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2010年8月21日 (土)

あれが常識と思って育つと ― 我が心の兼六園 ―

   帰省中、お墓参りの帰りに8番ラーメンに入って(地元のラーメンチェーン店。たぶん石川県内を国道8号線が走っていることに拠る。なるとには赤くの数字が入っているのがトリヴィアとも言えぬトリヴィア)。虎美はこれからお友達へのお土産に、金沢らしいストラップなど小物が欲しいと言います。でも、中心、香林坊大和ではあんまり中学生向けのものはないというのが数年前必死で探した経験上解ってるので(結局百番街という駅ビル商店街に移動して心おきなく探した)、少し考えました。

   いやもう、金沢も市の中心部の「地盤沈下」は進行中で、毎年発表される基準地価、「その街で一番地価の高いところ」すなわち賑わっているところが、どうせ例年同じ「金沢片町いちのたに鞄店前」だと思っていたら、「金沢駅東口」だったので耳を疑いました。
   金沢は、鉄道が引かれるときにうっかり「そんな空気が悪くなる怪しげなものは市内に入らなくてよろしい」とやってしまってその後の発展に障りがあった地方都市組なんですよね。JR金沢駅は市の中心部から随分遠いです。だもんで、観光客用にいろいろ遊歩道を整備したり、小さな周遊バスをいろいろ巡らしたりをバブル頃からやってます。城下町のせいで道が狭いのに大変ね。おまけに仙台と違ってホントにお城の前に県庁市役所作っちゃったから中心部がもう大渋滞で。今は城内にあった金沢大学に続いて県庁が移転して随分スッキリしました。その脇の母校も移転して、ちょっとおしゃれな美術館ができたので、ほんと、いまふうの観光都市になっちゃって。

   「もうお盆だから兼六園は無料開放になった頃だろう。兼六園ならお土産はいっぱいあるんじゃないか?」と、蒸し暑い中雨が降ったりやんだりの大変な日に、のこのこと兼六園まで歩くことになりました(現在地、市内南西方面から犀川大橋渡ったすぐそばの8番ラーメン)。
   ちょっとハイになってたみたいです。旦那様も。
   「普通に歩ける距離ですよね」
   「うむ」
   歩きました。裏道を通って、若人がうろうろする辺りなんかもなつかしく歩いて。
   「この教会はこんなにきれいだったっけ?」
   「バブルの頃建て直したんですよ」
   「8番じゃなくここのラーメン屋にすればよかったかな?」
   「あ、すいませんわたしはここ入ったことないです」
   「いや、ずいぶんきれいになったよここ」と、金沢富岳中学校(仮名)生にはお庭だったあたりを通りながらなつかしく昔話を。
   「もっきりやはいかがでしょう?」
   「先輩がやってる店だったんだよね」
   「高校の時とかはみんなでここに来るのが楽しみで」
   「それは常識。ちょっとコーヒーでも飲んでいこうか」
   「今日は兼六園が目的ですから」
   もう、2人とも子供眼中にないですね。
   緩やかな坂を登ると、もう、そこにはなつかしい初等部の校舎はないのでした。
   「タイムカプセル埋めたのになあ、みんなで工事の前に掘ろうって集まったときには見つからなかった」
   「あれは全国どこでもみつかんなくなるものらしいですね。たぶん、あのころ万博でタイムカプセルを埋めたのをニュースでやってたから、あの頃の小学生はみんな埋めたんですよ、影響されて。万博以前にはそんな行事きいたことないです」
   「そうか」
   「きっと悪い子が、埋めた一週間後くらいにこっそり掘り返して遊んでなくしちゃったりしてるんでしょう。
   埋蔵金ですと、これこれ子孫のために埋め置くという文書と一緒にでて、子孫が生きてたりするとちゃんと子孫に所有権が移って相続したそうです。名古屋の方で出たやつにそういう前例があるとか」(出典・ウィキペディア)
   おかあさん、しゃべるしゃべる。いえ、それ以上に旦那様の口数も多いです。

   「……おとうさんご機嫌だなって言おうと思ったら、ほんとにご機嫌なんだった」
   振り返って、ちょっと引き気味で付いてきてる虎美に漏らします。
   「うん。ビール飲んだもん、さっき」と、虎ちゃんクール。
   旦那様はアルコールで口が滑らかになる種類の人でした。

   さて、新しいおしゃれ美術館の庭を突っ切って兼六園にとうちゃ~く……した頃にはおかあさんもう息が上がってました。
   「すいません運動不足で」
   「しっかりしてください!」
   ホントにすいません。でも、不快指数も高かったと思うよ。とうとう、日傘のハンドルを豹太に持ってもらって引っ張ってもらいました。兼六園は、「小立野台地の端に位置し、なだらかな起伏をもっておる」ので、歩くと結構きついです。全部備えるのが難しい造園の要素:「宏大・幽邃・人力・蒼古・水泉・眺望の六つを兼ね備える名園」ということで兼六園だそうなので。わたしら金沢人は和風の庭園というとこういうもんだと思って育ちます。山があって、池があってうっそおとしていてヴューポイントには高札があって謂われなんか講釈してあって。
   こういう至れり尽くせりな日本庭園が普通だと思っておると、他の観光地で有り難い名園に行ったときに困ります。
   「水前寺公園に行ったことあるんですが、あれって、東海道五十三次を模したとか言ってますけど、なんの説明もなしで、不案内な身では富士山はともかくどこが桑名で唐崎なんだからまるでわかんなくて。全然有り難みわかんなかったです」
   裏ニッポンに住んでましたんで、東海道の名所ってどこか知らなくて。どこですか?(要反省)
   「だよな。岡山後楽園もそんなカンジだった」
   「ですか。旦那様は水戸の偕楽園なんかは?」
   「行ったことない」
   「あそこはやっぱ梅だけなんですかねえ」
   水戸市民の方には失礼いたしました。で、本当のところはどうよ?

   と、のしのし坂を登っておりますと、やってきました霞が池。
   「これの傍に置いてあるのが名物ことじ灯籠……の筈なんですが」
   「たしか向こうだった。昔は入場無料だったから、写生といったらいつもここだった」
   「わたくしも。中二の時の版画の下絵もここで、美術の山瀬先生がもっと増やせというので秋だというのにバックの紅葉がもうもしゃもしゃと鈴なりな絵になって。でもおかげで階段の踊り場に掲示される栄誉を得たような」
   たまに貼り出される程度には描けていた模様。意外とそっちの才能あったのかも知れません。おしい!

   両親が思い出に浸っているというのに、虎美は後ろで、
   「ねーもー脚限界! どうしてこんななんもないところをありがたがってみんな見に来てるの!?」と神をも恐れぬ発言
   東京観光で皇居に連れて行ったときも不満げだったけど、そんな、金沢観光のメッカ、由緒正しい名所でそんなことをいうなんて、この子の審美眼ってどうなってるの!?
   「あれが唐崎の松。支柱がなくてはもう自前で立っていられないほどというのは生物としてどうかと思うが」と、はるばる池の向こうを指して示したというのに、虎美は、
   「お土産見てきまーす」って、すぐ土産物売り場に直行して、嗚呼。

   「あとはキヨマサが朝鮮出兵の時に向こうからかっぱらってきた石塔とか、サイフォンの原理で水を噴出させてるローテク噴水とか、亀の甲羅を連ねた形の雁行橋とか」
   ……もうそらで言えるヴューポイントよ。でも、道はわかんなくなってるんだけど。
   「夜にこっそりシャッフルしてるんだ。いつ来ても新鮮な気持ちで見られるように」と、ホラを吹いてごまかすと、
   「嘘、ウソー!」
   ホラです。

   「それでこれがことじ灯籠(なんか難しい漢字が当ててありますが、さがすのめんどいのでひらがなで)。手前のゆるやかなアーチ橋が琴の本体で、手前のせせらぎを琴糸に見立て、それを支える琴柱(ことじ)、ヴァイオリンで言うブリッジだな、あれに見立てているのだ。だから二本脚で。金沢人はこの灯籠ばかり見ているから灯籠というとみな二本脚なのが普通と思って育つ」……かどうか。少なくともわたしはそうでしたが。

   「とまあ、これはバスガイドのおねーさんの受け売り。ここでスケッチをしていて聞いて覚えた。これが、いいガイドだとこの辺までちゃんと語るが、適当なガイドだと、橋が琴、灯籠の脚が琴柱ぐらいしか言わないで通り過ぎる。ガイドの質か、時間の関係か」
   「それは、どういうツアーかにもよるんじゃない?」と、黙って母のうんちくに付き合っていた豹太。
   「おう、それもそうだ。食い気優先のツアーとかもあるしな」
   なかなか鋭いところもあります。

   「ここを曲がると大きな土産物屋があるはずだ」
   旦那様頼りになる~!
   お香の香りが漂うゆかしい土産物屋に立ち寄って、思う存分汗をぬぐい、持参のお茶をあおり、……売店のお姉さんに誘われてお土産菓子の試供品に手を伸ばします。いや、お菓子は松井サブレ一択なんですが。
   奥の方に、近頃売り出し中の地元のカリスマパテシェとやらの作った創作お土産菓子がでていました。「雪吊りをイメージしました」という、ミルフィーユを細長く、日持ちするように作った菓子だそうで。兼六園冬の名物、北陸の湿った重い雪で樹木が傷まないようにあらかじめ上に引っ張った状態で縄を掛けて冬を迎え、その幾何学的模様に雪の積もる様がまた幻想的という一粒で二度美味しい風景が「雪吊り」。「ゆきつり」と澄んで発音するもんだと思っていたのに、パッケージには「ゆきずり」と新かなで書いてあって、なんかそれって「アヴァンチュール」みたいでちょっとどうよ(まさか引っかけてあるとか?)と思いましたです。新作菓子というのに試供品もなく、前田家の家紋から金沢市の紋章でもある梅をもとに、梅の果肉も入っているとかで、ちょっと味を確かめてからお使いものにしたいのに、えい、気の利かない! 旦那様はどうかな? とさんざん迷った挙げ句、会社へのお土産にしておられました。評判は聞いてません。お値段的には「松井サブレ」とどっこいだったカンジ(小箱に六~七コ入っていて千円しなかった)。

   歴女めあてにあんまり金沢にゆかりのなさそうな戦国武将グッズも見られ(真田幸村と伊達政宗は1000歩譲っても関係ないぞ!)、ま、いろいろ企業努力はしている模様。きれいな友禅模様のついたクリアファイル(今はなんでも気の利いた模様のこれがお手頃な販売促進・お土産グッズ!)があったので買い求めようとしますと、
   「あ! おれも、お土産持ってかなきゃいけない先があった!」と豹太が突然。
   「……女の子なのか?」
   「……うん。隣の席の。なんか曲げちゃいけないプリント持ち帰るときに借りたから。キティのだったけど」
   「じゃあ、ご当地キティの方がいいんじゃないのか?」
   「いや、……これでいい」
   まあ、あまり突っ込むのは止そう。とりあえず、クラスにとけ込めたようでよかったね。
   「どっちかって言うとオタ友で」と、ボソボソ言い訳するのをとめて、母はご機嫌でした。

   お土産を手に入れて、もう観光する気の限りなくない虎美を抱えて、
   「もう帰ろうかと思います。兼六園下にタクシープールがあったと思うんで」と言うと、
   「そこにいる。おれは駅に切符を発券して貰いに行ってくる。じゃっ」と、旦那様は爽やかに手を振ってさらに歩き去ってしまわれました。
   気がつくと、兼六園の出口からお堀を渡ってすぐ正門、石川門という絶好のヴュースポットに出てきており、急に元気を取り戻した虎美がデジカメを構えておりました。

   お ま え と は も う 観 光 し な い !

   大きくなっていろんなところにいくようになって有り難みが解るんだぞう!(実体験)

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コメント

 新銘菓「ゆきずり」、やっぱりいきなり言われるとアヴァンチュール方面に連想が行ったようで、会社で不審がられたそうです。味はけっこういけたとのこと。兼六園へお越しの際はお試し下さい。

投稿: まいね | 2010年8月23日 (月) 09時22分

濁らず「ゆきつり」と思ってます.濁るとしても「ゆきづり」と書くのが新仮名づかいでも正しいんじゃない?行きずりの恋がしてみたい (嘘).
仕事で何度か訪れた金沢,町の中心と言えば香林坊とか片町とかで,駅の東口って裏口の感じと思ってました.変化してるんですねえ.
長野も裏口だった駅東口のほうがいま発展中,文化会館ができたりしてます.

投稿: 三ねんせい | 2010年8月23日 (月) 11時59分

 今は西口の方へ県庁が来たそうで、バブルの頃西口もキレイにしといてよかった、結構開けてきたそうです(と今ウィキペディアに聞いた)。
 県庁所在地も、個々の事情とか書いたかるい読み物などで情報収集すると、明治維新でもとのご城下に置いたか避けたか、鉄道路線を市内に入れたかどうかなどで発展にもいろいろ差が出たようで、調べると結構おもしろいものです。
 長野は今は東口が発展中ですか、覚えときます。

投稿: まいね | 2010年8月24日 (火) 23時18分

兼六園で思い出した.「めぞん一刻」のテレビ版で響子さんが兼六園のベンチにいると「お一人ですか?」と行きずりの人から声をかけられる,という場面がありませんでしたか?印刷物の漫画のほうには見つからないのだけれど.
私は学会のあと一人で兼六園に行ってベンチで…多分,響子さんと同じベンチ…休んでいたら「お一人ですか?」と行きずりの女性から声をかけられました.

投稿: 三ねんせい | 2010年8月25日 (水) 00時38分

 えーっそんなナンパ・スポットだったんですか!? 聞いたことない!(めぞん一刻が実写化されたことも知らなかった……)
 たしかに、兼六園は団体観光が多いので、一人でウロウロしてると目立つかも知れませんね……。

投稿: まいね | 2010年8月25日 (水) 12時16分

新銘菓「ゆきづり」、好評だったようで、お正月にも旦那様会社用にお求めになっておられました。女房子供置いて黙って雪の中兼六園まで出かけなくっても……。

投稿: まいね | 2011年1月12日 (水) 23時17分

ゆきづり、金沢百番街にあったよ。
忘れないようにかいとく。

投稿: 虎美 | 2011年8月16日 (火) 22時29分

 おや、じゃあ定着し始めたんですね。
 それにしても、食生活が洋風になってきて、ああいう古き良き日本情緒が売りの観光地でも、お土産は洋風のものが受けるようになっていくんだなあ。
 

投稿: まいね | 2011年8月17日 (水) 10時40分

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