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2012年1月 2日 (月)

本年は頑張ります

   昼近くまで誰も起きてこなかったんだけども。

   あ、明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。

   年内から金沢早乙女家に電話して、あの秘伝のするめ出汁の取り方についてお尋ねしたのですが、
   「あれは早乙女家オリジナルだから真似なくてよし。むしろ作るな」ということだったので、ありがたく活田家のお正月を偲んでS&Bおでんの素をお湯に溶いて活田家から届いたおもちをぶち込みました。いろいろ調べると、するめ出汁は石川県小松市周辺、昆布だしオンリーは金沢市周辺のお雑煮だそうです。かつお味じゃないんじゃん。……まあ気にするな。一応みんな文句を言わずに食べてくれました。

   地震の後やっと下りてきた虎美を初詣に引っ張り出しました。
   「お兄ちゃんの実績があるからシュマルブルク神社」
   2丁ほど下ったヴェスティクターア小学校の手前にある神社です。石段がヤバイ! 
   「前回裏口から帰ろうとして迷子になった。……ショートカットできれば以後はかどるかと思って」
   「おかーさんってば! やめて! そう言うコトしないでちゃんと来た方向から帰ろうよ!」
   でも、あまりにも急な石段で、途中おかあさんが挫折して遅れはじめたのを見てちょっと引いてくれたみたい。帰りはその「裏口」から帰ることに同意してくれました。

   お昼に先に起きてすぐ行ってきた豹太、
   「屋台? そんなの出てるわけないでしょ」とクールに虎美の夢を壊してくれました。
   「おかーさんがバリバリに出るって言った! え~ん、あたし縁日フードたべたい!」
   ……嗚呼。虎美をなんとかうちから引きずり出したいという親心を理解しない豹太のおばか。……いえ、ウソはいけません。たしかに、なんにも出てませんでした。おかしいなあ、秋祭りの時だったっけかなあ……(記憶も減退しておるな)。

   とりあえずお参りして、学業成就のお守りを買って、おみくじを引いてきました。

   遠く向こうの丘を望むと、そこはコーリン・テンプル。五重塔が有名なお寺です。うちからノイエ・リリエンベルクに出るときに一度下がって上がりますが、その上がった頂上を占めるお寺です。幼稚園もあるんだったっけ。
   「あたし本当はコーリン・テンプルの方に行きたかったのよね」と虎美。おかあさんも、今年はそっちに行ってみたかったんだけど、実績(と土地鑑)があるのは神社の方で。
   「とりあえず、コンヴィニが近いのはこっちだ」と、まずローソンを目指します。年賀状使い切っちゃったから、お返しするのにまだ数枚必要で。
   ついでに、買ったはずなのに、袋詰めするときに忘れて来ちゃったらしくて昨日家捜ししたのに見つからなかった柿ピーのかわりにポテトチップを買いました。なんかしょっぱいスナックが食べたかったんだよう!
   そこで虎美はお友達に遭遇して、年始の挨拶をしていました。やっぱり年賀状とか買いに来たみたい。解る解る。

   「コーリン・テンプル行くのか? これから山上るの大変だぞ?」と、母はもうやる気を失ってます。出がけに着てきたおばあちゃんの援助物資、リサイクルでゲットしたカウチン・セーターがHPを削りまくっているのです。
   これが、大きい、重い!
   段ボールを開けた虎美が悲鳴を上げ、豹太がぶるって逃げたぐらい重いのです。
   「鎧なのこれ!? 着けてトレーニングすると能力値が上がるの? それで、決戦の前に脱ぐと身軽になるの!?」
   「おばあちゃんがせっかく贈ってくれたものになんてことを! ……しかしでかいなこれは」
   カウチン・セーターって実物手に取ったことなかったんで知らなかったです。こんなにゴツイものだとは。まあ、北欧の寒風から身を守るんだから当然か。そんで、あのガタイのいい人々だと軽々着こなせるんだろうな……。

   リヴィングの端っこに引っかけてあったんですが、夜中まで特番をみて遊んでた虎美が、肌寒さのあまりちょっと羽織ってみたら……
   「おかーさん、亀あったかいよ!」
   ……亀の甲羅にされてますがな。

   ということなので、おかあさんはカウチン・セーターを着てでかけてみたのでした。脱線終わり。

   着てみると確かに温かい、これはいいものだ、とのこのこ歩いておったのですが、20分も歩いて最後には石段をええと建物として3階建て分ぐらいも上ったあとではもう息も絶え絶え。軽く汗もかいてきて。でも、脱いじゃったら重くてかさばって持って歩けない! 着て歩くしかないのです。拷問か。

   虎美、親の気も知らずゴキゲンで先導します。
   「コーリン・テンプルは2,3回行ったことあるんだ、写生とかで」
   「ほほう。公立に行っておいて良かったな」
   地元ですからね。やっぱり、地域の神社仏閣にはある程度詳しくないと。
   「大通りを行ってもいいんだけど、たしかここの角を曲がって上がるとすぐなの」
   「知らんがな」
   帰りたいオーラを無意識に出している母を無視して虎ちゃんずんずん歩いていきます。ああーッそっちは母も分け入ったことのない未開拓ゾーン……。待てよ、あのパステルな色分けの建物は見覚えが? あからさまに可愛い色合いと模様のマイクロバスも複数駐まってるし! どうみてもお寺さん附属幼稚園!
   「そういえば、小学校の地域のパトロールで来たかも」
   「ええーっそんなのあったの?」
   「母はPTA当番にはまじめだからな」
   そういえば、裏のキタガワさんのママとお寺さんの周りを一周して帰ったような。虎美が登校拒否してた小5のころだからなあ。遠い過去ですね。
   登ってゆくと、虚空を指さす創立者の銅像が建っている幼稚園の入り口があり、さらに曲がると、コーリン・テンプルの山門があったのでした。

   「三角形の紋は北条だ、ここは後北条氏ゆかりの寺なのだろうか、神奈川だけに……帰ったらウィキペディア様に聞いてみよう」
   とくに関連性があるとは書いてなかったです。開基は戦国時代で意外と古かったです。
   「知らないけど。あ! ここ災害避難指定場所だって」
   「ここまで上がれば津浪は来ないだろうさすがに」
   「津浪関係ないでしょ」
   「お寺さんは葬式や法事で人が集まる施設があるから、多くの人を収容できると言うことだろう。大人数に対応した食器や煮炊きの設備とかもありそうだし」
   仙台のJ寺では、薪で焚く釜が現役で、幼稚園のお泊まり会ではそれで御飯炊いて出してましたからね。こっちも幼稚園あるしなあ。小さい子に対応できそう。なんにせよ、やっぱりお寺というのはそういう性格を持った施設ですよね。いざというときに頼りにしよう。

   禅宗らしく、墓地の真ん中も通りましたけど、やっぱ宗派が違うとお墓のしつらえも違います。アニメで見るサザエさんちもたしか真宗のお墓とは様式が違ってて、なんでうちは「日本の主流派」じゃないんだろうと昔から地味に不思議に思ってました。具体的には、墓石の真正面に「○○家之墓」と彫ってある。真宗だと、「南無阿弥陀仏」です。各家の名前は、その下の石に横書きで入ります。墓誌(薄い板に埋葬されてる人の名前を刻んである)も、よっぽどいいうちじゃないと立ててないような……いやまて、早乙女家にはあるしなあ、活田家がド貧乏だったからかなあ。卒塔婆もあんまりみたことなかったなあ、なんてことを母が考えているのに虎美は勝手知ったるといった感じでどんどん奥へ進んでいって、目玉の五重塔の前へ行って、5,6人、この辺の人が詣でている順番待ちをしています。そう、5,6人。
   うちの子は、金沢では西金沢のご近所神社、こちらではシュマルブルクと歩いていけるところにしか詣でてないので、初詣というのはこういう手近の穴場で寂しく済ますものと思ってるみたいで……実家で父が車を出して、氣多大社(ええと、能登の入り口、羽咋辺りにある一の宮、主な効能は縁結び?)とか、白山比咩神社(加賀一の宮、白山のククリヒメが祭神……やっぱり御利益は縁結び)とかまで繰り出していたわたくしは、なんだか不憫。でも、活田家はガチ優等生でしたから、初詣の帰りにたこ焼きとか綿飴なんか買ったりしませんでしたけどねッ。

   そして、完全に顎が出た母の手を取って引きずりつつ、虎美は道を案内して、
   「ここからうちの近くのバス停に出るの。ほら7丁目」と、意気揚々と帰ってきたのでありました。

   ああ、おみくじは小吉で。

   学問: 基礎をしっかり

   やっぱり神様は解っていらっしゃる。

   本年は頑張りますよ(といいつつ帰ってきたら疲労で寝込んでしまいました)。

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コメント

 検索に引っかかったので行ってみると、なんとカウチンセーターは北欧じゃなくアメリカ先住民族のセーターなんだそうで。……すいません。編み針で編んでいくスタイルはヨーロッパの文化だと思ってました。これはやっぱり北欧のヴァイキングとかの方が先に新大陸に到達してたってやつに繋がるのかナーと愚考。

投稿: まいね | 2012年1月24日 (火) 03時18分

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