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2008年10月 7日 (火)

時代小説を書いてみよう 「馬にはお慣れ候や」

   もうあんな「スイーツ大河」には付き合ってられない! とばかりにレヴューも放棄しておるおかあさんです。
   薩英戦争ではまた例によって「皆を止められなかった、あの方と約束したのに薩摩を守れなかった!」と小松帯刀(尚五郎ちゃん)が泣き叫んでさらにお近たんに諫められておって、

   

全然進歩しとらん

   篤子たんはまたあいもかわらず直談判正面突破主義で、それを家茂まで踏襲して上洛に相成ると(それはウマイ解釈だと思う)。先例主義でそれにケチを付ける大奥連中も気に入らないし、いろいろ逆恨みやらなにやらで篤子たんとうち解けない和宮もイライラする。勝海舟と碁で勝負して陸路を取らせるあたりは篤子たんらしくてちょっとスッキリなエピソードだったにせよ。

   原作でも面白くない部分なところへ、脚色・演出が気に入らないので例によってTVだけつけてアリバイにして流し見ということに相成り候。

   って、そういう自分もお姫様が出てきて好き勝手してそれでも周りは感じ入る というような時代物を喜んで書いていたことを思い出して汗をかいたところ。

   ちょっとご披露してみましょうか。そして、せいぜい我が身を振り返って脂汗をかきます。
   続きはコメントのかたちにして掲載と。

     馬にはお慣れ候や

 わたくしがあのお方に会ったのはそれが二度目であったかと思われます。い
ちど目は確か母の葬儀でした。わたくしより十以上年上のあのお方はただただ
ご立派で、お背も高かったので、六才で母を亡くしてぼうっとしていたわたく
しは、言葉を目で拾うように仰ぎ見たのを覚えています。
「……てはなりませぬ」
 もう一度、お美しい碧姫さまはおっしゃいました。
「そのように泣いてばかりいてはなりませぬ」
 そう言えば、その時も乳母やは、ご無理を申されますななどと申したかもし
れません。わたくしの眼の中の碧姫さまは、そのまま艶やかな御髪も、練絹の
ような頬もぐしゃぐしゃに崩れてしまいした。
「泣いてもご生母どのが息を吹き返しなさるものか。そんなに萎れていてはそ
なたまでからだを悪くします」
 御本家の姫さまに厳しい言葉を投げかけられて、わたくしは驚いて、またな
んとも言えない切なさが込み上げて来て、ごもっとものお言葉と思うことなど
せずに顔を被って泣きじゃくってしまったのでした。

「消えてなくなるはかない名を付けるから。もっと剛(つよ)い名にすればよ
さそうなものを」
 最後に残った弟の雪千代が秋に亡くなって、やはり弔問にお見えになった碧
姫さまは、変わらずに堂々とされておいでで、声を低めもせずにおっしゃいま
した。わたくしは、悲しくはあったけれども、もう十二にもなった此度は泣き
伏してはいなかったので、碧姫さまのお言葉の降って来るのを、黙って仰ぎ見
ておりました。
「それでは露もまた露の命なのでしょうか」
 わたくしの弟妹は皆亡くなり、産まれる前に亡くなるものさえおりました。
当家は呪われているのでは、と申すもののいることも存じていましたから、つ
いつい口答えをしてしまったのです。さっと頬を赤らめて、姫さまはお怒りか
と思われましたが。
「露姫どのは、露どのは、ならこれよりは白珠どのとでもお呼びしましょう。
碧などは、それそこの青石ということ。苔むすまでも長生きして見せましょう
な。生きておるものの勝ちなのです、最後まで生きておるものの」
 教養高く受け答えも明快とお噂の碧姫さまが、幾度も口ごもって、そして言
葉を出す時には逆に早口になられるのを私は意外に聞きました。言葉を切った
後も、いつも背筋を伸ばしておられるというあのお方が、懐紙を使いながら心
持ち身を竦めておられる。それで、ひどく悪いことを言われたような気はしな
かったのですが。
                                 <続く>

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コメント

   <続き>

「あんまりな申されようではございませぬか」
 内々のものだけになってから乳母やは身を揉むようにして言うのでした。
「はかない名だからはかない命だなどと、御葬儀の席で言うことでございまし
ょうか。こちらにはまだ露姫さまもおいでですのに。いくら御本家の姫さまと
はいえ礼を失してはおられませぬか」
「御本家でも姫さまにものを申せるものはおられぬそうですから。ご正室腹の
上に、なにしろ碧姫さまはあの天明六年のお生まれで」
 中臈の御薗が常にもない様子で申します。
「おまけに十三才でご婚約者を亡くされてお仕舞いになって。もうはやあのお
年ではお輿入れの儀はございませぬな」
 浜路の声は憎さげでさえあります。今年二十三では確かに遅い方とは言える
のですが、皆の物言いはあんまりにも冷たく思われますので乳母やを見やりま
すと、
「丙午に生まれた女は男を食い殺すなどと申しますので。あの御気性で、既に
ご婚約者を亡くされておいででは、もうご縁談は参らぬかと存じます」と申す
のです。
(夫となる方を亡くされておいでか)生きておるものの勝ちと仰せられた時の、
自分に言い聞かせるような繰り返しが思い出されて、わたくしは碧姫さまを悪
く思う事はできないのでした。

 父ももう若くはなく、もしもの時には叔父に、ということに本決まりとなり
ました。その後は、御本家から婿ぎみを迎えて、という内々の約束もあったら
しゅうございます。わたくしは最後の一人としていっそう自由のない身となり
ました。もともとあまり丈夫ではなかったものですから、咳をしては布団に埋
められ、熱が出たと言ってはお医師を呼ばれる毎日となりました。
 その日もいつものように伏せっておりますと、表の方から騒がしさが細波の
ように伝わって参ります。常になく大勢の女の歩く様子です。
「こちらはいつも抹香臭いこと。白珠どの、おや、お元気そうではないですか」
 辻が花の打掛けの裾を捌いて近寄るなり碧姫さまは、慌てて起き直ろうとし
たわたくしの布団をはいだのでした。
「なにをなさいます」
 乳母やが金切り声を上げました。
「ご大切にしすぎるのもよくありませぬ。当家の秘蔵の香をお持ちしたゆえ、
聞いて遊びましょうぞ」
 大輪の花の咲くように笑って、懐から紙包みをお出しになるのです。御本家
の秘蔵のお香と申しますと、それは有名なものです。
「蘭奢待をお持ちになったのですか」
 呼吸をなんとか整えて、急な来客に席を設えていた乳母やが振り向きざま申
しました。
「使わなければないも同じです。箱だけを伝えればよいでしょう。ほんの爪の
先ほどをわたくしが貰ったとて、当家が蘭奢待を持っていることには変わりは
あるまい。それに」
 言葉を切って、そうして微笑んで見せたお姿にわたくしはぽうっとなってし
まいました。
「いたずらは二人でするのが楽しいものです」
 残念ながら伝説の名香のよさはわたくしにはよく解らなかったのですが、碧
姫さまと二人で内証ごとをしたということでわたくしはすっかり気分が晴れた
のでした。

 それ以来、碧姫さまはちょくちょくお忍びで当家にお越しになるようになっ
たのでした。正式な訪問では日を選んだり、ご正室さまやお部屋さま達のとこ
ろへ寄り道をしなくてはならなくなったりと窮屈ゆえと、ほんの数名を連れて
お立ち寄りになるのです。風邪には蜜柑であろ、ちょうど紀州さまより到来も
のが、とか、お庭の梅が頃合いではないか、暮れのうちから目を付けていまし
たとか申されては周りのものをきりきり舞いさせるのでした。
「御本家に居づらいから出歩かれるのです」
「やはり丙午であられるから。気ままなご気性で」
 周りのものは口では悪し様に申すのですが、いつも誰かの喪に服していて華
やかなことのついぞなかったこれまでと引き比べて、気持ちに張りが出てきて
いるように感じられるのでした。

 この日、わたくしは女の毎月のものを初めてみました。
「これをこちらに当てまして。殿方が手綱を捌くが如くに扱いますればお馬と
申します」
 乳母やの申すのをぼんやり聞きながら、恥ずかしいような、不安なような気
もちと、そうして痛みというものそれ自身とから、自分の身を抱くようにして
横になっておりました。
「碧姫さまよりご書状にございます。お祝いのお品も」
「どこから聞きつけられたか、いやらしいこと」
 そう言いながらも、いそいそと皆は書状と三方とを持ってわたくしににじり
寄るのでした。
「此度はおもと様初花の儀目出度く存じ参らせ候。お馬にはなかなか慣れ難き
ことと存じ候えど……まあ、書状にこのようなことを。ほんとうにあのお方は」
 代読した乳母やが眉を顰めました。
「いいえ、慣れました」
 少し頬を染めて早口になるお顔を思い浮かべながら、わたくしは知らず微笑
んでおりました。                      <終わり>

投稿: まいね | 2008年10月 7日 (火) 10時30分

某小説サイトより参上、拝読いたしました。

まず、基本の5W1Hがなっていません。
主語、述語、視点の固定がなされていない為、難解な言葉遣いでありながら、文章としては稚拙です。

そして、この話は結局何を伝えたいのかサッパリわからない。
雰囲気小説ですか?

web上で他者を批評するならば、自らも批評にさらされるということです。
ご理解くださいませ。

投稿: 桜子 | 2008年10月29日 (水) 16時37分

 桜子さんいらっしゃいませ。
 ご意見ありがとうございました。ナルホド、規定の枚数に詰めることに汲々としておって、時系列がポンポン飛んでおりますね。やっぱり自分で書いておるだけでは基礎的なことにも思いいたらないものです。これは恥を忍んで出してきた甲斐がありました。
 公に作品を公開すると、それを読んだ世の中のいろんな方がその方なりの感想を持つことはアッタリマエのことです。そして、それを述べることが自由なのも同じことと弁えておるつもりです。ご心配なく。どうぞ、お気がるにご意見をくださいませ。いっときむかっ腹は立っても、ありがたく進歩の材料のさせていただきます。
 胸の野望と妄想は尽きることを知らなくても、それを公にして世に問うにはあまりにも技術が拙すぎる。みっともないところをお見せして少しは笑っていただいておるのが当ブログでございます。お気に障りましたらごめんなさい。

投稿: まいね | 2008年10月29日 (水) 23時41分

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