« 2009年6月28日 - 2009年7月4日 | トップページ | 2009年7月12日 - 2009年7月18日 »

2009年7月11日 (土)

本日の一発ネタ。ジョジョラー篇

   虎美の苦手なものはネズミ。クラスの友達に言うと、
   「ドラえもんか!?」と失笑されるそうですが、ジョジョ4部を読んだことを知ってる(アツく感想を語り合ったらしい)隣のクラスの担任の先生だけはご理解いただけるらしいです。
   (ジョジョ4部には超能力を身に付けたネズミが登場、自分以外のネズミを邪魔者として煮こごり状にしちゃうのです。そして人間も……ま、たしかにあれはインパクトのある画だった……)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月10日 (金)

弔ってあげてください

   「それは、モーニング・ワークが必要かも知れません」
   虎美の件でスクールカウンセラーの先生に呼び出されてちょっとお話ししてきました。
   より「にゃいーう゛」であろう兄との比較、単身赴任の旦那様との二重生活の早期解消など考えて、小学校の途中で転校させてしまった話をしたところでした。
   どんな「朝の作業」かと思えば、
   「あの角を曲がったところにこんなおうちがあったね、あそこのお店ではこんなことをしたね、と思い出をどんどん話し合ってあげてください」って mournig の方ね、悼むとかそっちの。
   「あ、朝じゃないほうですね」と確認しても、その方はスルーで、やるべき事をとうとうと語られてしまいました、いや、それが正しいのかも知れないけど。
   調べると、やっぱりそれなりの心理学用語で、ショックなことを心の中で片付けるためには受容のためにいろんな手だてを取ることが必要だとか。お葬式も、あれは残されたもののためにやるのだという論法。

   転校って、周りは転勤族多かったですから、自分は経験ないにしても、わりと簡単になじめるものだと思ってたんですが。虎美はたくましい方だし。てゆーか、そんなに外の世界に関わりを持ってると思わなかったです、ずっと家の中にばかりいて。うちでの話題も友達の名前も出たことすらなく。
   相当なストレスを感じて然るべき出来事で、それを心の中で解決するためには、どんどん口に出して、「思い出」として昇華していくべきだというお話しでした。
   ちょっと、目からウロコ。
   できるだけ、触れないように、触れないようにしてきました。もう過ぎたこと、関係のない土地として、里心が付かないように、付かないように。
   ちょっとした買い物でも、
   「あ~仙台なら一番町に出れば一発みんな揃うのに、なんでこんなとこまで来なきゃならないんだろう」とか実は結構思ってましたが、言っちゃうと終わりかなと思っていて。
   実はわたしも密かに引っ越し鬱入ってましたから(いや、まだ引きずってると思う)。
   かえって、昔話として出してしまった方が良かったそうです。なぁんだ。

   って、すぐ実行するかというとまたいろいろあってやってないですが。

   それにしても、心理学用語って、やっぱり向こうの方が進んでるから元は英語なんだなというのがモロ解りですよね。これは解りやすくカタカナだったし。
   発達心理学の偉い先生の講演原稿とかも見たりしますが、ああいう教育とか発達心理の文脈でよく出てくるあの気持ちわるい「気づき」って言葉も、きっと直訳の学術語なんでしょうね(試行錯誤の結果ならごめんなさいよ)。具体的に思い出せないけど、en~ment  とかいう英単語をそのまんま日本語に持ってきたんでしょうというぎこちない単語がゾロゾロ出てきます。そのまま英単語やカタカナで言わないだけ頑張ってるんでしょうけどね。元が名詞だからそのまんま名詞にしましたというところが惜しい。「英名日動」と高校の英語の先生は言ってました。一つの概念を、英語では名詞として表わしちゃうところが、日本語のこなれた文では動詞になっちゃうんだな(とっさにはいい例が出て来ない……)。八百万の神が全てのものに宿るという考え方と関係あるかどうかはわかんないけど。
   ああ! アレだ! 「少年よ、大志を抱け」!  元の文は、Boys,be ambitios! で、直訳なら「少年よ、野心的であれ」とすべきところ。いやこれ英語は形容詞だけどね。動詞に意訳したところが日本語として名句になった実例でしょうこれ。こういう感じ。

   「児童の~に対する気づきが見られます」とか、もう書いてる方は慣れちゃって気持ち悪くないんでしょうね。
   「児童が~ということに気づいたことがわかります」と書いてはなぜいけないのか。「こと」が被るからか(そこはおかあさんが工夫しましょう。例示がヘタだな)。
   頑張ってはいるんだろうけど、そこら辺の言葉のぎこちなさが、どうも心理学方面は胡散臭さと結びついてる気がするんだなあ。

   あと、今回では、自分にとっては慣れているテクニカル・タームであろうが、一般的には知られていない単語で、しかも、より一般的な同音異義語があるのになんの説明もなくその言葉を使っちゃってるところがね。
   なんの説明もなく「モーニング」と言ったらふつう朝だろう!
   素敵な先生で、いいお話しだっただけに残念でした。いや、問題はそういうテクニカル・タームの意味じゃなくて、子供に対して親が実践すべきことの内容で、それについては丁寧な指導があったんだけれど。こっちは知らない言葉を出されるとそっちにこだわる訳よ。って、おかあさんその根性が問題です。

   と、理屈をこねてないで行動しよう。

   虎美や、済まなかったね。さあ、おかあさんと会話しよう(胡散クサ~)。

| | コメント (3) | トラックバック (1)

2009年7月 9日 (木)

メイ曲アルバム 「蜃気楼」 外連味なし!

   「蜃気楼」ハートの形の黒こげを
        たしかにわたしの胸に残して              舞音

   この「蜃気楼」は、魚津沖に出るあの不思議なアレじゃなく、「クリスタルキング」のヒット曲です。だからカギ括弧付で、カテゴリは音楽なワケ。

   デビュー曲の「大都会」はもちろん、続く「パッション・レディー」や「蜃気楼」もいい曲でした。後年のヒット「北斗の拳」のオープニング・テーマ「愛を取り戻せ」も良かったですね。向かって左の低音担当のムッシュさんと右の高音部、アフロの田中さんのツイン・ヴォーカルは当時画期的でしたが、十分今聴いてもしびれますね。

   「蜃気楼」はサビの部分、
   「あふれ出す情熱を おまえだけに注ごう
   輝く風の中で 笑顔が素敵な真夏の女に 変わるだろう」という田中さんパートがカッコよかったです。ゆっくりと歌い上げる、もしかして最後は三連符ですか(イヤ、4つ入ってる)というつまったリズムが難しいフレーズなのに、朗々と歌い上げてて。もう、目のまで聴いてたら目がハートになること間違いなし。
   歌詞もキレイです。
   「歌謡曲」はある意味歌詞のパターンが決まっていて、1番があって、サビのあと間奏を挟んで2番があって、という作りが固定化してますから、その中でいかに構成の美を出すかというところが作詞のレトリックの評価のしどころなのですが(わたしの知る限り、内容的にも言葉面でも大きな対句、小さな対句を見事に配置して一番美しくまとめたのは「微笑みの爆弾」作詞リーシャウロン。「幽遊白書」のオープニングテーマですがアニメソングを侮るなかれ!)、ここは、逆に一字千金のたぐい、あまりにかっこよすぎてこれに釣り合うフレーズが見つからなかったのでしょうか、1番も2番も同じフレーズを歌ってます。

   「輝く風の中で 笑顔が素敵な真夏の女に 変わるだろう」

   なんと豊かで美しい夏の情景でしょう。

   化粧品のCMソングだったかも知れませんね。十分でしょう。70年代後半だけに、小麦色に焼けた水着のおねえさんが目に浮かびます。海は沖縄とかグァムとかかな。まだ東南アジア方面は身近でなくて。

   で、彼らも「大都会」のあまりのヒットぶりに、できすぎなんじゃないか、このあと続かないんじゃないだろうかと不安になった旨、ユーチューブに投稿されていた映像の中の司会者の語りに入ってましたが。

   まあ、ホントに1曲で終わったんじゃないんだし。
   ユーチューブのコメントでも、実力派であった、田中さんが声を失ったのは痛いなどなどと今も好意的な意見が多く見られました。
   今は消えてしまっているかも知れないけれど、そのとき、わたしたちは本当に尊敬を以て見上げました。熱狂しました。そのことはわたしたちの胸に確かに残っているのだと、伝えたくて。……偉大なるポップス・シンガーを失ったとこだしね。

   で、強烈な印象はまだ残っているというのをうまく言えなくて、お散歩から虚しく帰って唸っていると、その「パッション・レディー」のサビの歌詞にこんなのが。

   「ハートの形の黒こげが おれの胸についてる」

   これだ!

   必要にして十分。それだけの熱量を受けたのです。バッチリよ。

   そのあとも、
   「理屈抜きで Fire」 
              だって。

   神ですねこの作詞をしたひとは。

   本歌を知ってればああ、クリスタルキングの歌で揃えたなと解っていただけるかもだけど、今となっては無理だろうな。オマージュのつもりでやってもパクリにされちゃう実例ですねきっと。

   でもほんと、ヘンに身振りを入れたり、変わった格好をしたりしないで、ただまっすぐ立って、ただ自分の歌いっぷりだけで勝負して。
   潔い人たちでした
   それが、ただ売れなくなった、ただ仲間割れしちゃったというのではない結末が哀しくて(詳しくは目の前のお箱ででどうぞ)。やはり儚い美しさを感じずにはおれないのでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

未明のなまはげ

   「おべんとうばこをださないこはいねがっ!?

   今、豹太の部屋へ行ってお弁当箱を回収してきたところです。

   あーあー。もう寝ようと思ってたのに。明日の朝のモチヴェーション下がるわぁ。
   とりあえず流しにつけといて寝て、30分早起きで対応、かな。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2009年7月 8日 (水)

ポンパドールを超えろ

   絶対王政期フランスの文化と言えば、「百科全書、ディドロとダランベール、そんでもってポンパドール夫人」とセットで丸暗記
   「そんなものが役に立つのか」と、旦那様は懐疑的(あんまり暗記物はお得意ではなかったらしい)。
   いえいえ。なんでも役に立つものです。

   文化欄熟していろんなことが明らかになってきますと、まとめて一覧に供したい。てなわけで、百科全書というものを編集しようという気運が高まって、それの推進者が前述のディドロとダランベールと聞きました。後援が、美貌だけじゃなかったルイ15世の寵姫ポンパドール夫人と。ルイの方はそんなに興味もなくって、ポンパドールちゃんが
   「陛下百科全書っていいのよ」
   「陛下ちょっとこれごらんになって」といくら水を向けても無視、ガン無視。

   ところがある日、たしか活版印刷かなんかについて珍しく興味を持って、ポンパドールちゃんの前で
   「それはいかようなものだ」云々と漏らしたところで、機を得たとばかりに、
   「陛下! それは百科全書に書いてございます!」
    取り寄せてみたところが、たしかに使い物になる詳細な記述だったとかで。

   「陛下、百科全書にはこの世の全てが書いてございます!

   と高らかに勝利宣言。とうとうポンパドールちゃんとディドロとダランベールは大いに面目を施し、百科全書は一躍全仏に名をとどろかした……って小話、なんかで読んだよ。

   丁度小さいころは百科事典のブームで、うちにもジャポニカがありました。わりとそういうの出してきて読むのが好きで、暇があれば適当な巻を頭から読んでました、小学校の頃から。将棋もチェスも、ルールは百科事典で覚えたんじゃないかな? ビリヤードは、載ってたのが四つ玉のルールだったのでなんか違うぞと思ってモヤモヤしてました。

   今はそんな、大きな本引っ張り出してこなくても、
   「ググれカス
   「パソコン使っていいぞ」
   「待て、今母が見てやろう」

   いや、それはそれでいいけどさ。物事はアカデミックな方面にとどまらず。

   「おかーさん、ジゴロってなーに?」
   「『マダム・ジョーカー』の利根川笙太! お金持ちの女性とデートしてお金を貰う系のにーちゃんだ」
   「なるほど!」

   「おかーさん、マイケルジャクソンの悪い噂って?」
   「小さい男の子を性的虐待していたのだ」
   「わかった! 『カルバニア物語』のライアン・ニックスだね!」

   ……いちいち漫画の登場人物で理解するか。またそれが的を射ているのだ……。
   おかあさんもあんまり青少年に詳しく教えたくない概念をこちらの主観をまじえずスッキリ認識させられるから助かってるんだけど……こないだのアレもそうですが。

   「おかーさんフリーメーソンってなに?」
   「『モーツァルトは子守歌を歌わない』を読め」

   「(おかあさんの持ってる)漫画の中には全てがある!」って……いいんだかどうなんだか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

みどりのおやゆび キュウリビズ篇

   本日ご出勤された旦那様よりメイル入電。またしても朝体調不良で欠席確定した虎美への苦言かと思いきや、
   「今年もキュウリビズキャンペーンのポスターが貼ってあるよ」って。

   そういえば、去年だったか、夏は軽装で冷房効果を上げようというクールビズに引っかけて、キュウリを食べてからだを冷やし、ヴィタミンとカリウムを採って夏ばて防止だというキャンペーンのポスターが車中に貼ってあったと旦那様が笑いながら教えてくださったのでした。

   胡瓜を食べてキュウリビズ。こういうの、嫌いじゃないんだなあ。

   さっそくググったら、福島をはじめとする東北六県の全農のキャンペーンでした。そんな遠くから持ってこなくても、うちのお庭は今年もキュウリ・カーテンやってますよ。
   先月半ばには既に1本目が収穫、今週2本目を採って、今日、3本目も切り取ったところ。まだまだ枝にはイボイボのついたみずみずしいキュウリの赤ちゃんが控えてます。キュウリは実家でもよく育ててたから、あのニキビの芯のような透明なイボがついたキュウリじゃないと偽物だと思ってしまうんだなあ。握るとホントに痛いぐらいじゃないと。枝に付いてる5㎝ぐらいの段階だと、色と言い大きさと言いアブラムシがびっしり付いてるようでちょっと好意的には見られないんですけど(嫌いな方ゴメンなさい)。そこで殺虫剤を我慢して見守っていると、実が育ってきて、それはイボなのだということが解ってくるのでした。うん、我慢、我慢。

   実は、金曜日、うちの家を管理している不動産屋さんが来て、
   「バス通り側のフェンスにポスターを貼らせてやってください」とお断り。
   「いいですけど、あはは、雑草が生え放題で。今度刈りますから勘弁してください」
   「ああ、手が回らないようでしたらうちから業者を入れましょう、いつがいいです?」
   「えーっそんな、いいんですかぁ? だいたいうちにいますからいつでもいいですけど」って、そのあとお昼寝をしてたら、
   「不動産屋さんからご紹介で来ました! お庭をきれいにさせてください」って、その日のうちに!
   「奥さん、刈られたら困る草だけ教えて」っていわれても、繁茂したどくだみと笹に負けちゃって、とむ影さんから貰ったミントもローズマリーも行方不明……スイマセン。
   「……えーとね…………」
   「とりあえずこの椿だけは残して!」
   去年戴いて、
   「自分で掘ったから根っこが傷付いてるかも」と言われてた椿、超低空飛行ながら一夏生き延びて、冬も越し、なんとか新芽も出て、大丈夫かなと思ってたらドクダミの影になっちゃったやつです。これだけはとよくよくお願いして。

   「じゃ、おねがいしまーす」とおうちに引っ込んで。

   「奥さーん、この辺で」と、もういい加減日の暮れた頃に呼び出されてみれば。

   

別世界でした。

   南側は朝顔のプランターと胡瓜とゴーヤだけを残して更地に(ローズマリーちゃんごめんなさい)。
   バス通り側は、やや笹が虎刈り状に残ったものの(ここがメインだろうが!)、ちゅうりっぷやフリージアの空き(まだ球根入っているけど業者さん的にはもう空きなんだろう)プランターは隅に取り片付けられ、白鳳が四股を踏めそうな空間ができてました!
   椿は当然残され(周囲のヒメジョオンやらドクダミがなくなると凛々しい!)、
   「あ、柿の木もに適当に切りましたから」
   おっちゃん、それ柿ちゃう、梅や。

   うちの豚娘のように必要以上に伸び伸び育ってた紅天女ちゃんと薄雲太夫ちゃん(紅梅と白梅に適当に名前を付けた)は、いいカンジに剪定して貰っちゃってました。うん、やっぱ、梅は切らないとね、そうよね、春先に一応切ったんだけどね。
   ツイスト♪ しないと通れないぐらいにはびこってたユキヤナギも刈り込んでいただいちゃって。

   まあ、とってもきれい。

   お茶の一杯も出さなかったので、とりあえず、田舎から送ってきてた金沢名物7月1日限定の氷室饅頭(冬の雪を貯蔵しておいて消夏に使う氷室のオープンに合わせ、夏負けしないように食べる)が残ってたので、もってって貰いました。もう最敬礼して、手まで振ってお見送りしちゃった。

   やっぱりプロは違う。

   というわけで、きれいなお庭で今年もグリーンカーテン頑張ります!
   6月始めに、
   「まいこさん、あなた、今年はアサガオはどうかしら」と、また早乙女おかあさんからアサガオ苗の現物支給があったので、アサガオも植えたんですけどね。今年も物干しを取られるかは未定。今日、フェンスにまだ届かなくって、地に這ってるレヴェルで既に最初の花が咲きました。去年のより紺色に近く、白い斑入りというか、花を正面から見ると白く☆の形が浮き出るようになっている模様でした。

   やっぱあれか、別名が牽牛花だけあって、アサガオは七夕の花なんだなあ。
   ウィキペディアによると、種子が漢方薬として用いられたため、牛を引いて求めに来た(または謝礼に訪れた)故事による名であるので、直接あのバカップルには関係ないそうで。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年7月 6日 (月)

Western Sprits

   なんのクイズ番組だったかなぁ。
   休日の昼間だから、「アタック25」だったんでしょうか。流しに向かっておりますと、出題者の声。
   「……次のうちハッコウ食品は……」
   「みそー」
   「なっとうー」猫科のひとの声が響いて参ります。「もやしもん」読んでるからな、この辺は常識。
   「光る食品だったりして。発光食品、ないか」とついついしょうもないことを申しますと、
   「……ホタルイカだな」と、旦那様。
   「まあー! 旦那様ってホントに各方面造詣が深くていらっしゃるんだからあー♪ ……やばい状態の肉はうっすら光って見えるとか聞いたことがございますが、最近はそのようなものにはとんとお目にかかりません」はて、デンキウナギやツキヨタケってのは食用だったかのう。

   各人が虎視眈々とボケる隙をねらっておる関西ノリの早乙女家でありました(そして最近お疲れ気味のだーりんのことは指一本でも隙があれば必死にヨイショヨイショ!)。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年7月 5日 (日)

どんだけ~!?

   いやおかあさんもこれはいくらなんでも古いだろうと思ったけど、ホントに
   「あんたどんだけ……!?」と思ったので。

   

豹太は旦那様を恐れています。修学旅行にデジカメを持っていくというのに、データ用のカードが不調だというのを出発2日前まで言い出せずにうじうじしていたり、父の日のプレゼントににゃんこのクリアファイルとストラップを買ったのに(虎美とわたしはなんにもしなかった! あ、まて、わたしは去年買ったヨーグルト用の手作り風ガラス鉢を割っちゃったので新しいのを献上しましたが)、直接渡せなくて書斎にただこっそり置いてきたそうで、旦那様にお尋ねすると
   「ああ、これ? 虎ちゃんかあんただと思っていました」って。可哀相すぎ。

   「なぜだ? 殴ったり蹴ったり罵倒したりするのはおかあさんの方ではないか。おとうさんは優しいだろう?」と本人に質しても(おかあさん殴ったり蹴ったりはやめましょうよ)、
   「……おかあさんも怖いけど」 って、ああ、むやみに暴力に怯える心弱さをなくすためにある程度慣れさせておくつもりもあったというのに(いや、その理由は後付!)お仕事で忙しい旦那様に懐かせるために母は心を青鬼にしておまえ達にあえて辛く当たっていたのだよってそれはなんて童話ですか。

   「だって、おとうさんは大きいし」
   「そんなことはないだろう、おまえももう163㎝ならあと5㎝で追いつくぞ」
   「ええっそんなっ! おとうさんはもっと身長高いでしょう!? 180ぐらいあるよね?」

   って、おまえ、どんだけおとうさんを畏敬しておるのだ?

   旦那様の身長は168㎝でございます。体脂肪率を計ってくれる体重計に入力してあるから知ってます。

   仰ぎ見ていた幼稚園の頃から、イメージが変わっていないのでしょうか。イマドキは、旦那様は忙しいし、年頃の男の子のあれでおとうさんには近づかないしで、真剣に背丈なんか比べてみないらしく。

   そういえば、わたくしが学生時代、寮生活を送りながら仕送りのお礼に父にヴェストでも編んでみようかと、いちど、直線編みの簡単なのを自分用を作って褒められていたのでそれを、とばかりに適当に始めて。
   「おとうさんはでぶだから、わたしのよりもうちょっと、もうちょっと」
   「おとうさんは大柄だから、もうちょっと、もうちょっと」と編み進めて、鯉のぼりのようなヴェストができて、母に呆れられたような気がします。

   やっぱり父親というのはおおきいイメージがあるんですかねえ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2009年6月28日 - 2009年7月4日 | トップページ | 2009年7月12日 - 2009年7月18日 »