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2006年10月 7日 (土)

「功名が辻」39 ミッション コンプリート?

   養子の拾くんを出家させちゃった山内家パート、とうとう千代さんは最後の手段に出ます。若いおねーちゃんをあてがって、庶子を産んで貰う作戦。遅いです。実行は、掛川へ行って康豊ジュニア国松くんを見てから。結構利発そうなお子なんですが。これが、国松おバカで拾くん優秀だとまた揉めてたでしょうね。康豊ジュニアも良いけど、愛する旦那様の子供と言う線も捨てがたかったのでしょう、ダンチョーの思いでお腹様候補を侍女から選び、話を言い含めて自分は不破のおばさまを訪ねていくのです。そうか、口実&相談相手か。
   穏やかな生活をしているおばさま、ふと
   「そういえば、一豊さまが浮気したとかいって帰ってきたことありましたね」なんて昔話。そういえば、あのとき君は~若かった~♪ いても立ってもいられない気持ちの千代さん、お庭に下りて、竹を相手に八つ当たり爆発。カワイイ。可愛すぎます。その頃一豊さまは、侍女に「お情けを」攻撃されて苦り切っておるのです。いいなぁ、こういう、好き好き攻撃されるばっかりっていう役も。

   反対に、好き好き攻撃してばっかりの太閤は、とうとう淀に愛想を尽かされます。こっちの拾は元服しちゃったから。
   「秀頼の養育に専念します」だってさ。またまた~と軽いノリで、自分への愛情を疑ってない秀吉に、きっつい一発。
   「太閤殿下は息が臭うございます」だったっけ? いや、確かにこの前オークラキョーの前とかで言ってたけど。確かに年寄りはノーローが進んで臭い人多いけど。
   お前、年寄りに対するいたわりとか、子まで成した相手への愛着とか、ないのか?
   淀が自分を愛してないのを悟った秀吉、口を押さえて黙ってひとりで廊下を進み、転んで、泣きながら失禁します。
   これはまた大胆な。
   ここまで老醜をさらすとは。
   柄本さん体当たり。
   「これより太閤の容態は急変する」って、ナレーションも冷淡。

   一豊さまは伏見に帰ってくると、
   「世継ぎは国松、逆らうものは家臣、妻と言えどゆるさん!」って。女性関係はヘタレと言えますが、旦那様としてはご立派なんじゃないでしょうか。
   「男ならいろんな女に手を出してみたいはず」という千代論理に、
   「俺は今まで槍一本で戦国の世を渡ってきたのに他の女に興味がないからといって俺を男らしくないと言うか!?」という怒りの一豊さま論理は気持ちよかったですね。世の中の浮気をしない旦那様はこの台詞をお守りにされたらどうでしょうか。うちの弟も、出張が多い仕事柄「港港に女がいるのであろう」とお嫁さんのご実家から言われてキレたらしいですが。その時にこのドラマやってれば良かったですね。

   そして、太閤逝ってしまいました。
   病床でやっぱり心から労ってくれるのは昔からの妻、というのはパターン過ぎるんですが、やっぱりじんとしましたねえ。信長が夢に現れて、怒ってるとうなされる話は実話なんでしょうか、どっかで聞いたなぁ。そこであのあぶなが様再登場してくれないかとネットで語られてましたが、それだと新カット撮影になるし。あぶなが様は秀吉相手には怒ってなかったと思うから。再編集なら、不破のおじさまのように再登場はできたでしょうけど。そこまでサーヴィスはしないか。

   今回のサーヴィスはこっち。
   NHKに今年一番寄せられた質問、「利家はどうして出ないの?」に対するお答えとして、今回アヴァンタイトルの元服シーンにちょい役で唐沢利明の利家が出ました。なんでも    「あまりに印象が強いため、他の俳優が利家をやったのではイメージが崩れる、もう利家は永久欠番にしよう」という方針だったのが、一豊さまと利家さんがプライヴェイトでお友達だったので「出てやろうか」「出てよ」で友情出演が決まったのだとか。ま、元々原作ではほとんど出番ないし(仮装パーティーも醍醐の花見もカットされたよ~NHKのバカバカ!)。

   その徹夜の看病に淀ったら、他人の目を盗んで
   「猿、市である」とさらに嫌がらせ。はやくこっちにおいで、ぐらいかと思えば
   「秀頼は豊臣の子ではない」って、あんたやっぱり浮気を~!? と。
   「秀頼は織田の子じゃ」と乗っ取り宣言。とりあえず他の男の子供を作るまではしなかった模様。アレだけ嫌がってたしなぁ。子作りはまじめに相手をしてやったのでしょう。衝撃を受ける秀吉。してやったりとその場を去る淀。廊下で、ねねとすれ違って、余裕の表情。ナニかを悟って走り出すねね。女の戦いだなあ。とりあえず、秀吉を失意のうちに死に追いやるという任務は遂行できた模様。

   不毛な人生よのう。
   いや、本気で親の敵の性技に狂わせられてたり、心から愛してしまってたりして悩むよりかはスッキリ! なのかもしれないけど(いや、親の遺言とはいえ気持ち悪い任務だったと思ってそうだが)。
   たまにこういう攻めの姿勢の淀もいいかも知れません。

   そして、「長かった~」と知らせを受け、寝乱れた姿のママ縁まで出てきて朝日を遠く望む家康。西田敏行も名演技。あ~今年は見応えがあるなぁ。
   狸さん、これからがんばってください。

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おかあさま お手をどうぞ

   通学路の 猫は構われるが仕事
                                  舞音

   季語がないよ。じゃ、これはブンガク的な川柳って事で。

   今週は忙しかったなぁ。水曜がPTAの委員会、木曜が豹太の学年行事、今日が明日の運動会準備。明日! 雨天決行で地域の体育協会主催の運動会なんです。民生委員さんたちが世話人で、ご町内対抗、大人も子供も参加でサランラップとかタッパとかそういう「豪華」景品がでるやつ。会場は体育館と言うことになりますが。

   学年行事のプリントが来たときは目を見張りましたね。
   「親子ダンス教室 チャチャチャを踊ろう!
   動きやすい格好、体育館用のシューズでどうぞというのに、実家の母が作ってくれたひらひらスカートを出してきて。やっぱり社交ダンスはスカートがヒラヒラしないと。なにげに気合いの入っているおかあさんでした。

   体育館に赴きますと、ダンスの先生とおぼしきお姉様が、ゴールドのピンヒールに膝丈ながらへムのヒラヒラ切れて垂れ下がったダンス~というスカートで立っています。さすがだ。
   水曜のPTAのあつまりは、夏からこっちの活動報告で、6年の学年委員は
   「ダンス教室を明日開催すべく準備中です! 先生の事前講習でもうまくできなかったので、コミュニティセンターに3回集まって自主トレをしました」って。すげーな、気合い入ってると思ってたんですが。

   最初は準備運動、膝回し、柔軟から去年学芸会で子どもたちが歌った「NO MORE CRY」を使って「ディスコ」のステップで簡単に。
   「ディスコのステップは3つです! 右出してチョン、左出してチョンの足踏みと、それを3歩横にずれるもの、さらに、横に動きながら1回転するもの」音楽なしでカウントだけの練習から、手を多少付ける中級、さらに音楽に合わせて自由に動くまでやってちゃんと20分。そこで10分休憩が入ります。

   次は、とうとう「チャチャチャ」。役員さんが前に出て模範演技。音楽は、リコーダーでよく昔やった「ソードレミファソード、ド。ラーレミファソラーレ、レ」のあのメヌエットを、アレンジしてリズムをチャチャチャにしてあるモノでした。「ソーォドレミファソードォ、ド」ってカンジね。ウラ拍が効いてます。
   これがね、ひどかったです
   3回自主トレしてそれかい。
   足がもたもたしてるところへ、いわゆる日本人のシロウトのダンス、手が伸びきってなくて頼りなげなアレでした。見本の先生が本当にプロフェッショナルな肘の伸ばし、指の先まで張った手をしてるだけに差は歴然でした。
   ステップというか、動きは向かい合って左右に足踏みするものと、手を片方外して外した方を外へ向けて足は引いて後ろ足に体重をかけるもの、逆に、繋いだ手を進行方向にぎゅっと出して背中合わせになるようになるものとやっぱり3種だったんですが。
   おかあさんもダメでした(役員の皆さんごめんなさい)。
   後半2つの「開き」系の区別がたぶん付いてなかったですね。
   「3つ目のステップはニューヨークといって、ニューヨークで生まれたものなんですよ」って、いつもなら食いつくようなウンチクも耳を通過していきます。
   え~ん。
   豹太はさすが若いだけあって曲がった手足、とろくさい手振りながら音楽に乗って
   「おかあさん、次はこっちに開くんだよ」などと申します。それなのにおかあさんは拍のカウントさえもできずに足をもつれさせるのみ。
   それでも最後に一曲通して踊れて、いい汗(冷や汗込み)かきました。

   しかし、息子と手を取って踊れるなんて、粋な企画を立てますな。学年委員さん、どうもありがとう。ごめんね、ぼろくそに言っちゃって。
   お仕事で来られないご家庭(そういうのは子供同士やってた)、ママと娘が手を取ってたご家庭もありましたが、うちは満足したからいいもん(オイ)。

   「おかあさん、おとうさんと踊ったんだからできるんじゃないの?」
   「そんな経験あるものか」
   「だって、結婚式では二人で踊るもんじゃないの?」豹太やその恐ろしい常識はどこで手に入れた「常識」なんだ?
   「おとうさんとおかあさんは着物で神社で結婚式を挙げたんだ。踊るわけがないだろう」
   「ああそうか。昔VTRで見たっけ」

   イマドキの小学生の考えてることは面白いですねえ。

 

 

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2006年10月 5日 (木)

山羊のおしごと

   小人閑居して不善を為す。おかあさんまたネタに詰まって2ちゃんねるを物色。軍事板からは「戦場・戦争中のほのぼの話」という掲示板を探し当てました。だって、生と死の交差する場所では信じられないような話が拾えたりするんですもん。
   これはよそのジョークサイトで拾った話ですが、その昔のフォークランド紛争時、アルゼンチンのミサイルが英国海軍のなんとか言うりっぱな軍艦を撃沈したらしいです。そのミサイルおフランス製で。おかげでそのエグゾゼミサイル(このなんとも言えん語感がたしかにおフランス)、戦後大人気で3倍の値が付いたとか付かなかったとか。しかし、それはミサイルが高性能だったんじゃなく、当時お昼時で、イギリス海軍は水兵さんたちのためにフィッシュ&チップスを製造中で、そのテンプラ(違う!)揚げてる最中の厨房に被弾したため大火災となったからというのがホントの理由だったって。
   まさか! と思って、わたくし2ちゃんねるの「軍事版信じられないが本当だ!」という掲示板にお邪魔して、
   「とても信じられないのですが、お集まりの諸兄に真偽のほどを明かして頂きたく」と下手に出てお尋ねしましたら
   「なんで初心者のための質問のところに行かないんだよ」とブー垂れながらも「一応本当」とご回答頂きました。イロイロ専門的補足があったと思ったけど忘れちゃった。意外とミリタリーオタクの皆さんも親切で。やっぱホラ、オタクは基本的に「語りたい」から。
   「戦争中のお船の中で揚げ物なんかするんですねー。英国海軍ってビスケット囓ってラム飲んでるかと思ってました」と書いて「大航海時代じゃあるまいし」と呆れられましたが。

   それで、その「ほのぼの話」で今日拾ったのは「イギリス海軍にはマスコットとしてヤギ少佐がいる」って話。ああ、「信じられないが本当だ」でも見ましたよ。旧日本の帝国海軍にもヤギのお裾分けがあって、海軍さんたち悩みながら結局「美味しくいただきました」って返事して呆れられたとか。……英国海軍の伝統としては……失礼、長い航海中女性の代わりに使うのだそうで。
   現代のヤギ少佐の任務内容がそれとは書いてなかったですが、そのヤギ少佐、この前の閲兵式で暴走して「勤務態度不良」として降格されたとか。
   この話をトラックバックしていたブログでは「1年戦争の時の初登場時のシャア・アズナブルの階級が少佐であった。ホワイトベースのメンバーはアムロなどほとんどが曹であったように記憶している。彼らはヤギ以下であったわけだ」云々。こんなとこにもガンダムさん。ブライトすら少尉だもんな。大佐は艦長(キャプテン)をつとめるからキャプテンなんだとどっかでやってましたが、当時は知らなかったから、艦長のブライトが少尉でも若すぎるとも地位が低すぎるとも思わなかったですねえ。見始めたのが映画の哀戦士からだし。
   また別の所では「このヤギ少佐の任務はなんだったんでしょう? ヤギだけに重要書類の処分でしょうか? じゃあ情報部ね」なんてカワイイことを書いてありました。そうか、現代ならヤギに喰わせられるか。イギリス海軍の機密書類って羊皮紙なんじゃないかという先入観がありました。この前、「ジパング」では機密書類はバケツに突っ込んでその中で焼却してました。お船の中って火の用心も厳重なのね。……いや、焼却にくらべたらヤギの喰うスピードなんて実用レヴェルじゃないと思う……。

   うちの子どもたちにもこの話は披露しましたが勤務内容については「撫でて和むためにいるんじゃないか」といっときました。
   ロイヤルネイヴィーの広報の方、笑って許してくださいね。でもって、ヤギを軍に所属させておいて有用であるところのカッコとした理由がおありでしたら是非お聞かせください。

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工夫が足らぬ?

   もはや新内閣が始動しておりますが、「ゆーせーみんえーか」、あれってなんだったんでしょうね? 郵貯と簡保が握ってる多額のお金を国が直接使えるようにしたかったって事?

   郵便事業の凋落はもはや目を覆わんばかりだそうで。お勤め時代まで筆まめまいちゃんとして有名だったわたくしも、年賀状以外は本当に筆を執らなくなりました。郵便局モニターをしていた頃聞きましたが、だから砂漠に種を蒔く気持ち絵手紙教室などを開いてお手紙を書く習慣を消さないよう努めているのだとか。ううっもらい泣き。ま、時代の流れは変えられませんから、せいぜいしんけんゼミやZ会など通信添削会社と仲良しになっといてください。あと、「全員プレゼント」という名の限定品誌上通販ね。最近はあれも高額になって、切手じゃないそうです。いたいけな少年はあれで郵便為替というものを知るのだそうな。いけないおかあさんは同人誌の通販でげふんげふん。チェックを何度もして、厳封して赤いポストに入れるときのドキドキする気持ちを大切にして欲しいものです。

   郵便局のおじさんたら
   「アメリカなんか、あの国土で民営化してもっと安くできてるとかいいますけど、西部なんかだと町のドラッグストアにこの町はこんだけだから、なんて一週間に一回いっしょくたに投げ込んでいって終わり、って配り方なんですよ。日本の郵政とはレヴェルが違うんです」とぐちぐち(前世紀末に聞いた話なので眉に唾してね)。
   「だ~めじゃん! それをCMで流せばいのに!」

   「……日本は狭い島国だと思われていますが」と地球儀のアップからはじめちゃどうかね?
   「総面積ではイギリスやイタリアよりも実は広いのです」とヨーロッパ主要部なんか映したりして。
   「宗谷岬から西表島までは直線距離で××キロメートル、これは、インドに当てはめればヒマラヤ山頂から○○までに相当します」なんてね。詳しい数字は正確に入れてもらって。ヒマラヤ山頂はインド領じゃないとかの突っ込みはスルー! 実際どの位かな? 
ボンベイとか、スリランカとか有名な都市にかかってるとGOOD。もちろん美しい観光映像出してさ。
   「それだけの国土を、葉書は50円で旅しているのです」
   次のカットは冬がいいな。猛吹雪の中を、郵便配達人に扮した渡瀬恒彦か高倉健に行ってもらいたいです。スキーはいて、肩掛けカバンにはのマークがしっかり入ってて。吐く息が凍ってフードや襟元が真っ白になった姿で、とあるうちにたどり着くんですよ。そしてひとこと渋く
   「郵便です」と。
   雪でかすかに湿った葉書を出てきたおばあちゃんに差し出すと、またそのおばあちゃんが嬉しそうに受け取って。裏は孫のつたない字と絵で
   「おばあちゃんげんきですか おたんじょうびおめでとう ながいきしてね」とか書いてあって。もう、それはやっぱ健さんにも見せて、
   「いつもありがとう」と甘酒なんか差し出して。
   「いや、いけないことになってるんで」なんて押し問答した後、結局貰って、でも、肩の雪の解けきらないうちにまた彼は吹雪の中出ていくんだな。
   「ごちそうさまでした」

   去りゆく健さんに雪が降り積む、そのほぼ白い画面に静かにテロップで

   「わたしたちは50円の心を大切にします。
                            郵便事業にご理解をお願いします」
   で、どーよ?

   子どもたちの通ったO幼稚園は郵便局に義理があったのか、毎年敬老の日にはおじいちゃんとおばあちゃんに葉書を出すので2枚持たせてくださいとかやってました(母の日はレタックスだった!)。
   「もう死に絶えていたり、駆け落ちもので出せなかったり、別れていて2枚で足りない場合はどうするんだ」と野暮な突っ込みをしたおかあさんでした。おじいちゃんズはそれは喜んで、金沢早乙女家は今でもリヴィングに飾ってあったりしますが、小学生になったらあっけなくその習慣はなくなってしまいました。ごめんよ、郵政公社。

   「足らぬ足らぬは工夫が足らぬ」というくらい時代の標語を郵政公社のおじさんたちに捧げます。

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2006年10月 4日 (水)

「風林火山」流行のヒロイン萌え

   買ってしまいました。来年の大河の原作本。作者は井上靖です。お色気は期待できません(関係ができた後で善後策に追われる話はイロイロと)。
   おかあさん武田信玄はコレが初めてです。あの有名な大河「武田信玄」も見てません。高橋なのさんのパロディ「プリティお晴」は意味分かんないながら見てましたが。武田信玄ものも、10年に一回ぐらいはやったらどうですかね? これも古典でしょ、敵に塩を送るとか、川中島の合戦とか。あ、だから来年やるのか、20数年ぶりだけど。
   当時の時事問題として、若くして親父を追い出して実権を握ったとか、奥さんは貴族から貰って三条さんといって、年上で、仲はあんまりよくなかったとか(侍女のお八重さんがコワイとか)、諏訪氏のカワイイ側室がいて、(彼女は初恋の人にうり二つだとか)彼女が勝頼の生母だとかイロイロ聞いてますけど。やっぱちゃんと押さえとこうかなと思って買ったんですが。
   ……コレじゃ足りないよう。
   「風林火山」は、彼のの軍師山本勘助の話なんですね。勘助がスカウトされて甲斐に入った頃にはもう晴信は武田家のお館だし、最後に川中島で勘助が討ち死にしても晴信まだ生きてる(たぶん)し。
   そんで、山本勘助がれいの諏訪御寮人(この作品では由布姫)に強い執着心を覚えて彼女の側室生活を安んじつつ軍師として活躍すると。
   今年の大河で言うところの、六平太の役所。今年の大河はシバリョウが千代さんへの思いを募らせていった結果、後期の六平太のアツイ横恋慕という事態を呼んだらしいですが、来年は主人公自らがヒロインに翻弄され、身を尽くし心を砕いてお仕えする様を見よというわけだ。

   ついて行けるかなぁ。

   ピントをあてるところを絞ってる割りに女性は良く出てきます。三条氏は一瞬ですが、さらに天然系油川氏が。晴信エロジジィ伝説はしっかり押さえてますな。
   これはこれでいいかもだけど、おかあさんには早急に武田信玄の生まれてから死ぬまでを全体的に述べてくれる作品を読んでおく必要ができました。誰のがいいですか?

   

そんでホモに走るのはいつ頃なのよ? 並行してたのかしら。いや~ね。

   

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2006年10月 3日 (火)

人のふり見て

   最近おかあさんのお気に入りサイトは、「親の顔が見たい!」実在の珍名を集めたサイトです(正式名称じゃないのでこのままぐぐっても出ませんよ、たぶん)。よくもまあこんなヘンな名前をつけたもんだと腹が立ったり呆れたり。人様の名前でそんなに昂奮するわたしもおめでたい? だってわたしはちょっと変わった名前で苦労したんですもん。「関係者の声」として、そのサイトに挙げられている「わたしは名前で苦労した」ひとの実話でも、「名前負けね」と言われてそれ以来自己紹介では自分の姓しかいえなくなってしまった子美人じゃないのに「美」の字が入ってることがコンプレックスで名前を漢字で書けなくなった子、二とおり読める漢字でマイナー読みの方であるために物心付いてからずっと訂正しまくりで心がすり切れてしまってる子。皆さん御苦労なすってるのねともらい泣き。

   嗚呼それなのにどうして、「ありふれてる名前じゃ可哀相」、はともかく、「簡単に読めたら負け」とまで行ってしまうのよう!? そして、敢えてわたしが言おう! 

   イタイオタクの皆さん! お気に入りのキャラだろうが漫画やアニメのキャラクターの名前を我が子に付けるんじゃない!

   それも、翼くんやさくらちゃんのような傷のないヒーロー、ヒロインならともかく、ちょっと問題のある脇役、悪役の名前を……。甚だしい例で言うと、今流行りの(もはや遅い?) デスノート、死をもたらすノートを手に入れた(そしてそれを使って悪人狩りをはじめる)主人公の名前、実在してその子がいじめられたら可哀相と深謀遠慮で作者が付けた今の日本人にはあんまりない名前をなぜわざわざ我が子に付けるぅ!? もうね、なんて言ったらいいんだろう。

   でも、そういうふうに親の無神経さをあげつらってるうちに、参加してる方も荒んできて。たぶん、そのいかにも洋風な名前はサッカーの名選手かも知れず、アルセーヌ・ルパンの変名にもあったんですが、どうやら最近のガンダムに癖のある脇役で出ていたようで。そのガンダム世界なりの偏った信念の激しい口調の名ぜりふがあったらしいんですが、いきなり「この名前についてのコメント」欄にそれを書き綴られちゃって。……どこのアジ演説かと思いました。気持ちは解るけど、「ガンダム○○の△△からとったのか? ……(その名台詞)なんちゃって。その台詞マンマお返しするよ」程度の書き方なら、ああ、ガンダムオタクか。いけませんなぁ、そんなヘンな(言動の)キャラクターの名前貰っちゃっていいのかとこっちも一緒になって憂えることができるのに。ビックリしましたよ。

    紹介されるのは非常識な人で、それを面白がったり、評価して楽しんでいるこっちは常識人だと思ってると、そうではないと。気を付けなくっちゃ。

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2006年10月 2日 (月)

クラッシックタイトルは略語で?

   大学2年生の春、わたくしはサークルの同期の子に勧誘されました。
   「日曜日にNHKでやるレッスンに参加しない?」東京の主立った合唱サークルはみな参加していて、そういうよその団のひとと交流もできるし、オーケストラ伴奏の曲をさせてくれて(その年の曲は聴いたこともない曲でした)、ヴォイス・トレーナーはプロだし、なんだかとてもタメになるらしく。そんなことよりわたくしは憧れのJくん(サークル同期)に逢える日が増えるのは良い、とばかりに勇んで参加しました。とってもタメになりました。Jくんは来てなかったですが。
   実家に、草柳大蔵とか言う人の書いたOLさんへの指南書みたいな本がありまして、「職人さんみたいに自分だけのツールを持って、その仕事のプロフェッショナルになろう!」とか、「課長さんに叱られてもその場で泣いちゃダメだよ」なんて事がジェントルに書き連ねてありました。活字に飢えていたまいちゃん@高校生は時々読んでたのですがそれには日曜に自堕落になることを戒めて
   「金平糖の中の、色つきの粒だけを寄り集めてみなさい。ほとんど真っ白の中に、ほんのわずかしかないように見える色つき金平糖も、集めればかなりな数になる。そんな風に、日曜を生かして別なことに使ってみれば自分をもっと磨くことができる」と、陶芸をはじめたいと飛び込みで作家さんの所に弟子入りをお願いして断られちゃったお嬢さんが、日曜ごとに焼き物の窯元巡りをしてとうとう3年めかには日本中回り終わって、お弟子さんのすることはみんな判るようになって、2度目にその先生の所に行ったときにはすぐさまからだが動いて入門を許された話をしてました。

   前置き長っ。

   おかげで東京で4年も女子大生をやっておきながら、日曜はほとんどそのレッスンに費やし、渋谷と言ったらNHKまでの道しか知らない合唱オタクになってしまいましたが。当時の若手音楽家とは結構一緒に演奏してたりして。
   「マツオヨーコは舞台衣装がタカラヅカふうなんだよね」
   「タタラミチオ? あのひと見るたびに顔変わるよね」
   「今回ソリストはサトウシノブでなくてよかった。彼女だとあの陰にコーラスが3人は隠れちゃう」なん偉そうなこと言ってましたよ。錦織の健ちゃんは残念ながらわたくしが現役を引退してから有名になった人です。おしい。

   で、サークルではあり得ない都内の大学のオケ連中との共演もありまして、総練習は彼らと一緒でした。大きなリハーサル室はNHKにもそうそうないので時間を決めて交代で使ってて、スケジュール表を見ながら確認してたんですが。
   クラッシックの曲名って、シンプルで長いじゃないですか。ダレソレの交響曲第何番ナニ調。ぐっと簡略化してふつうは誰の何番といいますね。ベートーヴェンの第九、モーツァルトの40番。キャッチフレーズは普通省略で。それをね。当時はマーラーでした。
   「オケ : マラ4 アンサンブル」と書いてあって。
   「……マーラーをつづめて書くのはやめて欲しい。まらって、古語? みんな平気? 知らないのかな」
   「わたしは方言だと思ってた」と沖縄出身のコとボソボソ。
   「やっぱ、解る?」
   「……うん」
   「女子がそういうこと言うもんじゃないっ!!」
   後ろに座ってた男の先輩に顔を真っ赤にして怒鳴られました。先輩も解ってたんじゃないかぁ。
   これは婉曲なセクハラだったんでしょうか?

   「「オーケストラは素敵だ」でも、茂木さんが「ダフニスとクロエ」を学生に「だふくろ」と呼ばれて気持ち悪がる話が出てました。やっぱ。こういう略語は学生の本分? なんでもひっくり返す隠語だと(作中ではマッサージをサジマツとされて妄想の世界に羽ばたく茂木さんでした)オトナの世界っぽいですが。

   合唱では、4大レクィエムが見事にその餌食にされてます。「モツレク」はモーツァルト、「フォーレク」はフォーレのそれぞれレクィエムです。「ドツレク」はブラームスのドイツレクィエム、「ヴェルレク」がヴェルディのレクィエムですが、これを「ベルレク」にしてしまうとベルリオーズのレクィエムに……ま、そう取る人はほとんどいないでしょうが(知名度が違いすぎる)、紛らわしいことは事実。べッリーニがレクィエム書いてたらどうなるのかなぁ? そーか、ベリレクか。

   作中、メンコン、チャイコン(メンデルスゾーン、チャイコフスキーのそれぞれコンチェルト:協奏曲)は耳にしたことあります。ショスタコーヴィチの8番が「タコ8」ってのは巧まざるユーモア。あとは答えが文中にないのはニクイ! 
    はちゃこん   ハチャトゥリアン の協奏曲
    ばるこん    バルトークの     〃
    もつほるこん  モーツアルトのホルンの 〃

   ってトコですかね? 恥かかないように、その他分かんなかったのは挙げてないです。買ってね

    最後、略語のワーストワンとして、「美しく青きドナウ」の「青ダニ」を挙げてありました。確かにコレはちょっと。クラシックファンの早乙女おかあさんは「ブルー・ダニューヴ」とエレガントに仰っておられましたよ。

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2006年10月 1日 (日)

「功名が辻」38 養子の立場

   とうとう秀次切腹です。謀反発覚、秀吉に召喚されて進退窮まった秀次に、マジメだけが取り得の一豊くん、申し開きをせよだの必死に説得致しますが、そこへ千代! 駆けつけてきた千代! (山口百恵の往年の名曲「絶体絶命」のメロディを思いだしてください)「ここで御髪を下ろしてゆかれませ!」って出家して命乞いですか。
   思えば出家ってのは日本古来、唯一のドロップアウトの受け皿でしたねえ。壬申の乱勃発前夜の大海人皇子とか、源平争乱時の牛若丸兄弟、足利幕府の将軍の次男以降とか。「ワシャ政治的野心なんもありませんから(だから命ばかりはお助けを)」という意思表示。代々そうしてきたから、逃げ込んできた貴人を守るノウハウもあったんでしょうね、きっと。「へうげもの」ではその筋で明智くんを匿おうというミッションが展開されてましたが(どうも内部分裂でコンプリートはされなかった模様)。
   秀次くんも、命が惜しいワケじゃないと、最後の関白としてのご奉公、「太閤殿下に直言」して散ります。いいのか、こんなにカッコイイ殺生関白で(誤変換して気が付いた、この人のあだ名の「殺生関白」は、普通の藤原貴族の「摂政関白」にかけてあったんだ!)。女房子供全部連座して虐殺ってのも、最後に逆らったからという理由付けなら納得。女狂い、酒浸りの揚げ句殺生して回るような甥の不手際を隠すためなんて、行き過ぎでヘンですもんね。ま、その理不尽さが老境の太閤の危なさを表していたのかも知れませんが。
   そして、山内家パートでは、どんどん凛々しくかわいく成長する拾くん。ちゃんと、留守宅の掛川方面では地道に働いて家臣の信頼を得てゆく康豊くんがアリバイとして描かれていて、「このままだと将来家臣が割れる」という吟の主張も納得いくものに……。いや、おかあさんは「拾は捨て子にしても、康豊の子だってどうせ千代さんにとっては貰いもんじゃん。一豊さまの隠し子が出てきたならそっちが絶対優先だろうけど、後になってひょっこり現れた康豊がそんな偉いかよ」と不満。そんな、3親等でも血が繋がってりゃ有難いですか、と、女系天皇論議で旧竹田の宮の子孫でも持ってこいと言ったその口でおかあさんったら。やっぱりまがりなりにも9ヶ月見守ってきたらヒロインには愛着が湧くもんですね。
   というわけで、決断の時。こういうときには旦那様が出るんだ?
   「今まで戦乱の世でいろんな人を殺してきた業が溜まっておる。その業を清めてもらいたい」って、持って回った言い方を。いきなりこんなこと言われても困ります。兄弟が5人ほどもいれば、身体の弱い次男とか三男とかにやってもらう方面だよね? 今まで偉い武将になるんだって育ってきた子にそれはないって。
   これが秀次みたいに文化系の子だったら、お前はお坊様の方が向いてますでいけたんだろうけど。本人武勇の方もいけてたみたいだし。
   イヤだと言ってのけた拾くんも、とうとう「家長としてのご命令なら」と、観念して受け入れます。やっぱり捨て子だと言うことを知っていての潔さでしょうか。そりゃ、あからさまに「拾」って付いてりゃなあ。よその子は「鶴松」とか「仙千代」とかなのに。千代さんのバカ。
   ただ山内家の門前から捨て子としてお寺に直行よりかは、「山内家の養い子がこの度出家して当寺に入る」方が、お寺の待遇は良かったでしょうから、お千代さんがしたことは拾くんを傷つけただけではないでしょう、一応素読なんかも仕込んでもらったみたいだし。って、そういう損得の勘定だけじゃなくってさ。
   「良く食べよく眠り良く笑えとの母上の仰せでございます」に、
   「武士はむやみに笑ってはならぬ」と言っておきながらからからと笑う一豊さまもおバカ。でも、こっちも突っ込みながら笑ってしまう、罪のない微笑ましいシーンだったのに。そういう温かい日々を過ごせたことは、拾くんのこれからの人生にきっと温かい財産として残ってゆくことでしょう。
   素読で思いだした!
   拾くんの素読、一カ所イントネーションおかしくありませんでした?
   え~と、思い出せない! 今の言葉にもある言葉と近い音の並びで、でも違う言葉だから、切り方が違うのに、その、現代語のつもりで切って読んでたような。スタッフさん、突っ込んであげてくださいよ。例えると「いとけない」を「いと、けない」って読んでたカンジ。論語、あの年頃じゃ知らないんだろうなあ。

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