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2006年12月 8日 (金)

帰巣本能

   先週は旦那様帰ってこない予定だったんですが。
   もう、民間って12月は仕事大変なんでしたっけ(嗚呼、専業主婦生活12年、ここまで呆けるか)、旦那様毎日残業、残業、痩せるし、電話口でも泣き入るし。
   「金曜日ねえ、会社のひとと飲みが入るから」
   「入るから何? 土曜の朝にでも新幹線乗りますか?」
   「そうだけど……冷たい」
   「ああ、めんどくさければ帰ってこなくていいから。そっちで寝て体力を回復しなさい」
   「……うん」
   とやや邪険に電話を切って、先週の金曜日も普通にネットをしておったのですが。10時過ぎにわたくしの携帯がメール着信音を奏でるのです。
   「今新幹線。最終。一時半になる予定」発信者:旦那様って、おいおい。
   「来ないんじゃなかったの? ご飯は?」と返信しても
   「T駅で乗るときにチケット取り忘れた。仙台で出られないかもな~」っておい~!!
   「最終だったので駅員はとりあえず乗りなさいと新幹線改札は通してくれた」って、ご機嫌でメールだけ次々来ますけど。とりあえずお蒲団メイキングして寝る場所を作らないと。旦那様のお蒲団を敷いていた場所は猫科の人達がマンガを持ち込んで読んでは捨ててゆき読んでは転がしてゆき、酷いことになってます。お蒲団ができたらあとは適当にオンラインゲームなんかしてると12時半に旦那様ご帰宅。トラでした。
   「チケットは胸ポケットにあった。静電気でカードケースに貼り付いてた」って、あとはやや自慢げな話がループ。もう、どこから見ても酔っぱらい
   「良かった良かった。ささ、ねなさいねなさい」
   「みんなと飲んで、解散した後気がついたら新幹線に乗ってた」って、洗濯物もなにも持たずに直帰?   
   「お土産? そんなもの買う余裕なかったよ~ん」
   「よしよし」よくこんなのが新幹線に乗って400キロも離れたところまで帰ってこられたなあ。

   

帰 巣 本 能 で 帰 っ て き た の ね 。

   そんなにこの一週間は辛かったのか。

   愛想のない嫁と懐かない子供しかいないこのうちがそんなに恋しかったのか。

   ゆっくり寝かせてあげました。

   でも、あんまり嫁に邪険にされるので日曜の昼にはもう東京に帰っちゃった。
   ゴメンね♪

   今週は帰らないそうです。ゆっくり東京の1DKで羽を伸ばして下さい。
   今年は仙台でクリスマスだって、どんなケーキにしようって盛り上がってると「食べきれるの?」ときかれました。「大丈夫、3人だから小さいのにするし」って、いないひと扱いしちゃいました。そういえば旦那様とクリスマス祝ったことなかったですね。……ごめん、あまりにも当然だったから今年は一緒にいられるってこと思いもしなかった。……え~と、チョコレートのブッシュドノエルにしましたけど、召し上がる?

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永遠の綾辻行人

   「このミステリがすごい」をパラ見しました。2日アクセスできなかったから今日は欲求不満解消で更新多いよ♪
   「綾辻行人の『暗黒館の殺人』、平面図をよく見るとあの館にはトイレがないんだよ。もう、そういう世界として描いてるんだね」云々とありました。そりゃすごいな。物置に突っ込んだのでおかあさん確認できません。お手元にある方どうぞご確認ください。
   だって、あのひと、三作目の「迷路館」では、その館の性格上バスルーム(トイレ付き)は必ず各客室に付いてるとかちゃんと配慮してあったのに。嗚呼、あなたはどうしてそうなってしまったの?
   「暗黒館」は、あれはかなりきわどいトリックで「やられた~!」感が強かったですね。悪い気はしなかったですよ。疲労感は強かったけど。「あれ、さっきはこういう描写じゃなかったのに。まーいーや」と読み返して確認する気をなくさせるあの長くて何度もある幻想的描写はあれもトリックだったのです。ゲラゲラ。似たような目には「黒猫館」でもあって、ああ、もう、判ってるよ、判ってるからもう終わらして、と思ってたときにそれがひっくり返ったあの衝撃は、やっぱり忘れられませんねえ。読み返す気にはならないけど。
   そういうわけで、「びっくり館」も買ったんだけど。たしかに少年少女向きな地の文で、うわ、懐かしい、こういう文体も書けるのねとわくわくしたのに。
   少年少女向きな内容じゃないじゃん。人間関係とか、動機とか。
   まだ「獄門島」の方が子供にも納得ゆく設定じゃわい。
   いや、今の少年少女はそういう危機に直面しとるかもしれんのだけど。
   いくら少年少女向けでもはやみねかおる的世界を書いてみる気はないのだな、綾辻先生は。
   なんかもう、アクロバティックなミステリ世界だけで通用する方向に行ってるみたいよ(こんなおばはんに指摘されちゃうぐらいに)。「月館の殺人」も、遺体が発見されて惨劇の幕が開く、と思ったら、その時にはもう全てが終わっていたっていうのはたしかに凝った構成ではあったけどさ、最後のあのぐんにゃり感はいかんともしがたいですよ。

   「庖丁人味平」ってマンガが昔ありました。ジャンプらしい、その道の初心者のひとが上達するごとに何とかの達人とバトルをして有名になってゆく話で、魚をガスバーナーで焼いたり(このマンガのせいで今時のパティシェのひとがバーナーでお菓子の表面をあぶるのには心理的抵抗感あります)、骨付き肉に火薬を仕掛けて爆発させて切り分けたりと食べ物を扱ってると思えないムチャクチャぶりで印象に残ってるんですが。
   カレー編では、味平のライヴァルはスパイスの神様と言うべきコックで、あの時代に鼻に黒いマスクをいつも被っていて嗅覚を保護してるというマニアなひとでした。究極の(違う!)カレーを作り出そうとスパイスの調合に入れ込む余り、麻薬に限りなく近いスパイスばかりを使って習慣性のある禁断のカレーを創り出してしまって勝負に勝って試合に負ける的退場をしたのでした。

   なんかそんな感じ。娯楽として、読んですかっとしてあーっと叫ばされちゃう作品を提供して欲しいんですけど、ファンとしては。いや、あーっとはまだ叫んでるけどね、すかっとはしないのよ。頼みます。

   それでも館シリーズと名が付けば買っちゃうから。まだわたしにとってその名は栄光に包まれているのだから。

   綾辻行人よ、お願いだからこっちの世界に戻ってきてよう。

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何故か惹かれる和のこころ♪

   れいによって旦那様と長電話中。
   「モエ読んできました」ったら、旦那様驚く驚く。ってゆーか、笑いを堪える表情。
   「MOE誌です! しばわんこの! ローマ字でエム、オー、イー!」言わずもがなで暴走するおかあさん、
   「あの『萌え』という言葉が出る前からある雑誌なんです! 全然関係ないの! ……ないのかな? いや多少はあるかもだけどだからそういう雑誌じゃなくて!!! おとなのおねーさんが絵本とかかわいい小物とかについて語る雑誌だから!」 

   ぜえぜえ。しばらくお待ちください。

   「しばわんこのグッズがかなり出たようです。フィギュアとか、ファスナーにつける飾りとか、甚だしいものではかなり顔が別人なぬいぐるみとか。どうしてフィギュアを作ろうというひとは顔に心血を注がないのでありましょうか、この前のアフタヌーンの『おおきく振りかぶって』の阿部くんのフィギュアも顔が超ビミョーでネットでも話題に……」おかあさん、脱線してます。
   「とにかく、あのみけにゃんこは似てません。でも、文房具とかは欲しいかも」
   「俺最近本屋とか近くにないから」
   「……別に買って欲しいと言ったつもりはありませんです」本当か?
   あ、本日も21時45分から教育TVであります。最近は問い合わせが多いのか、新聞のTV欄の表記も「わんこ」から「しばわんこ」に改まって捜しやすくなりました。どうか一度お試しあれ。

   しかし白泉社はなにをもって創刊時にあの名を付けたのでありましょう?

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昨日は山を下りました

   この秋からの目の異常はコンタクトが異常に汚れていたから、と原因が判り、さっそくコンタクトを新調して、今週受け取りに行くはずだったんですけど。
   イロイロあって。
   おねぼうしたとか虎美が外耳道炎になってそっちの医者を優先したとかおねぼうしたとか午後休診だったとか……生活を改めよう。
   昨日やっとお山を下りたんです。五橋のウチダユーヤ眼科(仮名)は午後の部は2時半からで。ちょっとうちからはバスの便の悪いところで、下手すると1時間ぐらいかかるのに午前の部は11時で受付終了なんです(二度寝をやめましょう) 。で、余裕を持って1時ぐらいにおうちを出ましてバスに乗ってお山を下りました。
   五橋のバス停に停まったとき、いつも流れる放送では「遠藤正則内科(仮名)前でございます」って言ってて、なんでフルネームなんだろうと思ってたんですが、自分が眼科にかかるに当たってお山の周りでタウンページを調べたら「遠藤裕也眼科」(仮名)がすぐそばにあったんですよ。それでか。もしかして、親戚かも知れませんが。

   いえ、うちの猫科の人達のクラスでも遠藤くんはいっぱいいて何でだろう、あやかるなら伊達とか藤原とか安倍だろうに、と頭をひねっておりました。金沢だとやっぱり前田多かったですよ。わたしは周辺部の農村の辺りなんで、どう見ても一族じゃなくてあやかり名です。
   小学生なので生まれ順、しかも、近頃常識の男女混合名簿でしかも男女紛らわしい名前で、「今日遠藤のうち遊びに行くから」って、遠藤くんなのちゃんなの~? え? その遠藤じゃなくて遠藤翔也くん? この前の遠藤くんは遠藤悠くん、じゃあ、この長谷川柚羽ちゃんは女の子でいいのね? それであんたのクラスに遠藤は何人いるの? ってもう堪忍して。

   と言うわけで、面倒を避けるためにその眼科はフルネームを称しているようですが。
   「ゆうやと言ったら内田裕也だろう」と、おかあさんはさらに自己流のアレンジをかまして内科と眼科の区別を付けております。
   この前、その近くの耳鼻科に虎美を連れて行ったたときついでに済ませられないかとそこの受付で診察券を探しつつ大きな声で言っちゃって。 
   「おかーさん、遠藤裕也眼科でしょ?」と虎美に突っ込まれ、
   「裕也と言ったら内田裕也。伊藤裕也と言っても豹太のクラスにしか受けないし、太田裕也といったらM山スパロースにしか通用しない。オールオーヴァージャパンで通用する裕也はやっぱり内田裕也!」……窓口のおねえさん笑いを堪えてました。しかし、裕也くんて多いですね。普通にいい名前だしな。

   で、大はりきりで遠藤裕也眼科のエントランスに近づきますとですね、なにやらしんとしておるのであります。自動ドア越しに中を見ると「本日の診療は終了しました」のプラスチック板が。そんな!? と診察券を見ると、嗚呼、

   

午後休診なのは 水 曜 で は な く 木 曜 日 だったのです。

   もっとしっかり確かめましょう。

   失意のおかあさんはそれから駅前まで歩き、とりあえずなんでも揃ってるジュンク堂E-beans店で懸案の「クラッシュブレイズ」と「アルスラーン戦記」の最新刊を二つとも買い求めました。うん、無駄足じゃないもん。

   そして、2冊とも一気読みして昨日湯冷めして風邪引いて……きょうもまたコンタクト受け取りに生けませんでしたのさ。しくしく。    

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2006年12月 4日 (月)

「功名が辻」48 土壇場で強いのがもののふ(笑)

   「かずとよ~~~~っ!
   お茶の間に響くおかあさんの怒号。
   やってくれました。
   先週、れいの種崎浜の大虐殺に怒った千代さん、
   「お暇をくださいませ」と離婚宣言。この場合の「暇」とは休暇ではなく非雇用期間です。あまりにも家事をさぼってる我が家を見てうちの母が
   「お暇が出ませんね」と言ったことがあります。なんども聞き返してやっと
   「こんなのでよく離婚されないわね」と言うような意味だったそうで。いや、方言とかローカル言い回しじゃなくて。日本語って奥深いわ。
   さて、世の定年後に離婚を切り出されてうろたえるパパと同様、一豊さまったら目を剥いて「離婚してどうするの!? どこに行くの?」って。ああ、こういうとき六平太が生きてたら「もしかしてあの男とやり直す気? ゆるさ~ん!!」とまたもつれて面白かっただろうに(やめなさい)。
   「城下にナントカという荒れ寺があります。そこで六平太や新一郎や一領具足のものたちの菩提を弔って暮らします」って、京へ上ってねねさんの弟子になるんじゃないのか。しかし、らぶらぶだったときからさりげなく町の様子をチェックして、あ、こんな所に荒れ寺が、だーりんと何かあったときはここに籠もるのもいいわねっておもっとったんかい。いや~千代さんてコワイ
   こういうような事態になったとき、既婚女性が頼るのはやっぱり友達ですか。できれば未婚の方が遠慮なくていいな。でも、おかあさんそんな友達もいなくって。嗚呼、情けは人のためならず。女の友情は結局は手前のためにあるのです? その昔、うちで実父と喧嘩してうちを飛び出したときに実感しました。こういうときに行く友達のうちの一軒もない自分ってなさけな~。結局隣町の交番に出頭して父に迎えに来て貰いました。なさけな~。せめて高校生の頃にやっときましょう。
   東京だと、大塚女子大学(仮名)のキャンパス横に同窓生会館があって、たしか卒業生は素泊まり3000円くらいで泊まらせて貰えたと思います。男子禁制ね。でもそれって、地方で女子教育を担っておられる諸先輩方が講演会やら研修会で東京にきたときに泊まるんで、旦那と喧嘩した馬鹿嫁のシェルターじゃなかったと思いますけどね。
   話を戻そう。
   いえ、それは千代さんのことだから。あら、こんな所に荒れ寺が。放っといて夜盗とかのアジトになったらまずいんじゃないかしら。暇になったらちょっと手を入れてもらっときましょう、とか、戦で夫を亡くしたおかみさんとかに入って貰って、親のいない子の面倒見てもらってもいいわねとかイロイロ考えてたんでしょう。そういう大局的な想像をしつつのお散歩のできるひとだったんじゃないかな。きっとそういう暇になったら考えるというチェック済みポイントが、邸内にも、城下にも、人間関係にもいろいろあるできる奥方。そういうものにわたしはなりたい。千代さんほどでなくても、奥方さまともなると菩提寺とかによく法要とか、供養のためとかそれを口実に庭を見にとかよく訪れてお金とかも積んでいて、何かあったら駆け込んだりできたんでしょう。世の中そんなもんよ。
   で、さくっと引っ越してきて、お掃除なんかしてる。やだな、お掃除からか。おかあさんやっぱり市内のホテルぐらいにしておきたいです。すると、戸を叩く美僧。ああ、丸顔のカワイイ少年だった拾くんがこんなに立派になって……。
   「土佐は遠うございますな」なんて現れるのです。パパとママの一大事にちゃんと現れる拾くん、偉いぞ。やっぱ、苦労しただけあって、ここぞ、というときが解るんですね。でも、「寛猛自在」なんて言葉をママに書いてやって、優しいだけじゃやってゆけないと諭すのです。おお、立派なお坊様ぶりだ。お城の工事現場へもいって、パパにも事情聴取。ここで、よろめく一豊さま。もう若くない、と笑ってみせるのも伏線。
   「姉上! 一大事」と康豊が駆けつけます。一豊さまが倒れちゃった。もう、矢も楯もたまらず枕元に駆けつける千代さん。ごめんなさい、ごめんなさいと看病をしますが。
   そこで、むっくりと腹筋を使って一豊さま跳ね起きるんだ。
   額に載せてた手ぬぐいなんて、ポイしちゃうし(この手つきが可愛かった)。きっちり座り直して。
   「そなたを2度謀った」って、なんです?

   

仮 病 だ っ た の で す 。

   冒頭、わたくしの怒号はこのとき発せられました。
   あ~あ。
   そんで、コレコレこういう理由でやむなく討ち果たしたので、山内家200年の汚点になるであろうがしょうがない云々とまた一豊さまらしからぬ立て板に水トーク炸裂。
   あきれた千代さんに頭を下げると(でも土下座までは行かないよ)、千代さんはついた手を膝に戻してやって、仲直り。

   控え室では「実はね」と拾くんに吟が種明かしをしていて「なおこじれます!」「いやいや、これが年の功」とか揉めてました。このドタバタぶりもたまらない。そういえば、「新選組!」でも、山南さん切腹のあとは近藤勇の奥さんが京都に出現して大騒ぎになってましたね。やっぱり愁嘆場の後はドタバタというのが正しい作法か?

   やっぱり、いつもはマジメでうまくしゃべれなくて世渡りも下手でむっつりしてても、いざというときにとうとうとしゃべれるってのはいいです。カッコイイ。日本男児かくあるべし。一豊さまステキ!
   と、「土佐は何万石? ありゃ、50やっても良かったな」という台詞は家康とオカマチック直政との間で再現されてました。面と向かって言ってやれよ。土佐藩士は200年それでコンプレックス持ってたらしいから(さしたる武功もないのに20万石で、よその藩との初代自慢合戦ではいたたまれなかったらしいです。シャレでごまかしてたとか)。直政も目を剥いてましたから、ツーカーで解ってたとは言い難い、という解釈のようで。じゃ、誰だっけ、家康とツーカーで、三成が逃げ込んできたときも阿吽の呼吸だったっていう家臣は。

   で、高知城が完成して二人して仲良く見回って「六平太にも見せてやりたかった、新一郎にも、吉兵衛(鉄矢)にも……」とか言ってるときに、一豊さま今度はホントに倒れてます。目を開けたまま棒のようにどすんと。うわ~、上川さん度胸ある。
   このまま帰らぬ人となるのでしょうか。次回最終回! お楽しみに!!

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2006年12月 3日 (日)

Yes, but No サンタさんの季節に

   12月にはいったらもう商店街はクリスマス。仙台の中心部、クリスロードの高いアーケードには大きな仙台四郎のサンタの風船が揺れています。
   仙台四郎というのは、ローカル福の神。戦前に実在した人物で、知能に後れがあったらしいですがいつもにこにこと出歩いていて、町の人も「しろばかさん」と呼び(まあ、あまり障害者に言葉で配慮する事のなかった時代です)親しんでいたそうな。それが、四郎さんが立ち寄る店は何故か繁盛するということで(昔話みたいに、良い心でこびとやら妖精やらに親切にしてやると良いことがあるというということだろうけど、純粋にそういう裏表のない気のいい人のお店はふつうの人も贔屓にしますね)、彼は福の神あつかいになったということです。というわけで、仙台の古い店の長押の上なんかにかざってある坊主頭で懐手をした福々しいお兄さんは、そういう生ける招き猫の肖像写真なわけです。
   余談が長くなっちゃったよ。
   そういうクリスマス前には、アメリカの新聞では必ず掲載される社説があるんだそうで。「Yes,Virginia……」と始まるその文は、「サンタさんはホントにいるんですか?」という小学生ぐらいの少女の投書に対する返事として書かれているそうです。「そうですとも、ヴァージニア……」ただそれは子供だましなのではなく、行儀良くしていれば報いがあるという硬直した道徳話でなく、ひとを愛する気持ちの大切さを語ったよい文であったらしいです。
   わたくしは仏教徒でありますし、幼い頃は何も考えず存在しているだけでふつうに優等生だった(本が好きで成績がよい、先生の言いつけは守る)ので、ただよい子でいるだけでプレゼントをもらえるというのはなんか申し訳ないような気持ちになっていたのでしょうか、クリスマスには懐疑的でした。そんで、こういういうのを書いてみたと思いねえ。

    サンタのいないクリスマス    
                   90年代一世を風靡したあのアニメの登場人物たちを

                   想定して読んでくださるとなお楽しめます。

 

 例によって皆の揃ったB家のリビング。今年のクリスマスは年少組が成人
してシャンパンが解禁になったので例年にない盛り上がりだ。
  「ねえ、そういえば皆いつ頃までサンタクロースを信じてた?」笑い上戸らし
いMがキャラキャラと笑いながらネタを振った。
  「んなもん、いるわきゃーねーだろーが。オレはガキの頃から信じちゃいな
かったぜ」Aが笑い飛ばす。
  「そう? あたし小学校3年生まで信じてたけどなあ。Aだってちゃんとプ
レゼント貰ってたじゃないの」
  「よく考えろって。おめえみたいないい子ちゃんはともかく、オレ様のような
ワルガキにサンタだろうがヨンタだろうがただで物をくれるわきゃーねえって」
  「そりゃーそーだ。Aのことだ、チビの頃から世間さまに迷惑ばっかかけて
たんだろーしな」Bが頷いて見せる。
  「おめーが言うかよ、このタコが!」ふてくされるのを、
  「まあまあ、それじゃ、誰がくれたと思ったんですか、A?」と、Cがと
りなす。
  「いや、きっとそんときそんときのオフクロの<お友達>が、機嫌とりに買っ
てくれてたんだと思ってて、いっぺんオフクロの奴にそう言ってやったら、あ
のババア、真っ赤になって泣いて怒ってよ、・・・親父だったみたいだな」A
には戸籍上1度も父親がいたことはない。一同言葉に詰まる。

                                         <続きます>

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