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2009年1月31日 (土)

致命的な欠陥

   それで、この前から「カルミナ・ブラーナ」を歌いに行って、気づいたわたしの欠点があるんですが。

   「紙に書いたものしか信頼しない、できない

   昔、旦那様に指摘されてたんですが。
   ええと、耳で曲を覚えられないらしいです。アニメの主題歌が、何回聞いても、覚えられない。
   「合唱団だったんじゃないの?」って呆れられました。だからって、楽譜さえあればなんでも歌える訳じゃないのに。いやそれより、昔は覚えたわけでしょう!? ヤマトもガンダムもエヴァンゲリオンも(いきなり最近のになる)!
   楽譜に書いて貰って、眼でその動きを確認しないと、メロディを正しく認識できなくなってるみたいです。
   うすうすそんな気はしてたんですが、その、「カルミナ・ブラーナ」を歌いに行って、実感しました。
   CDは、持っていて、好きな曲なので、すり切れるほど聞いて(CDはすり切れません!)、メロディはだいたい覚えてたんですが(おかげで、イントロのどこで入るかなどはカンペキ!)、自分で歌うと言うことはそれまで全然思いもよらなくって。歌詞カード付いてたのに。
   それが、練習室に入って、楽譜を渡されたら、そりゃこの曲ハーモニーが単純で、というかほとんどのところがユニゾンで、歌いやすいっちゃ歌いやすいんだけど、すぐさま他の人に合わせてガンガン歌ってしまえたって。どーよ?
   それも、あの五線譜から、ここに音符があるからこの音はFとか、そういうことを考え考えしてるわけじゃないようで。でもないと歌えないってことは、ある程度は脳のところにバイパスが出来ていて、こんな形のものを見たらこういう声を出すってことが反射で行えるようにはなっていると言うことなのか。
   我が身のことながら不思議。
   でも、形だけでも楽譜というものを与えられないと自分で歌おうと思えないってことは、

   自分が耳で覚えたメロディと歌詞を信じられてないってことじゃないですか。

   自分の感覚を信じられなくて、人様に目で追えるようにして貰わないと、事象を認識できないってことじゃないですか。

   それは、いっぱしの大人としてやばいんじゃないですかね。

   日常生活のいろいろについても、自分の五感で感じ取ったことから考えをめぐらせて真理にたどり着くことが出来ず、なにかひとを通して文章に起こして貰ったものを見て、それからやっと自分の思考がスタートするのだとしたら、そりゃあ随分後追いになっちゃいませんか。

   「ペーパーにまとめておいてくれ、後で目を通す」って言ってるようなリーダー、大事なときには決断が遅れますよねって話。困るな、こういうのが権力もってちゃ。
   さて、どうやったら治るのかなあ?

   

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2009年1月29日 (木)

「料理がへた」の水準はどこから?

   「ぶっ……」
   お皿を洗いながらいきなりツボに入って笑いが止まらなくなってしまったので、旦那様がご不審になられて。
   「うちの実家の台所の横がどぶになっていたのをご存じでしょうか?」と、昔話……と思ったらもう脳裏には空飛ぶケーキが浮かんで、ああ、笑いが止まらない。なんであんなことやっちゃったんだろ。
   「ああ、知ってる」
   「そちら側を通ったこともあるんでしたね。昔は相当汚かったので……」だからってやっていいことと悪いことがあるんですが、昔は見境がなかったということでどうかご容赦を。
   「昔、ケーキを焼いて、失敗したやつをそこに捨てたことがあるんですよね。なんか、ヤケになったというか、初めてケーキを焼いたときで、火加減がよく解らなくって、よくふくらまないのに外は焦げて中はナマで。それで、窓から思いっきり投げちゃって……弟はそれがトラウマらしくって、新しいメニューに挑戦する度に、『今日はどぶ行きにならないよね』って、しばらくそればっか言ってました」
   ふつうは、多少焦げてもそうじゃないところを未練たらしくかじったりするんですけど、何しろ最初だったから、しかも、よく調べないで、いつもクッキーは作ってたからそのノリで、ただ混ぜればいいんだろうとやっていったから、全然卵も泡立ってなかったですね(それ以来、とりあえず初回はレシピを熟読、従うようになった)。

   料理がへたかどうかという話題について考えていて、だって、料理なんか失敗のしようがないだろうと(漢の料理を作る人間だけに)、わたしはげんに失敗なんかしたことないぞ……と記憶をたどっていて、思い出しちゃったのでした。

   だいたい旦那様が出来た方なので「口の中に入れば同じ」と、多少ホワイトソースがダマでも、焼き魚が焦げちゃっても、ソテーが半生でも(それは自発的にチンしてくださる)やり直しとか、食べられないとか言われたことないですもんねえ。盛りつけの時に魚の頭が取れちゃっても、別に食べるとき外すんだし、と、ちょいちょいっと整えて終わりだし。

   要求水準が低いからなんでも「とりあえず食える料理」になってしまうのが「漢の料理」たるゆえんなんでしょうかねえ?

   漫画でよくある、下手な料理を食べてお腹が痛くなるってのがどうも理解できません。美味しくないってことは、お塩の加減がふつうのひとにいいように出来ないってこと? 塩加減がまずいとどうしてお腹が痛くなるの?(味付けが悪くて食えたもんじゃないってのなら解る) 
   それとも料理がへたイコール生? それで傷んでしまっていて(ものがお弁当とかの場合)、それを食べた結果お腹が痛くなるってこと? それとも、これはまずいぞというのをガマンして食べた結果神経性の胃炎や腸炎になるの?

   いいとしをして本気でそんなことを考えているわたしはやっぱり、下手な料理を知らないってことですかねえ?

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2009年1月27日 (火)

はてなと思ったらすぐ行動!

   やった! 勝った!
   勝ち負けじゃないですおかあさん。

   事の起こりは先週来た現物支給。
   「わたしがこの前いただいたのだけれど、こういう厚手の靴下はわたし履かなくて。まいこさんどう?」と、早乙女おかあさんから電話で打診。
   「欲しいでーす!」それはもしかして、お正月に穴の空いた靴下を履いてたわたしを見かねてのことだったりして(帰ってから発覚! ちゃんと繕いました!)。
   届いた宅急便の中身は、やわらか~いグレイにアーガイル模様の靴下(その他食料など)。

   「うわ~アンゴラだ!」
   お義母さんありがとうございます。ほんとに至らない嫁にいつもすいません。

   「虎美や、ほれ、うさぎさんの毛だぞ。でもあげな~い♪」
   「いい別に、あたし自分のがあるから。
   それに、おかあさん、アンゴラはヤギだよ」

   「ちげーよ、アンゴラはうさぎさんだよ」おかあさんは子供に対する言葉遣いをもっと気をつけましょう。
   「ヤギです。嘘教えないで」

   あ~あ。反抗期だよ。

   でも、気になったおかあさん、今検索しました。出ました。
   「アンゴラはアンゴラウサギの毛。アンゴラヤギもいるが、その毛はモヘヤと呼ぶ」って、ウィキペディアに。

   ほ~らね。伊達に40年も百科事典を枕に生きてきたんじゃないのよ。謎に思ったらすぐにパラパラしてそして読み込むことがだいじなのよっ!

   で、今日も履いております。あったか~い。アンゴラうさぎさんありがとう(それよりお姑さんにお礼の電話!)。

   「虎美、どらみちゃんや~い、ここをご覧♪」

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既に近づいてきているあの方

   夕べは寒かったですねえ。とうとう、爽健美茶の空きボトルにお湯を入れる貧乏湯たんぽを使いました。それが、爽健美茶容器からエコしてて、やや薄めで。清涼飲料水の入ってたボトルとは違って、熱湯にも耐えられるだけの強度はあるみたいけど(そのためにお茶系の空きボトルを使う。清涼飲料水のだと、悪くすると熱湯に耐えられず縮んでしまう)、夜中に穴が空いて水が漏れるんじゃないかととっても冷や冷やしました。大丈夫でした。さすがコカコーラ。
   それより、オンライン小説を拾い読みしてたらもう2時を随分過ぎていて、お母さんが見るべきなのは温度計じゃなくって時計だったんじゃないかと。
   ある程度のところで打ち切って寝ましたけど。虎美へのモーニングコールで起きました。高田さん(仮名)毎朝スイマセン、どうもありがとうございました。

   まあ、寒のうちだし。今寒くないと怖いし。

   でも、昨日はなんとうちの白梅の白雲太夫ちゃん(勝手に命名。ただ今満開)にメジロが来てたんですよ! メジロはお花の蜜を吸いますから、エサを出さなくてもお花が咲けば来る! やっぱり梅にはメジロが似合うこと。

   なんだか日も長くなってきたよ~~~~~~~~~~な気もするし。

   スーパーではとうに節分の豆が売られているし。

   そして、「医者に連れてって」と、ティッシュの箱を抱えて半泣きになっている豹太を内科に連れて行けば、
   「この子は花粉症のチェックはしたんだったっけ?」

   

花粉も既に飛び始めているそうです。

   佐保姫の はや発たれたる気配にて
         ひのきもあはれ 花かとぞ知る       舞音

   だめだ、こりゃ腰折れ。
   でも、花粉症がなかったら、スギやらヒノキも有性生殖して種作ってるって知らなかったですよね。ナンヤシラン適当に殖えてる気がしてました。挿し木でもしてると思っていたのであろうか。

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2009年1月26日 (月)

合唱指導者の魅力

   「活田さん、戴冠歌えましたよね? ちょっと、千葉の方でこの秋戴冠やるんですけど、歌いに行ってくれませんか? 来月オケ合わせなんですよ」
   銀行の合唱部の先生から、練習の後、声を掛けられました。それは平成4年の夏も終わりゴロだったでしょうかねえ。
   合唱団に入っていると、時々こういうことがあります。
   アマチュアの合唱団は、元がアマなので、基本、好きなものが集まってやります。と言うことは、やりたい曲に対して、熱意が物理的に不足するということはありえる話で。いくら日本のアマチュア合唱団がレヴェルが高いっていっても、アルト10人に対してソプラノ20人じゃ、やっぱまずいでしょ。支えきれません。
   「それで、テノールが絶対的に足りないんですけど、後輩とかで、心当たりがいたら是非……ノルマはないですから」
   嗚呼。
   男性は何かとお忙しいですから。合唱に興味のある男性は、とくにテノールのトップ!! 第九と、4大レクィエムぐらいの音をさらっておくと、引っ張りだこだと思います。12月はとくに……おうちでお夕食を食べる暇がないかもよ。さすがに謝礼まではもらえないと思うけど。

   ノルマというのは、チケットノルマです。会場を借りるのにまあ最低100万、指揮者やソリストやオーケストラに謝礼を払って、それをみんなで頭割りして負担して、一回大きな演奏会をやると、お金の負担はだいたい当時で一人2万ぐらいかな。人数が要るわけです。学生時代のわたしのアルバイト料はこれで消えました(NHKの合唱団がいいのはこのノルマがなかったこと)。で、直前の助っ人で行くと、そのノルマが免除になるわけ。ラッキー。
   ま、全然縁もゆかりもない合唱団、土地勘のないところの市民会館とか自分で探して行って、スタジオの隅っこで一人で声だしして、いつもやってる先生と真逆な指導なんかされたりしても、ストレス溜まらない方限定になりますが(我ながらふてぶてしい娘であったことよ)。

   そこの合唱指揮の先生が、よかったなあ。本番の指揮の偉い先生じゃなく、練習をまとめる下振りの先生が、です。

      百分の一でもいいのコンダクター 

          ステージの上の熱いまなざし             舞音

   でも、もう今となっては名前も顔も思い出せないんですけど、いい笑顔の、眼鏡の三十代ぐらいの先生で、とてもいい雰囲気で声を引き出してくれてました。
   「ああ。今先生があたしを見てる! あたしだけに笑ってる!」って、もう、恋をしてると言ってもいい状態で。こちらもうれしくなって、最高の笑顔で歌い上げられたんですが。

   基本、わたしはこういうのはそのひとの本職の分野でだけお付き合いしたい性格なので、別に1対1でお話しをしたこともなかったと思いますね。そのまま、一期一会でおさらば。楽しかったなあという記憶と、おお、今回は一首できて儲け、ぐらい。

   というわけで、今回お世話になる合唱団のシモヤナギ先生がいかに素晴らしいかと言うことを以下語っても、なんの疚しいこともございませんのよ?(前置き終わり、長げーよ)

   シモヤナギ先生は(ご迷惑がかからないよう仮名)、わたくしが現実において唯一お逢いしたところの、「にこにこ穏和そうに見えて、しゃべらしたら辛辣」なキャラです。漫画とかライトノヴェルなんかでは結構いますが、現実あんまりいないじゃないですか。ったら、いました、そこに。

   この前の練習で言いますと、古いドイツ語とラテン語がチャンポンになってる珍しいテキストを使っておる「カルミナ・ブラーナ」において、らららら~っと歌っておったアンサンブルをちょと止めて、先生は仰るんです。

   「ハンブルクにね、フィッシュ・マルクトというのがあります。ああ、皆さん座って」と、話が横にそれる合図。鼻に抜ける、やさしいテノールの美声です。
   「もと魚市場で、今はなんでも売ってますが、アメ横みたいなもんだな、トロ箱に、お魚をわっと積み上げて、オジサンが『ツェンオイロ』、『ツェンオイロ』、『ツェンオイロ』……」
   ドイツ語が解るひとから頬が緩みます(zehn euroね…… 10ユーロか。やっぱドイツ語だとオイロって読むのか)。
   「え? わかんない? 1000円、1000円、1000円って、言うでしょう? あそこは……でね、そのうしろに、大きな ale [アーレ] が下がってるんですよ。燻製にしてね。ああ、解りませんか? 英語で言うと eel です」
   ああ、ウナギね。で、それが? とにこにこ聞いていると

   「あなたたちのはそれですね。違うでしょ、ここは alle [アッレ] です」って、要するに発音が違ってるって話

   

なげーよ。

   「もう一度そこから。ウナギにしないように」と、アンサンブル再開。

   「これは記憶にタグを付けてるんですよ。タダ言ったって覚えやしませんから、あなたたちは」って。広がるトリヴィア、煌めくアイロニー。

   これがたまらんのです。

   歌詞の中の「felix (幸運)」という言葉から、フェリックス・ザ・キャットがなぜ黒猫かという話になったり、 女性が誘いを掛ける部分で、その昔、ローマの北近郊あたりにそういう場所があって、きれいなおねえさんが立っていて「3(tre)」と値段交渉をしてくるとか色っぽい話をしたりと、非常に、……純粋な合唱以外のところが楽しい指導をしてくださるんですね。

   いえ、「人間は動くものを追う習性がありますから、今伸ばしているときに死にそうな声になっててもそうそう聴衆は気づきません。下のオーケストラの音が動いていますから。オケが止まったときにキメればいいんです」というようなテクニック的なこともぶっちゃけて教えてくれますし。

   それでは尊敬する先生との練習を楽しみに、見放されないように準備して次も参りましょうか。

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2009年1月25日 (日)

「わたしを数のうちに入れてください」

   アクションものなんかで、物語が佳境に入り、いよいよ決戦と言うときに主人公側に頼れる助っ人が入ったと思いねえ。ちょっとブランクのある友人とかで。それを受けて主人公が、
   「有り難い。数のうちに数えさせて貰う」とかいう言い回しが、ありませんでした?

   足手まといの初心者では、「数のうちに入らない」、働ける人員として作戦立案・人員配置の対象にならないのです。ちゃんと一人前の仕事はしてくれると信頼できるひとが「数のうちに入る」ひと。大規模トラブルで、もう管理者になってる往年の名システムエンジニアの課長が、上着うっちゃって出張ってきて、くわえ煙草で、
   「おれにもなんか寄越せ。テストデータの精査ぐらいはやってやる」っての、思い出しました。昔取った杵柄。あ、なんか懐かしいな、いつのトラブルだったっけ(あ、いや、三○銀行はそんなにトラブルばっか起こしてた訳じゃありませんよ)。そっちの業務は守備範囲外だったまいちゃん@失恋直後はこれ幸いと休暇取って、信濃に東山魁夷見に行ってきてました。空気読めよな、まったく。いや、どうせ足手まといだし、いいかと思って。

   そういう、いくつになってもイザとなったらまだまだ現役でやれるひと、それこそ地力のある人のことだと思って、尊敬してました。自分もそうでありたいな、とも。

   で、このお正月にお友達から誘われて、10年ぶりぐらいに現役復帰(虎美が1才ぐらいの頃、やっぱり助っ人のお声がかかって、仙台の南隣の市の市民合唱団に歌いに行ったことがあります。シューベルトのミサ、れいのG durでした)。

   それが、全然ダメだったんですよ。

   先週はまだご挨拶程度だったんですが、1週間経って、楽譜に歌詞を調べて書き込み、曲を掛けながら楽譜を追っていって一緒に歌ったり、難しい歌詞のところを読みを練習したりしていったのですが。

   やはり昔のようにすぐさま上も下も擦れなく声が出るとか、10小節も20小節も息が続いて肺の中の空気を、下半身を随意筋として駆使して全部使い切るとか、ローマ字の歌詞を目で追ってすぐ正しい発音でメロディに乗せるとかができなくなってます。だいたい、1週間も、よくCDで聞いた一番有名なフレーズを繰り返し楽譜を見ながら歌っておるのに、まだ歌詞とメロディが覚えられないんです! アリエネエ!

   

衰えております。認めたくないけど。

   そんなに昔、音楽や語学の天才だったという覚えはないんですけど。
   ただよく歌い、よく書いただけで。
   それこそ、長嶋茂雄がひとの迷惑を省みず、いつでもバットを持って素振りをやっていたが如くに、ただただ目的のための努力を楽しんで積み重ねていただけでありました。自分が努力をしておるという自覚がないぐらいに楽しかったのかも知れません。

   そう思って自分の一週間を振り返ると、まだ努力が足りない、まだ足りない、まだやれる余地はあった、そればかりが思い出されて、悔しくて仕方ありませんでした。
   とても、頼りにしてもらう水準ではなくて

   これからまた次の練習まで、ベストを尽くし、アルトはまいこさんがいるから大丈夫、と往年のように頼りにしてもらえるように持っていきたいと思います。

   反省終わり!

   表題、

   「わたしを数のうちに入れてください」は、Te Deum の固有文に、
   「AEternam fac cum sanctis tuis in gloria numerari」ってのがあったなあと思って書いてみましたが、あれは、「聖人の数のうちに入れる」、すなわち「エライやつをリストアップするときに、『わたし』も仲間に入れる」という文脈だったですかね。

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