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2009年1月24日 (土)

ママの味は漢の料理

   今よく見に行っているサイトでお気に入りの漫画が、とある漫画の登場人物達の考察で、「彼らがお料理をしたら」というお話。彼の得意料理はきっとこれ、料理がうまいのは彼、ヘタなのはあの子……と、なかなか頷ける内容。

   「××の料理は漢の料理。とくに展望もなく作り始め、適当に味を付けてなんとかなってしまう」については、娘と二人で、
   「あるある~!」と同意して大盛り上がり。

   わたしもこういうお遊びよくやったなあ。元作品でキャラクターがうまく固まっていると、もう何を見ても「彼だったらこれはこうするだろう」「あの子はこういうときこう言いそうだ」とどんどん想像が広がっていくんですよね。

   さて、そう言うわたくしの料理も、漢の料理です。興の乗るに従って調味料は、適当に、日替わり。料理の本は(たまに)熟読し、一度目はその通り作りますが、次からはどんどんアレンジして……
   「人参がなければピーマンを入れればいいのよ~!」(ア・ラ・マリー・アントワネット
   「牛も四つ足、豚も四つ足」(義経風
   「ここで意表を突いてキノコを入れるとカロリーダウンの総量アップ!」

   ……と、どんどん恐ろしいことになっていきます。

   昨日も、虎美が社会科見学でお弁当が必要だといって、
   「いつものまきまきを入れてね」とねだるのであります。小学生のたまの弁当なんか、鶏の唐揚げなんかで満足すればよいものを、ぶちぶち、といいながら夜なべをして、インゲンと人参を下ゆでしたものを豚肉で巻いて焼いて特製ソースを絡めたもの(幼稚園以来の子供の遠足定番料理)を作って持たせました。
   このソースも、「その時のノリ」で作るので、だいたい中濃ソースにケチャップやらコンソメやら各種ハーブやらを混ぜて煮詰めていくのですが、ドミグラスソースやら焼き肉のタレの瓶に残った残り10CCをワインでゆすぎつつぶち込んだり、オイスターソースを以下同文だったり。今回は、煮込みハンバーグのソースが残ってたのでほぼそれを使いました。

   と、ある程度手間も暇もかかっておる母の手製の弁当を食べておいて虎美が申すには、
   「おばあちゃんの巻き巻きとおかあさんのまきまきは、お肉の柔らかさが違う!
   「当たり前だ! おばあちゃんのは国産高級牛使用(おせち料理なので)! おかあさんのはだ!」
   そう、これも、お姑さんのおせち料理を見て、だいたいこんなもんだろうと自分で工夫して創り上げたメニューだったのでした。それでも、特売だったからいつもよりちゃんとした形のロース肉を使えて、仕上がりがキレイだったのに! 親の心子知らず。

   だからここに書いて曝してやるんだ~というおかあさんはやっぱり「親」じゃないかなあ。

   しかし、「お袋の味が漢の料理」って……不憫だよなあ。

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2009年1月23日 (金)

「Q.E.D. 証明終了」ドラマ好調な滑り出し……?

   この正月から「Q.E.D. 証明終了」加藤元浩がNHK教育のドラマでやってます。木曜の夜8時、「バッテリー」とか、「キャット・ストリート」とかやってた枠です。ヤングアダルト向けの小説や漫画を原作として、若年層を対象としたドラマ枠みたい。まあ、ドラマ化するとしたら枠はこの辺でしょうね。……ただ、多分にミーハーな萌えを盛り込んでる感じもするところ(「バッテリー」の主役にジャニーズのタレントを持ってくるといったことをやる)なので多少その辺は心配しました。ヒロイン可奈ちゃん役にモーニング娘。の高橋さんらしいし(よう知らん)。

   第1話に「青の密室」を持ってくるところからして意味不明。事件解決のためにスカイダイビングをやっちゃうという大ネタだからかしら? いきなりトリック3つをぶち込んだ豪華な第1話の方がふさわしいと思うんだけど。トランプのダイイング・メッセージがあんまり一般的じゃないってことが引っかかったかな? 

   第2話は、「銀の瞳」人形を使った殺人装置トリック(放送済みとはいえトリックでもってエピソードを語るなこのマナー違反女)。実際に人形をあれだけ揃えるとまた迫力あります。これは実写の重み。

   昨日放映の第3話は、「学園祭狂騒曲」。ようやく売りの「殺人がないミステリ」事件がおきました。次回予告からうちの子たちは(全巻読破済み)、「あれはクィーンに違いない」と期待していた「探偵クラブ」達が出てきました(原作ではこの話時点では未登場)。停電で皆が持ち場を離れた隙にいざこざのあった各部活動の模擬店がそれぞれ荒らされ、犯人捜しをするがみなアリバイがあるというネタを、かわいらしいフィギュアを使って解決してました。

   ……高橋なんとかちゃんがいろんなお洋服を着るのを鑑賞するドラマなのかなあ???

   2話は結婚式に呼ばれて正装してたし、3話は売り上げのためにメイド喫茶してたし。

   次回は探偵役のMIT卒業生(その後日本の高校に編入)、燈馬くんがなぜMITでの進学を諦めてわざわざ高校に入り直したのかという根幹に関わる謎、「ブレイク・スルー」が来る予定。これは「Q.E.D. 証明終了」の燈馬の成長物語としての性格上よい話なので是非にやって欲しいですね。

   この枠ということで、中高生のこころに沁みるテーマを持つ回をピックアップしてくれるならいいですけど。今回も、「高校の学園祭なんて一生の宝物、楽しまなくては!」という内容の言葉が何度も繰り返されてました。 単純に、謎がキレイに解けて面白い、と言うだけでなく、青春時代を過ごしている人たちに考えて欲しいテーマをもった事件があると思うので、この作品が注目を浴びることは喜ばしいことです。

   で、うちでの評価はB判定なんだな。

   「可奈ちゃんより燈馬くんが背が高いのが許せない」と、娘。
   「なんじゃそりゃ……、まあ、燈馬の方がややちっちゃいのかな? 原作は」
   「水原警部がハンサムすぎ」石黒賢が可奈パパ役というのがもうこっちにはショックだけど。原作では鬼瓦系のたぶんノンキャリの捜査一課の刑事さんです。
   「そうだなあ、もうちょっと厳つくて不細工でいいよなあ。でも、そういう役者さん今あんまりいなくてなあ」すいません往年でいうと西田敏行系だけど、もう彼もおじいちゃんだし。照英では若すぎる。
   「クィーンは金髪でないと許せない」と豹太。まあ、お嬢様キャラであることはちゃんと踏襲してましたが、髪は黒くって。一応今時の流行りを反映して髪巻いてたしな。どうも、加藤先生はオッサンはうまいのに女性は熟女も美少女もヘタ。頑張ってください。

   原作のストックはあるんですから、そこそこ高評価を勝ち取って(不可能ネタもあるにせよ……春の特番ででもかちどき橋を上げてみろ!:「凍てつく鉄槌」の回)、シリーズ化されたらいいなと思ってます。

   とりあえずは、来週登場予定のロキことシド・グリーン氏(お気に入りキャラ)に期待。

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2009年1月22日 (木)

萌える小ネタ お作法篇

   どっかで引っかけた話。

   なにかのコネで向こうの上流階級に出入りすることになった日本人ビジネスマン。いろいろとジョーリューなお作法を教わって。

   日本人と言うことで、なにかとパーティーで突っかかってくる方もいるそうで。でも、笑って誤魔化してばかりでは、そのひとも(日本も)下に見られてしまう。やるときはやる男であることを見せねばならんそうです。

   その時は。

   胸に挿したチーフを、さりげなくその辺の見えるとこに落とす。正式(な決闘)には、手袋を、相手に叩きつける、この2条件が必要ですが、ホントにやっちゃったらシャレにならない、公式の場に顔出せなくなるそうですんで、あくまでも、類似の行為を、でも限りなくおれはヤってもいいんだけどね、という怒りをデモンストレイションするために行うと。
   で、実際やるのは弁論ですから。あなたはさっきこう言ったようだが、事実誤認がある、これこれこういうことで……と、言いたいことは正々堂々表明しないと、向こうでは受け入れられないそうです。

   で、あとは解ってるひとが事態を収拾してくれるんで、「冷たいものでも飲みなさい」とか、「ちょっと外の空気を吸おうか」とかいう指示に従う……らしゅうございますな。

   なんか、いいなあ。そういうお作法を心得てるのって。いざとなったらキメられるって。

   今時の日本で、そういう、正統ななにかの作法を弁えてるうちって、ありますか?

   やっぱり旧士族かなんかで、16になったら、男も女も自害の作法を教わるってカンジかなぁ。日本の伝統だと、決闘して自分の正当さをアピールというより、死んで潔白を証明する文化だと思うんで。

   ……いや、そんなの教わんなくてもいいですけど(死なんでいい、死なんでいい)。
   お気楽に、自由に流れがちな毎日なので、正統なものに、ちょっと憧れます。

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杞憂な話 - 通販のアレは危なくないのか? -

   JR東日本の新幹線に、指定席で乗りますと、座席前ポケットに、航空会社の向こうを張りまして、ちょっとした観光案内のリーフレットと、通販のリーフレットが入っておりますね。……ずっと慣れていたので、この冬東海道新幹線で帰省したら、入ってなくてちょっとガッカリ。小田原から乗ったせいでしょうか?

   こういう通販冊子、ラインナップはビジネスマン向けに格好良くて質もいいカバン、書斎用のデキル小物(オーヴァーナイターって紳士の手回り品を納める容れ物、こういう冊子ではじめて見ました)、身の回りを整えるアイディア商品、それから、東北だからでしょうか、季節だからでしょうか、除雪や防寒のためのアイディア商品(これを敷いておくと玄関先が滑らないマットとか)、あと、鉄道マニア向けに、各駅の発車オルゴールが鳴る目覚まし時計とか、JR東日本の新幹線の模型とか、あと、女性へのお土産用のアクセサリー類とか、スウィーツとか。

   さて、その身の回りを整える系のアイディアグッズで、昔一度みかけたのが、ホルスター形の携帯ケース。脇の下に吊るタイプです。そう、TVドラマの刑事が銃を携帯するように。
   ……やっぱり男性は銃に憧れるのかなあ?

   わたしの幼い頃はまだ「西部劇」というジャンルが生きていて、背中合わせに立って、立会人の合図の元に何歩か歩いて、くるっと振り向いて銃を抜いて撃ち合う……なんてのがごっこ遊びの中にありましたけど……もううちの子たちはしませんよねえ。TV番組でもそんなのないし。いやまてよ、ついこの前うちの子(上!)はBB弾の撃ち合いをして暴れすぎて眼鏡を落っことしたとかいってガンガン叱った筈だ! まだ銃撃戦ごっこは子供の世界には生きてる!
   男性に限らず、わたしも小さいころはやりましたよ。おもちゃのピストルをどこからか手に入れて、口でばぁん、ばぁん! って。割り箸ピストルも、作った、作った。
   ……で、「エロイカより愛をこめて」とかのスパイアクション(コメディ)にはまると。

   てなわけで、ショルダーホルスターに銃を入れた男性の姿には憧れたりもするのですが。

   

携帯電話をそこに入れるのはどうよ?

   要人の側の黒服を着たゴツイ系のおにいさんが、ジャケットの前を開けて歩いていたら、彼は銃を持っています。新選組が、羽織紐を結ばないで、首に掛けるだけで歩いていたのと同様。脇に吊った銃を出しやすいように、ボタンを掛けていないんですね。新選組は、チャンバラの時には肩から羽織を滑り落として、身軽になって剣を振るうのです。お着物は脱ぎやすくってよろしいですね。

   だからさ、日本国内だけならかっこつけでいいけど、一般人も銃を持っててあたりまえの国とかで、カッコつけてホルスターに携帯入れて、空気読まずに脇に手を突っ込んだりして、
   「はーい今から銃出しまーす!」ってポーズと思われたらやばくない? って杞憂の話。
   日本のサラリーマンが向こうで誰何されて、パニくって名刺出そうとして内ポケット探っただけで銃に手を掛けられるって描写、どっかで見たことありますよ。

   書く前に一応調べたら、オーストラリアのメーカーが、iPod用にショルダーホルスター出してて、それが一番最初に引っかかったってことは、よく売れてるってことで、じゃあみんなそういうことは考えないで、脇に吊ったら楽じゃん、と支持してるってことだから、いいのかしら、やっぱり。

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2009年1月19日 (月)

示準化石なわたし

   ええと、じまんに聞こえるかもですが。

   とある集団の中では、わたくしの名前は、示準化石になっておるそうです。

   示準化石てぇのは、三葉虫のように、その時代のどこにでもふつうにおって、化石化しておる生物で、それでいてその時代を外すと同じものはないという、これの化石が出たらまずそこはなに時代、と一対一対応で時代を決定しちゃって構わないようなかたい化石のことだそうです。

   大学の合唱団には、NHKの後援で有志の親睦団体がありまして、シーズン中、毎週日曜にはNHKに集まってヴォイス・トレーニングをつけてもらったり、オーケストラ伴奏の付く大曲をみんなでやったりしておったのですが、そこにもわたくしは顔を出しておりましたので。そこで知り合いました、よその女子大のお嬢さん(仮に真由ちゃんとする)が、彼女は合唱を愛しておって、就職も結婚も首都圏でしたので、ずっと合唱を続けておりましたそうで。彼女が語るには、
   「いろんな団体に歌いに行って、昭和60年度入学っていうと解らなくても、『合唱団花束(仮名)のまいこさんと同学年』というと解って貰えるの」
   オイオイ。

   そんなに有名人ですか?

   わたしはそんなに合唱団の渡り鳥はしてませんよ。大学を卒業してからは、そのNHKの方と、会社と銀行の合唱部ぐらいで。

   まあたしかにやんちゃな性格で、その名だたるメンバーの揃ったNHKのアンサンブル中に、
   「どぉ~してそこはアルトとテノール揃わないのかなァ」という指揮者の嘆息に、往年の江本孟紀のように
   「こっちはその気なんだけど、テノールがバカ(でこちらの音を聞かない)だからハーモニーにならねェ」と啖呵を切ったりとかしてましたからねぇ。

   まあ、それも田舎へ引っ込んだ人間へのうれしがらせだと思ってたんですが。

   その真由ちゃんからの年賀状に「今年はカルミナ・ブラーナをやります。参加しませんか? 新年最初の練習は1月19日、池尻大橋にて」と書いてあったのを見たのがうちに帰りついた1月5日。この曲との因縁はまた「メイ曲アルバム」の項にでも。

   「聞き捨てならん! わたしも混ぜろ!」と、ご挨拶状用の絵はがき(拝啓、春の訪れの待たれる今日この頃……とかくだくだしく書かなくていいよう季節の花の絵が大きめに入っている)に書き殴って、こちらの住所氏名からケイタイの電話番号、パソコンの電子メイルアドレスまでしっかり書いてその足で出しに行きました。

   「まいこさん、変わってないのね」と嬉しげなメイルがその後届き、そう言うわけで昨日、某合唱団の練習に参加してきました。

   「まいこさんが参加してくれるってうちにマネジャーに言ったら、それは喜んでくれて。知ってる? ××さん……NHKの方で総務をやってらした」え~と、すいません記憶が飛んでます。
   「もりちゃん(仮名)からはもう歓迎のメイルがきてたわ。彼女、うちのアルトの総務なの」ああ、一学年下の。おとなしい、ユニークな子でしたね。

   そして、練習会場の受付で、詳しいコンサートやスタッフの情報を見れば、
   「なんと、本番はコバケン指揮!? すげえ! それで練習はシモヤナギ先生だとぉ~?」
   曲目と、真由ちゃんが入っているという情報だけで信頼してしまって、どういう団体かも全然聞かずにほいほい出てきちゃったんですよね。いくらなんでも、学生時代でもしない腰の軽さ。よっぽど合唱に飢えてたんでしょうか。
   シモヤナギ先生というのは、仮名。そのNHKの団体の時に指導をしてくださってたかたです(てことはそのしょうもない啖呵も聞いてるわけだな)。ややハンサムで蘊蓄とアイロニーに溢れた指導が堪らなかった憧れの指揮者なんですが……。
   「そこにもういらっしゃるわよ」
   「やあ、懐かしい方が。いくぶんふくよかになったようですね」って、先生まで覚えてるなんて!!
   そりゃあ、おたふくが4年間、毎週、指揮台の真ん前に席取って、後輩とどつき漫才しながら満面の笑みを浮かべて歌ってりゃいやでも覚えるだろう。
   イヤ先生、でも15年経ってますから!

   それからも、大塚大心理学科の誇る才媛、恵先輩(仮名)が
   「なんだか見た顔があると思ったわ」なんて変わらずエレガントに近づいてきてくださるは、
   「まいこさんじゃないですかー!」と、はるばる西荻から本郷に練習に来ていた華子ちゃんが昔と同じナイスバディを揺らして寄ってくるは。

   ほんとに、あの時代にNHKに集まってたみんながそこにいたのでした。

   アンサンブルが始まってみれば、それは中世っぽいシンプルなハーモニーが売りの曲なので、音は取りやすく、勝手知ったる仲間、先生が1を言えば10……まあ、8,9ぐらいは解ってるんじゃないかな、すぐさま音の世界が広がって、久々にハーモニーに身体を溶かしきる境地になったのでした。

   きもちよかった。

   耳を閉じ 肌を圧する歌声に

      我が声乗せて 今 ergo sum            舞音

   cogito (我 思う) は 毎日いいだけやってるんですけど。どうもそれだけじゃ足りないみたい。 canto(我 歌う) 故に 我在り じゃないと。

   というわけで、今年はしばらく頑張ってみます。

   4時間練習するのは昔からの習慣で何ともなかったんだけど、行き帰りに乗り換え2回でそれぞれ1時間かかるのがつらいな、この年になると。

   体力付けましょう。

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2009年1月18日 (日)

切れる脳  - 漫画の中で描かれる天才 -

   ジョジョ5部の名場面と言えば、序盤、ブチャラティチームの皆にジョルノが紹介されるシーンで、殊勝に小学校の算数をやっている二人のシーンでしょう。
   小学生にして育児放棄に遭った少年ギャングのナランチャ(17才)は、学がないのを苦にしていて、丁度自分を拾ってくれた先輩(だが年は16で下)、フーゴが天才児でチームの参謀役であるのを利用して、勉強を教わっています。フーゴも、丁寧な言葉遣いで、その向学心を褒め、勇気づけながら初歩から算数を教えようとしています……。問題は、16×55。
   「いいですか、6かける5はいくつです」
   「6かける5はろくご…」ここでページをめくって、最初のコマで、自信なさそうに、
   「30?」教えるフーゴは身を乗り出して、
   「そうッ!  やっぱりできるじゃあないですか! もう半分できたも同然ですよ!」
   「そーかッ! ろくご30ねッ! よしっ!」ナランチャも顔が輝きます。

   ここで、別の登場人物に描写が移って、しばらくナランチャは外れます(計算中)。運ばれてきたデザートが4つで縁起が悪いと言って、ミスタが暴れ出したのです。これでなんだかあんまりみんな知性的じゃないなという雰囲気が醸成され……ただけじゃない伏線もあったのです。
   そして、
   「できたの……どれどれ?」でまたページが変わり、次のページの右上には、

   「   16
    × 55
       28 
 」

   という伝説に残る迷解答が提出されていたのでした。 

   「何これ……?」と、冷静なフーゴの端正な横顔が描かれます。
   「へへへ(ハァト) 当たってる?」と得意そうなナランチャ。

   その下のページの3/4を使った大コマでは、なんとフーゴが左手でその辺にあったデザートフォークを握り、ザグゥッとナランチャの頬を刺していたのです!! 当のフーゴはもう涼しい顔で、ね。
   フォークがあって不自然でない状況のための「ケーキが4つ」だったんですね。すごい。

   それで、さっきまで穏やかだったフーゴがいきなり切れるのです。

   「このチンピラがオレをナメてんのかッ! 何回教えりゃ理解できんだコラァ!
   ろくご30ってやっておきながらなんで30より減るんだこの……」

   「クサレ脳ミソがァーッ

   フォーク2本を重ねて頬に突き刺し、かなり深く入ってしまってます。頭を掴んでメキメキ言わせて、ドグシャァと叩きつけてもいますから、流血の大惨事。

   彼らは彫りの深い若いイケメンなのにです。読者は思いっきりビックリさせられます。   
   (うわーこのひとたち本当にギャングだ!!)

   この「クサレ脳ミソ」という単語は、週刊誌に発表されたときにはこういう言葉ではありませんでした。

   「ド低脳」と言っていたらしいです。これが、どうも良くない言葉なんじゃないかというふうにもの言いが付いて、でも、そういう悪い言葉を使う悪いコちゃんを描くシーンだからと、作者も悩んだ結果、語呂が悪いとか、より悪意が籠もっているとかいろいろ言われますこの表現に落ち着いたらしゅうございます。

   ま、短く言い捨てた方がとりあえずギャングらしいわな(←とりあえずこれがうちの公式見解)。

   細かいニュアンスの違いはどっちの意見も聞きすぎてよくわかんなくなっちゃった。保留。

   作品として見るべきところは、それを、さっきのケーキ4コで暴れた少年や、そのあとジョルノにとんでもないイタズラを仕掛ける青年が、「あーあ、切れた切れた また切れた」と平然と見守ってたり、やられっぱなしではなく、ナランチャがナイフを取り出して突きつけ、
   「ひとを見下す言い方は良くない」(これも「クサレ脳ミソ」に対する台詞として教育的に変更が入ったらしい)と言ったり、殺伐とした雰囲気が良く出ておった点なのでした。

   で、天才というものの描き方として見るなら、

   「16×55 は二桁掛ける二桁……というレヴェルでの概算ではなく、一度ろくご30の計算をして30という積を計上している限り、全体の答えが30を切ることはないという概算の立て方をしていること」

   「よく言われる、『天才は計算の解らないひとの解らない理由が分からない』を解りやすく描いていること」

   この2点において優れているシーンだと思うんですよ。

   いや、わたし天才じゃないですけど、この計算で、繰り上がりの3が消えるとかならまだしも、なんで1の位に8が来るかとか、どこから2が出てきたのか、ミステリアスな誤答だと思いますよこれは。

   30って言っといてなんで30より小さくなるんだという切れ方は、最初理不尽だと思いましたが、よくよく考えると合理的であります。数字に強いひとってこういう考え方するんだ……。

   そーいえば、大学の頃、会計をやってたのは数学科の子で、一枚7円のコピー屋でコピーを取ったとおおざっぱに、
   「108枚で75……5円くらいだったかな~」と言ったらば、
   「一枚7円でどうして端数がそうなるの?」と細かく突っ込まれたことがありました。
   こっちは五円玉を支払った視覚の記憶でしゃべってるのに、向こうはちゃんと計算をしておるのでした(それはまいちゃん@大学生が緩すぎ?)。

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ジョジョ5部読了感想など - 永い余生 - (ネタバレアリ)

   いろいろ忙しくて遅れていて。

   三宅乱丈のデビュー作「ぶっせん」ではいろいろムチャクチャな名言がありましたが、
   「3大座ったひと」ってのはだれとだれと引退前の山口百恵でしたかねえ?
   ググっても出てこないです。よっぽど凄い探し方しないとネットで言及した人いないってことになりますかね? ……わたくし今から旦那様の部屋を荒らして調べてこようかしら?

   とりあえず、当時19才だった山口百恵は目が据わっていたなと(おかあさんそれ「座ったひと」ちゃう。でも、たしか沖縄の米軍だったかヴェトナムの米軍だったかというヤバイネタも「居座った」として入ってたから、十分該当する……デビュー作でこれぐらい毒を吐いてたんだから三宅乱丈はやっぱり凄い)。

   で、この第五部の主人公、吸血鬼DIOが身体を乗っ取ったところのジョナサン・ジョースターが食料(ひえ~)であった女性に産ませた男児、ジョルノ・ジョバァーナが、

   ……15にして目が据わってしまっておる

                                         のですよ。

   精神は悪の帝王である男が産ませた少年ですが、その肉体は正義の血筋、ジョースター家のもので、証の星形のあざもちゃんとある、となると、

   正義なの? 悪の権化なの? どっちになるのよ???

   というわけなのです。

   可哀相な被虐待児であるところの彼は、ほんの気まぐれでかばったギャングが恩義を感じてくれて、うまれて初めて彼に人間らしい配慮を示してくれたことから、ギャングに対する憧れを抱いてしまったのです! 

   いきなり前章第4部の語り部康一くんの荷物を白タクをやりつつ盗むという悪そのものの登場をした彼は、その地を仕切るマフィアと事を構えてしまって、ピンチに陥りますが、そこで彼に対応するために送り込まれたのが「やさしいマフィア」ブチャラティ。
   「戦いの最中ちょっと利用した少年の手に麻薬の注射跡があったことに衝撃を受け、敵にとどめを刺すのが一瞬遅れる」ようないい人です。
   また、そのとどめを刺されるのが遅れた一瞬の隙にそこまで推理して、
   「あなたはいいひとだ」と断言するジョルノもホント肝の据わったひとです。
   据わった目でうまくやさしいブチャラティを言いくるめて、「そんな腐った組織はぼくが乗っ取ってやるから手をかして」と仲間になってしまうのです。
   登場時尋問者、事態が進んで敵になった相手を、話でたらしこんで味方、心の同盟者にしてしまっています。たぶん、気持ちの上では彼が煽動者で、上にいますよきっと。そんで、これは出会ったその日のうちの話です。
   何度も申しますが、この時点で15才です。

   覚悟が人間を進化させるのか。

   このあと、文庫で10冊分の死闘を繰り広げ、やさしいブチャラティを踏み台に彼はとうとうボスの座にたどり着き、幹部から忠誠の接吻を受けるシーンで5部は終わってます。
   詳しいひとが考証したら、この間9日余りだったとか。

   なんて濃い9日

   15にしてイタリア全土に支配力を持つマフィアのボスになって、いったいどうしようというのか。子供に麻薬を売るようなことはさせない、というのはブチャラティの夢であって、必ずしもジョルノの目指すギャング道ではないかもしれないのですが、いったいそういう「やさしいマフィア」を実現できるものか。ファンタジーな中世世界で奴隷解放を実現してしまった解放王アルスラーンのように、内部からも外部からも袋だたきの目に遭うんじゃないかと思うんですけど。アルスラーンには頼れる17人(?)の仲間がいましたけど、濃い旅のおかげでジョルノにはもう拳銃使いのミスタしか仲間は残ってないんです(造反時に離脱した切れる上にキレるフーゴはおかげで生き残りましたけど、ファンが期待するほど彼の参謀として働いてくれるかどうか)。

   前途多難だよ。

   3部でも、齢(よわい)18で世界を救っちゃった承太郎、それを言ったら2部のジョセフも、究極生物との死闘から帰還したのは19の時だったなァ。

   少年向けの作品と言うこともありますが、ヒーローが10代って怖いなあ。

   10代で世界を救ってしまったら、そのあとはなにをしたらいいの?

   ジョセフは、生涯の伴侶も見つけ、母も名乗り出てくれたみたいでハッピーな結末と見えましたが。彼は底抜けに明るい性格だったし。

   承太郎なんて、4部で再登場したときにはあんまりおとなしくなっちゃってて、深読みして哀しくなりましたね。生涯の友になれるだろう(なってほしい)男を失ってしまってますし、彼の心はもう死んでしまっているんじゃないかと。ちゃんと妻子がいるって聞いても、疑わしい(いやそれ予断に基づいた妄想)。
   齢18で世界を救って、残りは余生か。

   ガンダム、一番最初のやつはファーストっていうんですよね、あれの、主人公アムロ。16でした。戦争終結に結びつく戦功を挙げて。そのため、パート2、「Ζガンダム」のときには、危険人物ってことで既に監視付き、ただごろごろするだけの人生になっていたそうです。

   ヒーローになるってことは辛いことですね。なるまでの過程じゃなく、その後も。オリンピックの金メダリストとか、喩えにしちゃいけないかな?

   夢を叶えてギャングのスターになったジョルノ君、「生き残ったものは受け継いでいかねばならない」との言葉を受けて、過酷な人生をさらに歩まねばならないようです。

   だからといって、彼が目覚めて行動を起こさなかったら、彼の地は全く変わらない混沌のままだったわけで。そりゃあ、動かないよりは動いた方が何倍もまし。たとえ、読者の思い入れ濃いキャラクターが何人命を落としたとしても。

   運命の歯車を回しちゃったひとは、そのしんどい人生を最後まで貫いてもらいましょうか。せめて、何もできない凡人からは心の底からの賛美の言葉を惜しまないことにして。

   19で世界を救ったジョセフは、68才でまた孫達を率いて世界を救う冒険をして(第3部)、さらには79才で隠し子の存在が判明して来日、杜王町を守る戦いにオブザーヴァー参加(第4部)してますね。6部時点でも生存だそうで、彼はジョースター家としては例外だそうですが、ヒーローにはこういう人生がいいんじゃないかなあ。英雄的な一瞬一瞬の間に、普通に不動産王になったり、女子大生と不倫の恋をしたり、奥さんに尻に敷かれたり。

   ちなみに、18で世界を救っちゃったひとの先例には、たぶん「ドラゴンボール」の心優しき2代目、悟飯ちゃんがいたと思います。身近な人の死や、スパルタ過ぎる訓練を乗り越えて彼は全世界を救い、そんでもってちゃんと日常生活に戻っていって、「がくしゃさんになりたい」という夢を叶えて普通の家庭を築いてました。作品世界があれはある意味牧歌的ってこともありますが……鳥山明は偉大ですね。

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