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2009年2月28日 (土)

それはそれ、これはこれ!?

   虎美がとうとう口を割りました。
   「おかあさんはあそこに坐っていることがどんなに苦かわかんないでしょう!?」来たーっ!
   「へえ、どんな?」と聞いてみますと、
   「クラスの男子達があまりにも軽く『殺してやる』とか『死ね』とか言いすぎるの!」
   へえ、そりゃいけませんな。

   っておまえ、
   「オレたちチームは『ブッ殺す』と心で思ったならッ! その時スデに行動は終わっているんだッ!」って台詞をお吐きになられる方(ギャングの、それも暗殺を生業にしておららる兄貴)を、
   「カッコイイーっ!」ときゃあきゃあ言ってる人間のいう台詞か(おかあさんも一緒になって騒ぐのやめましょう)。

   いやまあ、たしかに軽々しく死ぬだの殺すなど言うもんじゃないって言う要旨でありますな、この方の台詞も。スタンスは真逆だけど。

   おかあさんのつめた~い目に多少反省した虎ちゃん、今週はとりあえず休まず学校に行きました。めでたくない、めでたくない。

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2009年2月25日 (水)

もうちょっと調べて書きましょう

   またディープな趣味の話。

   ナポリを舞台とする話を書いておって、イメージとしてちょっと場所を二分する必要があって、ノリで「川向こう」と書いてしまって、いろいろ話を続けてしまっていました。
   手持ちの地図帳では(ワールドアトラス、まあ、2005年度ぐらい版)、なんだか市内に大きな川ってない雰囲気だけど、ナポリは首都じゃないので大きな縮尺の地図は載ってなくて確認できず、川のない街ってあるわけがないし、とそのまま。

   今日、暇だったので、グーグルマップでナポリを呼び出したら、本当にないじゃないですか! ちょっと! イタリア南部最大の都市で! 飲料水はどっから取ってるのよ!? 乾燥地帯って怖い!(おかあさんは日本史世界史選択で、地理は中学以来やってないです)

   だって、金沢は犀川浅野川の2本とその支流がいっぱい流れてたし、仙台だって広瀬川~♪ が流れてるし。京都には賀茂川、大阪には道頓堀、東京には神田川に荒川。日本の都市で、川と全く無縁な街がありましょうか! あったらゴメン!

   とかくこういうふうに、いちいちビックリと出会えるので未知の場所を舞台に物語を描くのも楽しいものです。
   しかし、どうしよう……。「ナントカ大通りの向こう」でごまかせるかな? 向こうのひとは、何となく雰囲気の違うあっちとこっちをどういう線引きで分けているのかな? 誰に見せるわけでもない物語世界の中だから気にしないで架空の川引いちゃおかな?

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2009年2月24日 (火)

メイ曲アルバム 「カルミナ・ブラーナ」 チャンスの神には前髪だけよ

   それでは満を持しての登場。
   「カルミナ・ブラーナ」作曲はカール・オルフ。れっきとした20世紀のひとです。

   高等遊民って、中世にもいたんだ。12世紀ぐらいになると、大学は出たけれど、なお兄さんがあっちにもこっちにも余って、あっちの修道院、こっちの大伽藍、放浪しながら有り余る教養と情熱(エンキョク表現)をもてあまして生きてたんだって。「王妃の離婚」マエストロ佐藤賢一の主人公の若い頃もそうかなあ? そういうひとって、けっこーいいエッセイとか書いたりしませんか、吉田兼好とかね。時代はちょっと違うかな? そういうわけで、人生についてとか、恋についてとか、いいカンジなアンソロジー(歌もついてたらしい)が、ボイレンの修道院にあったそうです。

   それに、中世っぽい和音の簡単な(でも、とってもよく計算してあるらしい)メロディをつけて荘厳にカンタータに仕立てたのがオルフと。20世紀らしいのは、昔からの音楽の約束事を解った上で、新しいことを取り入れてあったりとか(裏拍を効かせるというのは新大陸の文化で、バッハやモーツァルトではまだあり得ないらしい)、これでもかと人数(と楽器)を揃えてどかんと声を出してその効果を計算してあったりとかかな。

   だから、単純なのに、新しい、迫力がある。冒頭、「おお、運命の女神よ」の部分はいろんなところのBGM(っていうのかな、ファンファーレ的演出音楽)に使われているそうです(本人の心ならずもナチスにも使われたもんで、戦後はちょっと気の毒なしがらみができたらしいと語ったサイトもありました)。

   わたくしは、これは、いつも話題に挙げますNHKの合唱団が、就職した年の秋にこれをマンドリン伴奏でやったのを聞きました。いつもは参加してたんですが(卒論の年の秋にまで!)、さすがに就職したて、それも、業務についていけない落ちこぼれが、いつまでも合唱にかまけておってはいけないだろうとその年は参加しなかったんですよね……。
   ……と、会社のこれもクラッシック・ファンの子に言ったところが、「あれ、けっこういいよね」と録音テープをくれて。聞いてみたら……良いじゃないですか!
   ああ、呼べど叫べどもうはや登録は締め切り(後で聞くとそう厳密なものでもなかったようだが、やっぱ、ズルはいやじゃん。後から 追加で入っておいて、やっぱり練習足りなくてうまく歌えませんでしたじゃ申し訳ないし)。まさしく、チャンスの神は前髪だけよ、後はツルツル」なのでありました。通ったときが一期一会。のがしちゃダメなのです。
   れいの真由ちゃんから(?)チケットをもらって、ああ、自分が客席で聞くコンサートの曲に限ってこれが名曲。悔しい、悔しい、今度募集があったら千葉の果てだろうが埼玉の奥だろうが参加して歌うわ……と心に決めて20年。

   やっとめぐり来た機会です。二子橋だろうが両国橋だろうが渡ります。不登校の娘も受験生の息子も放り出して、いざスタジオ!(オイ!)

   ……というわけなのでした。だから、昔の仲間と敬愛する先生とでこの曲をできる幸せをただいま噛みしめておるのでございます。

   全25曲それぞれの聞き所などについてはまたいずれ。

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2009年2月22日 (日)

「カルミナ・ブラーナ」豪傑訳できました Fortune plango

   

亀のように春は訪れ、そして「カルミナ・ブラーナ」もものになってきております。

   本日は江戸川区は小松川市民館とやらで練習。はて、両国橋を越えたらそこはシモーサの国と思ったが、まだ千葉ではなかったのね(失敬!)。とりあえず、多摩丘陵より海に近い江戸川区は春が近いのか、もうはや沈丁花が匂っておりました。

   毎日ユーチューブと一緒に歌っているおかげか結構口が回るようになってきて、ご機嫌。本日は、プロローグの2曲目に豪傑訳をつけて楽しんでおりました。

   それではいってみよう!
   例によってこのまま(かなりかっつめたところもありますが)音符に乗っけて歌えます。

   Fortune plango vulnera
                        (運命の女神の傷を)

   1) さだめのきずーにおーれは泣く なーみだにくれて
      徒なる女神の心変わりに 身ーぐるみ剥がれ
      噂に聞くよ チャンスの神は 前髪だけで後はツルツル

   2) かつておれは 玉座にあった ほーこりに満ちて
      色鮮やかな花々を かーむりと頂き
      昔のおれは 輝いてたさ 今や破滅し転がり落ちーた

   3) 今やさだめの輪は回る おーれは落ちる番
      代わりに誰か登るよ むーねを弾ませて
      王者は常に用心すべし トロヤの王妃も今は敗者

   かなりな意訳も入ってますが。だいたい、トロイの王妃ヘクバ(曲中には人名まで出ている)なんて韻を踏む為にだけ出してきたような人名なんで、なじみのない日本人にはかの栄華を誇った~とかいう解説まで入れる必要もなかろうと。言葉遊びとしての意味あいだけ尊重して「覇者も今は敗者」ぐらい大胆にいっときたいところです。

   どうせ原語演奏したって、ネイティヴのひとだってこの辺とこの辺が韻を踏んでて堪らないとか、ここんところはなんとかの伝説を引いていて云々とかの深いところは(我々が文部省唱歌を今聞いて正しく理解しないのと同じくらいに?)必ずしも解ってないんだから、ここはまっすぐ歌って内容をだいたい理解できるというところを目指そうと。この豪傑訳を口ずさむことによって正しい歌詞も何となく意味を理解して、なんとか暗譜して歌えるようになることを期待してこういういたずらをやっておるのです。

     上二段をベースのパートソロが悲哀とともにメロディックに語り、下の一連をコーラスで弾むように語っております。この壮大な曲のプロローグの締めであり、テーマ:盛者必衰を壮大に歌い上げておる重要な曲でありました。

   おかげさんで3番の歌詞の「ヘクバの名前を車輪の下に読む(直訳)」の辺りはもう覚えちゃったなあ。
   「ナム スブ アクセ レギムース ヘクバム レギーナム♪」

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