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2011年6月21日 (火)

C.M.B. ― 結婚の意義 ―

   ダメ主婦のもとで猫科の兄妹はたくましく育っております。
   「翼のうちでは坐ってるとゴハンが出るんだよ」
   「へえ」
   「翼のおかあさんは唐揚げ自分で作るんだよ」
   「おまえ達が小さいころはうちだって自分でやったよ」

   母はラクさせていただいておりますが、しっぺ返しはちゃんと来るもので。
   「ねー! もー! おとうさんが可哀相! おれ学校の家庭科の時間の『結婚する意義』ってテストでなんも書けなかったよ!」
   今時は家庭科でそんなことやるんだ?
   「そこは、それ、大好きな人とずっと一緒にいられる……?」
   つめたい目で見られてしまいましたが。

   家庭科となるとそこは「産まれた子が非嫡出子としての差別を受けない」とか、「配偶者控除が受けられる」とか、主婦だと年金とかで3号? お得な対応をして貰えるとか、ああ、「扶養手当が貰える」。
   もっと嫌な方面で、
   「結婚していると言うことで社会人として責任感があると見なされる」、「ホモだと思われない」なんてべらぼうな話が昔はありましたね。
   とりあえず、豹太は男性にとって結婚するメリットは無いと思ったみたいよ。そんで
   「逆玉の輿に乗って専業主夫が夢」とか言うようになったんだ、嗚呼。

   「Q.E.D.」と「C.M.B.」の2つのシリーズでミステリ・コミックを地味に量産している加藤元浩氏も結婚しておられるようで、コミックスの作者近況欄で時々話題にされていますが。
   最近の氏の作品は、ミステリとしてのキレもさることながら、人間関係の描写、ひとの心の愛憎の複雑さの描写が際だってきていて、読み終わって深い感動を覚えます。とても少年を相手の雑誌で、ひとが死んだりという事件の謎を解いて終わりというジャンルにはもったいないというか、こういうジャンルだからこそ人間の本質に迫れるというか

   今回新刊がダブル発行されたのですが、古今東西の貴重な史料がマクガフィン……ええと、作劇上の用語で、登場人物達がそれを求めて行動を起こす小道具? であるところの「C.M.B.」の方では、「プリニウスの博物誌」を成功報酬として冷戦中、東ベルリンから西へと亡命を企て、失敗する家族の話がありました。ここで、べつに今回ブツは「プリニウスの博物誌」じゃなくてもいいんですけどね、それこそ「アドルフ・ヒトラーのかっぱらった美術品」とか、「空中浮遊する謎の城への入り口を示すペンダント」とか。とりあえず、今回は「嘘」の価値についての話だから世界史で有名な嘘八百本ということで出してきたみたいよ。
   「死んだ少年」はなぜ亡命の途中で謎の行動を起こしたのか、そのときの逃がし屋の言葉の意味は、と謎を解いていって、最後にホッとする結果にたどり着くわけです。
   「今の話は全部嘘だ!」という言葉。事件の象徴であったわけです。深かったですね。そして、偽悪的に振る舞っていた逃がし屋の表情が、最後に人生を深く知るものとして緩むのが趣深かったです。「Q.E.D.」の方も、仕事人間の教授の妻に寄せる想いが切なかったですよ。

   この話に限らず、男女間、親子間の想いの深さを濃やかに描くことが出来るようになったのなら、表現者として結婚は意義あることだったのではないかと思うわけです。
   いやほんと、絵がアレだけどさ、子供にだけ読ましとくのはもったいないよ。ドラマがこけたのがほんと……惜しまれる。作画が的場健とかだったらもっと出ると思う、失礼だけど。

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