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2010年10月16日 (土)

バザー行って来ました

   本日はゴルドベルク中のバザーの日。2年生の出すたこ焼き屋さんのお手伝いが入ってたのでいそいそと出かけました。晴れるか降るか、暑いか寒いかいろいろと考えたのですが、朝明るかったので暑くなる方に賭けて、Tシャツにおばあちゃんがリサイクルでゲットしてくれたピンクハウスふう真っ赤なバラの模様のジレをひっかけて行きました(時々実家の母はいいものを取ってくれます)。
   大正解。
   どんどん天気が良くなって暑くなりました。食べ物を扱うのでマスク着用が義務づけられてたのですが、ちょっと苦痛でしたね。
   一緒にお店番をしてた生徒がジャージの上をごそごそ脱ぎだしました。生徒は今日は最初からジャージ登校。まあ、こういう日はいいのかな。でもそれで心理的抵抗が無くなって、模擬店で売っている軽食をあっちでもこっちでも地べたに坐って食べているのはちょっとどうかなあと。せめて花壇の縁とか、一段上がったところに掛けなさいよ。

   なんとか無事に分担の時間も終わり、体育館で出し物があるというので見たら、結構踊ったり歌ったりいろいろでした。……バンドはヴォーカルの善し悪しがかなり全体の評価を左右しますね。ドラムスとギターは結構良かったのに、残念な組がありました……。
   驚いたのが、その次の次あたり、トリを取ったバンド。
   「次は××です」とアナウンスが入った途端キャー! と客席が沸き立って。前の方に生徒が詰めるんですよ! その時点で自由席でしたけど、彼らを目当てにお客が入ってきたカンジで。幕が開くと、ちゃっちゃっちゃちゃー♪ と、なんだか聞いたことのあるイントロ。もう客席はそれだけで最高潮。
   なんなんだ。
   英語の歌詞だったので、これはなにか名曲のカヴァーであろうと推測、歌詞を聴き取ろうとすると、なんとか「Soke on the Water ~ ♪」と聞き取れました。うん、なんかタイトルだけはどっかで見た覚えが。
   「お水の上の煙がどうとかいってました」と洋楽に強い旦那様にメイルを送りましたが、
   「なんだろう? 聞けば解るかも」
   嗚呼、旦那様は歌詞やトリヴィアなど周辺から攻めるわたしとは違って実物にあたる派でしたね。
   とりあえず、そのバンドは追っかけまでいるカンジで大盛り上がりでそのコーナーは終わりました。閉会式の案内アナウンスが始まっていて、模擬店もそろそろ店じまい、短いながらも今年も盛り上がったみたいです。良かった良かった。

   しょうがないので口ずさみながらおうちに帰って、パソコンでユーチューブを呼び出して、
   「Smoke on the Water」と打つと、果たしてディープ・パープルの名曲が引っかかったのでした。うん、これこれ。最初永遠にベースが刻むやつ。本家のやつから、しまいにはあの直訳ロックの「王様」が「湖ぉ~上のけんむーりぃ~」と唸る直訳版まで聞いてご機嫌になっていたところです。

   今年もおもしろかったです。

   今年の戦利品は山本寛斎のバスタオルセット400円とマグカップ50円。
   おばあちゃんのお手製の古着リサイクル手提げは10円箱に入ってましたが、めぼしいものはもう売れた後でした。皆さんのお役に立てて良かった。

   豹太も今日は試験中ということで部活がおやすみだったので、
   「おれも行くから」って、お昼の準備がいらなかったのは良かったですが、そんなにお祭りが好きでどうなのよ。ちゃんと構内ではお友達と3人で連れ立って行動しているところに出くわして、ああ、ネットでは「文化祭のあいだ一緒に回る人もいなくて体育倉庫に隠れてじっとしてた」なんて話も見聞きするし、おかあさんもじつは一緒に回る相手もいなくて部室でまったりしていた方なので、一緒に回ってくれる友達がいるだけいいのかなあとちょっと安心したりうらやましかったり。
   でも、「帰りに友達の家による」なんてメイル入って、試験勉強はどうなのよと心配になるお母さんは心配性?
   それとも学校でも逢わなかったし電話もない虎美の方を心配すべきかしら。

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2010年10月15日 (金)

本日の暴論 楽しい夏は日本古来のものに非ず?

   だめだこりゃ。
   昨日から旦那様が出張で、絶対早寝して生活を立てなおす! って宣言してたのに、なんとなく夜更かししてるうちにまたしても徹夜。完全に夜の眷属入り。そりゃもう働きに出られないわけだ。

   本日ももうちゃんとおベント作り終わって、猫科の人たちも起こしたから(実際にはまだ下りてこないけど放置! 自己責任!)。

   こないだからずっとなぜかTUBEの懐かしの曲を繰り返し聞いていて。あのメロディラインはすうっと胸に入りますね、パソコンを落としてもエンドレスで頭の中に鳴ってました。

   でもこんな充実した夏はわたしには縁がなかったなあ。夏つってもずっとスタジオ籠もってて、いや、スタジオじゃなかったよ、大学の食堂の上の共用ホールで、エアコンが無くて、扇風機すらなくて、ガーゼのハンカチが絞れるくらいになりながら毎週立ちっぱなしで歌ってた、それが普通だと思ってて、いちど指導に来てた若手の指揮者のひとが、ここはひどいかったですねえ、毎度汗だくで、パンツまで着替えて帰りましたとかあとで言ってて、なんて贅沢な人だろうとか思ってて。
   海にいったり、ナンパされたりなんてことは別世界の人たちのすることだと思ってました。ああ、就職してからいちど伊豆半島の方に行きましたが、海の色から日本海とは違って、これは浮かれてもしかたないかと思いました……。

   って、自分が楽しい夏休みを経験しなかったからって言うのもなんですが、夏に出かけて楽しいとかいうのは、夏休みがあるようになってから、避暑に出かけるようになってからってのは、もしかして明治以降、お雇い外国人の習慣を取り入れてからのことじゃないかと思ったわけです。ほら、それまでは近代的な学制が無かったわけで。西洋の学制を入れたので夏期休暇なんて概念が入ったわけでしょ? そして、日本の夏が耐えられないからお雇い外国人が山へ海へ逃げて避暑地ができたわけだし。海水浴も、明治以降の概念だったんじゃないかな、潮風に当たるとなんか身体にいいよと言う19世紀になって産まれた新しい概念をまんま輸入したんじゃなかったかしら。江戸時代にはすなどりするわけでもないのに海にはいるということはしなかったんじゃないかと。まあ、水軍の方々は嗜みとして水練はあったでしょうが。

   とりあえず、平安文学では夏は嬉しい季節じゃ無かったと思いますね。春と秋は「惜しむ」って表現があって、そういう題材で歌を詠むことが形式としてあったと思います。でも、夏は惜しまれてないような。兼好法師も言っている、家の建て方は夏を凌ぐことを第一にって(意訳)。どうしようもない(主に京都の)夏を乗り切ることが生活の中心だったような。和歌の内容も夏にこんなイヴェントがあって嬉しいよ、こんな景物を今年も見られて嬉しい、そんな歌あったっけ。古今集なんか、季節ごとに分けて歌を排列してありますが見事に竜頭蛇尾、桜ばっかりであとは全然、だったんじゃないかしら。そういうところ、王朝文学はヘンな対称性とか公平さとかを持ってません。一点豪華主義。秋はともかく、冬の歌も少ないですよね、たしか。

   

夏が嬉しいってのは高緯度地方の人間の観念だよなー夏の間に日光に当たっておこうという日光への飢えから来てる気持ちですよ。
   輸入の概念に縛られてたわけよ、今まで。
   これから温暖化していよいよ夏が凶悪化するんだから、無理に出かけたりイヴェントを起こそうとしないで、生き延びることをまず第一に考えるように「消夏」に感覚を切り替えていくべきなんじゃないかなーと。「消夏」。ほら、昔はちゃんとこういう概念があったんじゃない。

   ……てな話を旦那様に振ってみたら、旦那様やや考えて、
   「そんなことはない。江戸時代だって夏は楽しかったんじゃないか」
   「ええーっ、具体的に、いかように?」ったら、旦那様黙っちゃった。
   「花火大会は江戸時代からでしたね。金魚売りとか夕涼みとか、なんとか楽しんでましたかね?」

   さて、真実はどっちだ?

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2010年10月14日 (木)

やるときゃやります!

   おかあさん脱稿ハイ

   まあたぶん例によってかすりもしないんでしょうが。
   去年は坊っちゃん文学賞に向けて書いてる最中にパソコンがダウンして、挑戦し始めてからはじめて応募ができない年となりまして。
   近年はとんと書けなくなっていたので、そのままなんにも小説を書かない年が続いて見事な小説家志望のなれの果てに落ち着くのかなーと思いきや。
   まあ、ひみつの小説サイトについてはおいといて。

   笛を吹いても踊らない、三食昼寝おやつネット付にどっぷりつかったおかあさんをなんとか動かすべく旦那様は近年ふるさとで創刊された文芸誌をお取り寄せになって。
   「小説を募集しているようだが」って。
   「いやそんな、もうそういう文学的なものを書くことはできないのです」なんて言ってたんですが、ローカルネタの時代小説やら、大正ロマンのお話やら、掲載の短編を読んでいるうちにその気になって。
   50枚ならこの前とむ影さんとネタ出しをした話がまとまるかも知れない……と、思い立って。
   書けちゃいました。
   太宰の「駆け込み訴え」は立ち読みで一度流し読みしただけなんですが、ああいう感じの、一人称、一人芝居みたいな。
   締め切りは15日なんで、なんとか明日出せそうです。
   小さいながらも、既存の物語の枠に寄りかからない、自分の世界を創り出せて(いや、それでもインドの世界観貰ってるんだけどさ)久し振りにスッキリしました。

   一週間で書き上げたっていったら怒られるかもだけど、おかあさんもやるときゃやるのよ。

   今までできなかった「短編はせいぜい登場人物3人!」っていうルールをなんとか守って。最初書き上げてからがんばって削ったりということもできたので、今回やりきった気もちでいっぱいです。足踏みしてフェイドアウトかと思ってたのに、少しは上達するのねえ。

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2010年10月11日 (月)

米どころを遠く離れて

   つい先日の話。
   「最近は豹太がよく御飯を食べるのでお米の減りが速いです。虎美ちゃんもお弁当だし。しまったもうお米がないーッて頃になると生協のお米が届くんです。ナイスタイミング」
   「米まで生協で買うことはないだろう」 と、旦那様はむっつりと仰います。
   「でも持ってきてくれるからラクなんです。銘柄はわけわかんないまいらぶ米とかいって、たぶん農薬とかが少ないのかな」と、あんまりその辺は気にしてなくて。
   「高いんじゃないのか、スーパーで買えばいいじゃないか」って、なんでいちいちひとのすることに文句付けるんですか。荷物持ちにお買い物着いてきてくれたこともないのに。
   「わかんないです。でも、この辺も高級住宅街ですからお米はコシヒカリしか置いてなくて高いです」
   「そんなバカな」
   だってそうだもん。
   もう仙台じゃないからひとめぼれとかまなむすめは置いてないだろうなーってお米売り場を見たら、コシヒカリばっかりで。そりゃ産地は魚沼産だったり秋田だったりしますが。まあ、仙台だって、7~8月で去年のお米の底を突いてきた頃なんかは丁度新米が出るから、九州の新米出ました! って旗幟が立って、ああ、今年も実りの秋だねえでもちょっと早くないとか思ってたもんですが。
   これが、お山を降りて駅前のおしゃれスーパーに行きますと、全国のブランド米、それこそあきたこまちからゆきひかりからみんな揃ってますけどね。そんなの高いし、重くて持って帰ってこられません(せいぜい仙台の生協で取り扱ってたナチュロン・シャンプーの詰め替えが持って帰れる上限)。しょうがないから、お米が尽きたときにはなんとか特売日を見計らって産地のあやしいコシヒカリを買ってましたが。

   日本全国稲刈りが始まった今日この頃は、ご近所スーパーも新米入荷の旗幟をはためかせておって、コシヒカリ以外も多少は入荷した模様。
   「ふさおとめって……どこの?」
   ええーっとあれだ、南総里見八犬伝、カズサシモーサアワの国ってことは千葉県だ! と、原産地を見ると、「千葉」って、あたりーぃ!
   結構これは楽しいかも知れません。
   最近いろいろ新しいお米の品種、それもローカルなの、出てますから。

   「どまんなか」と「はえぬき」は山形米ね。これはもう古い方。
   石川で「ほほほの穂」ってのが出たときにはもう脱力しました。今調べたらまだあった! 「雪娘」は、品種的にはコシヒカリで、販売時のブランド名の模様。

   その昔、ササニシキは昭和30年代に作出された銘柄で、もう古い、あきたこまちは結構いけると評判になってきているからササの威光が効くうちに後継種を育てなくてはといってるとバブル崩壊、平成の大凶作で、ササニシキは冷害に弱いと大きなペケがついてしまったわけですよ。 
    それで慌てて投入したのが、「ささろまん」。昔仙台にいたとき、ネーミング募集してました。丁度小学生に佐々木浪漫ちゃんってのがいたとかで、発表の記者会見に呼ばれて、当時ブイブイ言わせてた知事の浅野史郎くんがご機嫌で紹介してたような。でも、イマイチ売れなくて。
    次に投入されたのが「ひとめぼれ」。もうササニシキのイメージ残ってませんね。これはなんか全国版のニュース番組にもふざけたネーミングなんじゃないかと取り上げられてたような。……でも美味しかったし。いえ、おかあさんそんなお米の味なんかわかんないし。下宿時代は板橋のお米やさんで標準価格米を1キロだけ紙袋に詰めて貰ってたぐらいだし。結構スーパーの棚もひとめぼれ増えてきたなーと思ったら、息もつかせず「まなむすめ」投入。……遊んでるだろ、宮城県農林試験場。なんでも、ササニシキ一色になって倒れるときは一気だった’93年を反省して、いろんな品種を少しずつ植えていく指導を行うために、少しずつ特色を変えた品種を出していくんだそうで。さすが、失敗に学んでおるな、宮城県農協。でも、冷害に強いの、冷害に強いのって一所懸命開発したのにここへ来て地球温暖化、仙台も暑くって稲に悪影響が出て困ってるってのは皮肉だなあ。次は暑さに強いの開発しないとね。

   てなわけで、ご当地米が百花繚乱状態なのもむべなるかなというところ。
   お集まりの皆さんのところはいかようなお米の品種がお店に並んでますか?

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バレエ見に行ってきました

   芸術の秋だから。
   去年もご案内を貰って、虎美連れで行ったのですが、今回虎美は用事があって、一人で宮前区の文化センターへ。ああ、ここも川崎市だったんだ。Yahoo!の経路検索では35分少々って出て、まさか! って思ったけど。東京近郊は私鉄が蜘蛛の巣になってますので、沿線が違うと所々の結節点で会社を乗り換えないといけないのがめんどう。今はスイカちゃんやパスモ(敬称略)があるからいいけど、昔は大変だったでしょうねえ(昔は遠出しなかった。西武は練馬文化センターまで、東急は人見記念講堂までしか乗ったことなかったですね)。
   今回はノイエ・リリエンベルク(小田急)登戸→登戸(JRにゃんぶ線)武蔵溝ノ口→溝ノ口(東急田園都市線)宮前平と、距離はたいしたことないのに階段の乗り換えが大変だったかなあ。にゃんぶ線はそういう蜘蛛の巣の横糸として乗り換えで重要なのにどうして登戸も溝の口もエスカレーターがないのかしら、エレヴェーターはあったから若い人はガンバレってことかしら。
   やっと涼しくなってからのお出かけ、なに着ていこう、まだツィードのスカート出すまでもないけど、そろそろちゃんと秋って格好がしたいわ、と洋服ダンスを開けまして。一番手前にあったピンクのスーツ、ジャケットの裾が短めで、ウェストをちょっと絞り込んだところから金魚みたいにひらひらさせて、スカートはタイトにまとめた形、ペプラムって言うんだったかしらバブルの頃のデザインかな、今はママの入学式スーツも結構スカートはフレアでひらひら足捌きラクになってますよね(写真撮ったり子供の世話でかがんだり大変だからだろうか)。昔はママに限らず結構この形のスーツあったんだけど……ええ、豹太の入園式に早乙女おかあさんにつくってもらったスーツです。……てことは10年は経過しておるな。待て、虎美の小学校の謝恩会に着た覚えがあるぞ、虎美結局出ないで帰ったから30分で脱いだけど。
   髪をキッチリまとめ、ネックレスもちゃんとパールのやつ出してきて(いやそれマンマ入学式だから!)香水まで振って、今日はお出かけだぞー! と気合いを入れてみました。うん、ちゃんとヒールのパンプスはいて。もう、歩き方からビシーっと。卒業したあとも未練たらしく行ってた合唱団、その年の演奏会はオペラステージがあって、ただ演奏会形式でやったんじゃ間が持たないので多少動いたんですよ。演技って程でもなかったんだけど、舞台の上を歩くってんで、ウォーキングの練習させられました。モデル程じゃないけど。腰から前に出して、滑るように歩くって。先生二期会の準会員で。あんまりオペラー! ってカンジの先生じゃなかったんだけど、やっぱり基本は押さえてたんですね。ま、とりあえず、そういう昔取った杵柄。背筋も伸びて。たまに正装するのもいいですね。
   って、今バスがターミナルに着たところだから、転回して、出てくるまであと3分あるな、蒸すみたいだからお茶買っとこ、って、角のスーパー入ったら週末の昼下がり、みんな買い出しに来ててレジ込んでて、うわーん早くしてーって支払い済ませて出たら、バス停は空っぽ。

   「だめやーん、いってもうたがな!」

   おかあさん、正装して大きな声でそれはないでしょ(しかも買ったのはCGCプライヴェイトブランドのやっすいウーロン茶だ)。
   「ローエングリン」のオペラ、本番で、じぶんが退場するまえに大道具の手違いで白鳥の曳く船が先に行って、とりのこされてしまったという白鳥の騎士の故事を思い出しました。騎士ローエングリン慌てずに美しい声で
   「次の白鳥は何時に出ますか?」と聞いたそうな。こういう人にわたしはなりたい。
   もう一方向のバス停が脇にあって結構時間は近くって、こちらに乗り遅れたときはそっちに行くと間に合ったりするので見に行ってみたら、オッケーお年寄りが数人待ってました。今来そうねって、来なーい!
   日曜お昼だからこんなものかと思ったら、やはり直前のバスが来なかったようで、先に乗ったお年寄りが14分なのに遅すぎじゃないか! と怒ってました。いいえ、20分、定時ですよ、そんなわけがあるか、ずっと待ってたのにと少し言い争いになってました。
   そう、なんかもうこの辺でぐだぐだで。
   ノイエ・リリエンベルクに着いたら、本日東北沢で信号故障のためロマンスカー・快速急行・千代田線直通は運休って大丈夫!? よくよく考えたら、自分が乗るのは登戸まででした。慌てず騒がず各駅停車に乗って待ちました。
   たぶんこの時点で時間くったんだと思うの。
   にゃんぶ線に乗り換えようとしたら、スイカちゃんの残金が足りないと足止めを喰らい、チャージして戻ればさっきの時点で入構情報がついてしまったので二度入り扱いになり、駅員のいる窓口にいってと言われ、そこでは忘れ物をしたやら男性が延々書類を書きながら窓口を塞いでおって、その後ろに立つ偉そうな肩章のついたひとは困るこっちに気がついたけど、そのふたりの真ん中割るように手をさしのべてスイカを受け取り、今対応中の駅員さんに顎でこれやったげて、と言わんばかりの指図で。おじさん気がついてくれたのはいいいけどその態度はちょっとどうよ。
   てなわけで乗り換えにも手間取って。
   にゃんぶ線のホームに下りたときには5時のミュージック・サイレンが鳴ってました。
   おーい、5時開演なんだって!
   もう泣きそう。
   その後の乗り換えはうまく行ったんですが、宮前平駅に着いたらもう辺りはかなり暗くなっていて、5時20分でした。
   姫ちゃんの出番が終わっちゃう!
   この前は暗いのに知らないところを歩いて迷って(あとで聞くと大して違ってはいなかったようだが。一応開演に間に合ったし)ひどい目にあったので、今回はバスに乗っちゃうことにしました。1区間らしいし(いや、歩け)。ところが、ちゃんと見つけた文化センター前を通るバスが、30分発のところ、こなーい! 後ろにどんどん行列ができるから遅れているのは明らか。どんどん暮れてゆくしバスは来ないし。38分の時点でタクシープールに走りました。
   「ごめんなさい! 近いけど文化センターまでお願い! 50分に出番なの!」
   おにいさんの運転手さん、少し焦った感じでした。
   「無理かしら?」
   「いえ、すぐ上がったとこですから間に合いますけど」って、ほんと、すぐ上がったこだったんだけど……。
   なんとか第2部には間に合って、姫ちゃんのショパンの曲に合わせた麗しい舞いを見ることができましたとさ。

   ほんと、それまでのあくせくした苦労を忘れるひとときでした。
   手の振り、足の捌きが本当にたおやかで、エレガント、ナルホド、スケート、新体操、シンクロ、全ての芸術系競技の選手がバレエを修める意味が解ります。あと、4,5人から10数人で踊る群舞でも、そんなにたいした動きではなさそうと(失敬)思われる、ちょっと手を上に上げながらくるんと一回りして、片足を折ってナナメ前に出して逆足を後ろにきれいに出して停まる、あのバレエのキメポーズが、……あんなもんでも揃わないんだ。ちょっと早いとか、回り過ぎちゃって角度がヘンとか、手の角度ちょっとおかしいよとか。じゃあ、何十人みんな同じように見せるには大変な努力が必要なんですねえ。オペラのバレエシーンって好きでよく探してみるんですが(要するに「アイーダ」の凱旋行進曲のよく省略されるところ)、あれも結構揃ってなくて、まあその方がらしいかなあと思って見てたんですが、なかなか全員揃えるのってむつかしいんですね、と、こんなところでもやっぱり生を見るのは勉強になる。

   こちらはクラシック・バレエの団体なので、おちびちゃんもおねえさまコースもほとんどクラシック・バレエのきれいな衣装を着ての演目なんですが。

   先生と、男性(たしか去年のパンフレットのプロフィールでは留学経験もある若手)が中心の創作ダンスのステージもありました。

   ……わたし、親戚にバレエ団をやってるのがいまして、モダンで、チケット貰って結構つきあいで見たり、大学がダンス学科のあるところで(創作ダンスの課題に悩む女子中高生諸君! すまない、それはうちの卒業生達のせいだ!)、チケットのバーター取引で発表会とか割と見たんですが。
   モダン・ダンスはついていけない んですよ。なにやってるのか理解できない。一度後輩と見に行ったら、彼女は「あそこでこう集まってたのが砂の塊を意味していて、風があっちからきて、だんだん削られてバラの形になっていって……」と解釈したのでドギモを抜かれました。解るものなんだ!(一生懸命考えた方すいません)

   なんかわからんなりに、このお兄ちゃんは孤独に悩んでおって、先生(女神?)が現れて救いの手をさしのべてくれて、いろいろ一緒に踊って、先生は去ったがお兄ちゃんは生きる望みを取り戻したんだなーと思いました。最後、横たわって動かなくなった先生はお兄ちゃんに生きる望みを与えることによって自分の力を使い果たして死んだんだと思ってたから、彼が去ったあと起き上がって踊りながら去ったのには「?」でしたけど。

   最後の幕で、「くるみ割り人形から」になったときはホッとしました。

   去年も「くるみ割り」のステージはあったんですが、これはおさらい会向きですね。数人ずつ可愛い衣装を着けたいろんな踊りが出るし、曲もチャイコフスキーで耳になれているし。アラビアの踊り、ロシアの踊り、中国の踊り、スペインの踊り、フランスの踊り、みんなそれっぽくてきれいでした。ロシアの踊りは民族衣装っぽい、カフタンって言うんでしたっけ、前開きの長いヴェストのようなものが膝までで、踊りの後半くるくるまわるところではその下のいくえもの白いスカートが民族舞踊そのままにふんわり広がって、ああ、やっぱりロシアはこうよね! と思いました。チャイナはぴったりしたハーフパンツでロボットのようなパキパキしたうごきが曲に合ってたし、スペインの踊りはあんまりフラメンコ的にしなくても、ところどころの手をタテに挙げるキメポーズ、「マツケンサンバ」の「スパニッシュ!」ってやつだ、あれがとってもらしく決まってました。どれも、ああ、聞いたことあるよ、という曲にきれいな振りがついていて、もううっとり。

   去年いた「清四郎ちゃん」(仮名)、今年もいました。星の踊りの中に、ひとり白いタイツで混ざってました。でも、……男の子はトウで立っては踊らないのかな。お姉ちゃん達が小さいながらもトウで立ってくるんと回るときに清四郎君だけはつま先立ててやや地味な男の子ヴァージョンで回るので、どうにも「無理矢理混ざってまーす」感が否めないというか。花のワルツにもおにいさんが一人混ざってましたが、やはりなんというか、クラシックバレエでの男性は「ぼく王子です」って感じで、振りが違うにしてもオーラを出してないときついというか。ぼくが一番高く飛べる、ぼくが一番たくさん回れるっていうお山の大将的ものを持ってないと熊哲への道は険しいんですね。ここを抜けると貴重な王子様として引っ張りだこの持て人生(人生ちゃう)が待ってるのかなあ。豹太はその入り口で、
   「男の子のくせにどうして混ざってるの!」と言われて挫折しました。可哀相なコトしたよなあ。

   楽屋に姫ちゃんを尋ねて、少しお話しして帰りました。……昂奮してイイ気持ちで道を下ってたら、左折のポイントを見落としてずっと過ぎちゃって、こりゃやばいと適当なと頃でまがったら、やはりそこは住宅街、どんどん寂しくなっていって、泣きながら旦那様にメイルしたら「どこで迷ったの」とすぐにお返事が来たので、地図サイトでも開けて脱出方法を教えてくれるのかと思いきや、
   「気をつけて帰ってきなさい」って、だーりん!!!

   ここは豹太に掛けて、パソコンでグーグルマップを開けてもらって現在位置を送って指示を貰うべきだったかも知れない、
   「OK、ママ! 現在位置の情報を携帯で送って! 調べてすぐに合流ポイントまでの最短ルートをおくるよ!」ってサヴァイヴァルものSFごっこができるかと思ったのに。
   実際は、中華料理店のおかみさん(柴田理恵を美人にしたカンジ)に恥を忍んで道を聞きました。宮前平どころが次の駅近くまで来てたそうです。5分で着きました、ええ。
   いや、最近は方向音痴のくせに注意が足りなくなってますね。前は、迷ってはならん、コレはここで合っているか、と住宅表示図や電柱の住居表示などこまめにチェックして道を逸れないようにしてたのに、最近はほんとおおざっぱになって。いかんよ。

   てなわけで汗かいちゃいましたけど、とっても楽しかったです。下心なしでもいろいろ勉強になるし、オジサンもオバサンもたまにはバレエ見よう!

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