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2010年1月23日 (土)

ご好評にお答えして……?

   ぎゃー!
   旦那さまがまた筑波へ出張で、お土産に筑波サブレをいただいてきゃーきゃー言ってたのですが。
   「葵たんにお友達が増えていた」って、あの女性向けの萌えを追求してみましたという感じのホストっぽい絵を付けたチョコ餅ですか!?

   実際に行ってみた → http://www.junai-tkb.jp/

   美味のナヴィゲーター筑波嶺葵くんに実の弟と、和風眼鏡君と帰国子女ワイルド君が増えてました。

   やめて~~~~!!(泣き笑い)

   違うんだけどなあ~女性の好みは難しい。でも、当たったからこそのドジョウブラザーズなんでしょうねえ。

   ちなみに、その国の心のよりどころ的名峰プラス旧藩主の紋所というネーミングの法則によると、
   加賀前田藩は     白峰 梅
   仙台伊達藩は     蔵王 雀   ……と、非常に厳しい。
   会津藩は        磐梯 葵 って、ファーストネーム被りますけど、あそこは葵のご紋許されてますよね?
   鹿児島島津藩は   桜島 くろす  (十字ってことで)
   藩じゃないけど甲斐は 富士 だいあ (菱はもう全面的にダイヤで通用しますよね)
   となってきます。名前だけ萌え系にはなってきましたが、厳しい。
   武田が出たなら上杉は……
                米沢の名峰はどこじゃ???(地理弱くって本当にすいません)
                春日山 鷹??? 信濃時代にお城があったところですよね?
   ひこにゃんのところは 比叡 橘 って、もはや人名として苦しい(だいたい比叡山は彦根藩でいいの?)。

   だいたい、国持ち大名じゃないと銘菓の名前にもならないという苦しさ。
   そうなってくると、筑波嶺葵というのはもうどんピシャのネーミングなんですねえ。

   でもあのお菓子自体あんまり好きじゃないです。ごめん。 


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2010年1月22日 (金)

歌え! ママさん

   今はややこしい時代になってきて、「ママさんバレー」、「ママさんコーラス」という名前も使っちゃいけないそうで。「家庭婦人バレー」だったかなあ。結婚して家庭にいらっしゃるご婦人でも子供があるとは限らないのよって。そりゃそうだけど。あとは、わたしら飲み屋のおかみじゃありませんってのもあったかな。日本語は便利だけど難しいです。でも、「歌え! ママさん」っていう女声合唱向けの歌集あったと思うな。まあそれはそれで女子校の合唱部が手を出しにくいですね。

   さて、本日はそう言うんじゃなくて、文字通り、おかあさんたるわたくしのおはなし。

   わたくしは、基本、歌詞がわかんない歌というのはキライです。いいメロディは自分も歌いたいです。それが、鼻歌じゃイヤッ! ちゃんと歌詞付けたい! そういうこと言ってるからまともに歌える洋楽がないんですが。いえ、最近は「あななんばいたらッ」とクィーンを口ずさんでることもあります……ジョジョの影響で。漫画スゴイ(正しくは The another one bites the dust らしい)。

   総務のおねえさんやおじさんに気に入られておったわたくしは、3年目ぐらいに会社の社宅にうまく潜り込むことができました。駒場のワンルームマンション。近くに図書館もあって、閑静な……ん? なんか、夕方になると毎日聞こえて来るではないですか。チャチャ~ンチャチャ~ン♪ ああ、ミュージック・サイレンね。板橋のアパートでも聞こえました。もう5時ですよ、よい子はおうちに帰りましょうねって。スゴイ大音量だなってマンションの目と鼻の先に中学校ありました。目黒第いくつ中学校って公立だったと思うけど。時間帯がずれてたから登下校はそんなに生徒に遭わなかったですがまあそこそこの規模で。
   板橋はなんだったかな、知った曲でしたが、目黒は知らない曲でした。でも、毎週末うちにいて(寂しい!)聞いてるうちに覚えちゃって、

   歌いたい!

   歌詞なんだろう!? きっとこれこの中学の校歌だぜ、捏造しちゃえ、中学校の校歌なんてどうせこんなもん。

   

作りました。

   朝焼け空は 今晴れ上がり 希望を胸に 集える我ら
   いざゆかん 手と手 心と心繋いで 目黒第X中学校!

   チョロいぜ。
   Bメロが格好いいんですよ。「手と手心と心繋いで」のところのチャチャ~ラ、チャ~ララッラの付点のリズムが弾むようで。ここは巧くはまったなと気に入ってます(えらそうに!) 。
   会社のランチの時間にお友達に披露したらみんなどん引きでしたけど。いや、顔は一応笑ってくれてたかな。
   「まいちゃん、その歌その中学校のひとに披露してあげたら? 運動会とかに呼んでもらえるかもよ」
   いいえ結構でございます。

   さて、川崎に引っ越してきたら、ミュージック・サイレンは「椰子の実」でしたが、ゴミ収集車がまたチャーミングな音を奏でていて。
   いや、Aメロがマイナーでちょっと朝から聞くには哀しいんですけど。
   豹太がちょっと遅れて今朝、支度してたら、うちの横を灯油売りがアニーローリーを流しながら通って、
   「おかあさんゴミだよ」と申しますので、
   「あれは灯油。仙台とは違って月の砂漠ではないのだ」と言ってやったら、
   「ああ、『好きです川崎愛の街』!」って。
   「あるのかそんな歌!?」
   「あるんだって! すっきーです かっわっさっき あっいっのまっち!」と一節歌ってくれました。

   今ググったら、川崎フロンターレ(地元のサッカーチーム。J1?)が応援歌として歌ってる画像がユーチューブにありました。そう! これこれ! 川崎の市民歌だって!?

   多摩川の 明ける空から きこえる やさしい鳥の歌
   ほほえみは 光のシャワー さわやかに こころ洗うよ

   新しい 朝は生まれて 人びとの 軽い足どり
   好きです 陽差しの 似合う街  好きです かわさき 愛の街

   Bメロからかろやかに明るくなるんですけどね。やっぱり出だしはマイナー。メランコリックで好きじゃないというご意見もちゃんと上がってました。そしてやっぱりゴミ回収車の曲ですねとも……。 うわ~作曲山本直純だって。すごいなあ……。

   いえ、ぐぐる前は自分でも付けようと思ってたんだけど、これを聞いたらそんな気なくなりました。って、やっぱり付ける。

   わたーしがいなけりゃ このまっちはー ごみーごみあふれて汚いよー
   朝ーから街角巡ってはー 家ーから出たゴミ集めます

   燃えるゴミ 燃えるゴッミッ 月水~金 
   資源ゴミ ビン、カン、ペットボトルは火曜にね
   段ボール雑誌類ご町内であつめて 2週に1度の火曜ですッ!

   できちゃったよ、もろゴミ収集ソング。曜日はイーヴィヒベルク周辺で。他地域は違います。

   そしてこの歌を歌いながら、おかあさんは今日もちゃんとゴミ出ししましたッ! 来週も頑張るぞっ!

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2010年1月20日 (水)

「金剛番長」 賢しらな話

   ええと、カテゴリがコミックじゃなくて、趣味なのは漫画についてが主眼じゃないからです。別にこの漫画をあげつらおうとか、漫画家さんをバカにしようという意図はありません。小学館の編集にはちょっともの申したいかな?

   堕落し低迷の極にある現代日本を救わんと全国にエリート指導者の卵を配し、彼らを競い合わせ闘わせることで最強の指導者を育てようという番長計画が日本で行われようとしている!? というお話でありますところの「金剛番長」、主人公金剛晄くんはその首謀者たる父や兄と袂を分かち、その間違った世直しを止めようと奮闘するわけですが、彼の決めぜりふが

   「知ったことか!」。

   ある意味スゴイですよ、あにきやそのシンパはいろいろ理論武装してくるんですが、それをこの一言で切り捨てる。あれですよ、5.15事件の「話せば解る」「問答無用」を思い出しますね。正義の味方たる主人公が、言葉で相手の非を説明できなくちゃいけないんじゃないかなあ。まあスッキリはするからいいけど。
   変に、仏心を出して相手に耳を傾けるから騙される、敵が間違っているのは自明なんだから、毅然として排除する姿勢が大切ってことかなあ。

   言ってるうちに物語が進みますと、ヒロインやら同士やらまで「知ったことか!」と言うようになるんですが。

   7巻で登場する晄くんの妹はなんとアイドルタレントをやっておって、とても血を分けた妹とは思えないかわいらしさなんですが(でもやっぱり超人的な体力ではある)、そのそあらちゃんも、自分に襲いかかるストーカーをステージ上で演出と見せかけながらかるく撃退しちゃう。その時に歌ってた歌の歌詞でも「知ったことか!」って歌ってるんですが、その英訳があやしい

   「I don’t know your heart!」

   わたくしは一読したときは、はいはいアイドルソングのサビね~とスルーしておったのですが、ちょうど英語を学び始めた娘が
   「アイ ドント ノウ ユア ハートッ!」とご機嫌で決めポーズを取って、
   「おかあさん、ほんとうに『知ったことか』の英訳は
   『I don’t know your heart!』でいいの?」と聞いてきて、ふと我に返りました。

   「絶対違うッ! そんな気持ち悪い英語のわけないだろう!」

   「じゃあホントはなんて言うの?

   さあ、困った。

   「知ったことか」を翻訳前の固い文に変換しましょうか。
   「わたしはあなたの行動を関知しない」ぐらいじゃないかなあ。もっとこなれて、
   「それはあなたの勝手だ」ぐらいだったりして。

   

「I don’t know your heart!」って、その歌の歌詞としては
   「わたしにはあなたの心が解らない」と言いたかったのかも知れませんが、そういうときはknowじゃないと思うな。see か? 「理解する」ってのをすぐ understand にしちゃうと文部省イングリッシュになるから、平易な動詞を使うのがミソだと思いますけど。とにかく「知る」をイコール know にしちゃうと痒い英語になると思います。

   「かえって往年の島耕作みたいに イッツ ナン オヴ マイ ビジネスがいいかも知れん」

   It’s none of my business. エキサイト翻訳さんでも「それは私には関係ないことです。」とちゃんと返してくれました。「島耕作」がバブル期に人気絶頂だったころは、よく社内の派閥争いをうまく切り抜けながらそんなこと言ってましたよ。ドライな感じ。さて、「知ったことか」はもっと男らしいというか、荒々しい感じですけどね。

   ちなみにエキサイト翻訳にかけてみると、
   「Is it a scolding?」 って、叱咤だと解釈してますね。ただ者ではないエキサイト。
   「I never mind it.」だと、「私はそれを決して気にしません。」文部省イングリッシュだとこの辺で正解にしてくれないかなと思いますが、これっていわゆる「ドンマイ」になっちゃうでしょうか。

   こういうのを自分で悩みつつやると英語力が付くんだけど、虎美はとてもそんなレヴェルじゃないようです。だれか語学に堪能な方にお尋ねした方がいいのかしら?

   それにしても、このような英語で頭の柔らかい青少年の読むものを書かれますと非常に困ります……漫画に出てきた英語をマンマ信じる方がバカなのか? いや、どうだろ……とりあえず、歌詞は漫画家さん本人とキャプションがありましたが、編集もその目が節穴でないというならチェックをしたらいかがかと。

   ここは「I don’t know~」でいいんだ、昭和に共通一次を受けた世代が偉そうに英語を語るなと仰るならお説を承りたいところです。

   賢しらをいってごめんなさいという話でした。

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2010年1月19日 (火)

絶対勝てない

   遊んでいたら丑三つ時も過ぎ、でもおでんの大根にまだ火が通らないのでしばらく暇つぶし。

   

嫁姑というと仲が悪いものなのだそうで、よく解らないけれど実家はそうだったみたいです。
   父方の祖母のお民さんといえば女傑、女傑といえばお民さんだったそうで、夫を失って戦中戦後、子供達を育て上げたところはご立派と申せましょうが、あまりの性格のきつさに、あのうちに嫁に来る娘はいないと在所では言われ、伯父達は東京で結婚し、父も金沢で話を探したんだそうな。仲人口に騙された母が嫁ぐと、花嫁衣装を脱いで、おしろいも落とさぬうちに「うちの家風に合わない場合は帰って貰いますから」とぶちかましたとか。と、この辺は普通のドロドロ。
   いろいろあって、それでも兄たちは東京に出ているのでおれが母をみなくてはいけないといわれ、なんで長男の嫁でもないのにとブチブチ言いながら月に1度は在所に帰り、掃除洗濯……をやっていて、なんでおばあちゃんちに行くとおかあさんは機嫌が悪いんだろうとか幼心に思ってました。そうか、仲悪かったのか。
   年を取ってくるといろいろある入院とかに付随する付き添いとか差し入れとかも、ほんとこっちに八つ当たりとか毒を吹き込んだりとかされながらも一応母はちゃんとこなしていて。
   伯父伯母たちは、そういう祖母の性格にヘキエキしてたようで、厄介ごとは巧く逃げて都合のいいときにしか寄りつかない、そして、いつもやっちゃん(父)には迷惑を掛けて、と、そういうときは口がうまいと、絵に描いたような悪役の役どころ。それが、こっちはとろいのでそういうところには気がつかず、おじさんおばさんには愛想よく礼儀正しくしないとと優等生な対応をするからまた母は悔しかったようで、またうちに帰って毒を吐くと。
   別に地獄とも思いやしませんが、イヤでしたねえ。

   そして祖母が亡くなると、お決まりのように遺産争いがあって、納骨に行ってお寺さんと挨拶をして話し込んで帰ってきたら、祖母の家は空っぽにされていたそうな(中学生にもなっていてまったく覚えてないわたしもほんとにとろい)。
   それで、金沢にいるのだからと位牌と仏壇だけ押しつけられた父でしたが、「このお鈴(ちーんと鳴らすあれね)は金無垢だ、これだけもらえればいい」と強がってました。いや、あのタケノコ生活を先取りしてた没落の日々、いくら熱心な真宗門徒だからって、そんな値打ちもん手放さないで持ってるわけないって。たぶん二束三文だったでしょう。
   母はいまだに言いますよ。帰ってきたら家が空だったって。ご近所の笑いものだと言って。
   まあまあ。
   そういう母を使うだけ使い倒して祖母は感謝の一言もなかったかというと、
   「はむちゃん、あんたはよく仕えてくれたね」といって、病室に持ち込んで、枕の代わりに頭の下に敷いていたハンドバッグを最後にくれたのだそうで。
   「そんなこ汚いバッグ要らんわと思ったけど一応ありがとうって貰っておいたわいね」

   ところが、家捜ししたのには訳があって、祖母の全財産をいれてあった貯金通帳が見つからなかったのだそうです。探して探して喧嘩して、とうとう伯母が母に、
   「はむちゃん知らんかいね」と照会して、まさか、とその肌身離さなかったハンドバッグを開けてみたら、そこに求める通帳が印鑑つきで入っていたとか。

   「そんなん気持ち悪い、要らんわね」と、素直に提出して、伯母達は大喜びだったそうです。
   おかん、そこは貰っておけよ!

   その話を聞いたとき、すぐさまわたしは絶叫したんですけど。

   「なんで? 気持ち悪い、あのひとからのものなんてなんも要らんわ」

   それが戦中派の矜持なんですかねえ。

   母にはどうも人間として負けてる気がします。

   タイマーがさっき鳴りました。もう煮えたかな? それでは少し横になります。

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