散とした店内でぼんやり、
   「第九やるなら全部やってくれればいいのに、盛り上げるだけ盛り上げといて、あそこの大フーガから先やらないんだよな」と非常に残念に思っていたり。

   あそこの大フーガというのは、第九始まってちょうど1楽章から1時間ぐらい経ったところの、「Seid umschlungen,Millionen! Diesen Kuss# der ganzen Welt!」って、男声のおっかけっこから入る所です(#印のSふたつは正しいスペルではベータみたいな形のエスツエットですよ)。歌詞のシラーさんとしては一番言いたかったところはここでしょう。曲としても山はここだと思うんだけど、一般的に第九っていうとみんなミミファソソファミレのテーマを思い出すんだよな。悔しい。

   「百万のひとよ抱き合えよ! 全世界に口づけを!」ですから。そんでもって、
   「兄弟よ、 星空のその上に愛しき父はいまさん!」ですから。

   おめでたい人間愛の歌じゃねえよ。絶対的一神教を固く信じようって歌だから。

   「大事なことだから2回言いました」とばかりに、言い回しを変えて、もう一度言ってます。

   「百万のひとよひれ伏すか? 創造主を感じるや?
    星空の上に主をもとめよ、主は星々の上にいまさん」

   そこんとこが日本人のおめでてえ所だなと思うんだけど、まあ、名曲だから気にしない。八百万の神々もお許しになってるようだし。

   解っててその歌詞の所を抜いたんならこの年末用有線BGMをアレンジした人を尊敬しちゃうけど。どうだろう? ないでーす。たぶんね。

   おかあさんの好きなところは昔っから変わらず、「走れよ兄弟!」と威勢よくテノールソロが歌う所なんですが、他に好きなのは、初っ端のテーマが1回終わった後、ソリストが顔見せする辺りですね。

   「 Freude,trinken alle Wesen 
    an die Bruesten der Natur,
     alle Guten,alle Boe*sen, 
    folgen ihrer Rosenspur.

     Kue*sse gab sie uns und Reben,
    einen Freund geprue*ft im Tod;

     Wollust ward dem Wurm gegeben,
    und der Cherub steht vor Gott.」

   *印はウムラウトをごまかしスペリングしてるところです。

   ここんとこはなんといっても歌詞が格好いいです。

   「いかなる気性の者とても 自然に抱かれ歓喜の乳をふふむ 
   全ての良き者悪しき者、おのおのが薔薇の道をゆく

   自然はわれらに葡萄酒と 死の試練に耐えたる友を与えたり
   快楽は毛虫にくれてやり ケルビムが主の御前に立つ!」舞音訳です。語呂が悪いっ! かなり意訳を採りつつもどっちつかず。改良の余地在りです。

   大自然の乳とか薔薇の小道とか死の試練とか大天使とか、ああ、豪華絢爛!

   だがしかし。唐突に現われたWurm、これ英語で言うワームなんだろうな、この単語が違和感です。豪華絢爛の世界になぜこんなものを。いや、ぶっちゃけWで始まる単語で揃えてたからだろうけど。

   古典的な訳だとここは、
   「虫けらにも歓喜が与えられ」となる所なんですが、どうも腑に落ちない。いや文法的にはあってる。歓喜が主語だけどジュドータイでドイツ語ならではのテードーシコーチで gegeben (英語で言うとgive という動詞。だから was givenと思えばいい)が「与えられた」でいいわけなんだけど、今さっきエキサイト翻訳で聞いてみてもそう答えてくれたけど、それはいったいどういう意味?

   だいたいにして、第九の歌詞はシラーさんの教養っていうかあの時代ノリが全開で、文法的に正しい筈の訳でも意味不明です。
   「歓喜! 美しき神々の火花! 楽園の乙女! 我ら火に酔って崇高なあなたの神殿に足を踏み入れる!」って初っ端から訳分かんない! 

   ……だから文字通りお酒でハイになって古典ゲージュツ的でケイジジョー的な気持ちになってるんですね。そのノリで解釈していかないと乗り遅れます、はい。いやもう、どの第九の楽譜の訳詞も、CDの対訳も四苦八苦してますね。きみはこんな訳を晒して恥ずかしくないのかと面罵したいこともあります(おかあさん自重)。

   「虫けらにも快楽が与えられ」ってのは、そういう、もう大盤振る舞い、文化は爛熟して一部の貴族だけのもんじゃないぞ! って雰囲気……って、ほんと?

   どっちかっていうと、西洋史で有数の激変な時代、王様も首を斬られ、身分制度がひっくり返った頃のこと。自由だ平等だ博愛だの時代(いや明確には革命ちょっと前)の文化人のことだから、
   「おれたちはもっと崇高なもののために生きているのだ、快楽? そんなもん虫けらにくれてやれ、そら、智天使さまがそこに現われておる!」という威勢のいい感じなんじゃないかと。

   試行錯誤の末にこういう域に達しますと、目の前がぱあっと開けた気がしますね。どんな有名な独文学の先生より、自分が詩のテーマ、実際言わんとしていたことに近づいたという感覚。間違ってるかも知れないけど、一瞬でも、気持ちいいです。新春からゴキゲンでした。

   ……いやこれ趣味タグだろ。夜中に何をやってるんでしょうね。お皿洗わなくっちゃ。

|

« 「ワンパンマン」 スキッと解決!? | トップページ | 発表! 2012年の本 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/138427/56463883

この記事へのトラックバック一覧です: 常識を疑えば:

« 「ワンパンマン」 スキッと解決!? | トップページ | 発表! 2012年の本 »