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2011年9月17日 (土)

本日のガッデス・オヴ・アンフォーチュン

   本日9月場所を見ながら、
   「おっ、隠岐の海けっこう目がしゅっとしていい男! よし、今日からひいきしちゃる!
    と言った瞬間隠岐の海負けちゃったでござる……。

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新しい整形外科に行ってみよう

   突き指した虎美ですが。

   電話があったのは水曜の午後。今日はお花のお稽古もあるってのに、と、金策をしながら待ったのに、中学の部活生活を締める文化祭をひと月後に控えてまだ配役が決まってないダメダメなゴルドベルク中演劇部は顧問の矢部先生(仮名)に
   「今日は職員会議で立ち会えないからさっさと帰って」と言われたにもかかわらずずるずると最終下校時間まで小田原評定をやっておって、さらにつばさちゃんちで盛り上がって、帰ってきたのは6時……。
   「どうするんだ!? もう医者は閉まったぞ!」
   「……明日行く」
   その時はそれで引き下がって、是非いらっしゃいと言われたお花の方にそれから慌てて出かけたのですが。

   この辺のお医者さんって木曜定休なのよね。

   はたと気がついて、深夜ってゆーかもう未明いや明け方、グーグルマップでノイエ・リリエンベルク付近の整形外科を探しましたよ。

   果たしてゴルドベルク中指定医の「ゴルドベルク整形」は木曜休診、あとは、駅前にひとつ、そこまで下りる前に、最近ノイエ・リリエンベルガー・ゲビートとかいって、5年前からお山を崩して開発してた辺りがちょうど工事が落ち着いて、お医者さんの集まったビルが建ってたなと。その中に、ありました、「ノイエ・リリエンベルガー・グリューネバウム整形外科」。一度あのお医者ビル行ってみたかったことだし、「キミに決めた!」とおかあさんはキメポーズをパソコンの前で決めてから就寝。

   おかあさんその日も仕事だから、早く出て午前中の間に行っておきたかったんだけど、虎美起きて来なくてさ。

   待たされるなら文庫本欲しい、あ、MP3持ってかないとという虎美をせき立ててバスに乗って、その「ワルト・メディツィニッシェ ビル」に着いたのは10時過ぎ、「ノイエ・リリエンベルガー・グリューネバウム整形外科」の中は足腰の具合のよくないお年寄りで立錐の余地もなかったのでした。まあふつうそうよね。

   まあ、錐どころか、奥の方に、寄りかかるクッションを巻いたバーのようなものがあったので、そこに寄っかかって初診アンケートを記入しましたけどね。ちょうど利き手の親指で、字が書けないという虎美の代わりにおかあさん書きましたが、
   「あ、ジャンプある!」と、嬉々として本棚から今週のジャンプを抜き出して読み始めた虎美! そんな重い本を支えられるんなら重篤な症状じゃないですね!?

   本棚は、足腰の良くない方向けの特集記事のある雑誌やら、ムックにはじまり、おかあさん向けの料理の雑誌とか、ジャンプが最新3号まで、あとは名探偵コナンの単行本が20冊ほど、小学生向けの野球の指南書など。幅広い客層を想定している模様。総合週刊誌とかはなかったかな、おかあさんはノイエ・リリエンベルク周辺のグルメ本があったので手に取りましたよ。
   意外や、順番はすぐに回ってきました。そうえいば、お集まりのお年寄りは、巧く動かないところをリハビリやらトレーニングやらに来ているので、診察自体はしないのかも。

   スライド式のドア(こっちの方がバリアフリー!)を開けられて招き入れられた診察室では、中年の優しげな医師が丁寧に話を聞いてくれました。

   レントゲンを撮って、またすぐに呼び出されて、とくに骨や筋に異常はない、ただの突き指である旨説明を受けました。
   「その他に痛いところは?」
   「手首から肘にかけてがしびれるって言うかじんじんするんです」
   「このへん?」
   「そうです」
   「ああ、これは筋肉痛

   ……おかあさん穴があったら入りたい。虎美に言わせると、
   「そういえば体育実技は3ヶ月ぶり」って。どんだけ身体なまっとるんや。

   まあそういうわけで、無罪放免、湿布薬の処方を受けて医院を出ます。エレヴェーターホールをまっすぐ行った右にトイレがあるので、そこで、結ばないで出てきちゃった髪を登校用に結びます。
   「ううむ、わたしは髪が多いので中学生時代は親に狸の尻尾と呼ばれていたものだが」
   「おばあちゃんそういってたね」
   「おまえもこれでなかなか見事なたぬテイル

   それから、同じ建物内の薬局で処方された湿布薬を手に入れます。近所のでも良かったんですが、先生レントゲン撮るために外した湿布薬、貼り直してくれなくて(ケチ)、これは買った奴を保健室ででも貼り直さないと、固定とか薬効成分の吸収とかできないでしょう! これからせめて4,5,6時間めは学校に行ってもらわないといけないのに。

   広くてきれいな薬局の奥の椅子に落ち着いて、貰った湿布薬を虎美に貼ってやりました。奥にはお茶のディスペンサーがあって、コーヒー紅茶緑茶ホットでもアイスでも飲み放題! いいのかこれで!? モダンなディスペンサーもさることながら、プラスティックカップを受け台に乗せて、それに飲み物を注ぐというのが理解できてなくて、カップ受けだけをセットしてダダ漏れになってしまってもうおかあさん……若かったら二度とあの薬局出入りできなかったところだな。もうオバサンだからあらあら恥ずかしいわでスルーしちゃうけど(スルーするな)。
   ……というようなことをやってもまだ11時になってませんでした!

   「良かったな、もう学校に行けるぞ」

   慌てて、虎美、通学バッグの中からお財布やら携帯音楽再生機器やら文庫本やらを出してわたしのカバンに突っ込んで。
   「ねえ、駅まで行って、そこから学校に行くバスに乗ってもいい?」

   木曜も暑かったですからねえ。

   「許す。母も買い物を少々」
   2人仲良く駅まで歩いて(バス停2つ半程度。上り坂なのがちょっとキツイ)、駅のバスターミナルでベンチに座ってバスを待ちながら「歴史用語限定しりとり」なんてやってました。
   「名誉革命」
   「井伊直弼」
   「ケツァルコアトル」
   「ルイ16世」
   「また『い』か……板垣退助」
   「『け』?」

   なんてやっているうちにバスが来たので、虎美をバスに乗せて、手を振ってお別れ、母はすぐさま近くのミロードに飛び込んで「図書館戦争」の8巻を手に入れました。

   ちゃんと、「今学校行きのバスに乗せましたぁ」と学校に連絡も入れましたよ。まあ、なんて有意義な午前中だったんでしょう! おかあさん仕事直行する積りだったけど、おうちに帰って洗濯物干して出られるわ!

   って、ご機嫌だったんですけど、疲れて疲れて、その日はもう何にもしないで寝ちゃいました。やっぱり朝活動するにはそれなりの睡眠時間を取っておかないとダメね。

   それにしても、仙台にいた頃からお医者さんばかり入ったビル(メディカル・モールというそうです)はありましたけど、最近よく見かけますね。やっぱり開業医もまとまってたほうがなにかと有利なのかしら。

   患者にはもうまとまっててくれる方がいいです、ハシゴするにも、新たに急にかかるにも。「あそこに行けば何とかなる」というのは。
   医療系のお品物を納入する業者さんは楽ですよね。そりゃまとまってたほうが。
   お医者さん専用ビルってことで、電力とか、上水道とかも、集中してそれ仕様に作ってあった方が助かりますか? 門外漢だけど。
   最近は、医薬分業になっちゃったので、ちいさな町の内科さんでも、「お薬はちょっと先の薬局でお願いします」ってことになっちゃってるので、そういうお医者ビルに薬局が併設されてるとこちらも助かりますし(お天気の悪いとことかさー冬とか)、薬局さんのほうでも効率が良くていいんじゃないですかね。
   薬局の他には、その「ワルト・メディツィニッシェ ビル」だと、ローソン、美容院、カツラのお店とお花屋さんが入っているようでした。うん、あると便利。

   お医者さんとしては、整形外科の他に、歯科と内科、耳鼻咽喉科が入っている模様。あと、近くの聖アンヌマリー医科大学の研究所もはいっているとかで、なかなかしっかりした医療施設のようです。

   ぜひ一度お試しをと書こうとしたんですが、昨日仕事中に耳をすませていると、お客様と古参の大お姉様が怪我をしていろいろお医者にかかった云々と立ち話……。
   「グリューネバウム? あそこは、だって先生がなんだかはっきりしないんだもん」
   嗚呼、最新医療機器もモダンなメディカル・モールもそれはフォローしきれないのでした。

   筋肉痛突き指の虎美は元気に学校に行って帰ってきました。合唱コンクールは惜しくも銀賞だったみたいです。

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2011年9月14日 (水)

冷静に、冷静に

   それはタイミング良かったカモですね。

   虎美が学校の体育で怪我をしたと保健の先生から電話がかかったのは今日の午後、もしかして痛みが残るようでしたら医者に連れてやってくださいって言われて、おかあさん慌てて金策に走りましたが……お兄ちゃんの予備校の入学金が落ちたばっかりで口座はからっけつ。どうしよう……と思ってたら玄関のチャイムが鳴りました。
   「今話題になってる貴金属の訪問買い取りなんですけど~」
   ああ、こないだアサイチでやってましたかね、ホントの金製品の買い取りはいろいろ割り金してあるのを比重から含有量を細かく出さなくちゃならないので訪問のお玄関先でできるようなもんじゃないので、いかがわしい業者がいい加減にやってることが多いので引っかからないようにって。

   「やだあ、ないわよう」と引っ込もうとしたのですが、敵も然る者、
   「金色してればいいですから。ほんと、これくらいの切れたネックレスが一本で1万5千円だったりしますから、あるでしょ、奥さんぐらいならいっぱい貰って。ちょっとそこら辺さがしてみてください」とチラシを握らせるのです。
  
   貢がせたものなんかありませんよ。

   わたくしは昔は貧乏の裏返しでかなり執着を持ってアクセサリをひとつひとつ買い集めてきたので、リサイクルに出せるようなものはありません。二束三文、でなければ、パン耳をかじりながらちまちまローンを払い続けてやっと手に入れたものなのです。着けなくなったって、虎美が文字通り虎視眈々と狙っております。ただ、片方落っことしてやもめになったイヤリングがあったかなとは思いましたから、念のためちょっとドレッサーを探してみました。虎美を医者に連れてかなきゃなりませんし。やもめなイヤリングなら手放してもいいかなって。

   「ちょっとこの辺一周してまた帰りにお声を掛けますから」って言われて、ドアを閉めて、その時は
   「川崎の消費者センターに言いつけてやるわ!」とパソコンを繋げたのですが、消費者センターお役所でさ、電話受付は16時までだって! もうアウトじゃん。べつにまだ被害に遭ってないから言いつけないけどさ。

   まあ、明日旦那様がお金を振り込んでくれるまで1万円程度繋ぎに貰っておくかなと、ドレッサーの埃を払って探してみました。

   やもめのイヤリングひとつ、イトーヨーカドーのワゴンセールで380円だった見るからに金メッキの指輪ひとつ。なにかのおまけでもらった銀色のペンダント。とりあえず、なくなっても惜しくないものを用意して待ちました。

   来ましたよ、今度は「鑑定士」のお兄さんを連れて。玄関先に坐り込んで、宝石店で品物を乗せるほら別珍を張ったトレイなんか出して、携帯かとおもった、ちいさなディジタルスケールに出した品物を乗せて、ちいさな磁石を近づけて見たりして。
   「ああーっ、これは、かなり鉄が入ってますね。残念ですが、こういうお品物は、混ぜちゃうと純度が下がりますのでお預かりできないんです」
   引き取らないのかよ、ブックオフ以下だな。

   さっき金色してればイミテーションでもいいって言ったじゃん。かなり含有量少なくてもその入ってる分査定しますって言ったじゃん!

   これだけはほんものだぞ、金沢のアルテ島田の鑑別書付き18金土台のオニキスのイヤリングだぞと冷ややかな目をして、それでも、
   「三百円にでもなればいいわ」と出してやると、やっと「鑑定士」も本気を出してきて。
   「石を取っちゃってもよろしいですか」
   取ったら返せよといいたかったのですが、どうもオニキス部分も持ってかれたみたい(おかあさんセコイ!)。

   「このイヤリングの土台は18金ですが、これだけではちょっと寂しい感じですので、もう少し、なにかございませんか、お年を召した方から贈られたような、クラシックなデザインで今はちょっと持てあましてしまうような縦爪の指輪ですとか」
   そういえば、父の姉からこれを形見と思って、とでっかい指輪を貰っていて、でも個人的に良い記憶がないのと、どうもデザインが好みでないのとでしまいっぱなしのがあったなあと思い出しました。ここでお金になって虎美が医者にかかる役に立ってくれるならおばちゃんもかえって喜ぶかもと思いました。
   「待ってて」

   またドレッサーをごそごそ。いろんな宝石店の指輪のケースを片っ端から開けますけど、デザインに惚れ込んで千趣会で申し込んだ王冠の形のリング、やっと生活が楽になってきて、東急東横店で衝動買いしてもうご機嫌だったルビーの指輪、祖母から受け継いだ、模様が富士山のような乳白色のオパール、仙台ではじめて免許を更新した記念に泉のイトーヨーカドーで買ったラピスラズリ、出てくる出てくる。今は普段付けないけど、手放す気なんかありません!

   めざす指輪をやっと発掘して玄関にとって返すと、ここんちはないなと思ったのでしょう、受けとっても、
   「ああー随分ほっとかれた感じですね」って。うん、今見たら随分赤茶けてたから、これはメッキだったんだなと思ってました。でも、あれだけ偉そうに無理矢理押しつけたんだからまさか安物ってことないだろうと思ってたのに……。

   査定は2400円でした。

   「ネックレスとかありませんかねーこの重さで金だったら1万5千円なんですけどねー」
   1万5千円なら出しません。就職したての喰うや喰わずのときに3年もかかってローン払い終わったネックレス、なんで十分の一の値段で! やっぱりNHKの言うことは正しかった!

   「ごめんねー。うち、そういうの興味なくって。やっぱりそういうのってもらっとくものねー」と言い紛らわしてドアを閉めました。

   2400円は虎美ちゃんがお花のお稽古に行ったので(ちょうど珍しい花材が手に入ったとかで、ハサミ持たなくていいからとにかくいらっしゃいと先生に呼び出された!)そのお花代&etc.になりました。ごめんよ、おばちゃん。しかしお医者はどうすんのよははは。

   まあ、ホントに困ったらルビーの指輪は田中貴金属にでも持ってくことにしましょう。お集まりの皆さんも、冷静に冷静に。金目のものを替えてあげますよと言われてもドアを開けちゃいけませんですよー。

   「金歯でも良いんですけどねー」
   そういえば、阿刀田高のエッセイに、亡き父の形見の金歯がお金になった話があったかも。うちはみんな歯がよくってね。残念。

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2011年9月11日 (日)

日記の効能

   ちょっとしたリンクをたどってみたら面白いものを引っかけました。
   →http://www.youtube.com/watch?v=MFOt5TqOKFs&NR=1

   サイパンで玉砕した海軍の中尉さんの日記がアメリカの公文書館に残っていて(太平洋戦争中の米軍は日本人兵士の日記を回収・解析して情報収集していた)、サイパン戦の検証をしようと思っていたNHKに引っかけられたそうで。日記の最後には残される妻子への思いが綴られていたので、重松清氏とプロデューサー氏はその中尉の遺族を捜して日記を返しにいったところ、奥様がまだご存命で(95才!)、日記を渡されて読み始めた奥様、途中から音読し始め、最後のくだりを読むや号泣されたとのこと。
   戦後生まれの自分が他人の悲しみを掘り返すようなことをして良いのかと悩み悩み訪問した重松氏、とうとう、奥様に、日記をお渡しして良かったのかと問うてしまったとのこと。
   奥様立ち上がって最敬礼すると、夫の気持ちをとどけてくれてありがとうとお礼を申された由。
   べつに愛しているとか、君は我が最高の女性だとか甘ったるいこと書いてあった訳じゃないんですが。
   ただ、子供を守り育てて欲しい、今までの日々に感謝するとかそういう堅苦しい引き継ぎめいた言葉とお礼で。
   でもやっぱり、最期の言葉を受けることができたのは何年経っても喜びであったのでしょう。

   戦争中のネタ話で、「日本軍の兵士は実にまめに日記を付けていたが、米軍はそれを回収して解析し、部隊の進軍先とか内情とかを細かく割り出して活かしていた。今でも米軍(に限らずふつうどこでも?)は兵士に作戦中の行動の記録を付けることを許さない」云々いっているのをネットで何度も目にした(そしてアチャー! と思っていた)のですが、これは、長田中尉痛し痒しですね。結構つぶさに戦況を書きつづってあったそうです。しかしそれ故に、貴重な史料として処分されずに平成の世までこの日記は残り、NHKに渡り、結果、奥様のもとに戻ることができたのですから。ううーん、これまで多数のアメリカ人の目に触れてきたことを思うと、固い書き方でよかったですね中尉。これが最期、誰も読まないだろうとばかり閨のこととかあけすけに書いてたらもう、奥様受け取り拒否だし、そもそも返しに行こうと思わない……(いや、人に託したって書いてあるから読まれること前提で、それが故の固さかも知れませんが)。

   でも、アメリカンどもに、おまえさんたちが闘ってきた相手は野蛮な猿ではなく、死を前にして心静かに妻子を思い、精一杯の愛情を綴ることのできる情の深い人間であったのだと証拠を残し、訴えることができたのですから、この日記はあってよかったんではないでしょうか。

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