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2012年4月 6日 (金)

おかあさんごめんなさい

   豹太の制服のシャツの襟のところがうすくすり切れてきているので、昔そういえばうちの母が、ひっくり返して内側だった部分を表側にしてうまく補修していたなと思い出して、ダメもとで送ってみたのが水曜日。
   まだ着いたっていってこないなーと思ってたら、今日郵便でちょっと分厚い封筒が届いたと思ったら、もう直って入ってました。綺麗にひっくり返して、襟だけアイロン当てて新品同様! ひっくり返したらやっぱり内側はすり切れてて、ほんとにやってくれたんだ!

   おかあさんありがとう。

   ほんとごめんなさい。

   って、電話して、今日起きたら目眩と吐き気でひっくり返って、アル虎の入学式は本人だけで行かせちゃったって話をして。アル虎帰ってきてしばらくしてトイレに立ったんだけど、頭を起こしたらとうとう限界で戻しちゃって大変だったんですが、
   「大丈夫? 戻しちゃったらスッキリしたでしょう。口をゆすいで、深呼吸しなよ」って、パソコンいじりながらとはいえ大人な声のかけ方をしてくれて、虎美さすがにもう高校生だなーってしみじみしましたよ。

   って話してたら、
   「うちは内祝い送って寄越さなくていいから、節約しなさいよ」って、はい?
   「って、送ったでしょ?」
   「はぁ? なんにも貰ってないわね!」
   「嘘! 卒業式に送った! 内祝いって熨斗かけて! 桜のケーキ!
   「知らんわね!」
   「なんでそんなこと言うの!? ケーキって、マドレーヌみたいやつ! こんなに要らない、無駄なことをしちゃダメって言ったから、じゃあお隣にでもお裾分けしてって言ったじゃない!」
   「ああ、ああーっ! あれかいね!? そう、吉永さんちに持ってって! あそこのうちのお嬢さん、無愛想で道であっても挨拶もしないのが、
   『活田さぁ~ん! ケーキごちそうさまでした! わたしもお裾分けに預かりました!』って猫なで声でこないだ声を掛けてきたわ!」
   「どんだけ美味しかったんだって!?」
   「あれはほんと美味しかったわ、コンヴィニで買ったようなのとは違うんやろ?」
   「当たり前! あれはノイエ・リリエンベルクのミロードまでわざわざ買いにいったんやって! 失礼な! 誰がコンヴィニで買ったようなものをお使いものにするか!」
   ……いちど隙間埋めにマネケンのワッフルを入れたことを恨みに思っているのかこのばあさんは。

   でも、大笑いしたから少し楽になりました。ゴメンネおかあさんって、やっぱりそれだけ印象に残ったであろう内祝いをなかったことにされかけたのはゆるさん!

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新しい気象用語に慣れるものよ

   爆弾低気圧やらメイ・ストームやら。いろいろ大変だったようで。お見舞い申し上げます。

   平凡な一年をこそ祈りけれ
      桜花(さくら)の前に台風(あらし)くるとふ   舞音

   いやほんと、おととい暴れまくったのは正しくは台風とは言わないらしいけど、こないだ台風1号発生って言ってたよ? 例年の発生はいつ頃なんだろう?
   戦国武将で台風名を付けよう運動からいくと、1号は浅井長政台風だな。
   近隣の小学校は今日が入学式、桜がまだだったとお客のお母様方は残念がっておられました。

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2012年4月 4日 (水)

うたの歳時記

   たしかこないだのNHKのお昼の番組だと思ったんだけど。いや、物まね番組だったろうか?
   さだまさしの「案山子」をやってました。いや、あの曲が「案山子」だったんだ、タイトルと曲が今まで一致してなかったですよ。ええと、ポップスの歌詞を検索できるサイトで調べました。確かに、
   「♪げ~んき~でいるか~街には慣れたか~」はさだまさしの「案山子」でした。
   「♪いるか~いるか~いないかいるか~」は谷川俊太郎ことばあそびうたから「バラード」(きれいな曲ですよ)。
   最初の出だししか知らなかったけど、よくよく聞き込んでみると、地方を出て都会にいる家族を案じる歌でしたね。正確には、1年経ったと言ってますが、この春から都会で新生活を送ることになった若者の留守家族にはふさわしい歌なんじゃないかなあ。そういう意味で、正しき歳時記ソング

   その季節を飾るにふさわしい曲ってありますよね。文部省唱歌のそのものずばりの曲(「早春賦」とか、「八十八夜」とか、「こいのぼり」とか)でなくても。キャンディーズの「春一番」は、もうずうっと季節になったらその時々の演歌歌手3人でNHKの歌番組で歌われてきた感じだし(実例ではないけど小林幸子&坂本冬美&長山洋子とか……それはそれで良いでしょ?)。キャンディーズはこれと「暑中お見舞い申し上げます」で、永遠にシーズンを飾ると思います。こういう印税って歌手にも入るの? No? じゃあ、心の印税。高校野球で「狙いうち」や「サウスポー」が21世紀生まれの青少年の心にも刻み込まれるように、「春一番」と「暑中お見舞い申し上げます」は季節の歌として記憶されていくのよ。

   そういうのって、キャンディーズだけかと思ったら、そういうわけで、「案山子」も生き残ったというわけです。おなじくしっとりめだけど「なごり雪」より哀しくないからね。あとは、森山直太朗は「桜(独唱)」で当分生き残るな。サビで「さくら~さくら~」って絶唱してるし、あれは使いやすいでしょう。

   クリスマス・ソングだと、うちの子でさえ覚えている「クリスマス・イブ」山下達郎。夏はTUBEですか。秋はなんだろう、岩崎宏美になかったかしら。「秋桜」もありですか? 秋はやっぱり明るく盛り上がる曲がないなあ。

   盛り上がるっていうと「君のひとみは一万ボルト」堀内孝雄は「♪金木犀の咲く道を」って言ってるから秋なんですが、そこまで秋の雰囲気なかったかな? 

   さあ、我と思わん作曲家は盛り上がる秋の歌を作って日本芸能史とみんなの心に名を残そう!

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2012年4月 3日 (火)

「ぼんたん」堂々の完結

   12月発売最終巻で打ち切りとの噂を聞いて慌てて注文に出かければ、ノイエ・リリエンベルクの有隣堂では「当店では入荷はないです」って言われてて。それじゃあ眼に止まらなかったはずだよ。

   注文でやっと5巻入手。前の巻で輝宗パパが敵に質に取られるというおよそ大名としてあるまじき失態をやってしまい、政宗ちゃん(この作品では女の子)苦渋の決断で「父を撃て!」と狙撃命令……といいところで終わっていたのですが。
   羅刹と化した政宗が敵畠山義継の骸を晒すというところからはじまり、どんどん才長けて麗しい政宗ちゃんが(間接的)父殺しの業を背負っていく展開となります。政宗と(片倉)小十郎が父殺しを互いに背負わせまいと思いやりながらそれが擦れ違う様が、想いを通わせられないこの作品ならではの立場に絡んで切なさを際だたせております。
   物語は(打ち切りとの報に違わず)3万の大軍での伊達包囲網・人取り橋の戦いをなんとか凌いで休戦、これから全国へ出て秀吉・家康と対決するぞ……というところで終わっております。作者さんも「政宗の青春篇」といって満足げだったので、これはこれでいい終わり方だったのかも知れません。

   業を背負う、とかいいながらも良いタイミングでギャグシーンが入っており(たぶん作者さんが政宗を血液型B型というところから、切り替えが早くでクヨクヨしないと解釈して今まで性格を作ってきたこともあろう)、そこまで暗くてやりきれない感はなかった感じ。
   ここまで登場してきた脇役のキャラクターがそれぞれ生きていて、みんながんばって修羅場を乗り越えたのだなとしみじみ。ほんと、この合戦をクライマックスに据えたのは神の構成でした。好みを言えば、やや危ない趣味であろう屋代(蛇をイメージしていた)はそんなに出さなくていいから、からっとのんきな鬼庭綱元をもっと活躍させて欲しかったかなあ。おやじの鬼庭左月はいやーんな頭の固い宿老あつかいでしたが、あっぱれな最期でした。大河ドラマ「独眼竜政宗」のいかりや長介の熱演を思い出させました(この辺までは見てた)。ここへきて登場のライヴァル佐竹義宣がまたいい感じのタイプの違った美形で(鬼義重じじいも良かった!)。もう眼の保養、力入ってましたねえ。

   いやほんともう限界だったと思うし。

   これまでは愛姫ともままごとのような夫婦で来られたけど、この先飯坂の局? 愛妾もできるし、史実じゃあ子供も産まれるし、女の子のままで話を作るには限界があったと思います。ほんとどうするんだろうと思ってたし。

   結局周りみんな(政宗と小十郎のことを)両思いだと思ってるし、本人同士も憎からず思っているのになにも進展せず(キスぐらいはしておったようだが)、さわやか~に終わりました。そういう意味では堂々の少女漫画。

   絵も美麗で、馬とか甲冑とか頑張って描いてたし、そうそう考証無視のところとかはなかったみたいだし、それでいてお遊び(相馬義胤!)は大胆素敵だし、ほんと良かったんじゃないかなあ。わたしは満足ですね。

   歴史物というのは、一応正史というものがあって、学説の流行り廃りというか、研究の進み具合で、昔はこういう解釈だったけど、今はこういうのが主流、なんてこともありますが、だいたいの筋はきまっておるわけで。歴史上の人物ですから、一応、生年とか、氏素性とか、記録が残ってます。そういう、ゆるがせにできない大筋、ある程度の人には共通認識(織田信長は桶狭間からいろいろあって叡山を焼いて本能寺で死んだとか)があるところを、独自解釈を入れつつ進めていって、おいおいそんなんでいいの? なんて思わせながらも締めるところは締めて史実に絡めて「こう来るか!」とうなる/うならせるのが醍醐味なんだと思いますよ。
   例を言うと、以下ネタバレ「女信長」マエストロ佐藤賢一で、いろいろあって信長に反逆した明智光秀が、本能寺で「おなごは苦しからず」と女性は逃がしたという史実を、進退窮まった「女性の信長」を解放するため、としたのはもう膝ポン! あ、ごめんネタバレで。
   そういう意味では、大河の「新選組!」とか、漫画の「へうげもの」なんてのはほんと大胆素敵で好みなんですが、最近はなんだか外しすぎな作品が、ドラマと言い漫画と言い多くってなんだか嫌だわ。この作品は、それに比べたらアレンジの仕方が大好きな部類です。

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2012年4月 2日 (月)

「河北新報のいちばん長い日」 起死回生

   なんだか思っていたより仙台を第2の故郷と認していたみたいで。

   この震災のあとも、住んでいた辺りのローカル情報を発信しているサイトを探し当ててほぼ毎日見に行ってるのですが。
   こないだ麓に下りたときに見つけたこの本は、そういうわけで読むつもりはありました。

   「河北新報のいちばん長い日 震災下の地元紙」

   河北新報というのは仙台を中心に東北をカヴァーするローカル新聞社です。金沢で言うと北國新聞ですが、範囲はもっと広いですね。現地ではよっぽど転勤族で身も心も東京を向いてるご家庭以外は河北新報を取ってるのが当たり前という感覚です。でも、仙台は金沢より支店経済が発達してますから、全国紙取ってるご家庭も相当数います、うちもあのころは朝日だったような。

   そういう地方の殿様な新聞社が、未曾有の大災害に遭ったときどう対応したかというドキュメントなんですが。

   

新聞社の抱える問題がみんな出てた気がしますね。

   価値観が多様化して、必ずしも誰もが新聞を取るとは限らない時代、速報性でTVやネットに置き去られたのをどうカヴァーしていくか、紙に印刷するという形態のメディアに意味はあるのか、個別宅配制度を支える販売店をどう守るか、全国紙との差別化をどう図るか、地方紙の相互ネットをどう活用するか、記事の電算化にどう対応するか、眼下に救いを求めるひとがいる上を報道ヘリで飛ぶことに象徴されるジャーナリズムの倫理をどう捉えるか。

   娘は何度か泣いたと言ってましたが、わたしは泣くまでは行かなかったかな。

   やや、幾つかの問題点を震災で「原点に立ち返ること」とかいって自己の再評価・正当化に持って行ってしまってる気がしたので。だって、もう何年一日も絶えることなく新聞を発行し続けてますってプライド、読んでるひとにとっては意味不明だから。新聞休刊日はノーカウントなんだってさ。
   電気も止まり、TVもラジオもない暗闇の中で、意義を疑いながら出した号外、新潟の提携新聞社に原稿を送ってやっと出して貰った震災後1号、届けにいくと、被災者は奪い合うように読んでくれた、その後も、昨日のでもいい、1週間前のでもいいから持っていたら見せてくれって言われたって、そりゃその場にいたら情報に飢えてもいただろうし、決死の覚悟で届けたひとには一生の名誉だろうけど、……そんなに自分の仕事に疑問を持っていたんですか。
   死者1万人を超える予想、と知事が会見で言った件をどう見出しにするかで、読売など全国紙はこう打った、しかし、実際の被災者にその言葉はストレートすぎる、と表現を一段落とした、というのをひとつ章を取ってまで取り上げてましたが、そんなん、2紙も3紙も取って見比べるひともそういませんから、要らないこだわりであったように思いますが、その場でその見出しを見たら、天晴れ河北新報はおらが新聞、被災者のこころに寄り添ってくれるって思ったでしょうかねえ? やっぱり心は仙台と離れてしまったのかしら。その辺、仙台や福島の読者の方にお伺いしたいところ。また、河北新報エリアでも震災の被害がそんなになかった辺り、山形とか、青森とかで取っておられた読者さんは、その辺どうご覧になったのかしら。やっぱり減ページを残念、つまんない、はやくTV欄最終面に戻してと思ってたかしら。

   

マスコミって思うとなんだか斜に構えて見てしまうんで、地元の昔からの企業が、あの日から懸命に力を合わせ、自分の仕事を全うして生き続けてきた、ということなら、意義ある読み物だったと虚心に思うこともできます。

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