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2010年8月 6日 (金)

雉も鳴かずば(真夏の夜の恐怖篇)

   「ッ!」
   何気なくお勝手口を見やると、そこには女性の永遠の敵、茶色いつやつやした害虫が! しかしおかあさん少しも慌てず、その辺に転がっていた(片付けましょう)空きペットボトルを掴むと、
   「ハッ! ハッ!!」と裂帛の気合いでもってぶったたきます。

   それは「蒼天航路」の初期エピソード、若き曹操が宮城のナントカ門の門番に就職したころ、誰であろうと法を犯すものは赦さないとばかりに厳しく門限破りを取り締まっておったところが、腐った大貴族のナントカがいい気分で堂々と門限破りを試み、「この紋所が目に入らぬか」とばかりに押し通ろうとしたのを、もはや閉門の時刻、何人たりと法を犯すことは認められません、とぶっとい警棒でおさだめの通り500回だっけ、思いっきりぶったたかせるんですよ。爽快。
   結局惰弱なその大貴族、刑の執行に耐えきれず死んじゃうんですけど。その報告を受けて、
   「ならばよし!」って、さわやかーに見得を切って言い捨てて、嗚呼。
   ええ、この頃から「蒼天航路」は楽しく読んでましたけどね。

   おかあさんは咎人(人ちゃう、虫!)を殺すあたわず取り逃してしまったんですが、ま、しょうがない。
   同じさわやかーな気持ちで、
   (ならばよしッ)と向き直ったところへ、旦那様が、
   「ゴキも出たのかッ!? お掃除しなさいッ」

   嗚呼、おかあさん、黙って見逃しておれば旦那様にはばれなかったのにッ!!

   実は温かくなってきた頃から気配がしていて、コンバットその他を配置して防衛していたんですッ。

   旦那様ごめんなさいッ!!

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「日本人の知らない日本語」 原作を破壊?

   単行本2巻は家中で楽しく読んだんですけど。

   旦那様帰ってこないようと、TV付けっぱなしにしていていつの間にかドラマが始まってました。新番組紹介で、これはこれとして広い心で楽しんでとか書いてあったっけ。

   ……これは凪子先生怒っていいレヴェルだな。

   学園ものの範疇でやろうとして、原作の真面目で品のいいところがぶちこわしになってます。いまどきの学園ものってよく知らないんですが(「GTO」とか「ごくせん」とか「ルーキーズ」とか、ことごとく見てません)、ありがちなところで不良が出たりするんでしょう? そういう、らんぼうで先生に対して礼儀がなってない、教師の方も品格の感じられない感じが出ていました。そんで無理矢理説教に持ち込むし。
   凪子先生は先生ではあるけど、あくまでも「日本語」教師ということで、べつに生徒さん個々人の生き方、日本との関わり方にまでは口出ししていないところも特徴であろうと思われたのに。

   原作のいいところ、生徒さん達が日本語に対して真摯で、教師である凪子先生を必死で頼ってくる感じ、それに対して凪子先生が誠実に対処しようとしているところが非常に損なわれていると思いました。

   ネットをしているとよく目にする「TVはメディアとして終わっている」、「マスコミなんか視聴者をバカにして情報をねじまげるばっかりだ」という論調に、騙されがちで、乗せられちゃダメなんだぞとついこの前も決意を新たにしたばっかりなんですが、どうもやっぱりTVっていやだわあと思ってしまう今日この頃でした。

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2010年8月 4日 (水)

歌のTPO

   幼小中とPTA活動にバリバリ参加してきて、時代に応じてPTA行事はリストラすべきだという確固たる信念を育ててしまったわたくしが申しますが。

   

いい講演会もあります。奇跡的に。
   わりに、しゃべり慣れた演者を用意してくれてますんで、行ったら行ったで、
   「いいお話だったじゃないの」とけっこうほくほくして帰ったっけ。

   そういうお話をここで。
   アメリカがえりの心理学者……なのかなあ、ややウサンクサイ肩書きのオジサマ。
   「大宇宙が我々に赤ちゃんを与えてくれる理由について考えたことがありますか!?」
   なんてぶちかまして。いきなり度肝を抜かれちゃう、そういう洋行帰りな巧い講演ね。
   今、我々の周囲には、ああすればこうなる、ボタンを押せば結果がすぐ出る、そういう意のままになるものばかりが集まっている、その中で、子供というものは意のままにならぬものの代表、どんな理屈も泣く子には通用しない。自然を克服し、万物の霊長とイイキになってる現代人が、ままならぬものに出逢っておろおろし、心の底から無力を感じる、そういう機会を与えるために、幼子は遣わされているのだというもうすごい理屈。

   すっこ~んと目からウロコを落とされましたね。
   イヤホントそうだし。
   やっぱ、育児はほんといちど経験しないとねー。

   てな講演でしたが。

   で、その演者センセイ、アメリカでなんか一分野で成功を収めた結果、とあるミスコンの審査員に選ばれたとか。そして、そのコンテストでは、各審査員がひとりにひとつ、オリジナル審査を課す資格があったそうで。
   へえ。
   ある人は水着審査を課し、とある人はスピーチを、またある人はダンスを……って、よく知りませんけど。その中で、そのセンセイが課したのは、子守歌審査

   「あなたがおかあさんに歌ってもらった子守歌を歌って見せてください」

   「楽しかったですよ。みんな、嬉しそうに、晴れ晴れとしたいい顔で歌うんだ。フィリピンの娘さんも、ロシアの娘さんも、南米ヴェネズエラの娘さんも。ああ、こんな曲が歌われてるんだといい経験をしました」
   へえ。
   「ところが、日本の代表のコはいけない。はっと、いきなり途方に暮れて、誰もちゃんと歌わない。歌えない。ひとり、『ふるさと』を歌ったコがいたかなあ? 『ふるさと』は子守歌じゃないでしょう!? どうしたんだ、ニッポン、子守歌歌ってもらってないのかって、心配になりました」って。
   これは判るなあ。
   歌ってもらったことないとはないと思うけど。いやどうよ? わたしは歌ったけど。
   ミス・ユニヴァース(かなんだかしらないけど)の国際大会で、国の代表として歌うにはみすぼらしいと思っちゃったんじゃないかなあ。
   わたしは「ねんねんころりよおころりよ」ですもん。
   歌ってもらったのはそれ。
   でも、あんまり田舎くさいかなあ と思って。
   豹太や虎美のときには、五木の子守歌とか、歌ったかも。
   「♪おどま盆限(ぎ)り盆限り~」
   いや、これ子守娘の立場で歌う歌だから。おかあさんが盆限りで帰っちゃダメでしょ。曲調も哀しいし。
   「ねんねんころりよ」も、日本音階だからなんか西洋音楽に慣れた耳では終わった感じがしなくて自分が歌っててすっきり感ないし。
   いやそこは、子供を寝かしつける歌だから、ジャンと終わるんじゃなくてフェイドアウトするのが目的に合ってるのかもだけど。
   とにかく、お外で「子守歌を歌って」と言われると、「ねんねんころりよ」は避けますね。無意識に。
   でも、さすがにブラームスの子守歌とか、「ねーむれーねーむれ、母の胸ーに」は、シューベルトだそうです、今調べた、日本人がそれ歌うのってどうよ、そんなお上品なお育ちしてません、見栄っ張りっぽくてイヤ。
   解るなあ、ホント、なに歌おうか悩むネ、ホント。
   ベッドの上に掛けておくとおもちゃが回転して情操にいいというオルゴールは、「ゆりかご」だったので、それは永遠にオルゴールに合わせて歌ったかなあ。あとは、ええと、「荒城の月」とか、「花」とか、文部省唱歌を延々……。

   講演会からモヤモヤしながら帰って、猫科の人たちに、
   「おかあさんが歌ってやった子守歌覚えてるか」と聞いてみましたが、たしか覚えてなかったんじゃないかなあ。ああやっぱり。

   それはそれでどうよ。

   「まいこさん、オリジナルの子守歌を作ってあげたら」といわれて、作ったような気もしますが、「ねんねねんねねんねー」と付点のメロディで、作ったわたしがこれは眠れないだろうと思いましたです。ま、ベッドへ誘う歌かな。
   虎美がもしかしてミス・ユニヴァース世界大会で子守歌審査を課されたときに、見事思い出して歌えましたらどうぞご喝采(いろいろ無理だ!)。

   てなカンジで、日本で教わった曲、耳に慣れた曲は、西洋音楽の晴れ舞台ではなんかそぐわない、恥ずかしいものってイメージが無意識にあるんじゃないかなあと愚考いたしますが。

   って、カン首相が君が代って陰気だからなんか嫌いと言ったとか言わなかったとか報道を聞いて思いますのさ。
   気持ちは分かるな(ええ、正直に申します)。
   わたしは歌っちゃいますけどね、空気読まずに。入学式も卒業式も、こないだの高校野球の開会式も歌っちゃった。楽しかった。
   雅楽のニュアンスが入ってるそうで、やっぱ、メロディはクラッシック本道からは離れてるじゃん? 今時のポップスとも違うし。
   若い人が聞いて勇ましい、意気軒昂となる曲ではないですな、確かに。
   若い頃はホントになんでこんななんだろうって 恥ずかしい気持ち を持ってました。
   でも、1000年前のアンソロジーから取った歌詞で、国の伝統音楽を取り入れたメロディでって、希少価値でいいじゃんと思うようになりましたのよ。オトナになったからね。

   いや、「神は女王を救い給う(英国国歌)」だって、賛美歌のお作法で書いてあるから、荘厳ではあるがノリいい曲じゃないよ、アレンジされてりゃともかく。
   フランスの、「ラ・マルセイエーズ」は、もともと敵をやっつける戦意高揚曲ですから。
   そんな、時々「もうこんな血なまぐさい曲やめようぜ」なんて提案されてるのと一緒にされてもねえ(やっぱり、逆に血の気の多いオッサンに猛反対されて立ち消えになるらしい)。
   ドイツはあからさまに歌詞の3番がやばいそうで、でも、この曲以外に考えられない! とかで、公式の場では3番封印でいってるんじゃなかったかな?

   いろいろ各国では密かに問題を抱えていて、それでも、公式の場では敬意を表し、歌うんじゃない。カンちゃんも、なんでも噛みついてりゃいい市民運動家の頃ならまだしも、総理大臣になったんなら嫌いでも胸張って歌わなきゃ。天皇陛下に認証受けたんでしょ? お目にかからなかったわけ? そんなバカな。
   で。総理大臣でも、心の奥底で「……もっと明るい曲がイイナァ」と思う権利はあると思うの。そこは民主国家だし。

   そして、そんなしょうもないことよりもっと大きい総理・政権与党としての瑕疵を見つけて正々堂々攻撃しろよ自民党。ほんと、焼きが回っとる。

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2010年8月 3日 (火)

ワーゲンの色は何色?

   じゃー今日はヒマネタで。

   昭和の昔から、どんなに車にうとい女のコでも一目で車種の判る車、それは、フォルクスワーゲンの1型、いわゆるビートルでしたよね?
   各国で、見たマンマ「カブトムシ」的ニックネームで呼ばれていたオムライス型のような曲線の可愛いスタイルは、小学生の女子からツウのオジ様にまで愛されて、なんと世界で一番売れた車種なんだそうです。わたしも一度は乗ってみたかったなあ。
   戦前に設計されていたスタイルはさすがに昭和年間には本国で製造中止になりました。だってあれさーたしかエンジン後ろにあるんだよ。そのせいでトランク小さいんだよね。排ガス基準がどうとか言われ始めた時期だったのに、コンパクトすぎてそういう対策メカが載せられなかったらしいし。それでも好事家に大切にされて細々と生き残って、平成の仙台市住宅地の丘陵地帯でも目にすることがありました。

   今は赤帽なんですって?

   小学生のやる遊び、街で特定の車種の車を見る度数え上げていって、幾つかに到達するといいことがあるって。
   わたしのころは、ジープ3台、ワーゲン7台でした。このジープも、本家のアレじゃなくて、なんとなく軍用っぽいお屋根の付いてない4WD車ならスズキだろうがOKでした。小学生には違いが分からなかったの! 通学の途中も目を光らせて、
   「やった! ジープ2だーい! 今日はあと少しでいいことありそう!」なんてやってました。ま、だいたい達成できないで日が暮れるんですけどね。似てる形なら国産でもいい「ジープ」より、曲がりなりにも外車のワーゲン(ゴルフはダメでビートルだけ)が7台じゃないと条件クリアできないなんて、いったい誰が言い出した遊びなんでしょう?

   今の子はしないのねと思ってたら、小学生の頃の娘が、お出かけの時にいきなり、
   「赤帽!」とか 叫びだして、やっぱりこういうのは時代を超えるのねーとしみじみしました。おかげで、ダイエーの搬入口、ここは必ず1,2台は停まってるからと遠回りしてそこを必ず通るようになっちゃったり。母は大変。

   自分は中学に上がるころには、他の小学校出身のコとそういう遊びも情報交換して、
   「今は年間通じて100台だといいらしい」とヴァージョンアップしましたよ。
   「但し、赤いワーゲンはゼロ・クリア。また1から始めないといけない」
   誰が言いだしたんだホントに。

   かくて、色に注意しつつ、登下校のバスの中、ワーゲンに目を凝らす日々がまた始まりました。

   公式には何色あったんでしょうか?

   一番良く見たと印象に残ってるのはマットなオレンジです。仙台で平成年間にワーゲンを所持しておられてご近所の有名人だった馬場さん(仮名。そう、あのピンクハウスの馬場さん。やっぱ感性が違うのね)のも、オレンジでした。
   抹茶色も結構見ました。ドイツで抹茶色って言うのかしら? ええと、彩度を抑えた渋い黄緑。
   緑と言えば、逆にメタリックなビリジアンも。これは金沢の街の緑濃い中心部あたりに似合ってたかなあ。
   白はあんまりなかったですね。メタリックの黒はあったかも。ブルーはあんまり見ません。赤は……それなりにいました。ピカピカ光るメタリックも、つや消しの赤も見たような……。
   コバルトブルーはどうだったかな、スバル360と見違えたんでしょうか。あった気がするけどなあ。
   黄色は、
   黄色は、21世紀になってからのニュービートルの方が有名ですよね?
   「痛車」(あいたたたぁ、と呟きたくなる恥ずかしいオタク趣味の絵が描いてある車)の走り、ピカチュウのペイントとお耳尻尾の付いたピカチュウビートルがありますから。
   あれはアメリカのニンテンドーの会社で持ってる宣伝用車で、非売品だったと思いますけど……あれはあれで可愛いからおかあさんも乗ってみたかったかも。

   あなたの心に残るワーゲンビートルの色は、何色ですか?

   ちなみに別の車種で言うと、80年代トヨタのMR2とセクシースプリンターの赤はよかったなあ。MR2は、弟の車の雑誌を参考に自分で絵を描いて、当時流行ってたアニメのヒロインのSDキャラを横に立たせてみたぐらいフォルムが気に入ってました。免許取ったら乗りたかったのに……ああ、いつの間にこうなったんだろう。
   カウンタック他ランボルギーニ車は黄色。最近はブルーもいいかと思い始めたけど。
   軽自動車を中心に、ママさんが乗る車は最近いろんな色が出ていていいですよね。

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