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2008年5月 9日 (金)

「篤姫」 17 親の因果が

   えーと。どんな話だったっけ。

   篤姫ちゃんを大奥に入れるのは水戸派工作員としての役割がありました。ソレは何でかというと、れいのバカとの家定くんには子どもがおらんのです。病弱だし。バカだし。これは次のことを考えておかないと、というのが幕閣の皆さんのお悩み。で、将軍候補最右翼は江守斉昭くんの子で、一橋家に養子に行ってる慶喜くんなわけよ。
   太平の世も250年続くと、どこもひ弱になっちゃって、この時代の大名は養子のやりとりで家系図が入り組んじゃってます。また、あの家斉くんが何十人と子供を作っちゃったんで。その昔の嵯峨天皇も、多すぎる皇子皇女を源氏に下すことで乗り切ったんですが(この時はやっぱり荘園とかつけてやったんですかね? 当時はまだ朝廷にも財産があった)、徳川家も10代になるともう新しく家を興したりする余裕がなくって。もうそこら中の大名家に押しつけまくったと。ちゃんと嫡男のいるような所にまで。そんでそのうちを乗っ取ったようなところもあって。……そういう恨みも実は倒幕運動には影響してるなきっと。
   ええと、そういうわけで、「水戸家から将軍が出たら徳川家は終わる」とか不吉な予言をされてるという噂もある水戸家ですが、幕末(当人達はまだそう思ってない)には将軍を出す気満々なわけです。ひょっとして悲願? 幸か不幸か慶喜は相当頭も切れる若殿だそうで。

   とーこーろーがー。

   不吉な噂より慶喜くんのお世継ぎレースへの大きな障害がありました。それは

      

大   奥   。

   慶喜くんじたいが悪いというのではないのです。パパが悪い。あの江守斉昭くんが大奥から総スカンを食っておるのであります。

   それはなぜかというと、端的に言うと、エモリンが悪いです(江守ちゃう)。

   

徳川斉昭はセクハラ大王だったのです。
   ただ大奥のお女中達にえっちなことを言いかけるだけでなく、斉昭の兄嫁はその家斉の姫なんですが、そのお姫様についてきた上臈を

   

犯 し て 身 ご も ら せ た
                                 ……んだそうな。三田村鳶魚が言ってました。エンギョしか言ってませんが。って、江戸学の権威の著作の史料としての信憑性疑ったらなんもできませんか、そうですか。一応名前も残ってますけどね。唐橋さんだそうです。

   これは、ふつうにお殿様がそこら辺の町娘をピックアップしてヤリ捨てしたのとは違うみたいですね、大奥的に。

   何度も申しますが、大奥ではキャリア組とお色気組はきっちり分かれてます。お色気組は、ちょっとした簡易オーディションがあり(庭を順番に歩かされてそれを陰から見てるとか)、お目に留まるとお呼び出しがあって、その後の気に入られ方とか具体的戦果とかで出世していくわけですね。キャリア組は、はじめからその気で入ってきたひともいるみたい、女の園で、事務方、人事、渉外方面で働くある意味女性官吏として出世を目指すのであります。それが「お年寄」とか、「お客あしらい」とかいう職名だったと思いますよ。そして、キャリア組を夜にご指名するのは将軍さまといえども御法度だった筈。その権勢は、老中なんかが「もうちょっと支出控えてよ」と言ってきてもなんだかんだと上手いこと言って突っぱね、それが武勇伝として残ってるぐらい(色の方面を我慢してるんだから食欲その他ぐらい好きなコトさせろとか、女房の他に妾囲ってるやつに指図されたくないとか言ったらしゅうございますよ)。ちょっとした旗本ぐらいの収入があったそうな。それで、ついてる親分の名代として、お寺参りとかもやってたみたいですね(=江戸城から外出も可能)。御休息用のお屋敷も持ってたとか。お色気組にはチョットムリかな?

   そういう変な制度も、女の園を平和に保つための知恵だったのですね。天下第一の人に寵愛されるという特権を持つのだから、表に通じる権威は持つな、女性としての喜びの一切を放棄する代わりに男並みの出世を。誰だっけ、春日局の発案ですか? それをまあ200年もよく頑張ったこと。

   それはまた、大奥から他家へ嫁入りする姫君に従うお女中達にも言えたことだったのでしょう。天下一の権威を持って嫁入りする姫君は、迎える側には大いなる脅威で。それに、天下一の女性集団から選び抜かれた美貌と教養を備えた侍女達が従ってくるのですから。
   迎える大名家の奥向きも圧倒されます。大奥に乗っ取られるような気もするでしょう。将軍家という紐のついた女性が藩主の子を身ごもったりしたら、なんかむつかしいことになりそうだし。それに対し、「この人達はオンナじゃないですから。わたしの召使いで、そういう役目じゃないですよ」という建前でついてってるんでしょ? 上臈とか、年寄とかって。

   それに手を付けちゃだめじゃん。

   女性達の200年かけた融和工作を土足で踏みにじってるわけです。
   そりゃ怒るよ。
   なんでも、大奥側の抗議に、唐橋君は堕胎させられ、故郷に帰ったことになってたそうですが、真っ赤な嘘、水戸の方にコッソリ囲ってたって。
   そりゃ怒るよ。

   さらに、慶喜君の兄、水戸藩の跡取りくんには奥方(御簾中と呼ぶ)がおったのですが、なぜか自害を遂げております。このお嫁さんも、斉昭の毒牙にかかってのことと言われてます(相当な言われようだな)。

   とりあえず言えることは、慶喜くん、ママが37のときの子で。当時の大奥では30才を過ぎると、高齢出産を避けるために女性は夜は現役引退なんですよ。他の大名家もだいたいそうしてるはずですが、それなのに、慶喜くんは高齢出産の子なわけで。同じママから産まれたお兄ちゃんもいるし、別に斉昭パパはママ一筋だったわけでもないのに。
   要するに斉昭は30過ぎの奥方と、ルール違反をしてまで子作りをしておったと。

   

俺のうちで好きにして何が悪いというカンジが透けて見えませんか?

   やだなあ、そういうオヤジ。いくら頭が切れて教養があっても。エモリン酒乱の気があるそうで、またそういう役が似合わないとも言いきれないのが情けない。

   ええと、そういうわけで、水戸斉昭公は大奥で蛇蝎の如くに嫌われておって、その子である一橋慶喜公を将軍世子に据えるには若干の裏工作が必要と思われていたわけです。

   そのエージェントたる篤姫です、もう、金に糸目は付けない嫁入り支度をと言われ、田舎ものの無骨者の西郷どん、目を白黒。いろんないいものを見て鑑定眼を養ってました。
   そこでマスクド貴婦人が自分の嫁入り道具を持ってきてくれて、これを使えと言った?  それに、「お下がりなんて最低!」とうちの虎美と幾島が一緒になって憤慨してましたね。でも、当の篤姫は「お礼をいっといて」とスルー。最後うどんが「これは素晴らしい!」とかいってひとりで感動して見てて。
  「お礼を言われましたけど」と、マスクド貴婦人づきの滝山くんの報告を受けて「あの姫らしい」とうなずく貴婦人も意図が知れません。とりあえずこのレヴェルは押さえておけ、という親切心だったのでしょうか。
  結局GOサインが出たからには金に糸目は付けないということになり、もっと凄いお支度を作れということになったのですが。安政の大地震に被災、最後うどんが頑張ってそろえた嫁入り道具は灰燼に帰してしまったのでありました。

   あーあ。

   ま、そういうこともあるさ。

   あ、お国元の方で小松先生が亡くなって、尚五郎ちゃんが婿養子になる話がでてたんだっけ。せっかく上京して篤姫に再会して喜んでたのに、急転直下。でも、尚五郎ちゃんも腹を決めてまた薩摩に戻ることにしたのでした。

   斉彬パパは優しいですね。篤姫の成長を待ち、その気がないことを理解してちゃんと「友人の」尚五郎ちゃんに対面させてやり、聞き分けのない尚五郎ちゃんを優しく叱って現実に向き合わせて。ホント、史実の斉昭くんとドラマの斉彬くんとを一緒くたにして比べちゃイカンのだけど、パパになって欲しいのは即決で斉彬くんだな。

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