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2009年7月22日 (水)

おやまきらい

   しつこく2ちゃんねるに貼り付いてトムラウシ山遭難事件の情報を集めているおかあさんです。まあ、話題はいい加減ループに入ってきて、「山をなめるな」というのと、さらには「商業化されたツアー登山に警鐘を鳴らせ」、具体的にはこの会社はもともとやばい会社、という情報まで出てたり。あとは、中高年登山を問題視するあまり特定の年齢層をやけにつるし上げてみたり。よいことよいおかあさんは深入りせず話半分に聞いておきましょう。

   あまりにもお気軽に山に登ってきて困るという話から、自分の武勇伝の披露がときどきあって、こんな薄着であんなところに行っちゃった、怒られちゃった、死にかけちゃったという話も。また、逆にこんな軽装の登山客(ハイヒールの女性というものが多い)見たよ、信じられない、という目撃談も。あとは、やや話題から逸れてますが、バイクに乗る人、貧乏旅行が趣味の人の、この季節のどこにどのレヴェルの薄着でトライしたことがある、あれはきつかった、云々。こういうのは黙って読んでると面白いです。

   じゃあ、おかあさんの武勇伝(?)こんなところにこんな格好で行っちゃったという昔話。

   東京から金沢に帰るルートは、学生時代いろいろ開拓したかなあ。
   お金があるときは、父がチケットを取ってくれて、その頃はスカイメイトという学割があったので学生はやや割引になりましたし、羽田から小松へ。片道1万円ぐらい。小松ヘは父が迎えにきてくれてて、もう箱入り。
   乗り換えがメンドクサイからあんまり使わなかったルートは、当時田舎のバスほどの本数しかなかった(1時間に3本!)上越新幹線で、長岡まで行って、あとは接続の在来線特急。
   一番よく使ったのは、上野から出る金沢止まりの特急白山。6時間半もかかりますけど、今はもうない例のアプト式の横川~軽井沢間から長野に入るルートで、さらに黒姫、妙高高原と新潟に抜け、北陸線に入ってから海に添って南下するという中山道ルートでした。一度乗ってしまえばあとは本でも読んでお昼寝して、気楽な道中でした。長野行き新幹線ができたらもうなくなっちゃいましたけどね。
   就職してお金がなくなると、急行能登。上と同じルートを、夜に走ります。寝台じゃなくって、ふつうのボックスシートに坐って、若さに任せて寝ていきました。

   って、JRを使ってるからにはたいした変わりはないんですが。あと、東海道回りで米原から福井経由ってのもありますね、ルートとしては。

   実は、もうひとつルートはあります。前置き長っ!

   

中央線から大糸線経由。糸魚川に出て、あとは北陸線で以下同文。かつての「塩の道」だそうです。

   父からは「こういうのもあるんだよ~まいちゃんも試してみたらどうかな」なんて言われてて、学生時代はうっかり忘れてて、就職してからのある年の夏の帰省で、気まぐれで乗ってみました。時刻表の見方にも慣れたしね。もう自分で稼いでる大人だし、ある程度のトラブルには自分で対処……って。

   新宿から、「わー『8時丁度のあずさ2号』だ(昔そう言う歌があったんです)」なんてうきうきしながら急行に乗って。乗る前からなんだか回りに山男さん多いなって思ってたんですけどね、まいちゃんもう少し地図見てから乗れば良かったですね。松本から向こうはアルプスですね。槍とか穂高とかアタックする人が乗る電車だったんですね。
   ……どんどんなんだか車内が冷えていって、回りはホントに大きなリュックの山男さんたちばっかりになって、それもいなくなって、がらんとした車中で、ひらひらのスーツ姿で震えてました。網棚の新聞紙もう外聞もはばからず拾ってお腹に巻きました!
   鉄道路線図には標高書いてないですから! こんなに寒いところに行くと思ってなかったんです!(普通に考えれば解るだろう!)だって軽井沢とか妙高とかそんなに寒くなかった!(白山は特急なのでエアコン効いてたんです!)
   それも、白山ばっかり乗ってたから気がつかなかったんですが、そのころもうJRは分割民営化してたかな? 分割してなくっても、網の目のように繋がってるように見えても切りのいいところで○○車掌区はここまで、とかいって引き渡しをするんですよね。このルートも、お山を越えて金沢まで連れてってくれるんじゃなくて、南小谷という駅で終点、そこから先は、新潟側からお迎えに来た電車に乗り換えて糸魚川に出るんだったんです! 
   お昼過ぎにその南小谷に到着、まいちゃん@ひらひらスーツサンダル履きは小雨にけぶる白馬山麓に放り出されてしまったのでした。

   

寒かったよう。

   接続の電車までは30分ばかりあったでしょうかね。

   ちょっと先にラーメン屋さんを見つけ、なんとかひと心地つきましたけど。
   そういえば、新婚旅行で雨に降られた洞爺湖畔で食べたのもラーメンだったなあ。

   旅先の雨にラーメンはよく似合う……。そういえば御柱見に行ったときも豪雨だったよ(雨女! あめおんな!) 。

   なんとかお迎えの接続電車に乗れ、山を下りるとそれはもう日本海側の夏、ごうごうと熱風が吹き付けてあったまり、糸魚川からは勝手知ったる北陸線、日本海を右手に見つめながらとろとろとお昼寝しつつ家路をたどったのでありました。
   糸魚川ではちゃんと翡翠をおみやげに買いましたし。話のネタができたからまあいい経験だったんですけどね。

   

やっぱりお山はイヤッ!(自業自得)

   寒いし、お天気悪かったし。どこへ連れてかれるかわかんない漠然とした不安は堪らないものがありました。雨女だからこう思うのかしら。

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コメント

>それもいなくなって、がらんとした車中で、ひらひらのスーツ姿で震えてました

そうそう、人のいない車内って冷えるんだよね~。


>田舎のバスほどの本数しかなかった(1時間に3本!)

これだから都会モンは(´ヘ`;)……

わたしその昔、日に3本という、吉幾三の歌通りのバス停の側に住んでいたことがあります。ま、それは論外としても、1時間に1本バスが来れば、御の字ですよ。

投稿: とむ影 | 2009年7月25日 (土) 13時26分

 あらー。もっとバスが来ないところってあるんだ。すいません、うちってまだまだ都会だったんですねえ(いや、うちは幹線だったからもっと本数ありました)。それだけしかなかったらかえって使えないんじゃないかなあ。日中のお出かけはどうするの? だからマイカーが普及するのか。
 いやでも、東海道新幹線で帰省する静岡や浜松の子が、5分に1本と言ってたときにはたまげました。「山の手線並みなんだ!」って。それで比較するに上越新幹線は(田舎の)バスという思いこみができたんです。田舎って言うか、郊外ね。丁度今うちの前から出るノイエ・リリエンベルク駅前行きが1時間に4本です。

投稿: まいね | 2009年7月25日 (土) 23時09分

上野から高崎,横川,軽井沢,小諸,長野を経て黒姫まで,何度となく乗ったから懐かしいです.かなり寒かったことがありますよ,信越線でも.

ところで,都内に住んでるのだけれど「田舎のバス」ほどに来ません.うちのあたりの市内循環バスは一時間に一本.

東海道新幹線なんか五分毎ぐらいに出ていてしかも速いんで,京都の人と東京駅で落ち合うのに二人ほぼ同時にそれぞれの家を出ました.

投稿: 三ねんせい | 2009年7月26日 (日) 01時22分

大雪で八時間遅れの列車も寒かったのを思い出した:
http://www.mypress.jp/v2_writers/hotori347/story/?story_id=1673700

投稿: 三ねんせい | 2009年7月26日 (日) 01時27分

 拝見してまいりましたぁ!
 冬の日本海、つららに映える夕日、なかなか美しい光景ですね。でも外は極寒(まあ北陸ではたかが知れてますけど)。想像して少し涼しい気持ちになりました。これで今日の暑さを乗り切ろう!

投稿: まいね | 2009年7月26日 (日) 13時38分

 諸般の事情で今年は青春18きっぷ帰省となる模様。
「大糸線経由にしようか」
 旦那様のいじめっ子~~~~~~ッ!

投稿: まいね | 2009年7月28日 (火) 12時10分

大糸線ですか.安曇野からのアルプスを眺め,姫川の激流を眺めて,楽しい旅を!

投稿: 三ねんせい | 2009年7月29日 (水) 17時37分

 ええ、もう大人ですから外の景色を見る余裕もきっとありますわ……

投稿: まいね | 2009年7月29日 (水) 23時26分

豪雪で八時間遅れたときよりももっと寒い無暖房の列車のお話:
http://www.mypress.jp/v2_writers/hotori347/story/?story_id=1804957

投稿: 三ねんせい | 2009年8月 2日 (日) 10時45分

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