« 「わたしを数のうちに入れてください」 | トップページ | 既に近づいてきているあの方 »

2009年1月26日 (月)

合唱指導者の魅力

   「活田さん、戴冠歌えましたよね? ちょっと、千葉の方でこの秋戴冠やるんですけど、歌いに行ってくれませんか? 来月オケ合わせなんですよ」
   銀行の合唱部の先生から、練習の後、声を掛けられました。それは平成4年の夏も終わりゴロだったでしょうかねえ。
   合唱団に入っていると、時々こういうことがあります。
   アマチュアの合唱団は、元がアマなので、基本、好きなものが集まってやります。と言うことは、やりたい曲に対して、熱意が物理的に不足するということはありえる話で。いくら日本のアマチュア合唱団がレヴェルが高いっていっても、アルト10人に対してソプラノ20人じゃ、やっぱまずいでしょ。支えきれません。
   「それで、テノールが絶対的に足りないんですけど、後輩とかで、心当たりがいたら是非……ノルマはないですから」
   嗚呼。
   男性は何かとお忙しいですから。合唱に興味のある男性は、とくにテノールのトップ!! 第九と、4大レクィエムぐらいの音をさらっておくと、引っ張りだこだと思います。12月はとくに……おうちでお夕食を食べる暇がないかもよ。さすがに謝礼まではもらえないと思うけど。

   ノルマというのは、チケットノルマです。会場を借りるのにまあ最低100万、指揮者やソリストやオーケストラに謝礼を払って、それをみんなで頭割りして負担して、一回大きな演奏会をやると、お金の負担はだいたい当時で一人2万ぐらいかな。人数が要るわけです。学生時代のわたしのアルバイト料はこれで消えました(NHKの合唱団がいいのはこのノルマがなかったこと)。で、直前の助っ人で行くと、そのノルマが免除になるわけ。ラッキー。
   ま、全然縁もゆかりもない合唱団、土地勘のないところの市民会館とか自分で探して行って、スタジオの隅っこで一人で声だしして、いつもやってる先生と真逆な指導なんかされたりしても、ストレス溜まらない方限定になりますが(我ながらふてぶてしい娘であったことよ)。

   そこの合唱指揮の先生が、よかったなあ。本番の指揮の偉い先生じゃなく、練習をまとめる下振りの先生が、です。

      百分の一でもいいのコンダクター 

          ステージの上の熱いまなざし             舞音

   でも、もう今となっては名前も顔も思い出せないんですけど、いい笑顔の、眼鏡の三十代ぐらいの先生で、とてもいい雰囲気で声を引き出してくれてました。
   「ああ。今先生があたしを見てる! あたしだけに笑ってる!」って、もう、恋をしてると言ってもいい状態で。こちらもうれしくなって、最高の笑顔で歌い上げられたんですが。

   基本、わたしはこういうのはそのひとの本職の分野でだけお付き合いしたい性格なので、別に1対1でお話しをしたこともなかったと思いますね。そのまま、一期一会でおさらば。楽しかったなあという記憶と、おお、今回は一首できて儲け、ぐらい。

   というわけで、今回お世話になる合唱団のシモヤナギ先生がいかに素晴らしいかと言うことを以下語っても、なんの疚しいこともございませんのよ?(前置き終わり、長げーよ)

   シモヤナギ先生は(ご迷惑がかからないよう仮名)、わたくしが現実において唯一お逢いしたところの、「にこにこ穏和そうに見えて、しゃべらしたら辛辣」なキャラです。漫画とかライトノヴェルなんかでは結構いますが、現実あんまりいないじゃないですか。ったら、いました、そこに。

   この前の練習で言いますと、古いドイツ語とラテン語がチャンポンになってる珍しいテキストを使っておる「カルミナ・ブラーナ」において、らららら~っと歌っておったアンサンブルをちょと止めて、先生は仰るんです。

   「ハンブルクにね、フィッシュ・マルクトというのがあります。ああ、皆さん座って」と、話が横にそれる合図。鼻に抜ける、やさしいテノールの美声です。
   「もと魚市場で、今はなんでも売ってますが、アメ横みたいなもんだな、トロ箱に、お魚をわっと積み上げて、オジサンが『ツェンオイロ』、『ツェンオイロ』、『ツェンオイロ』……」
   ドイツ語が解るひとから頬が緩みます(zehn euroね…… 10ユーロか。やっぱドイツ語だとオイロって読むのか)。
   「え? わかんない? 1000円、1000円、1000円って、言うでしょう? あそこは……でね、そのうしろに、大きな ale [アーレ] が下がってるんですよ。燻製にしてね。ああ、解りませんか? 英語で言うと eel です」
   ああ、ウナギね。で、それが? とにこにこ聞いていると

   「あなたたちのはそれですね。違うでしょ、ここは alle [アッレ] です」って、要するに発音が違ってるって話

   

なげーよ。

   「もう一度そこから。ウナギにしないように」と、アンサンブル再開。

   「これは記憶にタグを付けてるんですよ。タダ言ったって覚えやしませんから、あなたたちは」って。広がるトリヴィア、煌めくアイロニー。

   これがたまらんのです。

   歌詞の中の「felix (幸運)」という言葉から、フェリックス・ザ・キャットがなぜ黒猫かという話になったり、 女性が誘いを掛ける部分で、その昔、ローマの北近郊あたりにそういう場所があって、きれいなおねえさんが立っていて「3(tre)」と値段交渉をしてくるとか色っぽい話をしたりと、非常に、……純粋な合唱以外のところが楽しい指導をしてくださるんですね。

   いえ、「人間は動くものを追う習性がありますから、今伸ばしているときに死にそうな声になっててもそうそう聴衆は気づきません。下のオーケストラの音が動いていますから。オケが止まったときにキメればいいんです」というようなテクニック的なこともぶっちゃけて教えてくれますし。

   それでは尊敬する先生との練習を楽しみに、見放されないように準備して次も参りましょうか。

|

« 「わたしを数のうちに入れてください」 | トップページ | 既に近づいてきているあの方 »

コメント

alleの発音一つ説明するのにそれだけのお話ができるってすごい先生ですね.
ところで,オイローパだからユーロじゃなくてオイロですよね.

投稿: 三ねんせい | 2009年1月29日 (木) 23時52分

 はい、そのオイロ。導入されると聞いてた頃から、ドイツじゃあどう発音するんだろうと密かに余計なオセアニアじゃない、お世話なことを考えていたんですが、やっぱり読みは自由みたいですね。
 (歌曲や戯曲など用の)舞台語については、嗜みのないひとは現地のひとでも知らないらしいですから、その辺のネイティヴのドイツ人を捕まえてしゃべらせても、こと、歌曲についてはアテニナラナイ、それどころか、chの発音(イッヒとか、フロイディッヒとかの「ヒ」発音記号は[c]の下に[,]をつけるやつ)も土地に拠っちゃあ訛って[k]で言っちゃってるから困るなんてことも語っておられました。わたしはこういうの面白いと思って聞くんですけどね。興味のない方は、脱線の多い指導者だと思うのでしょうか。

投稿: まいね | 2009年1月31日 (土) 23時01分

Koenigを標準語のケーニヒでなくケーニクと読む地域の方が多いとか.その ch を[k]に発音するのと同じですね.おもしろいです.

投稿: 三ねんせい | 2009年2月 1日 (日) 11時26分

 参った! そっちが多数派なのか!
 もしかして、「方言周圏論」(中心地から新しい言葉が波紋のように伝わっていく関係上、僻地に昔の言葉が残る)どころか、言葉の正倉院になってませんか、日本……。
 旧文部省の外国語教育の方針のせいだとしたら、日本におけるフランス語はどうなんでしょう?
 ちなみに、「Ave……」と歌い出したとたんにすぐ止めて、「それはこの前職を投げた宰相!」というようなことも(ちょっと改変してます)。
 「中学校の先生がいけないんです、[v]は唇を噛むもんだなんて嘘教えるから。噛みませんよ。唇の上に歯を載せて震わせるんです。有声音」だそうです。

投稿: まいね | 2009年2月 1日 (日) 12時38分

ドイツに関して方言周圏論がなりたつのかどうか…KoenigをAHDあたりまで遡ってみるとかしないとわからないです.
日本でのドイツ語教育がどうなのか知らないけれど,ドイツ語の先生から雑談で聞いたところでは,KoenigのgをIchlautに発音するのがドイツで標準とされているけれど,[k]に発音するのが多数派なのだとか.
Aveで思い出したのですが vera と bella とを混同してる人がいました.

投稿: 三ねんせい | 2009年2月 1日 (日) 18時25分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/138427/43867567

この記事へのトラックバック一覧です: 合唱指導者の魅力:

« 「わたしを数のうちに入れてください」 | トップページ | 既に近づいてきているあの方 »