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2008年12月19日 (金)

祝! 虎美ちゃんJOJO第4部読破!

   やあぁっと娘がジョジョを読み終わってくれました。
   「気持ち悪かったけど頑張って最後まで読んだ。もういい」そうです。
   やっぱり小学生には早かったか……。
   「それで3部はどの辺までだ?」
   「砂漠で夢の中にスタンドが出てくる話の途中」
   「なぜそこで中断できる!?」18巻じゃないですかっ!!

   「19巻がいちばんいいんだって!! 花京院が夢の中にスタンドを持ち込んで、一発逆転してみんな助かるんだから! そんで、そのあと夢を叶えてくれるスタンドが出てきて、ポルポルの妹を生き返らせてくれるんだけど、それがウソで、妹が『おにいちゃんを食べさせて!』って迫ってきてポルポルが悶絶するんだって!! そしたら、死んだと思ってたアヴドゥルが生きてて助けにきてくれるんだって!」
   ……無反応。

   なぁぜなんだ~~~~~っ!? 笛吹けど踊らず。

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2008年12月18日 (木)

メイ曲アルバム 「グローリア」プーランク -サッカクさせて-

   フィギュアスケートと言えば、大学時代の友人は、伊藤みどりをひいきにしていました。なんでも、その前の年のフリースケーティングの曲に、彼女の熱愛するところの大河少女漫画のイメージアルバムからの曲を使ったんだそうで。ナルホドなあ。
   フィギュアのBGMは、歌詞の付いていないない器楽曲を、種目に応じて決められた時間分つぎはぎして使用するらしいですな。最近は特に、時間内に一つの世界を創り上げて表現することが求められるから、もともと何かを強くイメージして作られた曲はもってこいだったのかもしれませんね。伊藤みどり本人もその作品のファンだったかも知れないし。友人は、そう信じてました。ホントのところは、コーチが持ってきた曲で、ご本人は(この曲あんまり好きじゃないのよね)とか思ってたかも知れませんが。それでも、毎日練習で聞き込んで、思い入れは少しは持って貰えたかもと言うことで。

   好きな曲を、このひとも聴いている、好きかも知れない、ということは、なんてそのひとを近しく思わせてくれるのでしょうか。わたしも自分が演奏会でやり込んだ曲を演技で使ってくれた選手がいたら、ファンになっちゃいますよ。
   とくに、プーランクの「グローリア」の第6曲、「Qui sedes ad dexteram Patris」。当時はそれこそ、伊藤みどりに滑ってもらいたいとおもってました。今でも、グランプリシリーズみたいな大舞台でやってくれたら一生貢ぐ自信はあります(女子選手に限る)。

   これねえ、いいんですよ。ドラマチックで。

   「グローリア」って、ミサの中の一番派手なところで。「天のいと高きところにては 神に栄光あれ!」とはじまる、神の栄光を称えるところです。倒置の強調構文で始まるから、歌詞の最初は「Gloria!」で、それがタイトルになってるの、宗教曲の基本。へそまがりプーランクは、ミサ曲の中からその一番派手なところを抜き出して、そこだけで1曲作ったので、長い歌詞を6部に分けてます。フォーレといい、20世紀になるとフランス音楽界も自由だねえって、もともとそういう「グロリア・ミサ」ってジャンルもあるそうで。へえ。
   最初は怪獣映画のようなおどろおどろしいイントロで始まって、「グローリア!」というかけ声が「ゴッジラ~!」と聞こえてしまうギリギリネタくさい曲ですが、そのうち宗教っぽさが出てきます。
   「Qui sedes~」は、その最終曲。「神の右にお坐りになるところのお方」と、関係代名詞から始まるいやらしい文です。「右に坐る」ってのは、いわゆる右腕的存在とかいうんじゃなかったかな。宗教曲ではある意味定型文みたい。あらゆる表現でヨイショし倒す「グローリア」の、最後のヨイショ部分です。
   これが、イントロなし、一発、無伴奏で、
   「Qui sedes ad dexteram Patris, miserere nobis.」と、ここまでの祈りの文句のオチに当たる文を一気に歌い上げちゃうんです。
   「神の右にお坐りになるところのお方、哀れみ給え」って。要するに、目的はそこよ。身も蓋もナッシング
   アルトとテノールの2パートユニゾンで。これは、両性具有的イメージを持ってるとか言ってたかな。言いきった瞬間、チャン、チャッチャチャ♪ とファンファーレが入ります。ここがこの曲の器楽テーマ。
   「miserere nobis」という決めぜりふは、ベースとソプラノも加わって繰り返されます。3というのはキリスト教では聖なる数です。徐々に遠慮がちになりますが。

   ここでトリプルアクセルを入れて欲しいっ!!(わたしの主題はここだ)

   そして、ハッと我に返って合唱は、
   「Quoniam tu solus sanctus, tu solus Dominus, Amen」(それは主のみ聖にして,主のみ主なればなり、アーメン)って、ボソボソ理由を言ってますが。
   それからは、「右に坐る、右に坐る」と「哀れんで、哀れんで」のスピードのある掛け合い。チャン、チャッチャチャの合いの手。
   宗教曲のお作法は、基本、ラヴソングに同じとわたくしは理解しております。アンタはエライ! の褒め殺し
   田口ランディが言うには、口説きというのは多少無理があっても言葉の物量構成力押しが効くそうです。フランシス(プーランク)も愛の国の男だから。攻めるときは攻めます。さっきアルトが歌ってたフレーズを、テナーと交換したりして。プーランクお得意のたすきがけ攻撃。「クィー セーデス! クィー セーデス!」そろそろ耳栓要るよ。

   この辺は、がんばってリンク全体を滑り回って、助走をためて、チャン、チャッチャチャで飛んで欲しいです。ダブル、トリプル、コンビネーション。
   極まったところで、「クィー セーデス! クィー セーデス!」チャン、チャッチャチャ!(鎮痛剤のCMでもいいですよ、ここ)

   

ソプラノソロが入りま

   「Amen」
   空間を大きく使って、長い長いリボンのようなフレーズのアーメン(そうでありますように)。これは足を高く掲げたバックスケーティングでも、レイバックド・イナバウアーでもどうぞ(一人しかできませんが)。

   ここからは、睦言モードです。天晴れ、プーランクはフランス人だと思うのがこう言うところ。そよ風に、寝室のカーテンが僅かに動く。うっとりした心地よい疲労の中といった風情。ここのフレーズ18禁! と思いました。

   ハープおったんかいという優しいたゆたうような伴奏に、囁くようなつぶやき。
   「Quoniam tu solus altissimus」(主のみいと高ければなり)。「グローリア」のクライマックスはふつう、3つの理由フレーズを並列、連呼するのがならいですが、プーランクは最上級の入ったこのフレーズだけ最後に残しました。そんで、この、合唱の人数も絞って半分での指定で睦言モードなんだから。エッチ。
   そして、最後の最後に残しておいた、大切な人の名前。
   「Jesu Christe」(イエス・キリストよ)2回言うし。
   「Cum sancto spirito, in gloria dei Patris」(精霊とともに、父なる神の栄光の元に)
   ああ、もう、堪らん。

   ここんとこは、村主章枝ねーさんに、あの芸術的なステップ、スピンの技術を駆使してやって欲しいッ! たおやかな手の振り、止まりそうで、止まらない、まだ止まらない、まだ回っているあのスピン、プリーズ! 

   でもここでは終わらない。(だからスケートの伴奏に推してるんだって!)
   ソプラノが、甘い霧を払う一声を告げます。

   「ミーゼレレ ノービス!」哀れんでください!

   もう一度、チャン、チャッチャチャ。飛べ! ここでだめ押しのトリプルアクセル!(無理だ!)  

   「アーーーーーーーーーメェン、アーメン……」
   余韻のうちに終わります。

   

絶対! 魅了されると思うけどなァ…………。

   ちなみに、大切なことだからもっぺん言いますが、ルール上、歌詞の付いた曲は公式戦では使えません。やっぱ、「インターナショナル」とかで滑られたら堪らんからな。

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2008年12月17日 (水)

本日の一発ネタ。 コーポレートアイデンティティ篇

   「化学抜けると締まらな~い!!」とCMの時間になって豹太が叫びました。
   「理科の話か?」
   「エステー化学名前替わったでしょぉ~!!」ああ、ナルホドね。
   「解るぞ。母も石川島播磨重工業が『IHI』になったときには物足りなかったものだ」
   「おれってやっぱりおかあさん似なんだなぁ~」
   いやそのうち慣れるから。

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題:ドラゴン

題:ドラゴン
虎ちゃんのお正月用の生け花。約一年でここまで来ました。

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2008年12月16日 (火)

「篤姫」 とうとう貫き通しました

   終わっちゃいましたね。
   最終回、TV前に正座した娘によると、
   「オープニングのテロップが違うの!」?
   表現力がねえよこいつ。
   忍耐強く聞き出すと、いつもは映像の上に文字が静止して現れ、切り替わっていくのに、最終回はロール状に書かれたキャストがどんどん流れていったそうで。
   「最終回は登場人物多いから、そうじゃないと時間内に流しきれないのだ」
   「そっかー
   回想シーンすごいよ! 家定様、家茂様、幾島」
   「おいおい幾島死んだっけ?」
   「死んでないと思うけど……」
   「生きた状態では再会しないということか」と、もう始まる前からわいわい。オープニングがいつもどうだったか覚えてる程度には真剣に見てたんだなあ、虎美も。

   明治維新が成ってから、ドラマは急ぎ足。徳川家の領地を召し上げるからには薩摩も天皇に藩をお返しするべき、と尚五郎ちゃんが進言。版籍奉還はホントにこのひとのアイディアなんですかい。おとなになった小松帯刀はホントに維新の立役者。
   「帝の直参になると言うことです」との台詞に、  
   「じきさんってなーに?」と虎美から質問。
   「旗本だ。チョクの家来だ」
   よしよし、おかあさんこんな会話を子供としたかったんだよ。ようやく夢が叶ったというなら、「篤姫」を評価すべきなのでしょうか。
   ♪ for my dreams fulfill~,
     O my Atsu-hime, I love you……? 

   待て!

   病気の帯刀、なんだかんだいって最終回まで生き残り、病床でお近さんと愛人さんが鉢合わせたりして笑わせといて、いよいよ臨終です。やっぱりヘタレで、泣いてはドジョウ、じゃない女房を困らせております。いいのか、あんたはそれで。
   「主人公みたいに」とわたくしが鼻を鳴らしますと、
   「主人公でしょう!?」と娘がいきり立つのです。
   「タイトルロール(題名役)は篤子たんじゃないか。いや、W主人公? 裏主人公か」
   「うん、裏主人公」
   なら言っといてくれないと。
   主人公の、時代の変わり目に立ち会った立派な女性と、彼女を昔慕っていた維新を支えた青年との一生ってさ。
   でも、これはこれで面白い描き方だったですよ。
   ヘンにおてんば姫みたいにしなければもっと良かったけど。
   おてんば姫じゃなくっちゃ、中級藩士の子息とは接点ないしな。
   必要悪であったと。

   

男性が優しい時代を反映して、尚五郎ちゃんも、そして家定さまも、能力はあるけど心優しいひとでありました。頼りなさ、物足りなさは感じましたが、それはそういう仕様だったということで、最後まで見たからには頷けます。向かっ腹が立っても、やきもきしても、それも作品に心を奪われたと言うことで、終わってしまえば、天晴れ、プロデューサーというお釈迦様の手の内。

   今年も楽しい経験をさせて貰いました。

   最後まで独自の路線の本寿院さまも、憎たらしさは相変わらずで、
   「ババァ! 時代が変わったことを解れよ!」
   「ねーっ!」
   勝海舟から鮭と酒を貢がれて、
   「食い意地張ってるな、恥を知れよ!」
   「そーだよねー!」と、物語の中の自分の役柄を弁えた名演技で。ホントに見てる方は心を一つにしましたよ(笑)。

   晩年、勝海舟に案内させていろんなところへ行って遊んだとかいうエピソードは、民放でやってた特番とネタが被ってて、先にやられて悔しかっただろうなと心中察して苦笑したり。あれだけ若い頃苦労したひとが、晩年は好きに楽しく暮らしたみたいよ、と人気を反映して穏やかに軽い感じの最終回のまとめ方は、「独眼竜政宗」を思い出しました。

   ハラハラしたり、怒ったり、笑ったり。1年間、いい夢をみました。 

   次回大河の予告も見ました。

   「来年の上杉謙信は阿倍ちゃんか! かっこいい! 見る!」
   「見る!」と娘も同意。

   「直江兼継ってこのひとでしょ」と、虎美は「殿といっしょ」を出してくるし。
   大河ファンがここにまた一人誕生。よかったよかった。

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2008年12月15日 (月)

毒入りアイスクリームの味

   それで「仮面舞踏会」を繰り返し聞いてます。
   ユーチューブでいろんな演奏ヴァージョンが流れてますが、マンドリンヴァージョンが面白いですね。あのマンドリン特有のトレモロが胸に迫るカンジで。ピアノ連弾ヴァージョンは、二人で弾く分、音を十分延ばし切れてない印象があって、興を削ぎます。ミスタッチもあったよな。ま、素人の印象ですが。

   物語のあらすじを調べましたら、主人公は妻(ニーナさん)の不貞を疑って、妻に毒入りアイスを食べさした上でうりゃうりゃと責め、自白を強要するのですが、無実なのでニーナさんは泣きながら無実を主張しつつ死んでしまう、というド悲劇。あ、歌舞伎でもこんなのありそうだ。旦那様からの贈り物を舞踏会で落としたのが運の尽き。
   本日の教訓 : 小物の管理は厳重に(違います)。

   いいなあ、こういうの。
   無実の罪で死ぬのって美しいわ(他人事だと思って!)。
   だって、実際裏切ってたんなら単なる自業自得じゃん。
   自分は悪いことをしてないのに、愛故に責められ、死に至らしめられる。その後で無実が証明されて、相手は後悔の内に破滅する。ここ大事ね、あ、ごめ~んとかいってその後のうのうと生きてられると困ります。

   学生の頃は、「オテッロ」が同じようなシチュエーションで、好きでした。こっちも、やってない不貞を疑われて、もともとのコンプレックスを刺激された黒人将軍のオテッロに殺されちゃうんだな、奥様はデズデモナ。やっぱりハンカチ落っことしたのが原因。くれぐれも小物の管理は厳重に(もおええ!)。
   こっちは軍人さんなので、責めながら扼殺です。たまらん(やっぱりマッチョ志向)。そう言われると毒入りアイスを食べさしといてじわじわ責めるというのもなんか陰湿ですね。即死じゃないから青酸化合物じゃないか。どんな毒なんだろう。美味しかったのかな? かっとなってキュー! の方が計画性が低くて情状酌量されそうかな? とにかく、なんか若い頃はその悲劇性にくらくらしてました。BGMは同じヴェルディのレクィエムから、最終曲「リベラ・メ」の一番最後のクライマックス、「ドミネ、ドミネ(主よ、主よ)」の連呼辺りがよろしかろう。テンポが急き込んでいて胸に迫るんですよ。ヴェルディ、解ってる。その頃のエッセイのネタにも使っていて、オチが、「その数10小節で女ひとりくびり殺せるのは、まさしくオテッロぐらいであろう」。

   愛憎は 虚構の世界で愉しんで この身を焦がさぬ月光浴せむ    舞音

   不貞がしたいというのではありません。うちの旦那様に告白したところで、
   「ふーん、良かったね。ところで、家事ちゃんとやってね」だもんな。さみしい。

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2008年12月14日 (日)

メイ曲アルバム 「仮面舞踏会」よりワルツ

   いいですよこれ。
   この前のNHK杯のフィギュア大会で、浅田真央がフリーで使って神演技! とかいって最近いろんなところで高評価なの見ます。ユーチューブでただ「仮面舞踏会」って入れると、少年隊のアレ(紅白歌合戦で、加山雄三に「仮面ライダー! って間違われたやつ)が出ます、ご注意。ワルツとか、ハチャトゥリアンとか、浅田真央とかも付け足しましょう。

   ロシアの作家レールモントフの戯曲による劇音楽からの組曲で、妻の不貞を疑った男が、妻を毒入りアイスで殺した仮面舞踏会をイメージする曲だそうです。だから華麗なのに暗いんだ。華やかで、煌びやかなのに、もの悲しい。なにか不吉な影がある。そのギャップが、胸を締め付けるようでたまらんのです。そして、目の前に本当に貴婦人のスカートが翻るのです。ターンを決めるのであります。ハチャトゥリアンって、情景を音楽で描写するのが巧いひとだったんだ。

   ハチャトゥリアン、こないだ戦争のあった例のグルジアの出です。
   やっぱな。
   ウィーンとか、パリとか、かろやかな明るいところの育ちじゃないと思ったよ。
   そういう、抑圧された地方の、その地方ならではの民族性とか、センスとかあるんだなあ。

   昔はそういう作家の生まれとかを調べて理解の材料にするのって、やっちゃいけないことだと思ってたんですが、最近はそうでもない。そのひとがどう育ってきたかは、ちゃんと作品に出るんだと理解するようになってます。なんでやっちゃいけないかと思ったかというと、ここの生まれのやつはこういう性格、とか、血液型がなに型ならこういう感じとか、調べて決めつけることは、そのひとの独自の努力、精神の修養を無視、否定することだと思っていたからです。でも、育ってきた環境ってのも、影響与えるらしいし。

   そういう、暗い、閉ざされた国で生まれ育ったひとの音楽が、最近自分と相性がいいことが判って。ドヴォルジャーク(チェコ生まれ)なんかも、もうツボにはまるはまる(チェコに対して失礼ではないか)。やっぱりわたしも裏ニッポンのそだちの女ということか(裏日本という言葉は、今では公には余り使わない方がいい表現ということになっています)。

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