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2008年9月27日 (土)

愛ってよく解らないけど

   この前うちの両親が来ていたとき、とんでもない雷雨が首都圏南部を襲いました。
   「そろそろ帰ってくる筈なんだけどねー」なんて言ってると、携帯が鳴ったぁ。そのメロディは旦那様限定♪
   「7丁目のバス停降りたところのうちの車庫にいるんで傘……」

   「オーケイだーりんそこを動くなぁッ!!

   両親も猫科の人たちもほっといて傘持って駆け出しました。
   旦那様いつも油断なく傘持っていくのに、なにうっかりしてるんですか。

   滝のような雨の中バス停に近づきますと、バス停のすぐ脇に、傾斜地を利用して半地下のようになったガレージに二人ほど身を隠しているのが見えます。

   「お待たせしましたぁ!」

   おかあさん、おじいちゃんがごちそうしてくれるって言うからきれいなよそ行きのシャツに着替えてたのに、濡れネズーミ。
   旦那様も全身ずぶ濡れで、おじいちゃんに挨拶もそこそこにお着替えに書斎に入っちゃって。
   あんまりヒドイ降りだから、帰りの足が心配つって、おじいちゃん、食事はキャンセルしてすぐ帰っちゃった(じっさい小田急はもっと箱根に近いところに落雷で止まってたらしい)。空っぽの冷蔵庫に途方に暮れながらわたくしなんとか晩ご飯を調えましたけれど(うわ~ん懐石食べたかった!)。

   さて、「ご挨拶もできずに辞去して申し訳なかった」とくどくど詫びの電話がこの前は入り、母が最後に申すには、
   「あの雨の中に飛び出していったのでおかあさんまいちゃんがご主人様をとっても愛してるのが解ったから。家族みんなで幸せにね」

   おかーさん、それは人道的見地からのですね……。

   わたしはべつに親の反対を押し切って駆け落ちした覚えはないんですけど。

   いったいうちの夫婦仲はどんなものと思われているのでありましょう。

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2008年9月26日 (金)

憧れは千代女

   朝顔元気で。

      朝顔に物干し取られて如何せん        舞音

   「朝顔や 釣瓶取られてもらい水」は、加賀の千代女の作。ローカル有名俳人で、石川県金沢郊外(今は合併して白山市、もとは松任)に生まれると、小さいころには必ず習うもんですが、全国的にはどうでしょう?
   朝顔の蔓が釣瓶の縄に絡んでしまって、切るに切れない、しょうがない隣に井戸使わせて貰いに行くか、なら優しくもおかしい景色ですけど物干しに絡んじゃったらもうお手上げ。でもないか、部屋干ししよう。いやでもやっぱり切りますか。

   7月には生育が危ぶまれた朝顔ですが、「お盆のあとに見頃なのよね」と苗をくださった早乙女おかあさんが仰った通り、お盆の帰省から帰ったらとんでもないことになってました。
   それでも、脚立を使ったりしてなんとかはみ出した分を絡めたり、伸びすぎたところを摘み取ったりしておれば良かったのに、放置、放置で夏が終わり……。
   網をつり下げたひもを伝ってヴェランダに到達、さらに手すりから水平移動して物干し金具に至る縦枠を上り尽くし、とうとう物干し竿に絡みました

   心を鬼にして カ ッ ト !

   でも、迷子になった宅急便やさんが
   「近くまで来てるんですけどこの番地だとおたくは……」と泣きを入れてきても、
   「そこの角を曲がったすぐの朝顔が2階まで派手に上ってきてるうちです」と言うと、
   「判りました!」とすぐにインターホンが鳴るくらい。
   そういえばなんでよそはちゃんちゃんと持ってくるのに佐川急便さんはよく迷子になるんでしょうね……。

   さて、それで、千代女というのは元禄期の女性俳人で、天才少女として10代の頃から有名だったみたいですよ。どちらかというと「上手いこと言う!」作風で。永井路子だっけ、歴史エッセイで言ってた女性文学者の系統分けで言うと、「清少納言型」。
   田舎で良く聞きましたのが、天才少女として有名だった頃、俳句の先輩(たぶんオッサン連中だよね)とかに、なんか名月の句、詠めよなんて無理を言われたとか。そこでお千代ちゃん、
   「三日月の」と短冊にすらすら。
   おいおい、名月だっつうの。お若い方はこれだから、と冷笑が浮かびかけると、続き。
   「……頃から待ちし この夜かな」
   ウマイ
   月はくまなく、花は盛りばかりを愛でるものかは(誰の台詞だっけかよ)。
   いやべつにそういう変わった月を題材にもしてなくて。満月という言葉を使わなくっても、満を持した、という言葉通りの月が目の前に浮かびます。
   ナルホド、機知に富んだってのはこういうのを言うのね。

   さて、ライヴァル関係みたいに言われる清少納言と紫式部、永井さんの歴史エッセイによると、結構タイプが違うらしくって。清少納言は、即意当妙、いまでいうヴァラエティタレントみたいに、頭の回転が速くって、気の利いたことがすぐに言えちゃう。ただ、永井さんは軽薄、という印象も持っていたのか、「○×式秀才」と言っていたかな、「マークシート型」と言っていたかな。早押しクイズで「『老人と海』と言えば……」まで聞いて「ヘミングウェイ!」とすぐ正解できるタイプ、と言っていたような。
   しかしながら、真にヘミングウェイの文学について深く理解をして論文をものしたりすることは「紫式部型」の方が得意、というような文意だったはず。わたくしは、清少納言型であることに価値を見いだし、そうあろうと思っておりますけれど、このエッセイの影響で紫式部型であることにも憧れを抱いておって、年若いひとの心に深い影響を与える小説をものしたいとかねて願っておるのですが……しくしく。

   お千代さんは残念ながらだーりんとは早くに死別し、メリーウィドウライフを俳句に打ち込んで過ごしたそうでございます。探すとネット上でも結構作品が検索できました。元禄って、赤穂浪士の頃ですか、意外と地方も文化的だった江戸時代でございました。いやべつに未亡人になりたいわけではないです。

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2008年9月25日 (木)

楽天まだまだ頑張る

   なんか一時は天下取った感じだった楽天、オールスター前で今年のシーズン終わってくれりゃいいのになんて思ったんですけど、大方の予想どおり秋には定位置に戻っちゃいました。
   23日にはとうとう目の前で胴上げか? なんて言われてて。
   旦那様は見に行くか、行くまいか迷ってて、でも、だいたい「俺の見た試合はW杯サッカーでもみんな負けている」という旦那様自重なさったようで。
   「ネットで8回まで見守っていたのだが1点負けていたので諦めて寝た」ら、なんと9回に大爆発で逆転勝ち、西武ドーム胴上げを阻止したんだそうな。今年はあんまり活躍できなかったフェルナンデス、最後にいい仕事しました♪

   みちのくの秋も熱かれ 最下位に
      今は沈めど ネヴァー ギヴ アップ!    
                                        舞音
   ってちょっと字余り。
   Kスタ宮城はお屋根がないし、地震もあったからひとり、残り試合が多いんですよね。まだワシタカ対決が相当残ってるみたいなので、とりあえず5位を目指しましょうよ。

   岩隈も今年は頑張ってるし。21勝なら85年の佐藤以来ですって(誰ソレ?)。

   長谷部落ち 田中打たるる マウンドに
      エースなりけり 岩隈久志は

   (この歌はまだ修正の余地有り。3年待ったファンの気持ちの方を強く出したい気持ちもあります)

   しかし例年一人しか頑張るピッチャーがいないのが難よねえ。去年はまーくんだけでなく、(永井)怜ちゃんもがんばっていたというのに。

   ドドンパじゃないドミンゴもグウィンもありめたんも朝井君も、来年に向けてもう少し頑張ってください。遠く多摩の地より応援してます。

   あ、もちろん野手・捕手、スタッフの皆さんもね。

              そして小声でつぶやいてみる……お~い、福盛帰っておいで~

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2008年9月24日 (水)

萌える秋の交通安全週間!

   イロイロお買い物があったので月曜に駅前に下りてみましたら。

   バスプールの奥の交番の辺りに、お巡りさんが10人ほどもたむろっているじゃありませんか。
   なんかヘン
   で、向こう岸のサティーに、この辺ではそこでしか扱っていない味の素クックドゥの死に筋商品(死に筋とは何だ、でもうちの近所にはもう売ってないのよ。しかしうちの子はお気に入りで)を買いに行く必要があったので、ペデストリアンデッキ(? 仙台駅や新宿のような商業ビルに繋がった大規模歩道橋)を通ろうとしたら、そちらにも、カラーコーンを立てて区切って、お巡りさんがうろうろ

   なんだろう? 太郎ちゃんでも遊説に来るのかしらと思って(来ねーよ!)。

   そんでまた反対側のエルミロードの方へ本やら下着類やら買いに行って、時計を見たら3時頃、バスターミナルに出たら、

   ぶわん

   とラッパが鳴ったのでした。

   薄暗い交番の方には金管楽器の煌めきが。
   蛍光色のジャンパーにたすきを掛けた人たちが行き交って、啓蒙用の花の種やらチラシやらを配っています。

   

秋の交通安全週間のイヴェントだ!

   神奈川県警の楽隊の皆さんが演奏です。

   そういえば、ペデストリアンデッキのあの部分は、いつかも消防隊のカラーガード(大きな旗を振り回すチアーというかバトントワリングのようなチーム)が火災予防週間かなにかのデモンストレーションで演舞を披露していました。雨が降ってたので、ギリギリまで様子を見て、結局階下の雨のかからないところになったのでしょう。白いシャツに紺のスラックスという涼しげな夏服スタイルで、15人ほどでしたでしょうか、コンパクトな編成と見えました。ええと、スーザフォン? あの身体に巻き付ける、朝顔部分がこちらを向いたマーチング用の大ラッパが2つ、木管はクラリネットとサックスが確認できました。柱の影にはちゃんと打楽器もいた模様。どんしゃんと「オブラディ オブラダ」、「上を向いて歩こう」を演奏してました。

   うわー生演奏初めてかも。

   にっこにこで手拍子まで打って、振り向いたら、ハンドスピーカーで「一日警察署長さんも来ていただいて」云々と締めのスピーチが流れてました。顔は見えなかったけど。気がつくと、どっかのPTAや町内会で動員がかかったとおぼしき人生の先輩方がいっぱいで、あーホントに交通安全週間のイヴェントなんだなーとしみじみしました。
   おかあさんそれより、楽隊の皆さんがすぐさま楽器をケースにしまって、大きなハイデッカー観光バスで撤収しているのをにこにこ見守ってしまいましたけど。
   ……それで署長さんは誰だったんだろう?
   今朝の新聞で確認したら(ちゃんと田園都市ページに記事がありました)、なんか知らないタレントさんでした。
   「だれだそれは?」
   「おかーさん! 今日の『いいとも』で出てた高学歴タレントだよ!」
   ……ごめん、知らない。
   娘とは知ってるひとの範囲に差が出てきてしまいました。

   薄暗かったし、ちょっと遠かったのでしかとは解りませんが、女性の隊員もいらした模様。同じ格好をしていても、見るからに体型が違います(ま、警察の楽隊だしね)。……もしかして男性で、気にしてらしたらごめんなさい。
   でも、あれを見たら、女の子が男装して男子の集団に立ち混じるというのがいかに空想の産物かというのがよっくわかりました。萌えはフィクションの中だけにしようネ。

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2008年9月22日 (月)

「重大事件に学ぶ『危機管理』」熱き血潮のおっちょこちょい

   おかしいなあ。シバリョウを買いに行ったのになぜ佐々淳行を買って来ちゃったんだろう? (「シ」の前は「サ」だからだよ)

   「あさま山荘」と「安田講堂」を読んで、サッサはもういいよと思ったはずなのに、おかあさんこのおっちょこちょいのオジサンキライじゃないのかなあ。

   「クライシス・マネィジメント」の訳語として「危機管理」という言葉を作った張本人であります「危機管理」のエキスパート佐々淳行がなんでおっちょこちょいかというと……本人も自覚しておりますが血の気が多くて、職務に熱心であるあまりに方々で出しゃばったりして喧嘩を売って歩くんだな。そして、わたくしの読んだ先の2冊の本、「連合赤軍『あさま山荘』事件」、「東大落城」のレヴューでもよく、手前の手柄話ばかりで他の奴をこき下ろしてばかりと言われてました。お前、そこをもうちょっと工夫して皆さんに楽しく読んでもらえるようにしろよ。敵を作ってどうする。正しかるべき直言をしておるのだから聞けというスタンスは、あれだ、「へうげもの」での石田三成のようですな。よく考えると正しいのに憎まれてしまうと。
   あとは、彼が忠誠を捧げておるらしいボスの後藤田正晴氏をもうこれでもかと持ち上げておって、「後藤田さんはこうなさった」、「後藤田さんによればこうである」ともううるさいぐらい。これだけ惚れられたら上司冥利に尽きますな。政治に詳しくないおかあさんとしては、そんなに有能でいらっしゃったのならどうしてこの方総理大臣におなりにならなかったのかしらとか思いますけど。いろいろダーティなイメージがあるのを見越して自ら踏みとどまったとかまた持ち上げてました。

   さて、それでおっちょこちょいの語る危機管理の話をさらにおっちょこちょいのおかあさんが読んでご紹介するとかなりあやしい話になるかと思いますが、その辺は、ご覧になる方がうまく、そうね、眉に唾でもして見ていただくことにして。

   で、専門家のサッサのおじさんが語るには、現代は「もはや『水と安全はタダ』ではない」ということで、個人個人が過去に学んで意識を新たにしていかねばならないということだそうで。

   「雪印」の食中毒事件はここが悪かった、かつては同じような事件を巧く納めたのに、それが活かされていなかったと言ったのは立場が外部だからこちらも素直に聞けたんですが。
   三原山の全島避難の時は、おじさん当事者で。すぐさまどこの官庁が対応に当たるか決めてまかせたというのに、その担当部署が事件の名前を命名するための会議を延々やっておって対処に当たらないというあほらしい事態が起きておったそうな。ところが、コレを聞いた後藤田長官と中曽根総理が即決で「内閣が引き受ける。佐々がやれ」となって、3時間で付近の船をそれこそ南極観測船まで動員して1万3千人の全員脱出にこぎ着けたのだそうで。めでたしめでたし。読んでる方はホッとしてスッとするけど、「ダメなお役人をこき下ろして、臨機応変な俺エライ」話になってるところがイヤなひとはイヤでしょうなあ。

   サッサがイヤでも読んで欲しいのは日銀の遠藤さんのお話
   このひとは非常時に強いひとで、青森を台風が襲ってリンゴをたたき落とせばそれを拾ってジュースにし、さらに余った分は日銀本店に買えと送りつける。阪神・淡路大震災に遭遇すれば、すぐ「停電で金庫が開けられなくなる前に現金を全部出せ!」しまうんじゃないんですよ、出すんですよ。サイコー。なんでも関東大震災の時には現金不足で暴動やら略奪が起きたそうです。ちゃんとそれを勉強してたんだなあ。そして、崩れずに残ってた都市銀行の支店を探して、「全ての銀行業務はそこで共同して行う」とNHKですぐ広報したそうです。しかも、震災特別措置をすぐ打ち出して、はんこがなくても通帳がなくてもお金を渡してやれって。さらに、体格のいい行員(アメフトとかラグビーとかの経験者が銀行にはなぜかよく採用される)に警備を付けてリュックサックにお金を入れて持たせて、生きてる支店やATMのお金の補給をさせたそうな。さらには、貨幣が足りないと見るや、「どうせ災害義援金で出すんだし」と貨幣を1000円ずつ袋詰めにしてそのリュックサック部隊にぽいぽい配って歩かせたとか。ここで泣かせるのが、「紙幣ならありますから」といって、みんなタダでは受け取らず、両替のかたちを取ったというのが日本人ならでは。

   阪神大震災の話はどこで聞いても泣かせますが、コレは本当にいいお話。娘に今語って聞かせたところ、
   「そのえんどうさんは国民栄誉賞ものでしょう!!」……虎ちゃんもおっちょこちょい。

   この話を読めただけでも505円の価値はあったと思いましたね。
   ワイドショウもくだらないあら探ししてないでこういういい話を取り上げればいいんだわ。
   ということで自分のブログに書いてみました。みなさんヨロシク。

   こういういい話を参考に、いざというときこれに近い行動を取れるよう心がけたいものですね。  

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転んでもただでは起きない

   

お腹痛いよう。どうも風邪がお腹に付いたらしく、ハッキリしません。

   下り加減の時は、「もやしもん」でも沢木が菌達に言われてましたが乳酸菌がやっぱりいいそうで(菌が見えて、コミュニケーションが取れてしまう異能をもった沢木が主人公の学園? 漫画)。仲間を助けに行かせろと談判してましたよね。

   で、ヨーグルト。旦那様のデザート用に、うちはプレーンヨーグルトが買い置きしてありますが。

   甘くないのはヤッ

   って幼児じゃあるまいし。
   最近発見したのは、CGCの100円ゼリー(桃やらパイナップル&ナタデココなど種類は豊富)にプレーンヨーグルトを掛けて、崩しながら混ぜて食べると甘さといいフルーツ分といい丁度よい! 
   お加減の悪いときでも、お元気なときでも、どうぞお試しあれ。

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