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2007年6月13日 (水)

ルイ・ヴィトン伝説?

   眉に唾警報発令で。

   父の家は昔かなりすごかったそうです。歴史をひもとくと、明治中期あたりまで、石川県南部、加賀市のあたりは大阪と北海道を結ぶ船便、北前船の船主がいっぱい住んで追って栄華を誇ったのだそうな。どのくらいって、その時期の高額納税者はみんなその辺の船主連中だったとか。ところが、鉄道が開通して交通手段が一変するとあっという間に零落。石川県で初等教育をうけましたわたくしも、そんな話、聞いたことがなかったぐらいの寂れよう。それでも父の家、○○屋は昭和初期までなんとか家を保っておって祖父はインドまで足を伸ばしておったとか。

   外洋航海もするような貨物船があの日本海の港に入ってこようとはちょっと思えませんけど、その辺は、そういう船は神戸にでも入れてたんだと補足でもしてお話を楽しんでください。

   父が生まれた頃には、祖父は船が沈んで亡くなり世界恐慌の折からあっという間に没落して、父は貧乏な生活しか知らないそうですが。昔の栄耀栄華を知る二人の兄が、父を知らない哀れな末弟に面白おかしく語って見せたと思いねえ(要はまた聞き)。

   いわく、「うちにはエリザベス女王からいただいた金杯があった」って、あの~エリザベス女王の即位は戦後です。この辺はすぐバレるホラ。

   「うちには寝かせると目を閉じる大きなお人形がいっぱいあった」……って、ビスクドール?(とわたくしが突っ込むと) 「……お、おお、そうだとも」って、パパァ、ほんとう? けっこーノリで話しますからねえ、父は。って、そりゃわたしを含め○○家の血筋かい!?

   「親父が航海から帰ると、町中のものが集まってきて、おみやげを配るんだ。東南アジアの珍しいものはみんな喜んで持っていった。そして、その後には空の大きなトランクが残る。あの、ルイ・ヴィトンの箪笥のような大きなトランクが。それをばらして俺たちはいろんなものを作って遊んだものだ。あの辺の子どもの野球のグローブはみんなうちのトランクで作ったんだ」……ヴィトンの職人さんが聞いたら泣きますよ。そんな、今となっては二束三文のエスニック小物より、LとVとのマーク入りグローブの方が珍しくってよさそう。見てみたいなあ。残ってないかしら。って、ヴィトンのカバンってそんな、子どもが簡単に分解できるようなもんなんでしょうか。

    ヴィトンのグローブのくだりは、わたくしが今まで見聞きしたルイ・ヴィトン伝説の中で「カビが生えちゃったから全自動洗濯機に突っ込んで洗っちゃった。さすがヴィトン、何ともなかったわよ」という(仙台の某お嬢ママの話) のに次ぐ武勇伝であります。

    モノが残ってないからホラ吹き放題。「今誇れるモノがなにもないから昔話をするしかないのよ」とは母の達観でした。いいじゃない、妄想は寂しいひとに残された最後のフロンティアです。

    で、戦前の加賀市において、○○家の坊やたちからヴィトンのグローブをもらったという方! もしおられましたら名乗り出てください! どこかに残ってないかしら。

    しかし、こんなおおっぴらにブランド名出して馬鹿話書いたらブランド関係のトラックバックつきまくりだろうな……(この前お化粧品ネタ出したら大変なことになった)。

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コメント

 しかし、伯父たちもまったくいい人というわけではないですけど、幼い弟に刷り込む内容が「番頭がお金を持って逃げた」とか、「あれだけ便宜を図ってやった××の家が、お袋が借金に行ったら追い返した」とかいう話じゃなかったのはちょっと尊敬しますね。
 とはいえ、「あのお鈴(仏壇でちーんと鳴らすやつ)だけは金無垢だった!」とかいって、祖母が亡くなったら仁義なきお宝探しがはじまったのはまた、別の話。

投稿: まいね | 2007年6月13日 (水) 11時21分

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