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2011年1月26日 (水)

天地明察 ― 堂々の歴史小説 ―

   とむ影さんに貸していただきました。
   プロローグから、これは江戸初期に日本で日本用にアレンジした暦を採用するという出来事があったなあと日本史の知識を思い出して、ああ、その辺の事情か、と心づもりをすると。主人公は渋川春海ね、たしか。

   物語が始まると、ちょっとまごつきます。主人公は朝一番にお城に向かう途中、駕籠を拾ってとある神社へダッシュ! なんで? 何するひと? 大小の刀に慣れてない、厄介だと思ってる、武士じゃないの?

   そのハルミちゃんの目的は、算術の奉納絵馬だったのでした。算額ってのは聞いたことあります。和算でいい定理を考え出したとかすっごくむつかしい問題思いついちゃった、解いちゃった、という場合、これは神が自分になさしめたのであるという建前の元に、その定理や問題を美々しく額に書いて奉納するんですね。それはまた、公開の場でもあったのです。ひとはそれを見て奉納主を賛美し、自分もと燃え立つのですが、その簡易版で絵馬もあったんだ、これは初耳。あのちっちゃい絵馬に、こんな問題解けました! とか、これ解いてみてよ! と書いて奉納するのです。いやー江戸も初期から日本人はスゴイネ。化成期とか、もっと文化欄熟してからのことだと思ってた。思わずハルミちゃんは邪魔な刀放り出して(ここ重要)辺り構わず坐り込んで、計算用のツール出して解き始めちゃった。これは解るな。田舎育ちのオタク兄ちゃんが、噂に聞くまんだらけとかに初めて行ってみて、思わず同人誌を坐り読み始めたカンジだ(言うにことかいて何をたとえに出しますか!)
   そこでヒロイン出現。あんた邪魔! って。
   お武家をお武家とも思わぬ気の強いおえんちゃんに(だってお武家じゃないし)追い立てられ、シンデレラハルミちゃんはお城に遅刻しないように駕籠に乗りますが、しばらく行って気がついた! 靴じゃない刀置いて来ちゃったよ! 切腹もんですよ! 
   慌てて取りに帰ったハルミちゃんは、自分がツール使わないと解けなかった、時間切れで帰らなきゃならなかった問題が、ほんの数瞬のうちに全部解かれているのを見てしまったのです! 「」と署名入りで。ちょっと、速いって! 関って誰!? と、まだそこにいたおえんちゃんに聞くと、存じませんって。ヒロイン、ツンデレです。個人情報保護法を遵守。もっと親切に教えてやればこの話と貞享暦採用はもっと簡単だったのに。

  お城のシーンに来てやっと素性が判ります。ハルミちゃんはちょっと立場の微妙なひと。本名は安井算哲ジュニアって、棋士の息子でした。……あの時代、碁を打つひとって公務員なのかな? そこからして微 妙です。一応4つの家が幕府で認定されていて、ただ、武士ではない扱い、僧侶とか医者とかと同じカテゴリで、頭を丸めて十徳とかいうの着てるんじゃないかな。それなのにハルミちゃんはちょっとした筋から刀を持たされていて、頭も髷を結うには足りない微妙なオールバック。しかも、パパはハルミちゃんが生まれ る前に養子を貰っていて、優しくて優秀な義理の兄貴が家督は継いじゃってます。ほら、聞けば聞くほど微妙。これで才能がなければいいのに、あるんだ。算術もかなりだけど、本業の碁も相当強い。ライヴァル本因坊家の若いの(道策)、これも志のある天才が、ぜひガチで勝負をと挑んでくるんです。でも、ハルミちゃんはどうでもいい。どっちかというと算術の方が好き。それが、別名を持つ理由。あにきに遠慮もあり、囲碁の安井ジュニアじゃなくて自分の好きな道で生きていきたい、そういう理由で渋川春海を名乗ってるのでした。それでも、家業を嫌ってひごろは石も持たないとか、見捨てられるべく解りやすく遊び歩くとかどっかの若様みたいなことはせず、地味に碁も大切に打つところが彼の美しいところと見ました。
   そして、さらに微妙なのが、老中酒井君が妙にハルミちゃんを構うこと。別にそのケがあるわけでなし、特に彼の性格を見込んで世間話をするでなし。あのゲバ将軍酒井ウタノカミがなにを考えてハルミちゃんを構うのか……それには時代が泰平へと舵を切った転換点ならではの一大プロジェクトが控えていたのでした。
   謎のライヴァル探しも佳境を迎え、その関氏の出入りする塾を探し当てて名指しで公開問題を出してみたらば……なんと逸るあまりに痛恨の出題ミス! 
   「一年待って!」とぐなぐなになりつつおえんちゃんに意味不明のリターンマッチの約束。ハルミちゃん、某メジャーの茂野ゴローくんばりにスッキリに縁がありません

   「天文もやるんでしょ? 北極星の高さを測る旅、行ってみない?」ウタノカミに推挙され、嫌も応もなく参加した北極出地の旅で、彼は幕府の天文じいちゃんズから恐るべき事実を聞かされるのです。
   「おぬし、本日が実は明後日である、と聞いて、どう思う?」
   当時通用していた暦は宣明暦、なんと清和帝の御代に採用、その後修正なしで使われ続け、なんと800年後には誤差が生じ2日の大きさになっていたというのです!
   800年も修正なしってのはやっぱきつい? 最近閏秒を入れたとかなんだとか聞く度にそんなに厳密にやらなくてもと思ってたのですが、やっぱり気がついたときに修正しとくに越したことないんですかね、この辺。

   そして、日本全国天文観測の旅を終えたハルミちゃんは、自分が大いなるプロジェクトの旗頭として眼を付けられていたことを知るのでした。改暦とは天文、占星術、ひいては治世という大きな概念に関わる一大事業だったんですねえ。大きな波の中に投げ込まれたハルミちゃん、これぞ安井算哲ジュニアではなく渋川春海として生きる道として勇み立つのですが……。

   うまくいかん。

   帰ってきたらおえんちゃんあっさり嫁に行っておるし。いやそこんとこは話はそこまでうまくないとは思ってたけど。
   現在流通の宣明暦と、元代の授時暦(中国のもの・不採用)、明代の大統暦(中国のもの・不採用)の日蝕、月蝕の予報を付き合わせて公開バトル6番勝負を行い、宣明暦があからさまにずれてることを示すってのはいい考えだったんだけど(結果が一目瞭然だから)、なんと最後に授時暦は外してしまうのです。それまで5番は外しまくっていた宣明暦が、最後だけは辛うじて(時刻を外して)当てたので、改暦ムーヴメントは頓挫してしまうのでした。

   起死回生の一撃はライヴァルからもたらされます。もう、ここへ来て関孝和に会うか! こんな、「もうやめて! ハルミちゃんのHPはゼロよ!」って状態で会いに行った心のライヴァルは、いきなり面罵するんですよ。読んでる方も胃が痛くなりました。そして、様々な伏線がここへ来て収束、授時暦をさらに最新の観測・計算で修正し日本向けにアレンジした大和暦制定へとプロジェクトは再始動します。

   静かにハルミちゃんを支える会津っぽの安藤さんがいいです。保科正之公とともに知的で、温かく、ひととして正しい会津の方への静かな尊敬が生まれます(いや保科さんは会津生まれじゃなかろう)。
   数学という学問にしみじみ尊敬の念が生まれます。現実と計算が乖離したとき、間違っているのは現実っていう結論はもう眼からウロコ。
   そして、そういう真理を突き詰めてゆく学問、天をこの手に収めようという学問の結果を世に出そうというときに、結局は多数派工作とか、世論の操作とかが必要って所がちょっと苦いかなあ。それでも、それを嫌わずにちゃんと方々手を打ってきれいにプロジェクトを完遂したハルミちゃん、渋川春海師を尊敬せずにはおれないのでした。

   やや理数系で取っつきにくいところもありますが、時代の転換点を描いていて、世に知られぬ偉人を取り上げていて、堂々の歴史小説とお見受けしました。是非どうぞ。

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コメント

あ、ひとつ気になったのが、この作品中一貫してあの例の水戸のご老公の名前が「光国」でした。彼のあの「圀」の字は、あの則天武后が定めた則天文字(オリジナルの漢字)だったはずなので、そこらへんを嫌ってわざと「国」を使ったんでしょうか、ちょっと理由を知りたいところです。

投稿: まいね | 2011年1月27日 (木) 18時12分

読まれましたね(^^)>「天地明察」
私的に冲方さんは昨年の大ヒットでした。おかげで「マルドゥッック・スクランブル」を読了し、彼の脚本のアニメ「蒼穹のファフナー」まで追いかけている始末です。

光圀さんに関しては、次作として「光圀伝」を書くことになってるらしいので、その中で明らかにされるのでは。楽しみです。

投稿: 波多利郎 | 2011年1月27日 (木) 18時51分

訂正。「光國伝」でした。

投稿: 波多利郎 | 2011年1月27日 (木) 18時54分

 おや、「光國伝」? それは楽しみ。ってまた字ちがうやんかぁ~! きっとなにか理由があるに違いない!! ウィキペディアでは58の時に字を変えたとか書いてあったし。なんか副将軍さまのほうにきっとこだわりがあるのであろう。
 波多利郎さんもそういえばご覧になってたんですよね。いい情報をありがとうございました。
 ちなみにその冲方丁が、最新刊の「乱飛乱外」の腰巻き推薦文を書いてました。

投稿: まいね | 2011年1月28日 (金) 00時56分

この本、私も去年のヒットでした。
そのうち伊能忠敬も読もうかと。井上ひさしで。

投稿: kushi | 2011年2月 5日 (土) 16時02分

 みんな忙しいながらもちゃんと本を読んでおられますねえ。……反省。

投稿: まいね | 2011年2月10日 (木) 01時14分

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