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2007年5月12日 (土)

人肌は良薬?

   本日はゴルドベルク中学校の運動会の日だったんですが。

   お弁当のお約束、ポークロールを作り終わってもうどうにも起きていられなくなって、あとは明日だ、とお布団に入ったのは3時すぎ、生徒は7時集合だから5時50分から3種類アラームをセットして……とワンツースリーで寝入って、携帯のうるさい着信音で目覚めると、もう6時15分だったのでした。

   「おかあさん、おかあさぁん……」と2階からは豹太の弱々しい助けを求める声が。

   ああ、やっぱり。

   昨日、晴れて気温は上がったけど、冷たい風が吹き荒れてて、こういう日は日が落ちたら冷えるから気をつけて、とあれだけ言って、夜も布団をかけ直しに行ったのに。

   豹太は風邪からぜんそく発作を起こして布団にしがみついておりました。

   「寒い、さむい……」すぐさま携帯を取りに行って、布団をめくるなり足元の方から入って脚を抱えます。

   「はいはい、人肌人肌」おかあさんもまだ眠いし。少し寝て、7時近くになったら学校に連絡を入れましょう。それで近くの内科が9時からだから、薬を出してもらってあとで行けば……ってそのまま寝ちゃって。

   「あ~こんなとこにいた!」と虎美が探しに来たときにはもう9時半でした。あわててお弁当を詰めて、豹太をたたき起こし、お医者に行ったらまたお年寄りでえらく込んでて。「風邪だね。ぜんそくの発作はもう治まってきてる」って先生。やっぱ学校を休むにはぜんそく発作の方が通りがいいでしょ? 「ま、このまま休んだ方がいいよ」とおっしゃるので電話を入れて運動会まるまるお休みということに。終わったらもう11時でした。

   今はまって読んでるオンライン小説で、もう彼と彼女は両思いって解ってるのにいろいろ過去がしがらんで、この手を取っていいのかしら、どうかしら、このまま抱いちゃっていいのとかぐちゃぐちゃやっておって、「連休中は甘甘ですよ~」とか作者さんも言っといて、それでも「風邪引いてるから今度」ってお預け。「人肌は風邪に効くんだよ」って、ベッドにまで入って脱がしといてそれで終わりかい!? でも、それでも二人とっても仲良しになれたからいいのか、男と女はそればっかりじゃないか、と気を取りなおして血圧を下げてたところなんですが。

   人肌は風邪にいいって、中学にもなった息子をだっこするなんて。

   嗚呼、我が身からロマンとかエロスはこんなに遠くなってしまったのね。

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2007年5月11日 (金)

5月の風はシトラス

   スゴイ風吹いてますね。階段から落ちて向こうずねを抱えたまま半泣きの豹太を学校まで送って来たら、もう口の中まで砂埃

   平安時代のの女性はそうそう風呂に入れず、匂いをごまかすために服に、髪に香をたきしめていたとか。名前がスゴイです。「追い風用心」。ゆかしいですね。平成の追い風用心は、香りもさることながら、スカートがめくれあがってもキニシナーイの見せパンか? イヤそれもちょっと。

   わたくしも汗かきですから、自分の体臭と相性の良い柑橘系制汗スプレーを常備しておりますが(これがフローラルだととんでもないコンボになってしまう。くやしいけど相性ってあるのね)。お友達のモテる旦那様は蜂蜜系の体臭なんだそうで。そりゃ、虫がたかってしょうがないだろう。

      追い風は千年前から柑橘系

             振り返りたい自分を笑う               舞音

   本歌取りです。五月待つゥ花橘の香をかげばァ~昔の人の袖の香ぞするゥ~いや、本歌影も形もないから。

   さて、後ろに立つのは懐かしいあの人なのでしょうか。

   アロマセラピーの本などめくってみると、柑橘系の香りはホントに記憶力増進に効くそうで。「橘」の香りで人を思い出すのは「科学的正しいっ!」のかもしれません。じゃ、読んだことないのに書くのもなんですが、マドレーヌの香りで記憶がよみがえるとかいう某長編小説も、ヴァニラで香り付けしたヴァージョンじゃなく、オレンジの皮ヴァージョンのマドレーヌだったのでしょうか。

   そんで、自分がタイムワープをする香りはラヴェンダーね、よう知らんけど。

   で、数年前の坊っちゃん文学賞ネタに、性的虐待を受けていたヒロインがふとしたことからその過去を思い出して荒れるシーンを書くことになりまして。記憶をよみがえらせる鍵として整髪料を使ったわけ。で、昔からあるちょっと有名なブランドの整髪料を試しに仙台は藤崎百貨店まで出かけました。丹頂チックじゃないですよ、それだと親爺になってしまう(うちにもありましたから、別にイヤな思い出はないです)。もう少しおしゃれに、アラミス。

   濾紙に吹き付けて匂いをかいだら。

   よみがえるのは性的虐待の過去じゃなく(当たり前だ!)、へらへらしたメガネの笑顔でした。   

   大学のサークルの同期のコンサートマスターは、気のいいメガネハンサムでしたが、整髪料の匂いがきつくって、「んも~ぅ、ひでちゃんクサ~い」って嫌がられてました。身なりもちゃんとボタンダウンに白ベスト(襟ぐりに縁取りのような線入りのアレ)、グレイのスラックスとおぼっちゃん的。へらへらした笑顔が無害そうないい男でしたが、卒業寸前まで恋人はできなかったですねえ。そうか、ひでちゃんがんばってアラミスなんか使ってたのか。坊ちゃん刈りが少し伸びたような七三になりきらないナチュラル分けだったのに。ま、彼もまた勘違い系だったということか。まだまだみんな地味・ダサなファッションで、渋カシとかいう、ポロシャツの襟を立てるファッションは卒業した頃の新入生でぽつぽつみかけたな、などとしみじみと学生時代を思い出すおかあさんでした。

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2007年5月10日 (木)

大きくなったら何になる?

   卒業アルバムの「将来つきたい職業」に「プロ野球のじっきゅうをする人」と書かれていた豹太です。本人は実況といいたかったらしいですが、書いた字も汚ければ読んで集計・清書する方もまだ語彙が少なくて。

   ま、東京ドームに行くと水も飲まないで見入るぐらいのジャイアンツファンですし。

   「おまえは徳光か? じゃ、早稲田行ってアナウンス部入らないと」とわたくしがニヤニヤしますと、おばあちゃん孫バカで。

   「いいえっ! 東大よ! 東大なら進学校でエースをなんとかやっていれば十分神宮のマウンドに立てるわよ! 実際わたくしの出た○○高校のN期生の子はそれで東大を目指して見事に東大のエースになったのよ!」はいはい。○○高校ってスゴイですね。豹太は顔の前で手を横に振って(無理無理)。どうもノリが悪いようで。そこで騙されてその気になってくれりゃいいのに。

   旦那様は「目が悪いから無理だろ」とツンデレ、いやツンドラ? う~む、両方かもしれない態度です。もっと子どもの夢をまっすぐ受け止めて伸ばしてやる方向にですね……ハァ。

   そういう豹太は本日はぜんそくが出てお休み。昨日低気圧が近づいてると予報を聞いたときからイヤ~な予感はしてたんだけど。暑かったから、うっかり窓も少し開けたままで寝ちゃってたし。

   「のどが痛い」とヒュ~ヒュ~した息で申します。20分ぐらいは叱咤激励したんだけどさ。ま、明後日運動会だから。大事を取っていただきました。

   気象予報士になったらどうかね? 人間気圧計なんだし。あのむつかしい機械の数値を読んだり気圧配置図を描いたりしなくても天気の変動が丸わかり。ま、それでイロイロスポーツ医学とかの資格も取って、アメリカとかに箔付け留学すればジャイアンツ帯同のメディカルスタッフぐらいにはなれるかもよ。

   

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2007年5月 8日 (火)

「カーテンの向こう」芸術の力

   本日はイーヴィヒベルク小学校の授業参観日。科目は道徳だそうで、期待せずに行きましたら。

   「今日はこれ」と、一枚のプリントを配ります。黒板には先生が描いたのでしょうか、ベッドが並び、右奥にだけカーテンが引いてある殺風景な絵。

   「カーテンの向こう」というタイトルの掌編でした。ところはイスラエルのとある病院、もう医者にも家族にも見放され、あとは死ぬのを待つだけという重傷患者ばかりの大部屋でのお話です。

   その部屋は、ただ一番奥にカーテンの掛かった窓があり、そこだけが外界とつながってる模様。皆寝たきりなもので、その窓の側の患者、ヤコブだけがその恩恵に預かっておるのです。彼はカーテンの隙間から外を眺め、可愛い花売り娘が通るとか、雨降りで子どもたちがおかあさんにしかられることも気にしないで泥水遊びをしてるとか外の様子を語って聞かせ、わずかな生活の潤いにしておったのでした。

   語り手である「わたし」はそのうちヤコブが憎らしくなってきます。彼だけが日の光輝く外の世界を見ることができるのです。さらに、同室のニコルが危篤におちいり、最後に場所を換わって窓の外を見せてくれと哀願しても、ヤコブは窓を譲ってやらなかったのでした。そりゃちょっと、悪だよね。

   ここで先生は朗読を止めて、プリントに書き込ませます。

   「ねえ、ヤコブさんってどんなひとだと思った?」子どもたちを当てて発表させると、今時の子どもですから「ジコチューだと思います」(この通りの言い方じゃないですけど)。

   イロイロ語らせておいて、やっぱり「ちょっとひどいんじゃない?」という意見ばかり出たところで、朗読再開。

   もう、「わたし」の心はヤコブへのジェラシーでいっぱい。心の中では「ヤコブ死ね!」まで言ってます。あ~あ。そこまで行くか。そして、そう思ってしまう自分への客観的な「こんなわたしは悪いやつ!」という反省はないのです。おいおい。そうこうしてるうちに、ヤコブにも死が訪れます。せっかくの外の世界の中継者がやばい咳ばっかりして、なんにも語らないのです。最後に、「明日は天気だよ。星がいっぱい出てる。きっといい天気」なんて言って息を引き取るんですね。みんな悲しむんだけど、「わたし」だけは、心の中で万歳三唱。「次は俺だ! 俺が窓を独り占めにするんだ! 中継なんかしてやるか!」一人称は俺じゃないです。あ~あ。悪はヤコブから「わたし」に移っちゃいました。閉鎖空間に外との窓口という権益が絡むとみんな心が荒むのかしら

   晴れて看護婦さんにベッドを移してもらった「わたし」、もう眠いんだけど、目をこらしてカーテンの向こうを眺めます、そこにあったのは。

   いやおかあさん、ココまで言っておいてオチだけ隠しても。

   「なんやねん!」5年3組には子どもたちの怒号がこだましました。

   「最後の一葉」みたいな話ですね。O・ヘンリーの。一読してわたくしは感動にふるえましたね。芸術というのは、なんの元手も要らず、これだけ人に元気を与えることができるのです。死を目前にして、自分も辛かろうに、ヤコブは同室の患者たちのために言葉をつづり続けたのです。これは「やさしさじゃないかなあ」と先生。ううむ、美しいわ

   ま、おかあさんも大人だから、途中から「嘘ついてんじゃないの? こいつ」とは感づいてましたが。子どもたちは見事に騙されてましたな。「ヤコブはひどいと思います」なんて、可愛い、可愛い。

   しかし、「わたし」は手を下してなくて良かったですね。死にかけの友人を殺して奪ったところがこの結果では、もう生きてるのが辛いですわ。そこまで考えるおかあさんはダーク?

   「このあと、『わたし』はどうしたらいいと思う? ホントのことを言っちゃう?」って先生、そんな罪な。彼もまた嘘をつき続けるしかないでしょうか。

   「外がどうなってるかだって? 誰がおまえたちに教えてやるものか。死ぬまで誰にもこの景色は譲らん。ここは最高だ。おまえたち、一日でも俺より長生きして、自分の目でこの景色を楽しむんだな」と、憎しみというか負けん気の方から元気づける方を選んでみましょうか。

   「いろんなことがこの話からは考えられます。どれが正しいということはないんだよ。いろいろ考えてみてください」

   なかなかナイスな教材選択でありました。

   イスラエルってことは、このひとたちユダヤだよね? 嘘ついていいんだっけ?(いや、積極的に嘘どんどんついてOKって宗教はないと思う) 死ぬ前に、カソリックだとお坊さんを呼んで引導を渡してもらうと救われて天国に行けるんでしょう? ユダヤ教に天国はあるよね? 確か。最後に、嘘ついてすいませんと懺悔しなくて良かったのかしら、そういう欲求に駆られなかったかしら。こういう嘘をついたことであなたは天国に行けませんなんていう天国、行かなくっていいと思いますけれど。

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すたれる銀舎利?

   ファンケルから発芽玄米がでてしばらくして、旦那様が「これにしてほしい」とリクエストされました。

   なんでも、糖尿の家系であるところの旦那様は、白い食べものが危険なのだそうで(血糖値がすぐ上がってしまうとか)。いわく、白米、精白した小麦のパン、白砂糖等々。以来、ご飯は発芽玄米を1/3ミックス、パンはなるたけライ麦や玄米入り、全粒粉のものを選ぶように、もともとほとんど使ってなかった砂糖はそのまま上白糖ですけどね。一時はベージュの、なんでしたっけ、きび糖? 用意してたりして。

   それなりにおいしいと思えたからおつきあいしましたけど。

   ご飯に入れる雑穀も、麦から始まり、5穀セット、細長いスティックパック入りでご飯を炊くときに振りかけるだけなんてのに挑戦して。どんどん銀舎利から遠ざかる一方。生協にも便利なパックがあったから、自分で計って入れる10穀パックなんてのまで手を出して。

   イロイロ試してみますと、好き嫌いも出てきて。アマランス、蕎麦の実ぐらいはかえってプチプチ感が楽しかったですね。はちょっといや~ん。浸さないとふっくら仕上がらないので手間がかかるのです(かけろよ!)。

   最近はやってきたのは黒米ね。わたしはちょっとここまでは堪忍してほしいです。もともとのお赤飯も好きじゃないんですもん。それが、炊飯器の蓋を開けると黒い、というか、植物の「黒」でよくある濃い紫なんですよ。うわ。

   旦那様は「それがいいんじゃないか。最近はもう、こういう色がついてないと食欲がわかない」と仰いますが。豹太もおべんとうもってくんだからさぁ。

   学校の遠足の時は、その日だけ銀舎利を炊いてましたが、もう少年野球で毎週末出るようになってくるとめんどくさくて(残り白ご飯を自分で食べるともう物足りないと思うようになってるので)、発芽玄米ご飯をマンマ入れてのり弁当にして表面を隠すように。

   中学校になっても、最初はのり弁当にしてたんですが、豹太がのりを嫌がるようになり、「うちはおとうさんが健康オタクで発芽米にこってるからご飯が茶色いんだって言いなさい!」とそのまま送り出しちゃったら。

   「……おかあさんが言ったとおりに言い訳してる自分がいた」ときれいに食べたおべんと箱を返す豹太でした。誰もつっこまなかったそうです。みんな慣れてきてるのね。

   で、黒米入り雑穀セットがやっと終わったので、駅前のオサレスーパーの雑穀の棚(すんごい品揃え! よりどりみどり)の前で座り込んでいろいろ比較検討した上、黒米の割合が低く、ほとんど色がつかない雑穀スティックパックプラス自分で適当に蕎麦の実だけ足して炊くというように現在はなっております。これで我が家は健康家族よ!

   ってたら、生協から無洗米の試供品をもらって。今日はそれを炊いてみましたが、量が半端だったので(2合半強)豹太ったら

   「白い!」って。そりゃ、いつもより発芽玄米の割合が低いだけです。研がなくていいって、でも、お水を注ぐだけで白濁した汁が湧き上がってきて、おかあさんは気持ち悪くて3回水を換えてしまいました。だめだ、我が家には向かない。うちはお米のとぎ汁は植木に有効利用してるし。アンケートにはその旨回答しましょう。

   そういえば。その昔、「トリビアの泉」で、「自衛隊にはご飯を炊く専用カーがある!」ってのをやってて、お水とお米をいれるだけで自動的にご飯が炊けるとか紹介してましたが、「ただし、お米をとがないので臭い」とかいってたような。そこでおかあさんはTVに向けて叫んだ!

   「無洗米を使えばいいのよ!いや、コスト的に無理なんでしょう。でも、やっぱ、災害時炊き出しなんかには少しでもお味のいいものを出してあげてほしいし。

   無洗米のメーカーさん、そういうときがこんどあったら宣伝だと思って無料で出してあげてください。

   

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2007年5月 6日 (日)

雨女の黄金週間

   わたくしが結婚準備を進めておった14年前ぐらいのお話です、父が何気なく

   「あんたは雨女やからなぁ」と。

   え? わたしって雨女? なんで? と、それまで全然思ってもいなかったことを言われ、記憶をさかのぼると、その少し前の結納はお正月から小雨、振り袖を着たわたしがぬれないようすかさずショールをかぶせてくれた早乙女おかあさんには父も母も感動。

   着物が濡れるで思い出したのは、大学の卒業式。せっかくの袴におもいっきり泥はねがあがって、初任給が出るまでの苦しい時期に高い染み抜き料金がとっても痛かったですわ。

   そういえば入学式も降ってたかも、それを言うなら高校の修学旅行も雨ばっかりだったし、「王家の紋章」の大ファンという大学の友達のお供をして行ったエジプト旅行も(恥ずかしながら、海外はこれ一度きり)、当地では珍しいほどに大雨が降ってカイロ空港が閉鎖したとかしなかったとか……。

   信じない! 信じないぞう!!

   って言ってた結婚式の日はなんとなく小雨がぱらつき、新婚旅行の北海道も、登別や洞爺湖が土砂降りだった(函館の夜景も雨に濡れておったような)のでした。

   子どもが生まれて身を慎んでおったのですが、再放送で見た「メガレンジャー」、高校生が主人公の戦隊ものでしたが、はまってしまって喜んでみてました。彼らが修学旅行にいく回があって、「りんどう湖ファミリー牧場」が行き先でした。きれいで子どもも楽しめそうだったので、じゃあゴールデンウィークに行ってみようということになり、ガイドブックを買ったり最寄りの公共の宿に電話をかけたりして楽しみにしてたんですが……雨でした。土砂降りでした。広い敷地内にいろいろの施設が点在する形の自然とふれあえるテーマパーク、雨が降ったら悲惨でした。ジンギスカンだけ食べて、ちょっと土産物売り場を冷やかして、早々に宿にチェックインして……お昼寝して過ごしました。翌日、低気圧の去った那須野の空はきれいでしたけど、もー、まっすぐおうちへ帰りました。

   たしか2003年、関ヶ原400周年記念とかで盛り上がっておったので今まで行ったことなかったし、と日光参詣を思いつき、年末調整がなくなったから軍資金がないという旦那様に、わたくしのへそくりでなんとかしますからと口説き落として計画を立てました。実家の両親も招待してさ、メルモンテ日光霧降のサイトにダメ元でアクセスしたらスイートが取れて、わくわくしながら当日を迎えました。 

   そしたら母方の祖母が危篤で。子どもたちも楽しみにしていたのでわたしたちだけが行くことにして、両親は待機。そこへ土砂降り。車窓はこれでもかと曇りまくり。

   「もしかして、やっぱりわたしは雨女ですか?」といってもだ~れもなにも言いません。さっさと宿に直行して、無駄に広いスイートのベッドの上でUNOをやり倒しました。

   翌朝、霧に閉ざされたヴェランダに忍び寄る影! 噂の猿がこんな近くまでやってきておったのです! 子どもたちは大喜び。朝ご飯を食べて、雨も小降りになったところで日光へ。階段と坂がきつかったので、用意していったタイトスカートはあきらめ、くつろぎ着として念のために入れていった(寒いとイヤ!)ほぼスエットのパンツで参りました。東照神君ご容赦あれ。あ、祖母はそれから持ち直し、ずいぶんして一昨年なくなりました。

   それでいて、「なんか適当に岩手の方。中尊寺なんかいいですね」と旦那様に丸投げした年は、ちゃんと好天に恵まれ、ナントカ渓の、谷の向こうのお団子屋さんにオーダーを書いて代金とともに篭に入れると、お団子屋さんが綱を引いて篭を回収、おいしいお団子(格安!)を谷越しに送ってくれるという楽しいところに連れてってもらいました。傾斜がついておって、団子は一瞬のうちに谷を渡ってくるのです。お団子の素朴なおいしさとともに子どもたちの心に焼き付いております。……時間がおしておって、小走りに拝観した中尊寺金色堂のことはおぼろげになったおったようですが。せっかく押さえたお座敷列車も、疲労のためおかあさん爆睡しちゃって、かえってふつうの座席の方が良かったかも。

   豹太が少年野球をはじめちゃって、連日試合に出ちゃった年はどうかというと。 「じゃあ、虎美ちゃんがかわいそうだから3人で鳴子へでも日帰りで温泉に入りに行こうか」と、旦那様が言い出して、適当にうちを出て、言われるまま乗った車両は景色が見やすいよう窓に向かって一人がけ席が斜めについてるなんちゃってパノラマカーでした。3軒もはしごして、最後のとこなんて泊まりならウン万円もするようないいホテル。ああ得した。豹太が帰ってくる前に何食わぬ顔でおうちに帰り着き、お天気も上々でした。

   もしかして、おかあさんが楽しみにしている分だけ天気が荒れる?

   今年は、引っ越し鬱の気もあって、うちが片付かないし、子どももストレスでなんだか風邪が抜けない感じだからじっとしてようとおもってたらいいお天気で。もったいないなあって思ってて。

   「せっかくだから、お利口にしていたら最後の日に千葉マリンスタジアムに楽天の応援に連れてってあげましょう」と旦那様が言ってくれて。予告当番を見たら、楽天の大卒ルーキー、ややイケメンの永井くんらしいし。おかあさん楽しみに、マリンスタジアムのアクセスやら、お弁当の品揃えなんか見てたら。

   今日だけ、今日だけ首都圏は大雨だったんですよ。

   それでも朝方は多摩はぽつぽつ降りだったので、もしかしたら、と予定の1時間遅れでうちを出てみたら。

   地下鉄をいろいろ乗り継いで新木場で地上に出たときには土砂降りでした

   京葉線で千葉に入ったら、もう一面灰色に煙っておって。

   開始時間ぎりぎりにスタジアムについて、お弁当やら買い込んで入場口についたら、係の方が飛び出してきて

   「中止!」って。

   ああ、このせっかく買ったタコスをどうしてくれるのよう!(口を限界まで大きく開けないといけなかったけどおいしかったです) 

   でも、だいじな永井クンが風邪を引かなかったからいいわ!

   とりあえず、楽天のお荷物トラック(ロゴとマスコットたちの絵がかわいく描いてありました)の脇(屋根があったので)で立ったまま食べて、混雑を避けて球場脇のミュージアムを冷やかして(05年の優勝の記録やら、バレンタイン監督の切り抜き写真と記念写真や自分が胴上げされる写真を撮れたりする)、お土産コーナーでキャップや千葉限定メープルシロップ入りマスコットの絵柄のクッキーやらマスコットの絵入りどんぶり付きラーメンセット買ったりしてました。

   ナニしに行ったんでしょう、東京縦断して。

   京成の、真ん中が蛇腹でつながってるロングバス(シャトルバスとして海浜幕張から球場が100円でした)に乗れたからいいかな。

   しかし、ホントーにわたしって雨女なんでしょうか!?

  

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