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2010年4月14日 (水)

「八日の蝉」やっぱりきつかった

   もともと母性的じゃないんで。
   不倫相手の子を中絶したところが手術が失敗して子供を産めない身体になったとか聞くと、そりゃーつかんなあとは思うけど。
   同じころ、その不倫相手は妻に娘を産ませていたと。
   あー。
   あるある!
   源氏物語本編ではどうか知りませんが、「あさきゆめみし」では、六条御息所の逆上をそういう切り口の描きかたしてましたね。いや、時間軸的にちゃんとその頃葵の上は妊娠中だったけど。
   「妻とはもう他人とかいっといてちゃんと子供作ってるんじゃん!」
   これはきついな。

   それで、妻の産んだ彼の娘を誘拐して育てるってのが、よくわからない。恨んで虐待のためとか、その妻を地獄に落とすためってならまだ解るような気もするが。
   そんなに子供を抱きたかったのか。
   彼に未練があったのか。
   よくわかんないですね。
   というわけで、ヒロインに全然感情移入できなさそうだったので、見る気がなかったNHKドラマ「八日目の蝉」なんですが。
   今日はNHKニュースウオッチ9? 見た後付けっぱなしで突入しちゃって。

   見てしまいました。

   なんか先週も、「行くとこないんなら来る?」とかいって誘われてたなーって、流れが解ってるくらいにはながら視聴してたみたい。

   彼女が誘われたのは、行き場のない身の上の女性達の互助組織である、ややウサンクサイ団体の施設だったのでした。
   キリスト教系らしくってさ、「エステルさん」とか、洗礼名みたいなので呼び合ってて、皆さんお仕着せの一昔前の長いドレスに白いエプロン、ドアノブカヴァーみたいな丸いヘッドドレス姿で、ああ、アメリカの懐古主義の集団とかでありそうな、なんだっけ、アーミッシュ? そんなイメージで作ってましたね。新選組で言うなら土方の役回りの指導者の女性がこわくってさ、この施設には男の子でも男を入れてはいけない、「男は女性を虐げる悪魔です」とか低い声で言っちゃって、気持ち悪かったですね。あんたさぞや男性で苦労なさって、と。

   その「土方さん」は育児ノイローゼで我が子を殺してしまったひとだと噂を教えられるヒロイン。教えてくれたくみさんは、離婚で息子を取られたひと。いろいろ皆さん事情がおありのようで、その女性なりの、街では生きていけない事情がもう辛くって見ていられない(といいながらしっかりさいごまでながら視聴してた)。可愛い盛りの息子をもぎ取られた女性には、可愛い我が子を殺してしまい、心を凍らせてしまった「土方さん」が理解できない、「血の繋がった親子の情を否定するなんて信じられない」と言ってしまって、血の繋がらない子を育てているヒロインを知らずに傷つける。

   女性の立場はいろいろで、それゆえ傷つけ合ってしまうんですね。

   17才で、恋人との子を身ごもってしまって、産ませてくれと飛び込んできた少女を受け入れたことで施設は崩壊するようです。
    「どうして産みたいんですか」と、尋問する「土方さん」に、
    「自分の子です、可愛いじゃないですか!」と、若さで無邪気に言ってしまう少女。
    「産んでもいないのに可愛いなんて!」
    「絶対産んだら可愛いに決まってます!」
    「どうして解るの!」と、激高する「土方さん」。
    ああ、相手の事情が解ってたら言わなかったかもなのに。彼女の出産の後、産声を聞いていろいろ思いがこみ上げ、一人で悶え泣きする「土方さん」が痛々しかったです。
    いや、血が繋がってようが、尊ぶべき血筋だろうが、目の前で夜泣きする子を可愛いと思えたらその人はもう袈裟着ちゃっていいと思うな。
    わたしはプライドで耐えました。
    これで失敗しようもんなら、絶対、「ほら、勉強しかしてこなかったから」って言われると思って。

    復讐じゃなくて、これだけ苦労して育てた子を可愛いと思って真実愛せるヒロインが、……やっぱ解かんねえや。
    赤ん坊の頃から施設で育って、母子は別々で寝るものと言い聞かせられてるのに夜、母を捜して添い寝をねだる娘は違和感ありましたけどねえ。一緒に寝るものという意識を持たずに育った子供でも、とくに怖い夢を見たとか、自然現象が怖い条件だったとかなしで、「おかあさんといっしょにねたい」って思うもんですかね? それが母子の絆? 解んない!
    施設で作ったものを行商に出るヒロインに一緒にお外にいきたいとだだを捏ねるシーンとか、可愛いとか不憫とか思わせる所でしょうけど、「ワッガママだなこいつ」とかしか思わなくて。いよいよ脱出しようというときにも、まろんちゃんと遊びたいとかダダを捏ねておって。おまえ、事態を察するということができんのか! ついこの前はお外に出たいといっておいて! と、小さい子に対する目が冷たい冷たい。子役はうまかったんだけど。いや、非常用縄ばしごで脱出するシーン、時間がないのに、怖くて手が離せないというスリリングなシーンでしたが、そこは、母子の絆をそんなに出したいなら、ヒロインが手を広げたらためらわず飛び降りるんじゃないの? 必死にヒロイン達を脱出させようとするくみさんがやさしくて機転が利くってのはよく解ったけど。……って突っ込んでばっかり。
    くみさんが別れた息子に会いに行ったら、もう後妻さんが「おかあさん」になっていて、それをあとからあげつらうシーンも痛かった。
    「母親ヅラして、子供の好きな食べ物も知らない、あの子はチョココルネが好きなんだ! お腹を痛めたわたしがよく知ってる!」 って。
    2歳児の味覚でしょ? 変わるって。おばあちゃんちに引き取られたみたいだし。それからなさぬ仲の子を可愛がってくれた後妻さんの苦労を評価しないなんてひどい。と、もう、突っ込む突っ込む突っ込む突っ込む!

    かように、女性の心の規範は立場によっていろいろで同じ女性だからいつも誰にでも味方できるかというとかえってそうではなくて……あれだ、女の敵は女(哀しいねそれも)。

    こういう地頭レヴェルに無敵パワーを発揮する子供に対応したという経験を以て、
    「子育てをすると自分も成長する」とか、
    「子育てをしたことのないひとにはわからない」とかいうものいいがあるのでしょうが。
    気持ちは分からなくもないけどそういう言い方はやっぱりいろいろこのご時世乱暴だと思うし。世の中ままならぬものは他にもいろいろありますから。
    ああ、もう、ほんとに。
    ヨーロータケシとかが解った顔で言うんだ、今時はボタン1つでなんでも思いのままになりすぎてるから、人間は余計なことで悩むんだとか。
    別にそんなに思うままに生きてきた訳じゃないもん! なんでこんなところでしっぺ返しを喰らうの?
    布おむつにしてもまったくおむつは外れないし、全然立って歩かないし、言葉は遅いし。お嬢様であったらしいママ友とは教育に掛けるお金と意気込みが思いっきりダンチで格差社会というものをあの年で肌で知ったし。
    13にもなってままならぬ娘に翻弄されてもおるし。望んで子供を育てたいというひとには「はあ、まあ、ご立派な」と思ってしまう今日この頃のおかあさんでした。

    それとも、あのヒロインは不倫までは思うがままの人生を歩んできたというのかしら。こんなにスペシャルでエクストラオーディナリーなわたしだから、愛するひとに妻子があったとて愛を勝ち得たわたしに、子供をもてない未来があってはならないと思い詰めての犯行だったわけ?
    違うと思うなあ。
    まったく解らん。
    やばい、次も見てしまうかも。

    

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2010年4月13日 (火)

終わりよければ

   ちょっと必要があってオペラの筋やら解説やらをネットで調べておったら。
   あれですね、今どきの小説や漫画がドラマ化される、アニメになるというと、ファンは必ずしも嬉しくない。「映像化の難しい部分は改変されるのではないか?」「より大衆的にされてしまうのではないか」、その他、解りやすいところでキャストが気に入らないとか、あの監督はかなり独自解釈を入れるきらいがあるから要注意とか。

   そんなのマニアまで逝っちゃった困ったファンの証かと思ってたんですが。いえ、わたくしだって、ただいまNHKBS2で始まったというジャイアント・キリングのアニメの出来には戦々恐々です。いまのうちはBSアンテナが付いてないので見られないのが幸い。

   

オペラも、結構もともとの原作から改変されてますな。
   「××の原作では~のところ、オペラ版では以下のように改編されている」って記述があっちにもこっちにも。おいおいそんなに勝手に原作いじってイイのかいと声を掛けたくなります。昔の作曲家って、純粋に美しいメロディを作るだけじゃなくて、かなり総合的に作品を差配できたんですね。宗教曲なんて、歌詞は教会で使ってるものを万(キリスト教)国共通で使い回すことになっているのに、それをつぎはぎしてるやつがいて、大丈夫か、そんな裁量あるのかとか昔から思ってましたが、歌詞やシーンの解釈・取捨選択の自由が作曲者にあるという伝統だったんですねえ。なるほど。

   じゃあ、18、9世紀の文学ファンの間でも、もしかして、
   「ボーマルシェのアレ、パート2はモーツァルトが曲を付けるらしい」
   「大丈夫か? あれ結構やばいぞ」
   「政治的にやばい部分はカットでおちゃらけた感じでまとめるってよ」
   「楽しみ~」
   「いーやッ! 『フィガロ三部作』はあの階級間闘争っていう裏テーマがいーんだッ! 上演のために余計な改変をするぐらいならオペラ化なんぞせんでイイッ!」 
   ……なんて会話がなされてたかと思うとちょっと楽しいですね。

   そして今までのドラマ化・アニメ化された作品のように、原作とは違う形で皆さんの心に残るわけだ。ま、しょうがないか。まったく知られないで消えてゆくより、ほんのエッセンスだけでも作品が世の中に知って貰えて、伝えたいことが(ほぼ正しくという一定レヴェルは保っていてもらいたいものだけど)伝わったらいいと思いましょうか。かえって、もう1段階表現者のフィルターを通すと言うことで、作品の主題とかが洗練されて、その結果、時の試練に耐えて作品が現代まで残ったという考え方もできるわけですね。

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2010年4月11日 (日)

吉備真備は面白い名前

   「大仏開眼」は、先週はつまらなかったようで、一緒に見ると約束していた虎美が途中で挫折して去ってゆきました。今週は、いつも見てる番組のほうをずっと見ていて、
   「もう8時過ぎてるんですけど」といったらやっと見せてくれましたが、もうその頃には話の筋がすっかり見えなくなっていました。とりあえず、阿閉内親王と真備はプラトニックと。だって、あんなとっぽい顔してても真備先週の時点で40男だったし。といったら虎美は
   「ギャー! ないわ」って。
   「女性皇太子は可哀相だよね、結婚できないもん」と言うと、
   「なんで」って、まだまだ中学生は修行が足りん。
   「結婚できるようないい皇子がいたらそっちが皇太子じゃん。内親王は皇族以外と結婚できないんだよ」当時の話ですが。
   「そっかー」と深く考えて軽く流していたようです。
   とりあえず天平期の服飾・風俗は頑張っていたように見受けました。黄金の初期型大仏には虎美は思いっきり違和感を感じていたようです。これで少しずつ慣していって、奈良時代物がNHKドラマに多く取り上げられるといいな。台詞回しは、もうちょっと大和言葉多くして欲しかった感じですけど。皇太后であるところの藤原宮子を「おおみおや」と言っていたのはゆかしくて良かったです。

   「キビノマキビって名前面白い」と申すので、
   「韻を踏んでいる。ガリレオ・ガリレイに匹敵するな」と言ったら手を打って受けて。
   「イタリアにはアリなネーミングらしい。グッチョ・グッチとか」
   「ダレソレ」と言うので、
   「グッチ裕三のパパ」と言ったら信じた!
   「カバンのグッチの創業者! 信じられない!」といたぶると、言うにことかいて
   「あたしシャネルの方が好きだしー」って。

   おまえがシャネルを語るか! 

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