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2007年12月15日 (土)

メイ曲アルバムーへんたい飛行だ!

   大きな曲ばっかりやっているわけでもないのが合唱団で。

   たとえばアンコール。そのコンサートの構成の雰囲気から離れない感じでちょっと事前に練習しとくらしいですな。ま、学校愛に溢れてるところだと、校歌とか、より有名な歌があればそういう応援歌とか学生歌とか(ホラ、ラグビーとか野球の強いあの辺の大学を想像して!)。で、フォーレのレクィエムをやったあとの定番の付け合わせは、だいたい「ラシーヌの雅歌」。「ラシーヌ讃歌」とも言いますが、ラシーヌというひとが書いたキリストを称える歌にフォーレが曲を付けたという体裁なので、「ラシーヌ讃歌」だとラシーヌを褒めてるという意味にならないかと前々から引っかかってます。
   これがまた、夢のように美しいことは美しいんだけど、書いた人がラシーヌで、歌詞はおフランス語なんですよ。
   正式にやったのが新二年生の春休みだったんで、さすがのわたしもどういう歌詞だったか全く覚えてません。いや、褒めてるんだろうよ、キリストを。この夕べ、あなたを称える者に恵みをお与えくださいますようにとかそういう文脈。キリスト教の曲なんてみんなこのパターンですよ。
   「キラ コンデュイ タルブリ デュ テ ロワ」というサビの歌詞に
   「吉良上   野     は   いづ  こに」と当てて、赤穂浪士の歌に替えちゃったのは懐かしい思い出。

   で、フォーレの合唱曲というと、この他にも「マドリガル」とか、しゃれた曲があるんですが、いかんせんみんな歌詞がフランス語で。やっぱり発音が難しいので取り上げられることは少ないようです。
   「霊神」なんて、スゴイのに。
   これは不定冠詞のレのついた ジン(悪霊とか、精霊とかふつう訳するアレ)という原題なのを、もとの音にひっかけてわざと「れじん」と読ませておるのです。苦しい。
   歌詞は、タイトル通り悪霊のようなものが飛来して、世間をパニックに陥れ去ってゆく様子を描いたもので、ちょっとトリッキーな構成です。どういうふうにって、最初は
   ミュル ヴィル エ ポール
   アジール デュ モール (スイマセン、もう音しか記憶に残ってなくて綴り字が出ません)と、1行4音節から始まって、1連同じ音節数で続くと、次の連は1音節増えて5音節の詩句がまた同じ行数続くという形になってるんです。その形が、飛来する悪霊を体現しておるというご苦労な形の詩な訳です。書いたのはたしかヴィクトル・ユゴー。

        海辺に
        死の宿
        そよ風は
        波の呻き      ……てなもんよ(歌詞は適当)。

   で、どんどん歌詞が増えて悪霊の編隊飛行は空を覆い、街は大混乱のうちに最高潮を迎え、また、潮が引くように歌詞の音節が減って終盤に向かうんです。そして、また同じようなフレーズが再現されて、
    トゥ パス エ ファス 
    レ パス ル ブリュイ と、4音節に戻って終わります。いや、これフランス語だと4音節なの!

   すっごく苦戦したけど、面白い曲でした。歌詞が増えるごとに声部も増えていくし、ピアノ伴奏は悪霊の騒ぐ様をうまく描いてたし。

   でも、例によって音源がないんだな。「ラシーヌの雅歌」はけっこうCDに入ってるのに。切なく己が脳内でアンサンブルをして記憶の保全をしておるのでありました。入ってるCDがあったら大人買い候補の筆頭にするけれど。

   しかしながら、このトリッキーな歌詞は途中省略されて、全連に曲が付いてません。なんてもったいない。やるんだったら全部やれ。CDの尺に収まらないなんてことを配慮するような年頃じゃないだろう。

   「ティオの夜の旅」も、同タイトルの組曲のトリである曲の終盤、抜けているフレーズがあるんです。*この2節には作曲がされていません なんて注釈が必ず入ってます。

   こういうのは、作曲家の思う曲の形に不必要だったってヤツですかね? どうしてもそこだけメロディーがイメージできなかったのかな? 歌詞を重んずる好みからしてみれば、どうしてもうちょっとがんばって全部曲にしないんだってドつきたくなりますけど。

   というような謎も含んだメイ曲、死ぬ前にもう一度聴いてみたいものです。

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2007年12月14日 (金)

メイ曲アルバム フォーレのレクィエム

   年末年始はクラッシックに浸りたくなる季節です。今日もどこかのホールでは学生オケや合唱団の演奏会が開かれていることでしょう。そして、パートほぼ丸ごと落ちたり、全休符の筈がぼろ~んとヘンなところの弦が鳴ったり、ダカーポで頭に戻って2番の歌詞が始まる筈のところでひとりだけサビを絶叫する人が出たり……という悲喜劇が起きているわけですな(どれも経験済み)。やっぱりナマ演奏は楽しいな(ナチュラルに鬼畜)。

   フランスの近現代ものは、夜にいいお茶なんか入れながらまったり聴くにはいいんじゃないでしょうか。ドビュッシーとか、ラヴェル、プーランク、そしてフォーレ。わたくしは下戸ですんでそっちの方はとんといけませんが、左党の方はどうぞお好きなのをやってください。

   

フォーレのレクィエムは、今、あなたが初心者で合唱団に誘われてても、絶対やっといて損はないと思いますよ。短いし、楽だから。いや、メロディもシンプルでキレイです。総じてお得(オイオイ)。これが、ブラームスのドイツ・レクィエムだったらニヤニヤ笑って「健闘を祈る」、ヴェルディだったら「体力付けといた方がいいよ」ですけどね。正直、どちらも体力と記憶力が落ちてからだとおすすめできないなぁ。

   フォーレのレクィエムは(わたくしクラッシックは初心者並みなので、作品番号いくつとか、なに調とかいう呼び方はなじめません、ごめんなさい)、純粋に、物理的に短いんです。他のが1,2時間たっぷりかかるところを正味40分程度。レクィエムってのは、死者のためのミサ曲っていいまして、そういうご法事のお経の定型文(オイオイ)に曲を付けてある物なんですが、フォーレは現代の人なんで、わりとあっさりその歴史的に固まってる文章を自由にカットして、自分のイメージに添ったところだけ選んで曲を付けてあります。他の作曲家だとカットしたようなところでも、付けてあって、単純に軽量化を図ったというわけでもなさそう。それで志向するところは「死後の平安の追求」かな。主を褒め称える箇所「サンクトゥス」と、死後の平安を祈るところ、「楽園にて」のメロディの美しいことといったら。

   で、穏やかな美しさを追求するために、過激な歌詞の箇所、ふだん主旋律を担当する花形楽器、急激なテンポを排して作曲してあるわけだ。
   いちどこの曲をやった後、オーケストラのひとと飲む機会があったんですがそのスピーチで第1ヴァイオリンのトップだったかが
   「一度この曲をやってみたいといわれてやったんですが、こんなに出番のない曲とは知りませんでした。もうしません」とやって受けを取っていたような。第1ヴァイオリンの出番のない曲ってのも前代未聞。他の楽器と違って、彼らもまさか自分のパートの出番がないとは思ってなかったんでしょうね(部分によってはあります)。フォーレ、ある意味大物だな。

   メロディは上がったり下がったりの極端な難しさ、たとえばモーツァルトのレクィエムの、問題の死の直前に書いたと言われるラクリモザのあたり、ソプラノだと「♪ラーアクリモーザー」はいきなり冒頭から5つも音が飛んで上がって、次すぐまた6つ下がるという難曲だったりしますが、そういうところはないです。ベートーヴェンの第九のフーガの辺り、「ガンツェンヴェールト!」と、ほぼソプラノの上限、高いラの音で叫んだまま1ページ声を出し続けるなんていう肉体の限界に挑むようなところもないし。ヴェルディのレクィエムのようにステージで立ってあまりに長いソリスト様の掛け合いを待ってるうちに貧血を起こすなんて辛さもないし。
   ただ、逆に現代物のつらさ、半音進行が多いので、音の甘いわたくしなどはオッフェルトリウムで同じパターンを半音ずつ上がってゆくメロディラインが永遠に同じところを堂々巡りしてしまったりします、そういう難しさはありますけど。

   エンディングの美しさは、ほんとうに極楽的なものがありますから、どうぞ一度お試しになって。やらなくなって、聴くだけでも幸せな気分になりますことよ。

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2007年12月13日 (木)

今週のジャイキリ#47

   今週から話数入れました。自分でもドコの話か分かんなくなってきてるので。

   一気に周りが見えるようになって勢いに乗る椿。対するブラジルトリオの要、カルロス。ゼウベルトには敵の攻撃の起点10番(ジーノ)をマークするよう指示し、自分は
   「彼は僕が止めるよ」と見得を切る。渋い。話し方はとろいけど仕事はきっちりするタイプ……ってページをめくったら、2,3ページ先であっさり見開きで抜かれてました。

   

椿、激強(ゲキツヨ、と読んでください)。

   「笑ってる」って。カルロスも驚いてました。
   沈んでる期間が長かったから、はじけるときはモーレツで。それって北国の春?

   ぶっちぎりで敵陣までボールを持ち込んで、あっけにとられたゼウベルトが10番のマークを忘れているうちに、ゴールの前に到達。
   「なめんじゃねえよ!!」とディフェンダーが2人飛び出してきて、さすがにもう捕まるな、と思った時にはボールは少し戻った描写、DFがクリアしたのか、椿が後ろの戻したのか。前者っぽいな、バッキー焦ってるし。ところが、その画面の端に、走り込んでくるETUの10番のユニフォーム!

   

ジーノ!!

   「ご苦労 バッキー」って。
   汗ひとつかかず、さわやかーに。
   ほいっとゴール右上に蹴りこんで。
   この人の癖なんでしょう、人差し指を上げてシンプルにアピール。

   持ってかれちゃったよ、やっぱり。

   あとは最終ページまでサイレント
   熱狂するファン、ETUベンチ。迫る終了時刻、必死で指示を出す名古屋の不破監督、必死に攻め込むブラジルトリオ、はじめて真剣な顔を見せるぺぺ。余裕で清川のディフェンスを抜き、GK緑川さんと1対1。放つシュートは……枠に当たって外れ、そこで試合終了。

   

勝っちゃったよ。

   ああ、やっと勝ちました。
   今年の新年の連載開始から、47話目にして初勝利です。
   おめでとう。

   ***<今週のザッキー>***

   ジーノのゴールの後、ふふふ当然だよと言わんばかりのジーノに駆け寄るシーンのみ。台詞なし。さすが番犬、王子には従順なようで。世良はやっぱり椿をガシガシやって褒めてましたが。

   綱本さーん(原作者)、次には是非ザッキーの開眼エピソードを。

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今週の「かぶく者」 誰かさんと誰かさんがナシバタケ

   ってここへ来ていきなり。ちょっと遠回り注意報ぐらいで。

   モーニングでやっている「かぶく者」、歌舞伎の世界を梨園っていうそうですが(その昔玄宗皇帝が宮殿のお庭に梨を植えて、その辺でお芝居をさせたって故事にちなんでいるそうで。わたしも知りませんでした。皆さん、ここで覚えて帰ってください。間違って「海老様って梨農家のお坊ちゃまなんだって~」なんて言うと後々までネタにされます)その梨畑のお話。もう主役をやるようなひとは代々この仕事に就いてきたナントカ家の御曹司、千秋やのだめがピアノを始めたような頃から日舞やら仕込まれて、幼稚園の頃にはもう子役で初舞台を踏んでるようなエリートなんだそうで。そのへんのサラリーマンの子どもが高校出て門を叩いても、簡単に舞台に載せてはくれないんだそうな。
   まあ、閉鎖的ね!

   そのインシューの世界に飛び込んだ主人公市坂新九郎は、親友の某君(ゴメン!)とストリート歌舞伎をやって腕を磨いておりました。歌舞伎の一場面を、ちゃんと衣装を着けて、ふつうの路上で通行人に演じてみせてたんですよ。そりゃ、無理があるだろうよ、と思いはしましたが、なかなか作中のギャルたちには受けてました。台詞とか、分かんないなりに「なんか、妬いてるっぽい」「色っぽくね?」「あたしもこうされたいかも」って。
   で、ライヴァルキャラが逆にナントカ家の御曹司の仲村宗太郎。スパルタな親父に仕込まれて、努力でその地位をキープしてきたガラスの仮面でいうところの「姫川亜弓」ね。それが、ちょっとアイドルとの三角関係未満のトラブルがあってライヴァル関係になります。

   このへんがなんだか乗り切れず人気が低迷して、実はこの新九郎が江戸時代のあの「絵島生島事件」の、大奥のキャリア系お女中絵島ちゃんをたぶらかして門限破りをさせたという伝説の美男俳優生島ナントカの子孫? とタイムスリップまでしててこ入れを図ったと。

   ところが意味不明であえなく失敗。インシューのナシバタケに無名の天才が挑む話だったのに、結局伝説の俳優の子孫じゃだめじゃんって突っ込まれてましたよ。でまた現代に戻ってきて。

   さらに板東玉三郎をイメージしたと思われる天才女形芳沢恋四郎が新九郎に目をつけて抜擢するというコクーン歌舞伎篇に突入しておるのであります。今ここ。

   コクーン篇に入ってからは結構面白いです。恋四郎は解説キャラで、二人の演技のここのところがダメ、ここがこうできるから天才、と細かくモノローグで説明してくれる上、今まで「こいつ、スゴイ」と言われるばっかりだった新九郎を遠慮なく「それじゃダメ」と鞭をびしばしふるったり「天才過ぎて稽古が足りないからだめよ」とばかり斬り捨てたりするので小気味いいのです。

   で、同様に正式の相手役(振られて逆上する主役の方、新九郎はヒロインの彼である悪? 役)である宗太郎はもうちょっと苦労してねとばかりコケにされて千尋の谷に蹴落とされております。可哀相だけど、ここを乗り切ると一段階成長できそうよ。

   前置き終わり。で、珍しく、外の世界から入って今や大物の女形、「恋さま」といって女性客が熱狂するようなスタアとなった恋四郎さん、本番、初日の舞台で仕掛けてくるのです。宗太郎さんには「そのメーキャップやめてよ。わたしの相手役なのにブ男はイヤ!」とわがまま。あのーこれ、ブサメンが切れるところが見せ場の話なんじゃ? でも、「ご見物(観客)の気はわたしに向けたまま」とかいって、注目を引きつけて、宗太郎さんの見せ場のシーンの邪魔をする、する。宗太郎さんはもう再起不能直前

   宗太郎が八つ当たりで新九郎をぶん殴り、本番直前に顔に傷がついたり、その付き人が新九郎の衣装をずたずたにするという古典的嫌がらせに出ても、新九郎は涼しい顔して「じゃ、こう変えよう」とばかりに乗り越えちゃう。舞台の上で、アドリブで渡り合ったり。大物です。

   さて今週。その恋四郎さんとの絡みのシーンで、またしても「主役はわたし」な試練を課してくる恋四郎さんに、しぜ~んにその恋四郎さんに惚れてるオーラを出し、ご見物と同じ気持ちを向けた新九郎さん。受ける恋四郎さんとしては、

   

ぶちゅぅーっと。

   ディープなキスを交わして見せたわけだ。

   ご見物の熱狂することと言ったら。

   わたしは引きましたけれども。あんたらヤロー同士でしょうが。

   その昔の、タカラヅカを想定した女子演劇学校での女の子のスターへの出世物語の漫画がありまして(「ライジング」原作は氷室冴子)、その中で女性だけのミュージカル劇団において、「ヒーローとヒロインは本当にキスしてるの?」という読者からの質問があって
   「! してませんです。角度でそう見せてるだけ」って原作者の回答があったんですが。

   歌舞伎もそんなんしないだろうがよ。
   ま、ハプニングだったんでしょう。リアルに見た人だけのお土産。そんで、話題提供。そこまで考えての恋四郎さんのばくちですかね。したたかです。ここで新九郎の「天才」を認めて以後引き立ててくれるのでしょうか、そううまくいくかな?

   ホント、上手く持ち直して、毎回楽しみな作品になってきましたことよ。

   「○○のおじさん」「×之助兄さん」と呼び合う血の濃い世界観といい、「ご見物」とか「拵え」というテクニカルタームといい、知らない世界をかいま見ることが出来るのがいいです。

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ソチも悪じゃのう

   本日は小学校の個人面談があったので行ってきました。

   虎美も最近は調子も上がって、ちゃんと登校できて。先生のおかげです、なんて会話の流れで

   「先生、それでご挨拶の方は……」と切り出して。ついうっかり
   「山吹色のお菓子は入ってないですけど」というつもりで
   「山吹色のお菓子なんかどうですか?」って言ってしまって。

   「いや~お気持ちだけでいいですよ」と笑って断られてしまいました。そりゃそうだろ。

   でも要らないって言ってもらっちゃったもんね。気持ちはあるけど差し上げないよと。
   おかあさんもじゃのう。

   と教室を出ると、次の番の坂口さん(仮名)のママが待っていたのでした。おう、壁に耳あり。そりゃ「ありがたく頂戴します」なんて言えないわな。

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2007年12月11日 (火)

バラはなんのために?

   ちょっとクールダウン。
   今年最後のバラが食卓にあります。色も他になく濃く、パティオローズとは思えないくらいの大輪です。最後だからがんばったのかな? 丁度、夏の後で上げた肥料のタイミングが良かったのかな?
   バラは、花が咲いたら(もう、蕾がほころんだら、という厳格な園芸書さえあったような気がします!)すぐ切ってしまわないと、お花を咲かせる方に栄養がいってしまって良く育たないんだそうで。今時、バラに限らず、お庭に植える花でタネを取って翌年咲かせようなんてことはもうしないんですってよ。ま、ちゅうりっぷとか、球根物も、すぐお花は摘んで、球根を太らせましょうなんて、そういえば何となく言われてきたかもしれません。とにかく、タネができるまでお花を咲いたままにしてちゃいけないそうで。ま、花びらが散ったら見苦しいことになるし。

   盗人もあろうに道に盛りなる
       夜中の薔薇の主ゆかしき               舞音

   これは駒場の社宅にいた頃。歩道の方までプランターを出して、ガードレールにもうくくりつけちゃって、堂々と出してあるたしか大輪の白い薔薇。盗みやしませんが、まあ、おおらかだことと感心したのでした。もう、散り零れるまで放任で。薔薇って、熱心な方は、温室で、囲って、大事に大事に育てるもんだと思ってたので。そこまで入念でないのでうちのバラは「バラ」。

   ねえ、いくら全体のためだからって、せっかく薔薇を育ててて、咲いたらすぐ切り取って、捨てはしないでしょうけど、うちの中に持って入って。じゃあお庭は永遠に未完成、明日咲きます、明日咲きますばかり? 道行く皆さんにご覧に入れたりはしないの? そういえば、花束の薔薇も、持って帰って活けることを想定してだか、なんだか蕾っぽいのばっかりで、今見て美しい花が入ってないよ、と物足りなく思うこともありました。わたしの美的感覚がおかしいのかな? 咲ききって、今が極限値、というときを見てもらうものだと思っていたけれど。

   で、あと一日、あと一日とはさみを入れる日を延ばして、見苦しいことになることが多いのでした。やっぱり性格かなあ。

   「誰も寝てはならぬ」でも、さっと切り替えて「次の花」となるゴロちゃんに比べ、未練たらしいハルキちゃんは「これはこれでまだ見れる」と咲ききった薔薇ばかり集めて活けたりする人なのでした。そして、我らがヤーマダくんは、「可哀相だろ。やれ咲け、咲いたらタネは要らんとか、よけーなお世話と花は思ってるかもだぞ」と散るに任せよと言うのでした。うん、方向性が間違ってるかも知れないジェントルさでした。3者3様のこのくだり好きなんだ。6巻参照のこと。

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2007年12月10日 (月)

速報! ここまで堕ちたか

   毛染めのコマーシャルで懐かしい松田聖子の「青い珊瑚礁」のイントロが流れてきて
   「♪ああ~わたしの恋は~」って、歌声は郷ひろみじゃないですか!? 高音の伸びと独特の声は間違いようがないですって。顔は……もしかしてシワ取りました?

   いいのかこんなスキャンダラスな人選で、いや、その辺はあの頃お二人さんの恋の行方にずぶずぶだったお姉様たちを客層として当て込んでいるのでもう狙いまくりなのか、とちょっと前お友達と話題にしてたんですけど。

   本日またそのCMが流れておりまして、見ていた娘が

   「スターにしきの?」                       って。

   「バカを言うな! ヒロミGOだよ!! アチチアチチの!」
   「え~知らない。スターにしきのに見えるよ
   「(錦野旦じゃなくって)にしきのあきらのホントにスターだった頃を知らないくせになに言ってんだ!!!」おかあさんは一応「空に太陽がある限り」ぐらいはソラで歌えます。

   嗚呼、郷ひろみもここまで堕ちたんだなあ。ファンとまでは行かないけど、純粋に歌い手としては上手いし、いい曲をいくつも持ってると思ってますけど(カラオケでは結構持ち歌として歌い踊ったりします)。それ以前に、最新の「ゴールドフィンガー」がヒットしてた頃は虎ちゃんまた赤ん坊だったかも

   「お前、学校いってアレがスターにしきのだって言ってみ? 笑われっから!」
   以上、余りにもショックだったので曝しました。これが親のすることか。

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お歳暮もIT

   

お歳暮出しに行ってきました。

   この夏お中元を出しに行ったときもビックリしたんですが、もう面倒な送付先の伝票記入しなくていいんですね! 受付のお姉さんたちに一人一台ノートパソコンが配備され、郵便番号からの住所変換が一発になって、こっちが住所録から読み上げる住所をすぐさまパソコンに登録、伝票印字まで持っていくのです。スゴイ! 
   仙台は藤崎百貨店が古かったのか、小田急が進んでるのか。この2,3年で一気に変わったのか!? 嗚呼、素晴らしきかな情報化社会! いえ、藤崎だって、一度登録した相手先は記録してあって、「今年はどうします?」とばかりにここ数回の品物実績といっしょにカタログが送られてきてたんですけどね。その一覧におうちで記入してファクスという手もあったけど、やっぱり実物見て決めたいし、試供品も食べてみたいし(セコイ)。麓まで出かけてお中元/お歳暮センターで品物カードを手に「承りセンター」の行列に着いてたんですよ。順番が来たら、見本の品物に付いてた注文カードとお届け先一覧を出して、ここにはこれ、そこにはこれと指示を出して終わり。このせいで、ここ数年はずいぶんお中元/お歳暮売り場は縮小化、時間も短縮化されてきてましたが。

   で、今回も11月に入ったら小田急百貨店からカタログと相手先一覧が送られてきてたみたいなんですが……なくしちゃって(要反省!)。日付変更線越えましたが今日のこのこ出かけて来たんです。

   「送られてきたリストなくしちゃったんですけど」とおそるおそるカードだけ持って「承りカウンター」に出頭すると「はい、ではお客様のお電話番号をどうぞ」って。電話番号を申しますと、それを入力するだけで、住所氏名が呼び出されるじゃないですか! 嗚呼、年に2回しか行かなくってももう小田急百貨店の顧客様になってるんだ、うち!(もっと行ってます)。で、この夏のお中元実績もちゃんと呼び出され、手を打ったおかあさんは「そうそう、そこなのよ!」と住所録を開くことなくあっさりお歳暮の発送を済ませることができたのでした。
   夏は中央に1台(?)しかプリンタがなくって、「しばらくお待ちくださいませ」と席を立って伝票を取りに行っていたのですが、今回はもう一人一台デスクの下にプリンタも配備で伝票印字も秒速。非常にスピーディーなお手続きでした。こういうのは季節だけのリースなのかしら。莫大なIT設備投資だわ。

   スゴイナア。

   でもこりゃ、本当に顧客情報の管理徹底して貰わないと

   で、仕事を変わって付け届け先の変わった早乙女さんはビールの人からハムの人にお品物も変ったのでした(発注先も変ったからそういう情報は情報として存在しないけど)。シャチョさんバーベキュー好きらしいからお肉にしたかったんだけど、予算内に入らなかったんだもの。なんだか消費税? どれも端数が出ててキレイな数字じゃなかったです。これも値上げの影響?

   「会社より先生方に送った方がいいんじゃないか?」と旦那様。
   本当に。でも、神奈川県は公立の教職員はご辞退されてますよね? ……それでも押して差し上げるべきなのかな?

   

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2007年12月 9日 (日)

「ティオの夜の旅」合唱CD大人買い

   前々からこちらで取り上げてきた「ティオの夜の旅」のCDが出ていたので買っちゃいました。原資は虎美の当てた商品券。ゴメン、おかあさん自分のもの買っちゃってさ。

   これがまた。
   前々から、日本のクラッシックCDが高いのはライナーノートが無駄に豪華なせいだとか言われてたと思ってたんですが。曲の紹介、作曲者の紹介、演奏者の紹介、それも、指揮者、オケ、ソリスト。そりゃ豪華になるな。声楽曲だと歌詞とそれの日本語訳もつくし。

   ところが、このCD、演奏は鈴木成夫、ピアノ伴奏が山内知子、合唱団が東京外国語大学の混声合唱団、コール・ソレイユ、って、カヴァーに書いてあるっきりで、ライナーノート? でいいんですか、中に封入されてる小冊子にはなんも説明がないのです。曲の歌詞だけ。ま、ふつうに合唱団の常任指揮者と常任伴奏者なんでしょうね、ちょっと記憶にないけど(20年も経ってたらわたしがやってたころとは代替わりしてて当たり前でしょう)。コール・ソレイユは(コールってのは「合唱団」の意味。コール・××ってのは大学の合唱団にはよくあるネーミング)、この木下牧子の曲をよくやっていて、定期演奏会で書き下ろし曲を初演(委嘱作品ってやつだ)ってのもあった気がします。個人的につながりがあったんでしょうか。というわけで、ここにとっての18番なんでしょう。また、いくらセミプロでも他の合唱団がやるのはおこがましい? 事情通なら要らない解説も、なんにもないと寂しいかな?
   何度も申しますが、バブル期の大学合唱界を席巻した名曲「ティオの夜の旅」と「方舟」、それに「夢みたものは」を合わせたお得合唱作品集だったのですが。……やっぱり曲目紹介も欲しいかな。木下牧子デビュー作品だとか、歌詞の元ネタとか……ウィキペディアに詳しいですからソレを見よ、なのかな、今は。

   演奏的には申し分ないです。テンポとか、うちの先生とは解釈が違うとこ、あったかな? あんまり昔すぎて、記憶がないです。どちらかというと、脳内にしか残ってない曲をまた実際に聞くことができて、いっしょに歌えて(これ大切!)うれしかったです。

   もう3ヶ月ほどもCDショップに通って指紋を付けるばかりの日々だったんですが、棚には他の合唱曲が増減することがなくって。

   

なんで日本の合唱組曲のCDってないんだろう? いい曲はもっとあったのに。

   ま、ああいう「合唱組曲」をやるのが大学の合唱団主体で、ブラスみたいにコンクールで優勝するような強いところが録音を残すことが一般的でないと、やっぱり実際にモノ自体がないんでしょうね。団員の思い出として作るということはあるとしても。わたしが卒業した後で「今年の演奏会をCDとして残すとしたら買いますか」なんてアンケートがあったぐらいで。合唱団員同士の横のつながりで「何十何年の合唱団どこそこの定期演奏会の演奏」としてその団員用の録音がダビングで出回ったりしてるんでしょうか。曲も中ヒットが散発するばっかりで、メガヒットが(この「ティオ~」以外)ないから、採算取れないのかな。古典たる「水のいのち」高田三郎は出てるみたいです。「ふりしきれ雨よ♪」40代以下なら学校の音楽の教科書にもあったでしょ? そういう、合唱団に入るような人ならいっぺんはやった曲なら、店頭にあるのもあったけど。 

   いい曲なんだから、もったいない。そして、アマチュアだからって、仲間内で流してるばかりじゃなく、対価を払って、味わいましょう。若いころじゃないんだから、雑音はいりまくりのテープをありがたがって聞くのはもう哀しいです。ああ、そうか、これも大人買い? お金を出せるようになって、昔を懐かしんで昔は買えなかったモノを買って往時を偲んで喜ぶのね。なんか内心ジクジたるものがこみ上げてきたりしますけど、そういうことで、往年の合唱名組曲ももっと出してください、カワイさん。「月光とピエロ」とか、「富士」とか。昔はあったけど、出ないから絶版にしたのかしら。惜しい。

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