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2011年10月28日 (金)

「謎解きはディナーの後で」 ― タマネギにはできない仕事 ― 

   合唱を長年やっておりますと、往々にして「レパートリーは4大レクィエム」ってことになります。外国の方が日本のコンサート・プログラムを見て、なんでこんなにレクィエムばっかりなのと危ぶむらしいとか。
   だってさ。
   レクィエムは「死者のためのミサ曲」と訳されます。ズバリ葬式とはいえないまでも、故人を悼み、死後の平安を祈り、遺された人達もしんみりするための曲と思えば、ご法事の音楽と思えばいいでしょうか。ヴェルディもフォーレも、たしか実際に亡くなった方を想いつつ作った曲らしいですから。
   近しい人が死んで悲しいという気持ちは、洋の東西を問わず共感できますでしょ? 言葉が分からなくても、詳しい様式に慣れてなくても、実際聴くと、音のイメージに圧倒されます。いい曲と思えます。
   じゃあ、明るい曲はっていうと、ミサ曲とか……宗教色強くなりますと、ちょっとついていけない。あの強力な主の賛美がね。「メサイア」も、「ハレルヤ」以外は知名度低いですよね。主の賛美以外にも、語学的に。あれ英語と言ってもシェイクスピアぐらい古い英語でしょ? 結構今のと違いますから。聴いても何言ってるんだか分かんない。
   さらに「世俗曲」ってジャンルになりますか、キリスト教以外の内容の曲になると、もっと語学の壁があります。宗教曲はふつうラテン語で書いてありますから、聞いて意味を取るのは無理でも、歌う方はローマ字読みでサマになるんです。宗教以外の内容って、ゲーテとか、その時代の詩人の詩に曲を付けた歌なんかもあるにはありますが、ドイツ語とか、フランス語の歌詞とかは、歌う方も慣れないと結構キツイです。そういわけで、オペラの曲もね。あまりやるところはないです。
   まあそういうわけで、日本の合唱界は、外国作品は「レクィエム」や「ミサ」ばっかりやってます。

   シェイクスピアだって、4大悲劇は有名で、まあある程度はこちらにもついて行けます。ハムレットの憂愁、リア王の悲嘆、オセローの苦悩、マクベスの煩悶、ナルホドなあ。上手く描いたもんだ、翻案にも耐えます。オペラにもなり、クロサワが映画にもする。
   じゃあ喜劇は? これが微妙。「じゃじゃ馬ならし」はがんばって戯曲(訳は誰だったかなあ)を読んでみたけど、どこを面白がればいいのか解らない(もともと男性側からの鬱憤晴らし的内容でもあるようだし)。「十二夜」はその昔森川久美ががんばって漫画化してたけど、腹抱えて笑うという感じではなかったな。あらすてき、ぐらいで。
   笑いというのは、場の共通認識を外す、というところに生まれるんだそうで。こういうことだろう、と予期しながら聴いているところへ、真逆の応えをしてみせる、客は虚を突かれる、その落差が笑いになるのだそうな。
   「ねえちゃんとお風呂入ってる?」と聞かれ、入浴の頻度のことだと思って、
   「入ってるって!」と答えると、
   「姉ちゃんとお風呂に入ってるの!?」と、姉との関係を疑われたりなんてネタがそうです。
   漫才のボケと突っ込みで言うなら、ボケの方。常識と違ったことを言って見せる、そして、それを指摘して落差を明らかにするのが突っ込みの方ですね。落差が大きいほど笑っちゃうと言う図式です。

   ちょっと前のお笑いでは、方言ネタ。なんていうユニットでしたかね、こういうの。
   「ケミストリなんて、山形ではふつうですよ珍しくない」
   「またそんなこと言って」
   「夜の街をきれいなお嬢さんが歩いていると、カッコつけた男が寄ってって言うんです、『ケミストリ』(キミ、一人)?」
   人気の音楽ユニットと、方言との落差で笑わせるというかたちです。

   というわけで、共通認識ってのがない違った世界、違った世代では、そのギャグはつうじないのであります。上記のネタが、ケミストリをしらないおじいちゃんには通用しないように。級友A君のとっても似てると評判の教頭先生の物まねが、違う学校の友達に通用しないように。

   と、かくかのように笑わせるというのは難しいものなのです。三谷幸喜が喜劇の団体かどっかから、映画(当然喜劇だ!)で賞をもらったときに、ポケットからタマネギを出して、
   「ひとを泣かせるのなんて、タマネギにだってできます。人を笑わせるのは、人にしかできない。栄えある賞をありがとうございます」とやったらしいですな。気が利いてます。そして、日々、苦労してることがしのばれます。

   というわけで、ドラマの世界でも人を泣かせる、怖がらせるのは簡単にしても、笑わせるのは難しいようで。
   コメディの漫画が原作だからといって、「動物のお医者さん」、「のだめカンタービレ」、面白かったですか? 「学校で教えない日本語」も。映像化したら、原作の間がうまく表現できなくて、見てらんなかったんじゃないでしょうか。のだめは、漫画にはない音を表現できて、そちらで評価が高まったんじゃないですかね。のだめ(と千秋)の成長、青春群像に比重がかかっていって、コメディとしては控えめになっていったんじゃないかな。

   というわけで、もともとギャグが寒いと言われていた「謎解きはディナーの後で」のドラマ化はとっても危ぶんでいたのですが(でも二回目も見た。虎美がしつこくて。若い人は諦めが悪い)。

   がんばっているようですが、間違った努力みたいよ。

   軽妙なやりとりが、滑ってる滑ってる。そこで変な間を取るな、そのリアクションは違うだろう。のだめの「ぎゃぼー」とおなじぐらい、お茶の間ならぬリヴィングでは見てられない。紙の上では成り立っていた世界が、いざ実写の世界に持ってきてみると、そうじゃないだろ、執事ってのはそんなんじゃない、と原作の突っ込みどころがリアルに立ち上がってくる(「図書館戦争」のときもそうだった?)、ああ、なんかこう、とってももったいない……。

   もともとユーモア推理ってのは軽く見られがちらしいんですが、ああ、東川さん可哀相。
   そういえば、胡桃沢耕史の「翔んでる警視」シリーズは、あれはユーモア推理の範疇ですかね、地の文はかるーいノリで、東大法学部出で公務員採用試験を3番で通ったとかいう岩崎警視はキャラが立ってる実にラノベらしい主人公で、中学生坊主みたいなセクハラ(当時そんな言葉はまだなかった!)を好きな女性警部さんにしながらズバズバ事件を解決してましたが。あれもある種安楽椅子探偵だな、裏は志村みずえ警部に取らせておいて。あれのドラマ化は面白かった記憶があるんですが。でも、原作でみずえ警部がやってた芸者さんへの仮装を岩崎警視(役は郷ひろみ!)じしんがやってへんな話題づくりをやってたからなあ。原作者さん(と熱いファン)は面白くなかったかもなあ。わたしはそこから入ったんですけど。

   とにかく。タマネギにはできない仕事をしておられる東川さん、これに負けずにまた傑作をものしてください。そして、美男(虎美はあれはイケメンとは言えないと断言)美女出しとけばいいだろというドラマ制作者は反省してえ!

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コメント

 ……最終回まで見ましたが。
 なんであんなにしちゃったんだろう? 出生の秘密とか隠してた不倫関係とか、2時間ドラマみたいな。
 これこれこういう誤解があって、こういう犯人を庇うために浅知恵でこういう工作をしたってところが面白かったのに。
 連作短編の実写化で難しいところもありましょうが、こういうところにオリジナル性ださなくていいって。
 それより、「ミステリの女王」の名前が静子だなんて、世が世なら「京都のミステリの女王」が黙ってないな(その辺まで見越したネーミングなんだろうか?)。

投稿: まいね | 2011年12月22日 (木) 12時01分

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