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2008年7月16日 (水)

「篤姫」 28 選んだ道は

   今週はきつかったな。

   NHK公式に拠れば、「はじめて家定が徳川家を残そうと動いた、つまりは自分のことも生きても良いと認めた」瞬間に、彼は……。

   

余りにも美化した家定像であると最初は違和感がありましたが、これはNHK大河史に残るよい新解釈に入れていいかも。
   わたくしが大河を毎年見始めたのは嫁いで以来ですから、ほんの10数年のキャリア(キャリアなのか?)ですけれどね。   

   予告にもありましたから心づもりはしてましたが、早かったですよ。
   開始5分ぐらいで、
   「牡丹を御台に見せよう」とかいって、手ずからハサミを持って切ろうとする(またココが泣かせる!)ときに倒れるのです。
   ってさー、武家の頭領が。源氏の氏の長者が(いやもうそういう観念はなかったでああろう)。女房にお花を見せてやろうって手前のうちの庭で倒れて死にますか。
   どんな死に方もみっともない死に方なんて言っちゃいけないんだろうけど。
   やっぱりヘタレ感を禁じ得ないですよ。
   この将軍にはふさわしいかもですが。

   じゃあどんな死に方ならいいかって、落馬して死ぬのも武士としてどうよって気もするし、鯛の天ぷらの食べ過ぎってのもアレですな。あれ、足利尊氏の死因ってなんだっけ?(なんかデキモノらしい)

   脚気衝心ってところがもうひ弱なお殿様になってしまった天下泰平の末というのを表わしていてらしいといえばらしいですかね。

   まだ死んでないって。

   その上様の一大事に、きっとママとお志賀ちゃんと篤子ちゃん三つどもえの争いが枕頭で勃発、と思いきや、それはひた隠しにされるのでありました。

   「そういえば最近上様と会ってないわ」
   「どのぐらいですかねえ」
   「ざっと半月」ってあんた! 悠長すぎ!

   なんだか、新婚の頃は毎朝篤子ちゃんのところに泊まらないまでもお仏壇の間とやらで顔ぐらい合わせてたみたいな描き方でしたが、当時は相当あっさりした夫婦仲だったようですね。2,3日顔を合わせないなんて普通なのかぁ。前回申しましたとおり、中奥っていう奥様の立ち入れないプライヴェイト・ルームもお持ちだし。あと、歴代将軍の忌日なんてのがあって、各将軍の月命日は慎むとかいって奥泊まり禁止だったらしいし。まあ、ご清潔だこと。家定は13代なのでその前は12人、一ヶ月のうち約5日に2日は子作りができないのであります。そりゃ将軍候補も少なくなろう。ちなみに、忌日が重なる将軍がいたらしい(3代家光が4月20日、8代吉宗が6月20日)ので厳密に12日ダメだったということはないそうです。ま、あとは本人の意志だな。「ダメです」と言われても「いいだろ」と言える性格か、そうでないか。家定とか家茂とかは、やっぱり押して同衾したいという性格じゃなさそう。

   脱線はおいといて。
   上様が病臥という情報は、さすがにママ本寿院の方には入っていた模様。ところが、篤姫憎しで凝り固まってしまったママは、「篤姫には内緒」とまた陰湿なことを言い出します。
   「滝山! 断れ!」娘も絶叫しました。

   結局滝山くんは自分の心とプライドに従った模様。
   「実は、上様ご病気みたいです」と告げに来てくれました。このへんはやっぱり篤子たんの人徳でしょうか。

   これと前後して、とうとう将軍継嗣が紀州慶福くんに決まり、ヒスを起こしてた幾島くんが2,3日姿を見せなくて、篤子ちゃんはそっちを気にしてました。
   「きくもっちゃんのことがトラウマなんだ。こっそり自害してないか気になるんだな」
   娘はその頃は見てなかったですから、なんで篤子ちゃんが気を揉むか理解してなかった模様。ああ、やっぱり半年見続けてきて良かった。

   久し振りに出てきた幾島くんと、そのトップシークレットを告げに来た滝山くんがバッティングして、まだその内容を知らない篤子ちゃんが滝山を待たせて幾島くんを気遣うことを優先したのがなんだかしみじみ。
   お廊下の方で控えてる、後で来た幾島くんの所へわざわざ主たる篤子ちゃんが寄っていって様子を確かめたところに、幾島くんを大切に思う気持ちを感じました。
   ああ、こんなに大切な「同志」になったのね。

   で、不吉な知らせに悲しむ篤子ちゃんに滝山くんはさらなる調査を約束。

   上様のプライヴェイト・ルームが大奥じゃないというのは善し悪しですね。

   一大事なのに、正室・側室・ご生母はお見舞いに行けないのです。

   どうなんだろ? 史実ではみんな病室は中奥だったのかしら? 過去の大河ではどう描かれていたかしら? 「葵~徳川三代」とかで家康の枕頭にはおねーちゃんたちが侍ってた気がするけど、家康の頃は大奥がまだ成立してないし。

   みんなして一致団結して訴えたら、非常時だし、大奥に病室を移したりとか、お見舞いが許可されたりとかあったかも知れないのに、ママ本寿院はそういう権力の使い方ができない人でした。
   そりゃ困るな。
   水戸ぎらいもそうだけど、なんでも好き嫌いで動きすぎ。
   これぐらいのことで「政治的判断」とかいうのも言い過ぎですが、やっぱ、女性もそれなりの立場に立ったら好き嫌いだけで行動しちゃいけないでしょ。
   ま、篤子ちゃんはこのひとを悪い手本と思って真似ないように心に留めたかも知れません。

   なんて言ってる間に一橋慶喜擁立に失敗した島津のパパは大老井伊直弼からキビシイ処分を受けたりして、大変だったのでした。それでも懲りずに今度は京都に琉球の王子を連れて行く時に西洋式軍隊を備えて見せるとかいっていろいろ立ち働いておるのであります。タフだ。ところがそこで急に倒れて……
   ちょうどその前の週の民放の歴史ミステリー番組で、この時代のエライひとがけっこうばたばた絶妙のタイミングで死んでおるという脈絡で、それは篤子たんが毒殺しておったという方向に持って行ってました。
   いやそれは極端な話で。とりあえず実行犯ではないぞと。
   このドラマの篤子たんは非常に衝撃を受けて悲しんでおりました。

   そこへ滝山くん登場。また緊張してます。

   「本来なら口外無用の所、上様がことのほか御台様を慈しんでおられた由にて格別のご配慮あり……」って言ってましたか?
   内緒だけど、上様があんたのことダイスキだったみたいから教えてあげる。

   上様はもう亡くなっていたのでした。

   それも、今日とか昨日とかじゃなく、ひと月も前に。

   え~ちょっと、今蝉鳴いてなかった? こんな季節にドライアイスなしに一ヶ月も亡くなったひとを放置?

   「わたくしを上様の所へ連れて行け!」

    篤子たん、やめたほうがいいんじゃ?

    おかあさんのつっこみも空しく、襖を開け放って部屋にはいると、

    そこにはもう壺、どころか、箱になった上様がいたのでした。

    心を見せてはもらえず(最後の最後には心は寄り添えたけれども)、同衾もしてもらえず、挙げ句に亡骸さえ見せてはもらえない妻なんて。

    妻じゃないだろう。

    それなのに篤子たんはこれから崩れゆく幕府を支えてゆかねばならないのでした。

    

辛いよなあ。

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コメント

> 余りにも美化した家定像

 ハリスに対面して歌舞伎の如く見得を切って見せたくだりは、やり過ぎ! と思いましたけれども。歌舞伎は武士が見るもんじゃなかった、武士はお能! の時代に(いや、それは元禄までなのか?)、なんで病弱な将軍が歌舞伎を見たことがあったんだよ。
 ま、お女中は見に行ってたりしたらしいですから、見よう見まねで大奥では流行ってたのかも知れませんね。

 で、ウィキペディアによりますと、その対面の時に「足を踏みならしたり、声を発するときにのけぞって見せたりした」とかで。これがアメリカ側の資料に残る奇行の証拠なワケですが、これをうまく料理したんですな。ナルホド。

投稿: まいね | 2008年7月16日 (水) 12時41分

>「牡丹を御台に見せよう」とかいって、手ずからハサミを持って切ろうとする。
これ史実(なわけないよね)あるいはそれに近いものであったなら、見事な死に様!生き様がぱっとしなかったのをここで大きく挽回したと感じ入っております。

>落馬して死ぬのも
頼朝様ですね。吾妻鏡には唐突にこのようなことが書いてある。暗殺されたのではないか、という見解は歴史のおばば・永井路子さんだけでなく、歴史家でそのように考える方も結構おります。

>鯛の天ぷらの食べ過ぎって
家康は胃ガンだったっていう話ですが。

>(なんかデキモノらしい)
尊氏公は悪性腫瘍ですね。後醍醐天皇に敵対した者の中では一番長生きだそうです。これは尊氏が謀反人ではなく、形として反後醍醐になったが、本当に天皇尊治を尊敬していたから、という人もいます。

>脚気衝心ってところがもうひ弱なお殿様になってしまった
暗殺を企てられ、幾度となく毒を盛られたから、私は虚弱であると、ご本人は言っておられましたが。確かめる術はないけれど。

大河は基本的にその時の学会の定説を取り入れると聞いたことがあります。単なる新解釈ではなく裏付けがあると思いますよ。船越が司会をしている日本史トンデモバラエティじゃないんだから。

にしても、ご遺体を1ヶ月もどうやって保存するのか?酒漬け?只今調査中です。

投稿: アマサイ@科学の星 | 2008年7月16日 (水) 18時01分

 おやおやアマサイちゃん、その他の突っ込みは甘んじて受けますが、「箱」と書いたのは壇上に白木の箱(大きめの骨壺のはいるくらいの)が安置してあったからで。上様は既に荼毘に付されてもうお骨だと思われ。
 でも、江戸城内で荼毘に付したんかいと不審に思っておったし、寛永寺? 増上寺? 誰か徳川将軍の墓を全部暴いて身長やら血液型やらのデータを取った科学者がおったと思いますから、もしかして土葬だったのやも知れず。
 ねーっ。乾燥したヨーロッパならいざ知らず(いやそれでも教会のお堂の真ん中にお棺が安置してある映像とか見ると、中はどうなってるんだよとイヤ~んな気持ちになっているわたしです)、しかも、これは急死であったからという特例というわけでもなく、将軍の死は1ヶ月は秘すものと言ってましたから、それなりの手段が講ぜられてたと思うんだな。
 あ、昨日この項を書いたときに命日調べましたが、結構暑い時期多かったです。4月2人、5月1人、6月3人、7月なし。以上陰暦(12代まで)。

投稿: まいね | 2008年7月16日 (水) 23時06分

 失敬。徳川将軍で火葬にされたひとはいなかった模様。
 発掘調査によると、朱だの石灰だのと言った防腐剤を入れて密封されていたとか(相当重かったらしいよ)。
 やっぱりアレを見て不審に思った方がおられたようで、質問サイトで質問、回答があったのを見ました。
 じゃあ、あの白絹のかかった白木のでかい箱の中に家定様はおられたのですね。だったらその上の箱は何だったのよ?

投稿: まいね | 2008年7月17日 (木) 05時25分

揚げ足とって、腐す目的の為だけにドラマみてるの?ここの人。
超つまんない。

投稿: 滝沢 | 2008年7月17日 (木) 16時32分

2008/07/17 16:32のコメントへのコメントです;
腐す目的の為だけのコメント,超つまんない!

投稿: 三ねんせい | 2008年7月17日 (木) 18時55分

色盲と称されていらっしゃいますがネット上で軽々しく自称できるレヴェルではない、デリケートな障碍であるとわたくしは思うわけです。
そのあたり、如何お考えでしょう?

投稿: まいね | 2008年7月17日 (木) 20時14分

上のコメントは色盲の問題と関係ないんですが,誤解を招いてすみません.
色盲といっても個人差が大いにあり,どういうものが見えるか見えないか見やすいか,簡単に決めつけられません.詳しいことはまたいずれ.

投稿: 三ねんせい | 2008年7月18日 (金) 01時25分

 暑いのに大人気炎上中。
  騙りまで出るし。
  三ねんせいさん大変申し訳ありませんが、上記の「まいね」と称する人間はわたくしではありません。対応が遅れて申し訳ありませんでした。
 わたくしの書くドラマの感想が気に入らないからわたくし個人に対する攻撃をなさるのもご覧になる方の自由かと思いますが、それで書くことが断片的かつ感情的なことだけではあまりこちらの深い反省などを呼び起こせないと思います。
 まー単に不愉快だと言うことを表明したいだけでしょうが。
 ゴメンね不愉快にさせて。
 いやこっちも見ていて不愉快(なときもある)なのだから。
 それで視聴率いいからさ。
 こんなもんでいいのかと思って。

 さて、わたくし個人のことはいいんですが、出入りされる方の個人的なことをあげつらって攻撃することは許されることではないと思います。おまけに人の名前騙りやがって。
 場が穏やかでなくなるのもわたくしの不徳の致すところ、丸ごとご覧になってご理解を頂きたく、発言を削除したり参加を禁じたりすることはできれば行いたくないのですが、上の発言をなさった自称「まいね」さんには今後発言していただきたくありません。見つけ次第削除します。コッソリご覧になるのは結構ですが、お互い不愉快ですからおやめになったら。

 ちなみに、さきに発言されている「滝沢」と仰る方とこのにせ「まいね」は同じipアドレスより発言されております。
 

投稿: まいね@管理人 | 2008年7月19日 (土) 10時17分

わっはっは,やっぱり騙りだったのですね.妙だなあと思って受け流しておきました.何が妙だって,文体が違うんですよね.「レベル」と書かずに「レヴェル」と書くあたり,まいねさんの書き方を真似ようとした努力(?)は認めます.しかし文体までは真似できませんでしたね.短い文章と雖も文体に個性があります.文体というものをなめちゃいけませんよね.

投稿: 三ねんせい | 2008年7月19日 (土) 11時11分

 慧眼恐れ入ります。
 文体……そんなのありますか???

投稿: まいね | 2008年7月19日 (土) 11時28分

文体ってありますよ!いままでにも,ほんの一~二行の文章の文体で誰が書いたか見分けてきた実績あります.

投稿: 三ねんせい | 2008年7月19日 (土) 12時28分

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