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2009年7月 2日 (木)

芸術は国境を越える……か?

   ネット検索の醍醐味は、リンクをたどって思いもよらないところへ連れて行かれるところ。本日もユーチューブで、ハチャトゥリアンは仮面舞踏会からバレエ音楽を経由してチャイコフスキーの1812へ。どこの管弦楽団だろ、ヴァイオリン鼻高いぜ、と思って見ていると、キャプションは、指揮が小澤征爾でベルリン・フィルって、ロシアやないやないかーい!(最近髭男爵さま見ませんね)

   ものが1812だけに、その取り合わせはないだろうと思ってしまって。

   ゲンミツには、ナポレオンを撃退した時の戦いの記念作品ですが。

   先の大戦で、ロシア(当時ソ連邦)と真っ向から当たったのってドイツじゃん。日本も見事に火事場泥棒されたし。その国の戦意高揚、勝って嬉しや花いちもんめな曲をやるのって、ドM(マゾヒスティックの極致)じゃないのか。紅旗征戎吾が事にあらず、芸術は俗事を超越すべきなのか

   そんなこと言ったら、おおっぴらに大砲ぶっ放せる唯一の機会だからといって(違います)この1812を喜んで基地祭の演目に何度も取り上げるジャパン・セルフ・ディフェンスアーミーはとんだお間抜けなのか。それとも、祖国防衛が成った歓喜というテーマは自衛隊員の胸を熱くするからこそのレパートリーなのか。チャイコフスキーというブランドで大砲がドンとなるからみんな単純に好きなのか。おかあさん考えすぎ。……でも好きなんだ、個人的には。嗚呼、日露戦争でお国のために亡くなられた兵隊さんごめんなさい。

   まあ、ゲンミツにその戦いの相手国じゃないからいいんだって事にしますと、じゃあ、フランスのオペラ座の管弦楽団がやると……そりゃ自虐だと思うな。断固として拒否して欲しいですね。芸術は政治に影響されないと言われても、愛国心は芸術に超越するとかいって。
   「チャイコフスキーは好きだしいい曲だとは思うけど、わしはこれをお金を払って聞くことはできない」と断固として、しかしエレガントに席を立つムッシューがいるといいな。すんげえ論争になったりすると引くけど。

   「マダム・バタフライ」も、初演ヴァージョンは結構アメリカに対して批判的で、野蛮人はどっちだ的きっつい内容だったらしいですが、さすがに受けなくて今は結構マイルドにされてるそうです。マイルド・ヴァージョンでもアメリカで普通に受けておるのかな? その昔の長野オリンピックの聖火点灯式で、日本と言ったらこれでしょといってこのオペラの名曲「ある晴れた日に」を流して、
   「アメリカ人に捨てられる日本女性のオペラのアリアなんか嬉々として流して、ホントに日本はアメリカさんの奴隷と全世界に発信して、なんてマヌケ」というひとがいたんですけど。うん、わたしも賛成。「ああ、ピンカートンはヒドイやつ、でもおれは違うもんね」と思って鑑賞できる図々しさがあるからああやっておれるのかしら。それはそれ、批判するのもそういう芸術作品を鑑賞するのも自由という民主主義の建前を大切にしておるのかしら。

   って、仏教徒でありながらキリストを褒め称える歌を喜んで歌っておるくせに偉そうに。やっぱり芸術の力は俗世のしがらみを超えるのね。

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