« 2009年11月29日 - 2009年12月5日 | トップページ | 2009年12月13日 - 2009年12月19日 »

2009年12月12日 (土)

メイ曲アルバム 「幻想即興曲」ショパンは桜と相性がいい

   本日は「地域の皆さんや小中生の交流や安全を考える団体」、たぶん名称から言ってそういう目的の団体なんだと思うんですがよくわかんない、の主催のコンサートに行って来ました。学校の体育館で、そこそこの演奏家を呼んで取っつきやすいクラッシックの小曲をやってもらったり、そこそこ巧いと評判のゴルドベルク中の吹奏楽部に演奏してもらったりする行事だったりします。そういうのキライって言ってたじゃんって、キライだけど行くんだよ、うちの委員会主催じゃないけど、世の中にはしがらみちゅうもんがあるんだ。

   音楽の街かわさきですが、盛んなのはスクールバンドだけじゃなかったんですね、虎美と同じイーヴィヒベルク小からゴルドベルク中を出て超有名なあの音大に行って、いろんなコンクールで賞を取ったピアニストとかヴァイオリニストとかいて、ショパンのあのノクターンとか、サンゲツのCMで有名な「愛のあいさつ」とか、トロイメライとか、ヴァイオリンの方はハンガリーにご縁があるとかで「ハンガリー舞曲」の5番とか、「チャールダーシュ」とかやってくれました。やっぱ生で聴くといいですね(おかあさんはよく日和るひとです)。

   さて、例によって明け方までネットで遊んで睡眠不足だったおかあさんは、お昼過ぎのコンサートで体育館の椅子に陣取ってから実はうとうとしだして、司会者の口上の間も寝っぱなしだったのですが、さすがに1曲目のピアニストが入ってきてからは眼をこじ開けて……3曲目になって眼がくわッ! と開きました。

   ショパンの「幻想即興曲」!

   これ好きなんですよ。最初に買ったCDはこれが入ってるピアノのやつだったと思います。指絡まらないか? って言いたくなるほどもつれた固まりのままで上昇、ゆっくりと下降。

   ごおっと風が吹いて、飛んでゆくのは花びら。桜吹雪が見えませんか?

      風の指はショパン 桜に一つ吹きふたつ散らして涙誘はる
      吹雪なる桜の下は木偶(でく)ばかり こゝろを一にただ上を見て 
                                         舞音

   途中、ゆっくりになって解りやすく「右手がメロディ、左手が伴奏」になった辺り。歌詞を付けてみたりしました。最初メロディが絡んでて全曲通しては無理なのでここだけ。

      今のわたしにできることは おまえのことを忘れるだけさ
      わたしの瞳の中に残る おまえの影を消してくれ

   失ったものへの愛惜が滲む曲です。この「幻想」は前向きな幻想じゃないですね。

   絶対この曲を映像作品にするなら、青空の前に散る桜がいいです。千鳥ヶ淵なんかいいですね。平安初期の日本人の漢詩なんかだと、花が散って湖水に浮かび、色鮮やかな波が立つ(彩浪)なんて表現がありますが、「桃だもん!」て作中言い張ってるけど、日本じゃ桃はそんなに観賞用に植えたりしなかったので、そりゃァ桜だろ、中国に憧れても限界があるよ、てな方向で卒論書いたんですが、「フィクションだし」って華麗に黙殺(スルー)されました。まあいいけどね。
   最後、「いまのわたしにできることは」が左手、低音で再現されるところは、東山魁夷が満月の下のしだれ桜を描いた絵があったから、それを。

   それを、成田空港の出国ロビーに日本の誇る画像の美しい大画面TVで流してご覧なさい。外国人ホイホイができます。ティッシュも置いとくといいでしょう。やつらくににかえりたくなくて泣くから。絶対鼻セレブ。こういう毎日使うちょっとしたものの気が利いていて品質がいい日本のことを、絶対忘れないように。

   外国人ホイホイを作るなら、流すのは真逆な季節の方がいいです。春なら、逆に奥入瀬や日光、嵐山の紅葉を。夏なら雪の横手、白川郷。冬は逆に花火大会や浴衣美人を。今回の滞在で見られなかった美しい景色をもう一度見に来ようと思わせないと。ヴィズィット・ジャパン・アゲイン! キャンペーンです。

   地域のみなさまに楽しんでいただくコンサートを聴きに行ってなにを考えて帰ってきたんだか。おかあさんも歩けばアイディアに当たるという昼下がりでした。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年12月11日 (金)

「金剛番長」それはもうファンタジー

   「ああっ居合番長様ッ!!」
   このところおかあさんと虎美の胸を熱くしておるのは「金剛番長」鈴木央。
   とあるコミックの情報を列記しておるサイトで、毎週「金剛番長レヴュー」の項目があがっておるので、そんなによいものかと徒然なるままに一度開けてみたら、熱かったです。それで、マッチョとバンカラへの熱い志向を胸に秘めておるおかあさんがまずはまり、そこに公開されておる作品の絵(正当なる評論の題材として許される範囲の引用)と熱いレヴューをみんな開けて見て、それに飽きたらず買いに走っちゃった……! 旦那様ゴメンナサイ。既刊8巻のところ4巻まで買いました。

   現代の首都東京において、今時の女子高校生である陽菜子ちゃんが出会ってしまった巨漢の高校生が金剛晄くん。今時珍しい筋を通そうとし、それを可能にしてしまう身体能力を持った熱い漢でした(一応はハンサム)。陽菜子ちゃんの妹の月美ちゃん(幼稚園児)の描いたお絵かきを破り捨てたヤクザに謝らせるために組の事務所に押しかけ、並み居る構成員をぶっ飛ばして「犯人」に手をついて謝らせるという登場に、誰言うともなく古式ゆかしき「番長」という称号を奉られてしまったのですが。

   なんと作中のニッポン国においては秘密裏に「23区計画」というのが進行しており、東京23区のそれぞれを統括する異能の高校生「番長」が選定され、かれらのバトルロワイヤル(ってゆーか壺毒?)により選び出された最強の「番長」による専制政治でもってこの腐った日本を変えてゆこうというとんでもない事態が判明します。それを知る金剛「番長」は、他の区を支配する番長を捜し出し、計画への参加をやめるよう説得したり、計画の邪魔をする危険人物として降りかかる火の粉を払ったりと怒濤のバトル生活が始まるのでした。

   タイトルを見て今時「番長」ってありえない! と思っていたのですが、もうはや当然、「番長」はファンタジーの中の存在になっていました。学校という枠組みの中での(主に)暴力での支配者という意味づけだけの言葉で、一応記号として詰め襟学生服は着ているものの、煙草や酒やオートバイでの暴走、薬物乱用という昔の不良の行いは中心には描かれておりません。だいたいが、いろいろ個性的ではあるものの、「世直しの志を持つリーダー」として政府に一応選別されて、特殊な訓練などを受けたという設定の「番長」なので、そういう教育的にまずい、少年非行の賛美的な側面はないわけです。ただ、悪役として、目的はともかく(目的もひどかったりする)、手段は誤りまくりなわけですが。

   作者はあの少年ジャンプで連載を一時持っていた中堅漫画家さん。サンデーに移籍してからも、フィギュア・スケートをスポ根にしてある程度の傑作に仕上げた「ブリザード・アクセル」を描いてもいます。由緒正しい少年漫画の描き手。筋肉隆々、眉もりりしいヒーローが戦い、男の道を示すことによって一時は敵対していた相手も傘下にはいり、どんどん仲間が増えていって敵を倒すといった枠組みに、今風の高校生のノリ(この戦いが終わったらみんなで秋葉原のメイド喫茶行こう! といってホントに行ったり!)や、昔ながらの館に呼ばれて5対5で闘うぞ! とか、敵は袂を分かった実の兄! な古き良き物語、古風な剣士が純情すぎてもう揶揄の対象になっちゃってるおかしさなど織り交ぜてカオスな面白さなのでした。

   由緒正しきジャンプの伝統、「主人公に負けて心酔した敵はよき子分になる」法則の第一例が、居合番長。隣の区の番長で、今の堕落した世情を古き良き日本の美学を復活させることによって正し、日本を正しく蘇らせようというまあある意味正しい(しかしありがち)な指導者なのですが、いかんせんお坊ちゃん。金剛の「他力本願だ!」との一喝で開眼し、一発で心酔してしまうのでした。
   でも美形だし。
   この作者さんは絵がきれいです。
   女性に見まごう美形も巧いし、金剛のようなマッチョなハンサムもそれらしく、背景も緻密、年寄りも不良もぼんぼんも女子高生もみんなよくちゃんと描けてます。ここも好感度大。
   また由緒正しいジャンプの伝統、よく解らん大仰な武道を心得ていて、技の名前を叫びながらビシッと決める(または外されて勢いよくすっ飛ぶ)あたりがまた気持ちよいのであります。そういう外連がびたっと決まる辺り、正当なるジャンプ漫画の継承作と思いますね。

   さりながら、余りにも心の持ちようがオールドファッション過ぎて今時の女子高生の短いスカートにドキドキさせられたり、天真爛漫なお嬢様番長(しかしながら特殊体質により怪力無双)が、戦いでお洋服が破れて肌を露出したりすると狼狽えてしまったり(本人は知らぬが仏でまるきり平気)、敵の女性「番長」が目のやり場に困る大胆なコスチュームで、鼻血を吹いてしまって戦いにならなかったりという純情さ加減が「可愛いッ」のでした。居合の達人で武士道の具現者が愛玩とか萌えの対象なんだもんな。21世紀は怖いよ。

   もう1人の美形は卑怯番長。これは往年のタイガーマスクのスタンスですな。身寄りを亡くした少年少女の施設の出身で、悪い大人によって運営費が使い込まれ、解散の危機にある施設を救うために自ら悪に身を落とし、どんな卑怯な真似をしても弟妹たちは守る! という泣かせる役どころ。でも本人はその卑怯をからっと楽しんでおるようにも見えます。その悪の魅力と温かい人情とおまけに爽やかイケメンの素顔、そして頭脳派な戦い方(敵にあらかじめ下剤を盛っておく卑怯エクセレンス!) と「素手でも強いよ♪」という身体能力がもう絡み合ってどこから見てもカッコイイ!

   黄色い悲鳴を上げつつ楽しみにしております。

   それにしても、気合いで一瞬にして髪の毛を生やす念仏番長(仏道に帰依するため普段は剃髪)にはじまって、ホオジロザメの「番長」だの、超人的に強いと思ったら人類を超越した「金剛一族」だの、荒唐無稽さはどこまで行くんでしょうか。ファンタジーと思って楽しんでますけど!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年12月 6日 (日)

夢のない話(仮面の男チャイナ篇)

   ウィキペディアでリンクをたどって遊んでいたら、蘭陵王にいきついて。これは「彩雲国物語」の黄奇人のモデルなんじゃないかとこじつければ思える人。北斉の皇族(聖徳太子よりまだ古い!) であまりにも男性として美しい顔をしていたものだから、軍を率いても敵にも味方にも舐められる、ならばと恐ろしい仮面をつけて戦いに赴き、敵を屠った武人であるように認識しておりましたが。
   (物語の黄奇人はどちらかというファンタジーの住人。最上級の貴族の家柄で、文のひと、作中の科挙に相当する官吏登用試験で2番だったか3番だったかで合格した秀才のデキル官僚でありました。余りにも麗しいその姿に周囲の官僚どもが魂を抜かれてしまって仕事にならないので仮面を付けて執務しているという設定でした。もしかして、個人的に気功かなんかの使い手で戦闘力は高いかも知れませんが、軍を率いて手柄を立てるタイプではありません。共通点は中国っぽいところの仮面の貴人ってとこだけだな)

   女に見まごう美形、しかしながら心はもののふ、舐められてはならじと仮面に顔を隠して闘い、その素顔に兵共が熱狂する……とくれば先年の大河ドラマ「風林火山」のGacktの上杉謙信のようで、なんだかおかあさんの胸を熱くするものがありまして、ちょっとした小ネタで目にして以来密かな憧れを持っておったのですが(それで今日ちょっと調べてみた)。

   またもや現実はキビシイ
   実のところは、イケメンであったことは確からしいですが、単にその時代の武装の常として、鉄の面頬様の仮面を顔に当ててその上から兜を被っていたので顔が認識しづらい状態であったところを、敵に囲まれた自軍の城に帰還したときに、
   「敵か味方か判らん! 開門不可!」と返答あったところを兜(と面頬)を取って
   「我こそは蘭陵王 高長恭!」とやって、確かにあのイケメンは噂に名高い蘭陵王! と身元が知れて開門! となったというのが事実だそうで。

   なあんだ。
   噂の出所ってのはこんなもんだ。

   いやでもこれだけでもちょっとカッコイイはなしではあるかな?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年11月29日 - 2009年12月5日 | トップページ | 2009年12月13日 - 2009年12月19日 »