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2008年7月 7日 (月)

大丈夫? 鎌倉散歩

   虎美(小6)がちょうど一ヶ月ほど前に鎌倉にグループ学習に行ったと思ったら。
   総合学習のよいところはそれを国語の紀行文の単元の材料に持ってこられるところ。しかも、それを製本して自分だけの小冊子を作って展示してありました。
   ヴィジュアル世代ですから、パンフレットや自分で取った写真を切り貼りしたり、きれいな千代紙を切り抜いてバランス良く配置してみたり。表紙や中の記事はなかなかきれいに仕上がっていました。
   また、お隣のゴルドベルク中も2年生は鎌倉に現地学習に行くので、やっぱりそのあとグループで書かされた壁新聞(去年の秋のもの)を借りてきて一緒に展示してあったりして、2年の年齢差をつくづく感じたり。

   内容は、やっぱりまだお子ちゃまなので、主語と述語がねじれてたり、白い紙に書いた文がどんどん右や左に寄っていたたりと可愛らしいんですけどね。

   聞き捨て(?)ならないところが2,3。

   「赤い寺」って、鎌倉観光の目玉、鶴岡八幡宮のことですか!? そりゃ柱やなんかは朱塗りだったかもだけど、八幡宮ってお寺だったっけ!?
   それが、ひとりふたりのうっかりくんだけじゃなくって、5,6人も堂々と書いていて。お寺と神社の違いなんて、そんなもん常識だから学校で教えるはずもなく、教科書に載ってないのは確かでしょうけど……八幡宮って、神仏習合してたっけ!?
   「八幡宮の八の字は鳩が背中合わせになったかたちになっている」なんてトリヴィアより、本質をちゃんと学習してきてください!!
   鎌倉の守護のために石清水八幡を勧請してきて云々って……中学校の壁新聞にはちゃんと書いてあったかしら。

   さらに、
   「入り口には白い石のシーサーがおいてありました」って、これも、受けを狙った子だけじゃなくて、どの子もどの子も「シーサーのようなものが」「白い石の虎が」「石のししまいのようなものが」って……。

   おーい!! 日本の子供はいったいどうなっているんですか~!?

   うちに帰ってきてから我が子に問いただしてみました。
   「神社の門の所にいる2匹の石のアレはなんて言うか知ってるか?」
   「狛犬でしょ!」
   こいつは「我が家のお稲荷さん」を読んでるんだった(光牙と影牙という動く狛犬が登場する)。ああ、ラノベといえど読ませといて良かった。
   「シーサーじゃないってのは……」
   「解ってるって!!」

   ねえ。沖縄のシーサーを「狛犬のようなもの」と表現したり認識したりするならまだしも。

   「お宮さんとお寺さんの違いは知ってるよな?」
   「お寺はお坊さんがいるけど神社は鳥居があって無人なの」

   お~~~~~~い!!
   「神社にだって神主さんがいるぞ!」
   「いつも行ってた所にはいなかったじゃない」
   「普通の大きさの神社にいるんだよっ!」

   日本の常識はほんとうに危機的状態かも知れません。

   さらに、鎌倉大仏に行ったグループでは、

   「鎌倉やみほとけなれどしゃかむには美男におわす夏木立かなという与謝野晶子の詩のようなものが飾ってありました」って……。
   詩のようなものですか。
   そんで、揃えたように、
   「意味はよく解りませんが」って……。
   悩むほどの歌意じゃないだろう! 鎌倉大仏ってイケメンよね、ああ、鎌倉ってさわやかでいいところ、てなカンジ。
   晶子はこういうご当地ヨイショ歌を良く詠んでるとか。 
   ここで、晶子は「釈迦牟尼」って言っちゃったけど、大仏は阿弥陀如来なので厳密には違うと突っ込まれて、結構ムキになって直そうとしたんだけどどうにもゴロが合わなくてとうとう「いいのよアレはアレで」と開き直っちゃったというこれこそトリヴィアがありますが、ま、小学生坊主には早かったかな。

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コメント

日本の常識の消え失せそうな状況は,都市化のせいなのでしょうね.田舎の村にはお宮とお寺があり,神主さんもお坊さんもいました.神社には鳥居があって狛犬があって鎮守の森のあるのはあたりまえのことでした.小学校の同級に神主さんの息子がいました.高校の担任はお坊さんでした.しかしシーサーをまったく知らなかったのは恥.知ったのは大学に入った後だったと思います.

投稿: 三ねんせい | 2008年7月 8日 (火) 10時49分

 ようこそ仰ってくださいました。昨日小学校の書棚で「わたしたちのまち」とかいう校下の歴史や地勢なんかをまとめた副読本を読んできたので、とりあえずうちの近所には鎮守のおやしろがあるらしきことは知りましたが。
 でも、今造成しているような新しい住宅地に「鎮護のために神社を勧請」なんてことは絶対ないでしょうからねえ。また、国籍不明の街作りを志向しておるので、そういう昔ながらの日本ぽいものは敢えて置かないような気もします。
 マエストロ佐藤賢一の中世ものだと、「街は教会を中心に作られており」とかしっかり書いてあったし、キリスト教圏ならどこでも街を作ったら必ず次は教会になるでしょうけど、他の宗教のところはどういうもんでしょう?

 シーサーについては、近年の沖縄ブームで知られるようになったんだと思います。ご時世柄三ねんせいさんはしょうがないのでは。わたくしは、幼い頃の司会者の名調子、
「北は北海道から南は九州鹿児島まで!」というのがまだ耳に残ってます。沖縄本土復帰は小学校に上がる直前でした。それまで沖縄の文物が話題に上ることなどなかったと思いますよ。

投稿: まいね | 2008年7月 8日 (火) 11時31分

与謝野晶子のあの歌にそういうトリヴィアがあったとは知りませんでした.鉄幹と晶子の編纂した「日本古典全集」を参考書に指定したりしたのに,晶子について何も読んでませんでいた.
姪は小学校に入る前から鎌倉の大仏様に惚れてます.

現代の町作りに教会や神社を中心に据える考えは無理なのでしょうけれど,無国籍というか無文化の都市計画は末恐ろしいです.

投稿: 三ねんせい | 2008年7月 8日 (火) 18時46分

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