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2011年3月22日 (火)

ひとの褌で相撲

   ちょっとした例に挙げただけのつもりだったのに、れいの池田光矢氏のハイビスカスの句が頭を離れません。
   このオジサンの句は、さすが血縁だけあって、感覚がどうもわたしに近いです。なんとも、エセドラマチックの豪華絢爛主義。彼がれいの「おーいお茶」の俳句賞で入選したという句も、薔薇を鷲づかんで手相のナントカ線のところに傷がついた、というような内容で。あ、解る、年甲斐もなく妙に耽美というか。ヒマワリの花を信長の首にたとえたカドカワハルキふうですかね?
   でも、言いたいことも場面もよく解るのにその破調、自由律はわたしにとっては気持ち悪い。じゃあ、同内容をまいねぶりでちゃんと五、七、五で詠んでみるとどうなるか。

   ここは常夏の島、平和な日々。極彩色の花は咲き乱れ、人々はゆったりと日常から切り離された日々を楽しんでいる……でも、今日は特別な日、さきの大戦で多くの人が亡くなり、国の運命の決した日。
   ……今日ぐらいは見たくないナァ
   べつにそのとき銃を取っていたわけでも、命を脅かされていた訳でもない自分には声高に言う権利もないと思うけど。ちょっと、自粛なんて言葉も浮かんだりもして。

   国破れて山河あり 城春にして草木深し
   人の世の営みは虚しいけれど、自然は別の掟の下に粛々と動いている。ひとの感傷で、迷惑をかけられても自分でもとの姿を取り戻している花に、咲くなとかそんな思いをかけてはいけないんだけれど。

   そういう気持ち。

   仏桑花 
   咲いて欲しくない
   日もある
                        光矢
     ↓

   今日のみは 蕾のままで 仏桑花
                        舞音
   わたしならこうなります。
   光矢氏だと、別にアクションは起こさず、横目で見て通る、ごろりと寝そべって見上げる程度ですが、わたしだと、花に対して願う、自分の意志で花を選ぶところまで行くかも知れません。咲いた花ではなく、蕾のハイビスカスを選ぶ、そういう、追悼、自粛の心を示したいと思うところまで出てますでしょうか。

   それにしても、俳句を3行に分かち書きするってのはだれの流派なんでしょうねえ(紙がもったいないと思う)。
   それで縦読みっていうか、折句になってたらまたすごいけど、オジサンそっちに興味はないんだろうな。

   虞美人草
   美女 
   ふさわしき伴侶なし
               光矢

   こういうの、唸るよね。どっちかっていうと蕪村? 絵が見える。

   池田光矢 第三句集 「集魚灯」 創英社 絶賛発売中?

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