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2010年1月 7日 (木)

本年もよろしくお願いいたします

   えーとなんかハッキリ明けてしまった後で申し訳ありません。本年は出遅れました

   なんか、虎美が行ってしまってから気が抜けちゃって、なんか鼻風邪引いて具合が良くないな~ってやってたらお掃除が間に合わなくて、ハウル城のまま年を越しちゃって、もうわたしは人間として終わってるなと思ったらもうどうでも良くなって、そしたら旦那様が、もう死にかけていて、自分で選んで麗しいバーガンディーだと思ってたひみつの小説サイトの壁紙が、旦那様機から見たらなんとそれは鶯色だったというどうしようもないほどに壊れているディスプレイを(安物と謙遜されますが)新しくしてくれて、あまりの嬉しさに、あまりの画面の暗さに正しくアイテムを探せなくて最近楽しめなくなってきていたオンライン捜し物ゲームをまたダウンロードしてみたら、当然のことながら画面が美しくてはまって三が日はそれで遊び倒したとか、苦節10年、いろいろなところにオンデマンド出版してばらまいていた小説がとうとうお友達のところで「おもしろい、他にもみせて」と言ってくれる方にあたったというのに、こちらは息切れして小説を書かなくなっていてしまって、お見せできるものがないという事態に目の前が真っ暗になるほど打ちのめされたりとか。

   要するに 脱力 してました。

   今年は本業を頑張ろう。

   本業って主婦業だけど、とりあえずオリジナルで人様にお見せできるものも書こうと。

   直木賞を取りますと冗談で言ってた頃には、とりあえずおじいちゃんに見せても恥ずかしくないものをと心がけてたんだけども。

   高校、大学の頃は、氷室冴子のような中高生の心をきゅうっと言わせる作品を自分も書きたかったんですが、いろいろあって、周りはもっと高尚なもの書いてるじゃんと、なんか情けなくなって。

   とりあえず、原稿用紙を埋めることを再開したのは、サークルの文芸誌の編集長の当番に当たってた先輩が、寄稿者を募集してて「国文科でしょ! なんか書いて!」って言ってくれた時でした。
   先輩は溺死寸前で、どんな藁にも一声掛けてたんでしょうが、わたしはそれで虎になるのを免れました。ああ、ほら、中島さん(敦)が言ってたじゃないですか。なんか昔の中国のひとで、自分はいっぱしの詩人だって言ってたやや性格に難のあるひとが、おれは凄いんだ、おれは凄いんだって、言うばっかで全然ひとに披露しないで、実は批判されるのが怖かったニワトリちゃんだったって。彼は、ある日、肥大した自我のコントロールができなくなって虎になって出奔したとか。高校の教科書にありましたよね。
   わたくしは清水の舞台から飛び降りるつもりで1本寄稿しましたよ。虎になるのが怖かったので。
   大和物語の、2人の青年から求婚されて、どちらも選べず、身投げしてしまう乙女の話を、逆に見て、どちらの青年にも彼を想う乙女達がいて、選んでくれれば選ばれなかった方は自分を省みてくれたのに、と彼女らから恨みを受けて殺された、と見た話。
   暗い情念の話になってしまって、どきどきものだったのですが、さすが大塚女子大(仮名)、2年の先輩が元ネタに気づいて、面白い解釈だと褒めてくれて。
   おかげで、少し自信が付きましたね。

   コバルトに応募するのはムリとしても、細々とショートショートを書き続けていました。

   一気に燃上がったのは、子供も産まれて、家から出られないうさをパソコン通信ではらしていたときでしたね。
   2次小説というのは、高校生の頃、友達が書いていたり、そういうのを特集している雑誌があったので知ってはいたのですが、自分ではとても書けないと思ってたんです。
   でも、あんまりその作品のキャラクターに入れ込んでしまうと、自分の中で勝手に動き出すってこと、あるんですね。
   作品中ではあまり日常生活の描かれていない彼らが、クリスマスやお正月、夏休みなどの年中行事を一緒に過ごすときっとこうなるよ、なんて話をファン同士していると、むくむく妄想が盛り上がって……書けちゃった。
   また、そういうのを発表して読んで盛り上がる雰囲気や環境がうまく整っていたので、一気にお友達同士でメイル配信して読んでもらったり、感想を貰ったりしてイイキになって、ニフティサーブの中でそういう用途に公開されていた場所に発表したりして。

   それでも、これはファンのひとにしか通用しないものだという後ろめたさは持ち合わせていたので、作品の連載が終わってファンの熱が冷めてきて、「読者」もいなくなってくると、もっとお話を読んでもらいたい、この作品のこのキャラクターじゃないコを動かしてお話を書きたい、と思うようになって、またオリジナルに戻るわけです。

   前述の氷室冴子でさえも、自分の書いてるものが少女向けで、一般に評価されるものではないというようなコンプレックスを抱いていたというような噂もありますから。
   それが、コバルトの小説ならともかく、それ以前の、ある作品のファンにしか通用しない小説、ファンだって、良心的(頭の固い?)ファンならいかもの扱いして手を触れるのも汚らわしいと思うようなものを書いていていいのかという悩みはありました。同様の作品の中には、わたしも引いてしまうような濃い性愛描写が主目的みたいのがありましたから。そんなんじゃないんだ、じゃあどこが違うの? 自分の中で堂々巡りが始まって、また書けなくなりました。子供をほって置いてそんなものを書いて、子供に言えるの? ここで反論できなくなったのです。まあ、子供のおむつを素手で洗ってアカギレ作ってた当時のわたしとしては、心の中ぐらい自由にさせて! 美男美女の華麗な恋の世界を楽しんでもいいでしょ! って叫びたかったんでしょうね。

   河岸を変えました。
   とある漫画の作品世界で、その世界の約束を守りつつ登場人物の心を深く理解して、彼または彼女が採るであろう行動を自分が考え出してその世界で動かしてみるのが2次小説なら、歴史・時代小説も原理は同じ? と思って。自分で一からファンタジーの世界を作りあげて、その中で人物を動かすには、相当な準備が必要な気がして。それくらいなら、まがりなりにもちゃんとした法則の下で動いていて、調べれば衣食住全て史料のある江戸時代をその「世界」にしてしまえば簡単だと思って。
   結構まじめに時代小説を書いてたんですけど。
   当時、丁度時代物ショートショートのコンテストがニフティで始まっていたので。
   お邪魔させていただいて、結構ちゃんちゃんと投稿して、それなりに意味不明といわれて頭に血が上ったり、頑張って調べてるけど人間が書けてないとか言われて意気消沈したり。勉強になりました。入れ込みすぎて心臓をおかしくして、ちょっと引きました。

   あの頃は三十路に突入したてで、一本書くごとにこめかみの辺りが白くなっていってました。ほんと、おかあさん入れ込みすぎ。丁度中公から三田村鳶魚の全集が文庫で出た頃で、揃えようかと本気で思ってたくらい(必要なところ1,2冊に留めておきました)。ナイス理性。

   「公募ガイド」なんて雑誌を購読して、様々な地方の文学賞、じゃあ、やっぱり坊ちゃん文学賞ぐらいからいってみましょうかと投稿を始めて現在に至る、といったところですか。

   最近のジレンマは、

   

2次創作なら、その作品のファンならとりあえず眼を通してくれるかもだけど、赤の他人のオリジナルは誰も読みたくない。

   というところですね。

   やはり、小説を趣味で書いている方は全国にごまんといて、ネットでオリジナル小説のサイトを検索すると山のようにヒットします。女性が書いた、女性向けの恋愛小説のポータルサイトとかもあります。お色気系じゃなくても結構すてきなお話があって、いろいろ楽しみにさせて貰ってますが、これも、いろいろあたりはずれがあって。ややお色気だけど、ちゃんと調べてあって、各国の情勢とか、歴史的立場とかもしっかりしていて、ここは当たりだったナーとしみじみするところもあります。
   でもやっぱり、自分が積極的に見に行くのは、やっぱり「ご存じあの作品の彼らがこんな楽しいことをやってます」小説の方なわけで。

   読んでもらうためには、有名作品の2次のほうがお互い楽しい。
   けれど、逆にそれは、その作品を知らないひとにはとんでもないいかものなわけで。
   それこそ、親兄弟に読ませるなら、固いオリジナルのほうがいいと。

   そうでなくても、この前の同窓会文集のように、「まいちゃん小説書いてるんだって? どんなの?」って言われたときに出せるかっていうと、やっぱり2次はムリでしょ?

   なやましいです。

   開き直って、自分が楽しく書けて読めるものにすると、一度書いて落選した作品の後日談とか、登場人物の使い回しになってしまって。いよいよ人に見せられるものじゃなくなってしまう。

   悩んでるうちに、また書けなくなりました。

   そこへきて、去年の(正しくは一昨年)。一気に作品への愛が溢れだして持てあまして、ネットで似たような趣味の方を探し当てて、実はこれこれこういうものを書いてみたのだけれど見て貰えませんか、と相談して。これもかなり危険な話で、同じ作品を楽しんだからといってはまり具合も同じくらいとは言えないので、あまりしつこくすると負担になる、ある種ストーカーのように思われてしまう可能性もあるみたいで。いまになって冷や汗かいてます。
   奇跡のような偶然で、乗りのいい方に巡り会って、これはわたしだけが読むのはもったいないからみんなに読んでもらいましょうよということになって、4月1日、秘密の小説サイトの開設にこぎつけたんですね。

   それからは、れいによって開店休業、全然お客さん来ないよ、当然だよね、誰も感想書いてってくれない、面白くないのかな、キャラクターの解釈間違ってるのかななどと、胃がすり切れそうな想いもしましたが。

   継続は力なりと言うことで、12月31日になんとか更新が間に合って、最初の小話から始まったシリーズが50作になりました。

   意外だったのが、娘が興味を示してくれて、ハッキリ大人向けなものを最初に印しておくと、それはちゃんと避けて、あと、まあ、中学生以上なら大丈夫かという恋人同士が普通に「愛し合ってる」ようなものはあっさり読んで、「面白い」「よく解らない」「今回は外れ、これはない」云々と感想を言ってくれるようになったことでした。いろいろ思っていることを伝えてくれて、本人の気持ちを知ることに役立ったかなというところです。まあ、産婦人科のベッドの上でプロットをメモりながら授乳していたころから思えば感無量です。

   とりあえず、誰も読んでくれなくても書くのは楽しい。そして、わたしの書くものが面白いといってくださる方が現れたと言うからには、

   ちゃんとしたものを書かなくちゃ。

   やっとここにたちかえったということです。

   今年はちゃんとしよう。と、ここに宣言。

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