« 「戦国BASARA」本筋にあらず | トップページ | 修学旅行のシーズン »

2010年7月 1日 (木)

回帰熱

   大学の恩師が退官されて、記念に同窓会報に寄稿した文やら、ちょっとした論文やらをまとめた本を出されたようで、とりあえず年賀状だけ欠かさなかったご縁で頂戴しちゃいました。イラストがきれいなので手元に置いて、ほんとに時々めくってます。

   面白かったのは、どうやら亡くなられた名誉教授の思い出を語った話。
   うちの大学の一般教養の目玉(だった)、共通のテーマに付き各分野の先生がなんとかこじつけて1コマ話してくださるという「総合コース」について。「父と子」だったら、たとえば国文なら俊成と定家、史学科ならやや拡大解釈してシーザーとオクタビアヌス、音楽科ならモーツァルトとその父、これが生物科だと野生動物に於けるオスの子育てとか、文系も理系も芸術系も家政学部もごたまぜにいろんな話が聞けるというお得コースでした。……でも、わたしが実際取ってみたらあんまり面白くなかったんだけれども。
   物理の某名誉教授はカリキュラム編成の会議でそのコースについて、「200年前」というテーマを提案され、「(当時の)200年前というのは丁度近代科学の基礎や、現代の私たちの市民生活の根底にある思想がはっきりとその姿をあらわした年である」と仰ったそうで。
   若かりし頃のわが恩師は、
   「私は1000年前のことをしている人間なので200年前の日本と言われてもピンとこない」と言っちゃったそうで……さすがわが恩師。よその学科の年上の教授に文句言うなよ……。すると、
   「それじゃあ、ショーシの頃かな」と仰ったそうで。
   以下引用。
   ― 「いえ、彰子ではなく定子です」と答えながら私は内心舌を巻いていた。だいたい「1000年前」といえば概数と考えるのが私だが、××先生はピンポイントで993年をおもいうかべるらしい。そして、一条天皇の後宮の2人のきさきのうち、道長のむすめ彰子を口になされた。物理学の方の口をついて「ショーシ」がとび出るとは思ってもみなかった。虚を突かれた。彰子の入内は少しあとなので、道隆のむすめ定子だと答えた私は「土俵際であやうく残った」といった感じだった。 ―
   引用終わり。
   理系と文系の違いをまざまざと思い知らされたりして。いやいや、××先生が碩学であられたのでありましょうか。とりあえず、追悼文としてはいいヨイショだな。センセイ、さすがです。

   とまあこんな感じで、時々感心したり、大部分は飛ばしたり。センセイすみません。

   昨日読んでたのは、古今集と後撰集はこんなに違うというネタ。これはこのセンセイのご専門。古今集は、
   「これからは和歌だって表芸だもんね! 三十一文字もこれだけ文学的に価値があるよ!」と大々的にぶち挙げた勅撰和歌集なので、歌単体で意味が取れるもの、価値のあるものに重きをなして選んで編んだ和歌集なんですね、それで、以降はだいたいこの形を踏襲して編まれてます、八代集。
   ところが、よくよく調べると、その直後の後撰集はどうもヘン、季節の歌で言うなら、初春からはじまって、年が明けた、氷が溶けた、梅が咲いた、桜を待つ、桜が咲き初める、盛り、散った、惜しむ、次は新緑……という美しい季節の流れ、四季の絵巻がどうも巧く繋がってない、順不同。
   ……これって失敗作じゃね? というのが国文学者さんたちのコンセンサスになりかけたところ、若き大塚ユキコセンセイ(仮名)が、
   「これは古今集とは違うコンセプトの和歌集なんです!」と説を立てたのでした。
   和歌単体で世界をつくっておる古今和歌に対し、当時の和歌を社交に利用する文化形態を再現し、その場、その流れにおいて乙な和歌を評価・記録する和歌集であったのではないかという学説でありました。
   目からウロコ賞!
   この話を聞いたときは、国文やってて良かったと思いましたね。
   確かに、伊勢物語、大和物語などの歌物語にその系譜は受け継がれますが、今昔とか、その他の説話集にも多少残ってたでしょうか、
   「これこれこういう貴人がおって、このようなシチュエーションでこういう和歌を詠んだ」
   「こういう和歌を詠みかけたところ、こう返してきた」
   という気の利いたやりとりの記録。いろっぽいショートショート、ちょっといい話。バブルの頃、「伊勢物語」を「ホワッツ・マイケル」(マイケルという虎猫が主人公の漫画。必ずしも同一猫物ではないマイケルを中心に小話が続く)に例えた研究者(の卵)がいましたが、あの頃のヒット作でいうと、「ハートカクテル」。長編の深い話ではないんですが、王朝の雰囲気を表わす掌編集といった感じ。なるほどなあと。

   あとは、六歌仙のころの詠みっぷりの特徴は、序詞にあると。

   ほととぎす鳴くや五月のあやめ草 あやめも知らぬ恋もするかな

   古今集の「恋」の部はこれから始まるそうで。この歌、上の句は内容に影響ありません。和歌の解釈の気持ち悪いパターン、「……の……ではないが」ってやつ。下の句のオチに繋がる雰囲気づくりパートです。
   「ああ、時鳥が鳴いているよ、もう5月だ。あやめの咲く季節。そのあやめではないが、ものごとのあやめも判らぬ盲目的な恋をしている自分であるよ」という意味ですね(あえてくどく解釈しました)。
   序詞は、修辞技巧としては万葉調の特徴とされています。まだ、ジョーチョーな頃ね。これが洗練されてくると、全然関係ない景物・言葉から恋や哀傷などのホントに訴えたい内容に持ってくる掛詞に変わってきて、より日本独自のコンパクトで重層的な表現技巧に変わります。

   音にのみきくの白露よるはおきて 昼はおもひにあえずけぬべし

   表は、菊に夜間、白露が置く、昼には日光を浴びて消える、という自然を描きつつ、裏では夜は(恋の悩みに)起きていて、昼は思いに耐えきれず、もう死にそう、と伝えているわけで、高度なテクニックです。こんなのが二番打者で出たらもうノックアウトですね。唸るしかない。素性法師だそうです。六歌仙パネエ。
   その後、古今集撰者の時代になると、また序詞チックが揺り戻すそうですが。その、「前半自然、後半心情」という構造にはなんか見覚えが。

   これだよ! 「ポリドーラ」!

   ブラームスの、リーベスリーダー・ヴァルツァー(「愛の歌」)の元ネタ。ほんの2行か4行の詩に曲を付けて18曲の連作歌曲集にした作品ですが、ほんと、こういう形式の歌詞ばっかりで意味不明で困りました。

   いちど「お月見」でご紹介したと思いますが、第14曲だとこんな感じ。

   見よ、波がなんと清らかなことか 水底に月が輝いている
   きみはぼくの愛そのものだ もう一度愛しておくれ

   ね? 前半と後半の内容に関係全くないじゃないですか。月が水底に映ってるとどうして恋人がもう一度愛してくれるの?
   とりあえず豪傑訳では、

   見よ、波も澄み渡り 水底に月
   我が心の君 戻れこの手に

   とやっちゃいました。諍いのあと、冷静になった反省の弁と見て。

   鏡なる 水の面に月見れば
   昔の人のしのばるるなり 

   てなもんよ。ストレートすぎてアレですが。もっとひねれ。
   直訳内容的には「いまひとたびのあふこともがな」なんですが、この句は有名だし、もうちょっとアレンジしないと使えないですね。
   水の底に月が映るってのは、映像的には判りますが、日本の表現の伝統にはないですね、「水面が鏡になる」というのが伝統じゃないかなあ?

   さらに「前半分は序詞」説を採ったらもっと判りやすくなるかなと。

   じゃあ、第10曲はどうよ? これは昔から解釈というか訳出が難しくて。

   おお、なんと柔らかく泉水の野を流れることか
   おお、かくも麗しきか 恋がその姿を現しし刻は

   と、かなり意訳してこのレヴェル。柔らかく流れるってどうよ? ホント意味不明。

   あしびきの山路に汲める石清水
   見ずともひとを恋ひそめにけり

   いやちょっとこれはニュアンス違うぞ。水から見ずへと強引に持ってきたけれども。前半はなんかお水、もしかして、「奇跡の人」の「WATER!」的オドロキがあるのかしら(時代違います)? 後半は、「このもやもやってもしかして恋なわけ? びっくり! でもスッキリ!」を表わしてるんだと思いますが。それって、和歌では黄金パターンの「ものや思ふと人の問ふまで」ですかね? いや、人にばれるんじゃなく、自分が自覚するんだから違うか、なんにせよ、違う媒体に変換するのは面白いけど難しいわ。

  てなことを、ここ数日楽しんでいます。またしっくりいくようになったらご披露します。

|

« 「戦国BASARA」本筋にあらず | トップページ | 修学旅行のシーズン »

コメント

苦手科目の国文学も,こういう話をしてくれると楽しめます.

投稿: 三ねんせい | 2010年7月 1日 (木) 10時05分

 苦手なんですか!? ご謙遜を。

投稿: まいね | 2010年7月 1日 (木) 11時05分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/138427/48764084

この記事へのトラックバック一覧です: 回帰熱:

« 「戦国BASARA」本筋にあらず | トップページ | 修学旅行のシーズン »